万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 1日粘ったけど書くことがない回。


間隙

 8月1日、グッドウッドレース場、グッドウッドカップ開催。

 

 ライスシャワーに割り振られた控室には網と、訪英した他のチーム《ミラ》メンバーの姿があった。が、ライスシャワーの姿はない。

 

「トレーナーさん……? アレ、ライス先輩に教えるのって本当にアレだけでよかったんですかね……?」

 

「問題ないでしょう。あれ以上の情報は、ライスシャワーには無駄でしかありませんから」

 

 網がライスシャワーに与えた情報は、グッドウッドレース場という特殊なレース場のコース構造と、優勝候補と想定している3人のウマ娘の情報だけだった。

 今までのレースでも網は他のウマ娘の情報についてほとんどライスシャワーに教えていない。必要なのはマークする相手の情報だけ。

 それ以外の情報を聞いたところでノイズでしかない。集中すべき相手はとにかく絞る。相手をこれと決めたライスシャワーこそ、本当に強いのだ。

 

「って言ってもアタシたちじゃそこまでわかんないわけなんで、しっかり説明してもらえると嬉しいんですけども? ライス先輩のレースを見る上でも」

 

「そうですね……とりあえず、ライスシャワーに教えた3人についてお話しましょうか」

 

 まずは一人目。今回最大の優勝候補とされ、パドックアピール前の時点で1番人気にも推されている前年覇者、ファーザーフライト。長距離重賞を複数勝利しているベテランのトップステイヤーだ。

 警戒すべきウマ娘ではあるが、彼女の脚質は追込。ベテランということもあってマーク対象にするには適役とは言えない。

 

 続いてロックホッパー。イギリス所属のウマ娘でファーザーフライトよりは1年後輩。GⅠ勝利はないがGⅡ4勝GⅢ3勝の他、昨年のジャパンカップと先月行われたエクリプスステークス以外では掲示板を外していない安定した実力を持っている。

 しかし、こちらも差し脚質であるためマーク対象には向かない。

 

 そして最後、ヴィンテージクロップ。未だ目立った活躍がないが障害競走を2勝しておりスタミナは出走者の中では随一。これまでのレースで見せた脚質が先行だったことから、マークするには最適だと考えられる。

 

 指示した作戦は序盤はヴィンテージクロップをマーク、中盤から終盤にあがってきたファーザーフライトかロックホッパーにマーク対象を変えて抜け出すというもの。

 ヴィンテージクロップはロックホッパーと同期であるのにメイクデビューが遅く、その影響で経験が少ない。その割に能力はあるので、ライスシャワーが掛からせやすく、掛かっても後半まで保つだろうとの判断だった。

 

「楽に勝てるとは言いませんが、勝算は十分にあるレースです。ライスシャワーはパワーこそやや不安がありますが、坂での体重移動が巧く苦にしないところがありますから、あとは洋芝への適応さえうまくいけば、ですね」

 

 

 

 一方、ライスシャワーはちょうど地下バ道へと踏み込む。身に纏うのは日本ダービーでも披露した、黒いウエディングドレスのような勝負服。

 地下バ道で自身のパドックアピールを待つウマ娘たちは、そんな毛色を含め全身を黒で埋め尽くした装いを見てにわかにざわつく。

 ライスシャワーの名は、アイネスフウジンに次いで海外に知られていた。祝福を意味するその名とは裏腹に、相対した者の前途を(とざ)す、極東から来た『黒い刺客』。

 その小柄な体躯を見て侮る者や、アジア特有の童顔を見て侮る者はここにはいない。彼女が現れた瞬間、地下バ道を支配する空気が確かに()()たのだから。

 そもそも、ライスシャワーの姿を見る機会の多くは写真越しのものだろう。そして、ライスシャワーは写真写りが極端に悪い。シャッターとズレが出るのか、なんとも悪どく見えてしまうタイミングで撮れてしまう。

 ライスシャワーに畏怖を覚えている彼女たちはみな、ライスシャワーのペースに呑まれないようにと目を逸らす。そんななか、ひとりだけライスシャワーのことを観察するように見つめるウマ娘がいた。

 中分けの鹿毛にあどけなさの残る顔つきでありながら、どちらかと言えば大人びたイメージを抱かせるウマ娘。アメリカ所属、フェアリーガーデンである。

 

『ヨォ、フィー。珍しいな』

 

『ファズ……お嬢様のリクエストよ』

 

『あぁ、なるほど……んで、お嬢様の狙いは"刺客"かい?』

 

 フェアリーガーデンに話しかけてきたファーザーフライトはライスシャワーを眺める。流石に歴戦、発走前から気圧されることはないようだ。

 

『プライベートで知り合ったみたいでね。レースとはなんの関係もないスキルにご執心なのよ』

 

『遂にMIB(メン・イン・ブラック)でも雇うのか?』

 

『ところがどっこい、絵本作りらしいわ』

 

『そりゃまた随分と意外な……いや、ルックスだけ見りゃそうでもないか?』

 

『それはともかく……あなたから見てどうなの? ライスシャワーは』

 

 フェアリーガーデンがそう聞くと、ファーザーフライトは少し考えてから答える。

 

『一言で言うなら、違和感だな』

 

『違和感……? いえ、言わんとしてることはなんとなく伝わるけれど……』

 

 ライスシャワーを見ていて覚える微細な違和感。緊迫した空気の中に現れたときだったからこそ感じた空気のズレは今はもうわからないが、言いようのない違和感がある。

 

『何がどうやってかはわからんが、真面目に付き合うとことごとくペースを乱される。ま、付き合ってやる義理はないがな』

 

『なるほど……殺気に関してはどう思う?』

 

『そもそも殺気なんか受ける機会ないだろ、真っ当に生きてきて。ま、それもあたしは最後方だから特に関係ないかね』

 

 ライスシャワーの放つ殺気についてその身で体感した者は、日本のウマ娘を除くとふたりしかいない。そのうちのひとりは「二度と一緒に走りたくない」と証言し、もうひとりは頑なに語りたがらない。

 そのような殺気を一介のウマ娘が放てるものなのか。なんらかの裏稼業があるのかと探ってみたもののそれらしき情報は得られなかった。

 

(とはいえ、日本の競走ウマ娘育成の最高権威機関に通っているわけだから、素性ははっきりしてるんだろうけど……)

 

 自らの主の安全のため、フェアリーガーデンはライスシャワーを見極める。


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