万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 前回で思いの外ライバルの強さを伝えきれておらず評価が低かったのでage回です。強いんすよ。


悪役(Villain)たち

「今回注意すべきなのはユーザーフレンドリーです」

 

 網が提示した画像に写っている鹿毛のウマ娘に注目が集まる。例によって出走するのはライスシャワーだけだが、勉強会のように全員がそれを見守っていた。

 英セントレジャーステークスまで残り2週間といった時期に、網は普段より早めにライスシャワーへ情報を伝えていた。

 

「彼女は典型的な好位抜出型の先行ウマ娘です。これと言った特徴や際立った武器はありませんが、その分、非常に高い地力を持っています。例えば、このヨークシャーオークスではスタートで後手に回ったものの立て直し、直線手前で前が塞がったものの外へ出て差し切っています。多少の不利を帳消しにできるだけの地力の高さが持ち味ですね」

 

「オークス三冠って……マイル、ミドル、ロングを全部取らなきゃいけないトリプルティアラとは別の難しさがあるようなことやってますが?」

 

 ユーザーフレンドリーが制覇している英オークス、愛オークス、ヨークシャーオークスはすべて約2400mで執り行われている。smile区分では長距離(long)に当たるレースである。それも、ヨークシャーオークスはオークスと言っても現在はシニア混合である。

 3000m弱の英セントレジャーと比べれば600mの差があるものの、クラシックディスタンスを走れたうえでの出走という時点で十分なスタミナがないという楽観視は危険だ。

 

「正直に言って、スタミナ以外の面では明確にライスシャワーを上回ってると考えていいでしょう」

 

「口径も集弾性も速射性も上だろうと、装填されてなければ撃てない。そういうことでしょ?」

 

 網の言葉にナリタタイシンがそう問い返すと、網はにやりと笑って頷いた。

 

「今回は、超長距離という相手が経験したことがないこちらの土俵であるという点が最大にして唯一のアドバンテージと言っていいでしょう」

 

「それって、結局のところいつも通りマークしてすり潰すってことでは?」

 

「そもそも、普段のマークでこんな事態になる理由を、私はまだ理解しきれていないんですよね」

 

 網が貼り出したいくつかの記事から、ライスシャワーがそっと目を逸らす。隣のツインターボがライスシャワーの頭を掴んでホワイトボードの方へ向けようとすると、ライスシャワーは右目を隠している前髪を分けて両目を隠した。

 

「○天カードマンだ……」

 

「ぶっふぉ!!」

 

 アイネスフウジンの呟きでナイスネイチャが撃沈した。

 都合2キルというスコアを叩き出した記事の内容は、ヴィンテージクロップへのインタビュー記事だった。そこには『黒い刺客(Shadow Hitman)』やら『青薔薇の追跡者(Blue-rose Chaser)』やら『黒衣の花嫁(Black-chapel Murder)』やら、仰々しい異名を冠したライスシャワーについてのコメントが掲載されていた。

 元々、ウマ娘レースにおいて選手層は思春期真っ只中の少女たちであることから、要するに()()()()趣向になりがちである。そこに加えてヴィンテージクロップによる意趣返しが交わり、このような惨状となっていた。

 報道各社も、各国を飛び回る刺客を『悪役』として売り出そうと乗っかっている。もちろんそれは『憎まれ役(Heel)』ではなく『敵役(Villain)』であり、ライスシャワーをこき下ろすような記事はごく一部である。敵役(Villain)が魅力的であるほど、主役(Hero)は映えるのだから。

 ちなみに、フランスで『黒い紳士(Monsieur Noir)』、アメリカで『スレンダーマン(Slender Man)』などとあだ名された網は、イギリスでは『極東のモリアーティ(Eastern Moriarty)』と呼ばれていた。ウマ娘レースにおいて最も長い歴史を持つ新聞社による命名だ。ノリノリである。

 ライスシャワーとしては敵役にされるのは別にいい。ヴィランとしてでも人気はあるようだし、勝ってもブーイングということはなく、褒めてはもらえるからだ。しかし、流石に異名などは黒歴史(ふるきず)が痛む。

 

「この流れだとあたしはモラン大佐なの?」

 

「いや、モリアーティとジャック・ザ・リッパーが関連してるのってコ○ンの劇場版か憂○だけだと思うんだけど……あと精々Fa○e……」

 

「ジャック・ザ・リッパー関係なしにフィクサーっぽいって理由じゃないですかね? もしくは、このユーザーフレンドリーのトレーナーなんかの敵役(Villain)として、とか?」

 

 ナイスネイチャが指した記事にはユーザーフレンドリーのトレーナー、アーサー・シェリングフォードについての特集が組まれている。

 初めての担当で英二冠ウマ娘『優雅なるカモメ(Elegant Seagull)』ナシュワンを育て上げた新進気鋭のトレーナー。日本におけるB種免許に相当する資格を持ち、幅広い知識と教養を兼ね備える才人。

 微に入り細を穿つ分析力と、オールラウンダーの育成を得意とする堅実な指導力。そして突飛かつどこか抜けている奇人ぶりと甘いルックスが相まって、非常に高い人気を誇っている。

 

「えぇ、彼にも要注意でしょう。もしかしたら、ライスシャワーの能力面については私より彼のほうが理解できている可能性すらあります。恐らく、単純な分析力であれば私を大きく上回っている……と、思います。情報が少ないので断言はできませんが」

 

「そんなに……? 正直、最後のマイナス要素が大きすぎる気がするけど……」

 

「確かに、英二冠まで取らせておいて英セントレジャーへ向かわせず凱旋門賞を目標にした挙げ句、前哨戦のGⅡで奇策を仕掛け敗着、そのままナシュワンは何故か引退し、その理由を今も語っていないという明らかな喧嘩別れのスキャンダルなど明確な欠点はありますが、彼はそれに自覚的ですからね」

 

 アーサーはナシュワンの引退レースとなったニエル賞の後、「やはり自分はあくまで探偵(解き明かす者)であり、指揮官(策を立てる者)にはなれないようだ」と語っている。

 だからこそ、レース中の判断や作戦は担当ウマ娘の自己判断に任せ、アドリブ対応というハンデを負いながらもそれを覆せるような高い地力を持てるように指導している。彼自身は対戦相手の能力を分析し、判断材料として担当へ提示、それで対応しきれない部分に、()()()()()()としての助言を与えるのだ。

 トレーニングは大筋を決めて詳細は放任しがちな代わり、レースに関わる点においては細かく指示を出したり作戦を提示したりと手を加える網とは、ある意味対照的である。

 

 ちなみに、実際のところナシュワンの引退はアーサーへの不満でもなければ喧嘩別れでもなく、負けたことで「萎えて飽きた」からというむしろアーサーが不憫に思える理由だったりする。未だに連絡を取り合っているため、アーサーはそのうち、ナシュワンは英ドリームシリーズに行くだろうと考えている。

 

「でもそれって、才能があるウマ娘しか育てられないってことなの。やっぱトキさんの方が上なの」

 

「えぇ。分析力や知識の幅に関しては譲りますが、それ以外の点で劣っているつもりはありませんよ……とはいえ、それとこれとは話が別です。こちらが付け焼き刃の奇策を弄したところで見抜かれて終わり、普段の行動には対策が立てられているでしょうし、スタミナ以外の地力ではおそらく負けているので、スタミナのゴリ押しが失敗すればそのまま負けに繋がります」

 

 ライスシャワーは前髪から手を放し、網の話を聞く。

 

「ユーザーフレンドリーへのマークに固執しないでください。ハナをとったウマ娘へマークを移して、ハイペースなレースにすることも考慮に入れておいてください」

 

「とにかく、ユーザーフレンドリーさんのスタミナを削るように動けばいいんだよね?」

 

「端的に言えばそうです。あとは、本番までにどこまでこちらも地力を高められるかですね……」

 

 ライスシャワーは、加入当時のツインターボやナイスネイチャは言わずもがな、加入当時のアイネスフウジンを上回る程度の地力を加入時から備えていた。

 デビュー済みの4人の中で、最も才能があるのが彼女なのである。

 

 英セントレジャーまで2週間。対決のときは近い。


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