万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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長女のサガ

 2月14日、バレンタインデー。

 日本においては最早チョコレートしか共通点がない様々な儀式が行われる行事であり、中央トレセン学園でも様々なパターンが見られる。

 自らのトレーナーにチョコを贈るウマ娘。自らのトレーナーにド本命チョコを贈るウマ娘。自らのトレーナーにチョコをたかるウマ娘。ウマ娘たちからチョコが集まるウマ娘。ウマ娘たちにチョコをばら撒くウマ娘。ダイエットに泣くウマ娘。どれも中央トレセン学園において定番の光景だ。

 

「毎度のことながらすごい光景なの……」

 

「あはは……」

 

 アイネスフウジンがここ2、3年ほどの定番として見ている、友人の机から零れ落ちるチョコの山も、やはり見慣れた光景だ。

 メジロライアンはモテる。それはもうモテまくる。ただし、同性に。基本的に品行方正で誠実、爽やかで頼りがいがあると言う点でそれはいたしかたないことなのだろう。

 アイネスフウジンにしてみれば、同室のこの親友が思いの外乙女であることを知っているので、若干の同情を向けてしまうのであるが。

 

「また幼馴染さんと食べるの?」

 

「マックイーンも最近はダイエットで苦しんでるからそれも難しいんだよなぁ……かと言って捨てたり誰かにあげるのはくれた娘に申し訳ないし」

 

 勿体ないよりも先に申し訳ないが来る辺り、メジロライアンの生まれの裕福さと誠実さが見て取れる。ライアンのチョコレートはメジロ家へ輸送されたものの保管する場所がなく、結局メジロ家の使用人たちが消費することになった。

 

「そういえば、アイネスのトレーナーって男の人だよね。チョコとかあげるの?」

 

「うん、お世話になりっぱなしだし……ただ、トレーナーってお金持ちな人っぽいから、市販のチョコだとちょっと口に合わないかなって……」

 

「それじゃあ、ちょっと高い贈答用のやつ買う? あたし色々教えてあげられるけど」

 

「うーん……それはそれで、子供からそんな高価なもの貰うわけにはいかないーって断られそうで」

 

 正確には「子供が変に気ィ使って散財すんな」だろうけれど、網は未だにアイネスフウジンとツインターボ以外の前ではきちんと猫を被っているので、アイネスフウジンも多少オブラートに包んだ。

 

「てことはもしかして、手作りとかしちゃう?」

 

「それも考えたんだけど、ここ1年一緒にいて、なんか手間をかけたものより実用性あるものの方が喜ばれる気がして……」

 

 そう言ってアイネスフウジンはちらりとカバンの中に入れた、今日渡す予定のものを覗き見る。

 

「シュークリーム……」

 

「シュークリーム? いいじゃん、チョコシューとかにすれば普通にバレンタインデーっぽくて」

 

「ううん、そうじゃなくて……」

 

 アイネスフウジンはウマホでそれの商品ページを検索して、画面をメジロライアンの方へ向けた。

 

「こっちなの……」

 

「っあー……靴磨き剤(シュークリーム)……」

 

 革靴以外履いているのを見たことがない網なら、間違いなく入用にはなるだろうという予想から選んだものだ。

 わざわざこっそりと革靴の色を撮影して、靴屋で同じ色のクリームを選んでもらったのだ。靴屋の主人は恐らく父親へのプレゼントだと思ったことだろう。

 

 そして実際それを受け取った網の反応であるが。

 

「……貰いもんに文句つける気はサラサラないし、普通に使えるからありがたく受け取るけど……バレンタインは一切関係ないな、これ」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

「あと俺ホワイトチョコ以外のチョコ食えないから、チョコを避けたのも正解。次回はコンビニでチョコクッキーでも買えばいいから」

 

「来年も渡すつもりだけどしっかり注文が入るとは思ってなかったの」

 

「いらんって言ったのにお世話になってるからと普通にチョコ買ってこられるよりいいと思ったからな」

 

 これも反論できなかった。

 

 

★☆★

 

 

「メジロライアンさん、ハクタイセイさん、少々お時間いただいてもよろしいでしょうか」

 

 ふたりが呼びかけられて振り向いた先にいたのは、見るからに胡散臭い黒ずくめの男だった。

 ハクタイセイは反射的に警戒をあらわにするが、メジロライアンがその人相に思い当たって僅かに警戒を緩める。

 

「えっと、アイネスのトレーナー、ですよね……?」

 

「えぇ、常日頃アイネスフウジンがお世話になっているようで……」

 

「……貴殿がアイネス殿の」

 

 名刺を渡され、メジロライアンが知っていたということもありハクタイセイも警戒を緩めた。一応、相手は自分たちの親友が信頼を寄せる相手であり、そのアイネスフウジンを既にGⅠ勝利、しかもかの『怪物』マルゼンスキーの記録を超えるレコード勝利へ導いた腕利きである。

 しかしそれでも、ふたりの本能的な部分がかの人物に油断はするなと囁きかけていた。

 一方の網も、相手が自分と相性の悪いタイプであることに気がついていた。こういうタイプには、昔から無条件に警戒されてきた。

 とにかく早急に用事を済まそうと、網は笑顔の仮面を被ったまま続けた。

 

「実はおふたりに聞きたいことがありまして……アイネスフウジンが欲しがっているものについて、なにか心当たりはありませんか?」

 

「……欲しがっているもの……? えっと、それは……」

 

「なんらかの贈り物という形で?」

 

「えぇ、ほら、もうじき彼女も誕生日でしょう。ですので、プレゼントと思いまして……去年は渡しそびれてしまったので……」

 

 意外にも素朴な答えに、メジロライアンとハクタイセイは顔を見合った。嘘をついているのかと一瞬疑いもしたが、嘘をついてまでアイネスフウジンの欲しがっているものを知る理由ってなんだ? という疑問しか出ない。

 相手が欲しいものを知ることの理由など、それを与えるためか与えないようにするためかだろう。そして後者は、学友に漏らす程度の品を手に入らないようにするのはあまりにも難易度が高いことと、労力と効果が割に合わないという理由でまずあり得ない。

 恐らく、教えても問題ない。結局、ふたりはそういう判断に至った。

 

「えーと、アイネス、確か洗顔タオルがもうぼろぼろになってたからそろそろ買い替えたいって言ってたよね」

 

「消しゴムがもうじき使い切るとも言っていた……あとは、シャンプーがなくなった、だったか?」

 

 いくつか心当たりを挙げていくうちに、その場にいた3人全員の顔から表情が消えた。

 

「……消耗品、ばかりですね」

 

「……みたいですね……」

 

「華の乙女の姿か……? これが……?」

 

 アイネスフウジンは物欲がないわけではない。ただ、貧乏な環境と妹ふたりに譲る姉としての立場から、自身の欲求を表現すること、というより、欲しいという想いそのものを自覚する前に抑えてしまう癖がついていた。

 ふたりは網を伴って他のクラスメイトにもあたってみたが、残念なことに日用品の中でも消耗品くらいの情報しか出てこなかった。

 

「…………」

 

「えっと……お役に立てず申し訳ありません」

 

「いえ、おふたりは悪くありませんよ……ごく普通の日用品を渡すことにします」

 

 ちょっと意識改革が必要かと考えて若干被っている猫が剥がれかけていた網は、メジロライアンからの謝罪を流して、再び仮面を被りなおす。

 すると、そろそろその場から離れようとした網の腰にそれなりの、衝撃が走った。

 

「トレーナー! なにしてんのー?」

 

「……ツインターボ、身体能力の差を考えてください……」

 

 偶然通りかかったツインターボがタックルしてきたことに、網は僅かに青筋を浮かべながらも敬語を崩さずに言う。

 ツインターボも、彼が人前で猫を被っていることは知っているので、敬語には触れないようにする。ツインターボはかしこい。

 

「えっと、その子は……」

 

「ターボはツインターボだぞ!!」

 

「中等部生か……? 確か貴殿は新人と聞いていたのだが、もう既にふたり目を?」

 

 暗に「《チーム結成許可証》を持っていないのにふたり目のスカウトを?」と疑いの考えが戻ってきたハクタイセイに対して、網はこれについては言い訳できないと素直に話し始める。

 

「仮、というところです。彼女からは素質を感じましたので、先んじて予約させていただきました」

 

「ということは、GⅠ3勝する気満々と……いやぁ、そのアイネスの同期が目の前にいるのにすごい自信ですね」

 

「…………」

 

 それをただ挑発か無自覚と受け取っておどけた口調で返すメジロライアンと、既にNHKマイルカップへ出走が公表されていることから、それがどういう意味を持つのかに気づいたハクタイセイの間で、若干対応が分かれる。

 

「……そのこと(・・・・)は、アイネス殿も知って……?」

 

「えぇ、このこと(・・・・)はむしろアイネスフウジンからのリクエストです。後悔しないようにと」

 

「……そうか。なら、私からは何も言うまい」

 

 そんなふたりの雰囲気に違和感を覚えながらも、メジロライアンはその正体を掴めず、話に入れないでいる。

 

「それでは、私はこのあたりで。お付き合いいただきありがとうございました」

 

「あ、はい、それじゃあ……アイネスをよろしくお願いします!」

 

「えぇ、もちろん」

 

 網を見送るふたりのうち、ハクタイセイの目にだけ、やや剣呑な(かげ)りが落ちていた。


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