万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
11月8日、京都レース場。クラシック最後の一冠、菊花賞開催。
秋華賞を勝ち抜いたGⅠウマ娘サンエイサンキュー、その父親とトレーナーの三者が揃って入院するという事件も冷めやらぬ時期での開催。
凶兆とも言える出来事を払拭してくれという願いさえ垣間見える観客たちの興味の先にあるのはふたりのウマ娘。彼女たちが繋げている功績のどちらが絶たれるかの行く末だ。
ライスシャワーが『リミットブレイカー』を下しエクステンデッドディスタンスの無敗記録を伸ばすか、ミホノブルボンが『黒い刺客』を討ち取りシンボリルドルフ以来のクラシック三冠を手にするか。
国内での成績を見るならば、あるいはGⅠでの勝数を見るならば格上なのはミホノブルボンだ。しかし、彼女はこれまで適性距離を延長し続けながら勝利を勝ち得てきた挑戦者であり、その上本質はスプリンターである。
それに対してライスシャワーはGⅠ勝利数でこそミホノブルボンに劣っているものの、勝利した重賞はジュニア期のひとつを除きすべてが
適性の差、経験値の差。ミホノブルボンがクラシック三冠という夢を掲げるのと同時に口にする「適性距離の壁を突破する」という文言がまさにそこに立ちはだかっていた。
最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞で、種類の違う強さを持った
(最終チェッククリア。システム、オールグリーン。ミホノブルボン、いつでも発進できます)
地下バ道で最後の確認を終え、周囲を見渡すミホノブルボン。彼女の目に映るのは覚悟を固めた優駿たち。その半数ほどは、ミホノブルボンやライスシャワーといった
ミホノブルボンにとって、そのタイプの出走者たちは敵にならないだろう。何故なら、ミホノブルボンの走り方、ラップ走法というものは、その"万が一"に対して滅法強いのだから。レースを、展開を、勝利を画一的なものに落とし込む。それがラップ走法の恐ろしさ。それは、すべてを技術、人の手によって導くことによる運の否定であり、運命の否定だ。
そんな中ミホノブルボンが目にとめたのは、当然と言えば当然か、今回の最大の壁にして好敵手、ライスシャワーの姿。深い呼吸、程よい脱力、適度な緊張。精神的、肉体的にも万全のコンディションのように見える。チーム《ミラ》のトレーナーを相手にする段階で、不調という可能性は捨てなければならない。
ライスシャワーを観察しているうちに、ここ最近頭を悩ませている正体不明の感情の存在が増してきていることに気づいた。言い表すのならばそれは高揚であり、熱量であると言える。その正体を理解せずにこの舞台に立とうとしているのは、果たして正解であるのか。
そのうちに、ライスシャワーもミホノブルボンに気づき視線を向けたが故か、二人の視線が衝突した。だからと言って何が始まるわけではない。自分が改めてライスシャワーの姿を確認し、ライスシャワーがミホノブルボンの姿を認識した。それだけだ。
そして、
ライスシャワーの武器はいくつかある。それは中継映像の動画記録を何度も見直した英セントレジャーステークスに多くが登場していた。ひとつはその、人並外れたスタミナだろう。それこそ、ミホノブルボンとは比べ物にならないほどの。ライスシャワーが
ふたつめは正体不明の攪乱。これがどのようなものかは、未だミホノブルボンにも把握しきれていない。ライスシャワーより前方にいる限りは影響を受けないと考えられはするが、だからライスシャワーが自分より前に出てくる可能性もないとは言えないのだ。
そしてみっつめがあの殺気だ。以前耐えきれたから今回も耐えきれるというナイーブな考えはミホノブルボンにはない。日本ダービーの最終直線、それに吞まれかけたのだから。夏季中のメンタルトレーニングで克服できたという過信もない。英セントレジャーを確認し、日本ダービーの時の殺気より上はないなどという油断もない。
だから本来、ライスシャワーという存在を意識せず、隠しフォルダにでもしまっておけたのならそれが最良だった。だが意識してしまったこの段階ではそれももう望めまい。
耐えきれるか耐えきれないか、克服できたかできていないか、上があるか否か。そのいずれにも関係なく、真っ向から挑んで耐えきるのみである。
一方、ライスシャワーはミホノブルボンを目にしてもそれほど強い思いを抱くわけではない。既にライスシャワーにとってミホノブルボンという存在の格付けは終わっている。もちろん、それはマイナスの意味ではない。
見果てぬ夢へ
本来、ライスシャワーというウマ娘は伏兵でこそ真価を発揮する性質があった。彼女自身が優秀なマークマンでありながら、マークされることが苦手だったからだ。相手の後ろをとるという戦術も、死角に入り込むことで相手の意識からすり抜けることを目的とした戦術だった。
事実、彼女に宿る
翻って今ここにいる彼女はより精神的に安定したと言える。だからこそ、注目されている程度では揺るがない。自分のやることがはっきりと見えているのなら、ただそれをやるだけだ。
調子はいい。グッドウッドカップや、英セントレジャーステークスの時と同じ、自分の能力を余すことなく使うことができるという確信。調子というパラメータが上限に達しているかのような感覚がライスシャワーを満たしていた。
そんな
出番の時間はみな同じ、わずか3分程度の晴れ舞台。それでも浴びる視線の量にはこれほどの差がある。その理由に納得はしているが、それでも悔しい。
自分は努力してきただなんて陳腐でなんの価値もない言葉に縋らない。努力してきたのは相手も同じだなんてことは言われるまでもない。
マッチレースなんて言わせない。勝ち目がないなんて言わせない。いてもいなくても、その時誰が走っていようと結果は変わらなかったなんて言わせない。そのために鏃を磨いてきた。器に
だからあわよくばなんていう甘い言葉は吐かない。一矢報いるなんて半端な結果では終わらせない。意志を以て好機を手繰り寄せ、その腹を喰い破る。
彼女たちのそんな想いがどれだけ影響したのかは誰にもわからない。ただ、2番人気と3番人気、4番人気の差は、前日までとは比べるまでもないほどに縮まっていたという。
ゲートに収まったミホノブルボンはもう、あとは自分の世界へと入るだけだ。そこから先は、周囲からは隔絶された状態でただゴールへと脚を動かすだけ。もちろん、そううまく事が運ぶことはないと理解してはいるが。
事前の情報は現実を下回っていることを前提に考える。もはやライスシャワーの荊棘から逃れることはできないだろう。
だが、それがなんだというのか。その鎖は重力よりも絶対的か。その棘は現実よりも鋭利か。その恐怖は、諦めよりも自分を殺し得るか。
その敵は、常識よりも強大か。
(
何者よりも自由であるが故に、何者よりも真っ直ぐに。
菊花賞、開演。
昨日更新しそびれた上にほとんどダイジェストみたいな閑話だったのでお詫びの2回行動です。
こんなことやってるから明日の更新が怪しくなるんだよなぁ。