第5話 偵察部隊の風遁使い
居住区の
アスカとゆきかぜ、それに参謀のアビゲイルの三人は、数日前から略奪・殺戮行為を活発化させている南西方面のレイダー達への報復措置について、話し合いを行っていた。
「ちょっ、何これ…」
タンポポの代用珈琲を片手に椅子に腰掛け、偵察部隊の報告資料に目を通していたアスカが、唐突に驚きの声を上げた。
「え…なになに、どうしたの?」
それまで、ろくに話し合いに加わりもせず、室内の壁にもたれかかり、退屈そうにしていたゆきかぜが反応する。
「この偵察部隊からの報告、読んでみて」
アスカに近寄ったゆきかぜは、手渡された資料を一読すると、すぐさま同様に感嘆の声を発した。
「何これ、凄い…」
偵察部隊からの報告資料には、強襲予定であった
この報告資料を取りまとめた者が、高深度の隠密偵察を遂行し得る技量を持ち、かつ情報収集・分析能力にも長けているのは間違いないだろう。
だが、今のレジスタンス内には、一般兵は言うまでもなく対魔忍の中にすら、そんな人材はいなかったはずだ。
「一体、誰がこんな資料を…」
呟くゆきかぜに、アスカは首を振りお手上げの姿勢を見せる。すると
「…あぁ、それは第八偵察隊の報告書ね。ここ数週間、彼らの隠密偵察の成果には目覚ましいものがあるわ。ついでに言うと、生還率も劇的に向上しているわね」
「でも、確か第八は一般人の志願兵で編成されていたはずよね」
納得しきれない表情のアスカが、アビゲイルに問いかけた。
「その通りよ。一ヶ月ほど前かしら…部隊の隊長さんが新たに志願兵を受け入れたらしくて。でね、どうやらその彼が風遁使いらしいのよ」
「へぇ、確かに風遁使いならあり得る話かも」
ゆきかぜが得心が行ったとばかりにアビゲイルに答える。手練れの風使いであれば、敵影を
「近接・格闘戦主体のアスカの風神の術より、よっぽど有意義な使い道だと思う」
「ゆきかぜ、アンタねぇ…」
嬉々として煽るゆきかぜを睨みつけるアスカ。剣呑な雰囲気になりつつある二人に対し、いつもの事と構わずに、アビゲイルは尚も話を続ける。
「彼ならもうじき
「こんな夜遅くに呼出し?何てブラックなの、私達…」
レジスタンスのリーダーであることを忘れたかのような発言をするアスカ。
「それに、ちょっと気になる噂もあるのよね…」
言い淀むアビゲイルの
「……彼、逸刀流の剣士らしいわ」
「マジッ?」
「えっ?」
逸刀流とは、かつての五車対魔忍の多くが修めた対魔武術であり、ゆきかぜもそのうちの一人だ。
その噂が本当ならば、二人の知る五車関係者であるかもしれない。ゆきかぜは、アビゲイルに未だ見ぬ彼の名を尋ねた。
「名前は何て?」
「達郎…秋山達郎と名乗っているそうよ」
「…記憶に無いわね。ゆきかぜはどう?」
アスカの問いに、ゆきかぜは首を横に振った。
「…私も知らない。けど、苗字が秋山なのは少し気になるかも」
二人とも知らぬ名前…アビゲイルの事前の調べでも、過去の五車学園名簿にそのような名前は見つからなかった。
だがしかし、秋山姓を名乗るからには、五車関係者でなくとも、秋山派逸刀流に連なる者である可能性は捨てきれない。
ゆきかぜは、偵察部隊の彼への興味が薄れるのを感じながら、五車学園時代の先輩であり、艶やかな藍色の髪を持つ剣豪。秋山凜子の姿を想い起こさずにはいられなかった。
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「おい起きろ、達郎」
第八偵察隊の坂下隊長の小屋に住み込んで早一ヶ月。
達郎は、いつも通り小屋の隅に毛布を敷くと、壁側を向いて横になり、浅い眠りについていた。
声に先んじて近寄る気配に気付き覚醒するも、相手が坂下隊長だと分かると、達郎は狸寝入りをひたすら決め込んだ。
(どうせまた、夜遊びに行くから金を貸せとか、飲みに付き合えとか…ろくなことでは無いだろう)
坂下隊長は年の頃は四十代後半。その容姿と性格は、往年の土方のおじさんを地で行くような人だった。
(悪い人ではないんだけどな)
「ったく、起きろっての」
坂下隊長が、達郎の背中を足のつま先で小突く。達郎は仕方なく、目覚めたばかりであるかのように欠伸をすると、ゆっくりと振り返り反論を口にした。
「…何時だと思ってるんですか、坂下さん。報告書なら夕方に提出したはずですが?」
「違ぇよ。我らが参謀様が、お前に用事があるんだとよ」
(参謀様…ブレインフレーヤーの支配を逃れた機械生命体だったか)
「機械生命体の下へ出向けだなんて…坂下さんは俺を殺すつもりですか?」
「気持ちは察するがな、今はお仲間だ。余程の下手を打たなければ、命までは取らんだろ」
レジスタンスの兵士の中には、ブレインフレーヤーに仲間や家族を殺された者も大勢いる。
敵方から離反したとはいえ、新たにレジスタンスに加わった機械生命体に、脅威を感じる者が少なからずいるのは無理からぬことだった。
(大体、自我が芽生えたとしても、その倫理観まで人類と同じとは限らないだろうに…って、今はそんなことを考えてる場合じゃないか)
所構わず思索に
「他人事だと思って…あぁ、深夜手当は桃缶がいいなぁ」
「アホかお前は。果物の缶詰めなんて、そうそうあるわけねぇだろ…どうせ貰うなら酒か煙草にしておけ」
(それって、坂下さんが好きな物ですよね…)
「はぁ…レジスタンスって人使い荒過ぎません?これじゃ、ブラック企業と変わらないですよ」
得物の忍刀を腰裏に提げ身支度を終えた達郎。二十代半ばのその容姿は、藍色の立体感のあるフェザーマッシュの頭髪に、童顔寄りの整った顔立ちと優しげな瞳。加えて、平均よりやや高めの身長と適度に引き締まった体格をも兼ね備えていた。
見るからに誠実かつ爽やか印象の好青年。坂下隊長が夜遊びに連れ出したがるのも無理もない。さぞ水商売の女性からの受けも良いことだろう。
小屋を出た達郎は、坂下隊長に連れ立ってレジスタンス本部へと向かった。
「ところで、坂下さん。小屋の空き状況って、その後も変わりなしですか?」
居住区といっても、所詮は地下トンネルだった場所に、所狭しと小屋が建ち並ぶ
空き部屋があるのなら、すぐにでも引越したい達郎だったが、キャンセル待ちが列をなすような状況では、それも望むべくもないことだった。
「あぁ、相変わらずだ。英雄“ふうま”がアルサールを倒してから、戦死者もかなり減ってるしな。追加の小屋を建てるにも、そも資材が足りねぇ…いい加減、この居住区も限界かもな」
(英雄“ふうま”、ね…人探しに都合が良いと思って、レジスタンスに入ったけれど…)
実のところ、達郎は英雄になど興味がなかった。ましてや、人類の存亡になど関わりたくもない。
達郎の優先すべきことは別にあり、レジスタンスへの参加はその手段でしかなかった。
(戦況が好転しているなら、後々面倒を抱える前に、バロネスシティに行って働き口を探すのもありかもしれないな)
坂下隊長と共に本部前に辿り着いた達郎は、早くもレジスタンスを抜ける算段を講じ始めていた。
続
ご無沙汰しております。活動報告にて述べましたが、対魔忍RPGを始めたのを契機に、創作活動を再開しました(_ _)
今回の未来編ですが、構想を練り始めた当初は、前話までの“並列世界”を
ですが、私の力量では、チート持ちが“水戸黄門”や“裸の大将”みたいに活躍するだけの内容になりそうだったので……未来編で達郎が生存していたらっていう方向でお話を考え直しました。
未来編の達郎は、ゆきかぜ達と面識はないですが、NTR属性は相変わらず。作戦指揮はふうまくんに比べてやや劣り、剣の腕前は師範代に次ぐ程度。こと隠密において非凡な才を発揮するといったイメージです。
私的には、ふうまくん亡き後の未来編にこそ、達郎に活躍の場があるような気がしてならないのですが。現世界のふうまくんとのダブル主人公とか……熱い展開になると思いませんか?σ(^_^;)
※時系列的には対魔忍RPG「Chapter 36 風神の対魔忍」の後になります