対魔忍ユキカゼ2 〜疾風異譚〜   作:茶玄

6 / 10
第6話 髄心逸刀流の剣士

 達郎達がレジスタンス本部の小屋に到着した頃には、時刻は二十三時をとうに過ぎていた。

 

 本部まで達郎を連れてきた坂下隊長の姿は既にない。本部に到着して直ぐ、役目を終えたと言わんばかりにその場を後にしていた。

 

(一緒に部屋に入ってくれると思ってたのに……)

 

 大きな溜息を一つ吐いた達郎は、入口脇に立つ偉丈夫な見張りの兵士に軽く会釈をすると、やや緊張した面持ちでドアをノックした。

 

「第八偵察隊所属の秋山達郎です」

 

「お待ちしていました。どうぞ、お入りください」

 

 小屋の中から、温和な女性を連想させる声が聞こえてきた。だが、その語尾には(いささ)か機械的で耳障りな響きが残る。

 

(機械生命体の参謀様…か)

 

「失礼します」

 

 達郎は意を決しドアを開くと、勢いに任せて室内へと踏み入った。

 部屋に入ってきた達郎を見た瞬間、アスカとゆきかぜの二人は息を呑んだ。

 

 あれほど精緻な報告書を作成する人材となれば、相応の経験を積んだ熟練の対魔忍に違いないと、二人は予想していたのだ。

 

 しかし、実際に目の前に現れたのは、年の頃も変わらぬであろう、背のすらりとした好青年だったのだから驚くのも無理もない。

 

 ましてや、凜子と同じ藍色の髪に紫の瞳…同じ秋山姓からしても、何らかの血縁関係にあるのではと疑わずにはいられなかった。

 

 言葉を失うアスカとゆきかぜを他所に、アビゲイルが優しい口調で挨拶を切り出した。

 

「レジスタンス参謀を務めるアビゲイルです。彼女達は…って、レジスタンスに参加して間もないとはいえ、流石にご存知ですよね?」

 

(自我の芽生えた機械生命体というのは、こんなにも人間っぽい応対をするものなのか…)

 

 達郎は礼を失することのないよう、右奥のベッドの手前に立つアビゲイルに一礼すると、次に中央奥の椅子に腰掛けるアスカと、その左脇に立つゆきかぜの方に体を向けた。

 

「お初にお目にかかります。レジスタンスリーダーの風神の甲河アスカさんと、雷神の水城ゆきかぜさん…ですよね。坂下隊長からお噂は伺っております」

 

「夜分遅くに済まないわね」

 

 達郎に多少なりとも気遣いを見せるアスカに対し、

 

「よろしく」

 

 ゆきかぜの挨拶は全く(もっ)て素っ気のないものだった。

 

(以前、酒に酔ってくだを巻く坂下隊長から聞いた話を頼りに、半信半疑で答えてみたけれど…どうやら間違えずに済んだようだ)

 

 一通りの挨拶を済ませ、胸を撫で下ろした達郎は、アスカとゆきかぜの二人の方に改めて目を向けた。

 

(それにしても、レジスタンスのトップが勢揃いとは…いよいよもって嫌な予感しかしない)

 

(確か坂下さんは、二人とも別嬪(べっぴん)さんだけど、風神のアスカは小生意気なあばずれ幼女で、雷神のゆきかぜは日サロ通いのレディース総長って言ってたっけ)

 

(与太話とばかり思ってたけど…うん、あながち見当違いとも言い切れなかったか)

 

 だが、二人の美しい容姿に惑わされてはいけない。各々が神の通り名を持つ歴戦の対魔忍なのだ。

 

(対魔忍の絶対的な優劣は、生まれながらの対魔粒子の総量と、それを制御する内勁(ないけい)に依って決まるそうだが…彼女達を前にしては(うなず)かざるを得ないな)

 

「ん…何?」

 

 こちらを見つめ続ける達郎を不審に思ったのか、アスカが声を上げた。

 

(この細身の体に、ブレインフレーヤーと対等に渡り合うほどの力を備えているなんて。凡庸な者達から見れば、畏怖すべき対象にしか映らないだろうな、これは…)

 

「え…私達、何か憐れむような目で見つめられてない?」

 

 沈黙に耐えきれなくなったアスカが、ゆきかぜに声をかける。

 

「……キモ」

 

 ゆきかぜもまた、不快感を露わに侮蔑の言葉を口にした。

 

(戦時下の今ならば重宝されるかもしれないが、戦争を終えた後は果たしてどうか。安息を得られるとは到底思えないな…これが力を持つ者の宿命、或いは気高き者の責務というやつか……)

 

バチッ!

 

(つう)っ、いっ…て!」

 

 突如、左手に感電したような痛みが走り、達郎は意識を外に向けた。見れば、ゆきかぜの右手が帯電し光を発しているではないか。

 

「ボーッとしないで」

 

「…申し訳ありません」

 

 またしても、所構わず思索に(ふけ)る悪い癖が出てしまったことを反省する達郎であった。

 

(どうやら、雷神様はその名に違わず、口より先に手が出るタイプのようだ…)

 

 アスカとゆきかぜへの挨拶を済ませた達郎に、アビゲイルが本題を切り出した。

 

「秋山さんにわざわざお越しいただいたのは、ここ数週間の第八偵察隊の働きぶりについて、お話をお聞きしたかったからです」

 

「この報告書、これは君が書いたのかしら?」

 

 遠回しな会話は時間の無駄とばかりに、アスカが間髪入れず口を挟む。

 

「はい、何か至らぬ点がありましたでしょうか?」

 

「その逆よ、とてもしっかりした報告書だったわ。仮に出鱈目(でたらめ)だとしても、ここまで凝ったものはそうそう書けないでしょうね」

 

(報告書に不備がないのなら、何故わざわざ俺を呼び出したんだ?)

 

 困惑する達郎。すると、説明の足らないアスカに代わり、アビゲイルが達郎を呼び出した意図を説明し始めた。

 

「率直に述べますと、第八偵察隊は一般兵主体の編成でして、重要な任務を担うような部隊ではありません。にも関わらず、秋山さんの報告書は、私達の想定を遥かに超える物でした」

 

「そんな、大した報告書では…」

 

 謙遜する達郎に構わず、アビゲイルは尚も話を続ける。

 

「ですので、素性を確かめ能力を見極めた後、秋山さんには適切な部隊に異動してもらいます」

 

「なっ!?」

 

(レジスタンスを辞めようと考えていた矢先にこれか…厄介事に関わるのは御免なのに)

 

「…私は第八偵察隊の任務に十分満足しておりますが」

 

「我々レジスタンスに、才ある者を遊ばせておく余裕などありません。何卒ご理解のほどを」

 

「……」

 

「それでは、早速幾つか質問させていただきますね。秋山さんは風遁をお使いになられるとのことですが、元は対魔忍の方なのですか?」

 

(これでは何処かの会社の面接…いや、ここは審問というべきか。とにかく、何とか上手く切り抜けないと…)

 

「…いえ、違います。私の風遁は、使用人の女性から手ほどきを受けた程度に過ぎません。世界が崩壊する前までは、東北地方にある対魔忍の下部組織で現地協力員を務めておりました」

 

 地方での活動に際して、ツアーコンダクターさながらに、対魔忍の案内役を務めるのが現地協力員の役割だった。

 

 地元の知見を生かし、事前の隠密偵察から滞在中の宿泊施設の準備に至るまで、その業務範囲は幅広い。ともすれば、(てい)の良い使い走りとも言える損な役回りだ。

 

「なるほどね、そういう話なら合点が行くわ」

 

 得心のいったアスカの言葉の後に、ゆきかぜが更なる質問を達郎に投げかけた。

 

「逸刀流の剣術を使うとも聞いたけど?」

 

「…私の扱う剣術は髄心(ずいしん)逸刀流、旧・秋山派逸刀流の分家筋の亡き父が創始した流派です。私も父を真似、幼少の頃より刀を振ってはいましたが、他人に自慢できる程の腕前ではありません」

 

(嘘は言っていない…本当にそう思ってるし)

 

 レジスタンスの内情に巻き込まれたくない一心で、達郎は己の技量について下手な期待を持たれぬよう、注意を払いつつ返答を返した。

 

 少しの間を置き、次にゆきかぜは達郎に最も訊ねたかった事柄を口にする。

 

「貴方、秋山凜子という名前に聞き覚えは?」

 

「…っ!?」

 

(よもや、この場でその名前を耳にするとは…どこまでも付き纏うものだな、家柄というものは)

 

 達郎は動揺を気取られぬよう、努めて平静を装い口を開いた。

 

「…お名前は存じております。旧・秋山派逸刀流宗家の嫡女で、剣術は免許皆伝の腕前だとか」

 

「そう。凜子先輩も貴方と同じ藍色の髪に紫の瞳。それに…性別は違うけど、何処となく似た雰囲気を貴方には感じる」

 

「…私が宗家の方と似ているなど、何とも(おそ)れ多いことです」

 

「……」

 

(どうにか誤魔化しきれたか?)

 

 達郎の亡き父は、未だに宗家の乗っ取りを企むほどの野心家でありながら、遁術の才に生涯恵まれず、その劣等感からか独善的で歪んだ性格の持ち主だった。

 

 故に実のところ、達郎は父は勿論のこと、逸刀流や対魔忍に対しても、余り良い印象を持っておらず、それらから距離を置きたいとすら考えていた。

 

 ゆきかぜが質問を終えたと判断したアビゲイルは、これまでとは切り口を変えた質問を達郎に投げかけた。

 

「東北にお住まいだった秋山さんが、危険な廃都にまでわざわざお越しになられた理由をお聞きしても?」

 

「…先程、少し触れました使用人を探しております。世界崩壊の直前に失踪して以降、行方知れずでして」

 

「へぇ、そうだったんだ。まぁ、今のご時世じゃ望みは薄いかもしれないわね」

 

 アスカの薄情とも取れる物言いに、少しばかり気分を害したもの、達郎はそれを(おくび)にも出さずに受け流した。

 

「えぇ、今では感染者やレイダー達が蔓延(はびこ)る遺棄地区ゆえ、生存の可能性が低いことは重々承知しておりますが…何分、姉とも慕う女性ですので」

 

「…見つかると良いね」

 

 想像だにしなかったゆきかぜからの温かみある言葉には、達郎も流石に内心驚かざるを得なかった。

 

「ありがとうございます、ゆきかぜさん」

 

 そうして達郎は、今宵本部を訪れて初めての…心からの感謝を口にしたのだった。

 その後も幾つかの問いに答え、そろそろ質問も出尽くしたように思われた頃、達郎の腰に携えた得物について、アビゲイルが訊ねてきた。

 

「腰に提げた刀を見せていただいてもよろしいですか?」

 

「えぇ、構いませんよ。何の変哲もない忍刀ですが」

 

 アビゲイルは、達郎から手渡された刀を鞘ごと両手で受け取ると、調査・分析を行うべく、頭部のカメラアイから赤色の光線を刀に照射し始めた。

 

「これといって特別な材質は使われていないようだけど、業物ではあるみたいね。(なかご)に“夜霧”と銘が打たれているわ」

 

 (つか)に覆われた茎の銘まで見通したアビゲイルは、次に義体内の多重記憶層にある無数のデータベースの検索に取りかかった。

 

「サルベージした五車のデータベースには……あった。過去に行った装備棚卸しの際に、凛子さんから同銘の刀の届け出が提出されているわ」

 

 アスカとゆきかぜを含む三人の視線が達郎に集中する。

 

「秋山さん、一応お聞きしますけど…凛子さんの刀を何故、貴方がお持ちになられているのですか?」

 

 相変わらず丁寧なアビゲイルの言葉遣いではあったが、その声色には追及の意思が色濃く感じられた。

 

「…残念ながら私には分かりかねます。その刀は下部組織に配属の折、父より譲り受けた品ですので。もしかしたら、過去に宗家から頂戴したのかもしれません」

 

 達郎は半分だけ嘘をついた。宗家から頂いたのは間違いないが、父から譲り受けたわけではなかった。それこそ二十年以上前、幼少の頃より常に(かたわ)らに有った刀なのだから…

 

(それにしても、どうしてそんな届け出を…全く意図が分からない)

 

 しばらく沈黙が続いた後、(うつむ)く達郎を前にアビゲイルが再び口を開いた。

 

「分かりました。それでは、この刀はもう少し調べたいことがありますので、一時預からさせていただきます。よろしいですね?」

 

 疑義を残す結果となった達郎からすれば、立場的にもアビゲイルの申し出を拒否できようはずもない。

 

「はい…用件がお済みなら、そろそろ退出してもよろしいでしょうか」

 

 刀を預けるのが余程無念だったのか、達郎はこれまでのしっかりとした態度が嘘であったかのように、腰を曲げ肩を落としていた。

 

「えぇ、今夜はもう帰って構わないわ。君に聞きたかったことは大体話して貰えたしね」

 

 達郎の問いに、リーダーであるアスカが毅然とした態度で以て答える。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 (きびす)を返しドアノブに手を掛ける達郎。

 

「それとだけど…明日の十時に、離れの訓練場に来てもらえるかしら。そこで、君には簡単な試験を受けてもらうから」

 

 刹那、ゆきかぜは達郎の立つ側から、冷たく乾いた…まるで木枯らしのような風を頬に感じ、目を大きく見開いた。

 

(え、何で…湿気の多い地下の居住区に、こんな風吹くはずないのに……)

 

 ゆきかぜの(わず)かな動揺に、アスカとアビゲイルが気付く様子は全くない。

 

「…承知しました」

 

 力無くアスカの方を振り返り、返事を言い終えた達郎は、即座に部屋を後にしたのだった。

「さてと、秋山さんから預かりはしたけれど…この刀どうしたものかしらね」

 

 達郎が部屋を去ると、アビゲイルが困ったように呟いた。

 

「どうもこうも…凜子先輩に聞いてみるしかないよね」

 

 他に手段はないと言わんばかりに、ゆきかぜが即答すると、

 

「ゆきかぜの言う通り、当然そうなるわね」

 

 ゆきかぜの意見にアスカも賛同した。

 

「そう言えばアスカ、秋山さんを訓練場に呼び出すなんて…私はそこまでするつもりは無かったのだけど?」

 

 アビゲイルがアスカの方を向き、先程の発言の真意を問い正す。

 

「え…だって、髄心逸刀流なんて聞いたことないし、凄く気にならない?ゆきかぜもそう思うでしょ?」

 

 アスカの問いかけに、ゆきかぜはすぐには返事を返さずに黙考を始めた。

 

「それに彼、まぁまぁ格好良かったじゃない。折角だからお近づきなりたいかなぁ〜って」

 

「アスカ、貴方ねぇ…」

 

 アビゲイルは心底呆れたような態度を示す。

 

「…そうね、明日は私も見に行こうかな。それに、たまには早起きもしとかないとね」

 

「十時で早起きって…ゆきかぜ、いい加減一昔前のゲーム実況者みたいな生活リズムは改めなさい……」

 レジスタンス本部を離れ、帰路に就く達郎の胸中は穏やかではなかった。

 

 真っ先に達郎の脳裏に浮かんできたのは、幼き頃に別れた達郎と同じ髪、そして同じ瞳の色をした宗家の少女の立ち姿だった。

 

『心配はいらないぞ、達郎。住処は違えども同門の流派。精進を怠らねば、必ずや相見(あいまみ)える時が訪れよう。その時は…寝食を忘れるほどに刀を交え、互いに語り尽くそうぞ』

 

 達郎より年上とはいえ、年端も行かぬ彼女にしては余りにも大人びた別れの挨拶だった。

 

 目尻に涙を溜めるも、気丈に振る舞う彼女の姿を思い返す度、達郎もまた強くあらねばと自らを戒めてきた。

 

(今はこんな思い出に浸っている場合じゃないのに…楓花(ふうか)姉さんを探さなければいけないのに……)

 

 桐谷 楓花…それが、達郎が廃都・東京を訪れ、今もその行方を探している女性の名前だった。

 

(畜生…何でこうも上手くいかないのか……)

 

 逸刀流や対魔忍に反感を持つ一方、結局は自らも同じように剣術と遁術を扱い、大切な思い出ですらその内にあるという…

 

 矛盾に満ちた何とも半端な(おのれ)に、達郎は苛立ち、自嘲を繰り返すばかりであった。

 




 仕事が徐々に忙しくなり、またコロナに感染した同居家族の看護に追われたりと、ろくに執筆時間が取れず、前話から期間を置いての投稿となってしまいました (_ _)

 上記に加えて、通しで書き上げたのは随分前だったのですが、読み返してみると淡々と質疑応答が繰り返されるばかりで、全く面白くなくてですね…

 その後は、キャラクターの設定を掘り下げたり、会話のネタを考えたりしながら、空いた時間を使いひたすら書き直しをしていました。

 使用人の女性 “桐谷 楓花” は、今作オリジナルとなります。未来編のお話を書くに当り “凜子が生存していること” と “達郎に別の姉がいること” は、今作の重要な要素と考えていましたので。

 二人の詳細も今後明らかにしていく予定です…書き切れればですが σ(^_^;)

————————————————————————
【設定補足①】
 逸刀流
  忍びの里に代々伝わる剣術、居合・抜刀術、槍術、杖術・棒術、柔術・体術、砲術、兵術などからなる総合武術。近代以降、対魔忍組織にて隆盛を極め現在に至る。

【設定補足②】
 秋山派逸刀流
  戦国時代に武士の間で起きた剣術の急激な広がりを受け、剣術、居合・抜刀術、柔術に重きを置き、逸刀流より発展を遂げた流派。明治時代に入り逸刀流と流派統合するも、それを快く思わなかった一部の旧秋山派の分家らは、未だに秋山派を名乗り続けている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。