対魔忍ユキカゼ2 〜疾風異譚〜   作:茶玄

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第7話 風神と疾風

 レジスタンス本部を訪れた翌日。坂下隊長から聞いた道順を頼りに、定刻通り地下訓練場に到着した達郎は、想像を超える場内の広さに驚きを隠せなかった。

 

 総合体育館のメインアリーナ位の広さと天井高に、林立するコンクリート柱。その景色は広さにおいて及ぶべくもないが、かつて地下神殿とも称された首都圏外郭放水路の調圧水槽を彷彿とさせた。

 

 天井に備え付けられた照明は用をなしておらず、代わりに所々に設置された投光器が、部分的に場内を照らしている。

 

 また、壁面の石膏ボードや床に敷き詰められたタイルは、老朽化と訓練による影響か、至る所に割れや剥れ、それに銃痕の跡等が見てとれた。

 

(普通の道場位の広さを想像してたけど…建設途中の商業施設か何かだったのだろうか…)

 

「もしかしたら、来ないかもって思ってたけど…どうやら杞憂に終わったみたいね」

 

 場内奥の暗闇から聞こえる声はアスカのものだった。達郎へと歩み寄る足音が大きくなるにつれ、投光器の明かりが、朧気(おぼろげ)だったアスカの輪郭を鮮明に映し出す。

 

(昨夜、その刀を預けてさえいなければ、絶対そうしてましたけどね…)

 

 達郎は、アスカが左肩に引っ提げている忍刀“夜霧“に気付き、内心で毒吐(どくづ)くも、それを悟られぬよう気弱に応ずる。

 

「そんな、果し合いってわけでもないのに……今日は試験なんですよね?」

 

 返事を返しつつ達郎もまたアスカの方へと前進する。やがて二人は場内の中央、互いの間合いを侵さぬ距離でその足を止めた。

 

 (おもむろ)に忍刀を達郎に放り渡し、悪戯っぽい笑みを浮かべるアスカ。

 

「えぇ、その通りよ。ただし、試験は私との剣術仕合だけどね」

 

(まぁ、あり得るかなとは思っていたけど…って、え…まさか真剣で?)

 

 (にわか)には信じ難い思いで、達郎はアスカが右手に持つ刃渡り四十センチ程度のナックルブレードに目を向けた。

 

「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫よ。私の方は、本当は二刀持ちだけど一刀のみだし、遁術も使わないから安心して」 

 

(いや、心配なのはそこではなくてですね……)

 

 微妙にズレているアスカとの会話に、早々に嫌気が差し始めている達郎だったが、その一方でアスカの剣技に関心を寄せずにもいられなかった。

 

 本来、前衛適性に乏しい風遁使いは、後方支援や暗部に回されることが多い。それにも関わらず、アスカは常に前衛で他の対魔忍を圧倒する程の戦果を挙げてきた。

 

 人並外れた絶風暴爆の対魔忍-それこそが達郎の聞き及ぶアスカの印象に他ならなかった。

 

 そんなアスカのハンディキャップの申し出に、(おのれ)如きが(あなど)られたと感じ、(いきどお)ることなど(もっ)ての他だろう。

 

 同じ風遁の使い手として、一介の剣士として、風神の対魔忍と称されるアスカとの手合わせに、達郎の心が(たぎ)るのも無理もないことだった。

 

「…承知しました。風神の御業、御教授願います」

 

 深く一礼した達郎は、腰に提げたばかりの忍刀を鞘から抜き払うと、平晴眼の構えを取りアスカの攻撃に備える。

 

「うんうん、そうこなくちゃね♪」

 

 そうして、右手のブレードを器用に (てのひら)でくるくると回しながら、まるで街中を闊歩(かっぽ)するかのように、アスカは達郎の間合いに踏み入ったのだった。

 剣戟の始まりは達郎の逆袈裟(ぎゃくけさ)の一閃からだった。身を捻りブレードで刃を受け流しつつ、右斜め前方に身体を傾け、一気に達郎に詰め寄るアスカ。

 

 アスカは得意の近接格闘に持ち込むべく、達郎の左腕を拘束しようと左手を伸ばす。だがしかし、達郎の姿は既にそこに無く、五指は当て()なく虚空を掻いた。

 

「…えっ?」

 

 相手を見失ったアスカに、間髪入れず左斜め後方から、達郎の左薙ぎが胴を襲う。

 

 格闘戦を狙う相手の行動を見越した達郎が、アスカの左脇をすり抜けて背後に回り込み、絶対の安全圏から横薙ぎを振り払ったのだ。

 

 前方に伸ばした己の左腕が邪魔をして、迫り来る刃を視認できないアスカ。その斬撃は、まさしく刹那に瞬く不可視の一閃。

 

 (かわ)しきれないと判断したアスカは、咄嗟(とっさ)に右手のブレードを逆手に持ち替え腹部を防御する。

 

ガキィーン!!

 

 かろうじて、達郎の横薙ぎを阻んだアスカだったが、無理な防御姿勢を取ったがために、その刀身を受け流すまでには及ばない。

 

 達郎の膂力(りょりょく)に任せた直刀の振り抜きに、アスカは身体ごと後方に吹き飛ばされると、無様に地面を転がってしまう。

 

「ちょ、君、あり得ないんですけどっ!?」

 

 急ぎ立ち上がり悪態を吐くアスカの声に、達郎の(ささや)きが重なる。

 

「…髄心(ずいしん)逸刀流忍術 “風踏(かざふみ)”」

 

 その忍術は名に(たが)わず風を踏む―――低空下にて風圧を足場に高速機動を()すその遁術は、(わず)かな足運びを(もっ)て、一瞬の内に達郎の体躯をアスカの眼前へと至らしめた。

 

「なっ、嘘でしょ!?」

 

 軽やかに身体を一旋し水平に振り払われる白刃を、アスカは際どい所で受け流す。

 

(片手一刀、遁術なしは流石に荷が重過ぎたかも…)

 

 逡巡するアスカに、尚も達郎の怒涛の連撃が襲いかかる。袈裟(けさ)斬り、逆袈裟、横薙ぎ、刺突。

 

 あらゆる方向から繰り出される変幻自在の刃に、アスカは次第に防戦を余儀なくされる。

 

 その剣速は凡庸―――なれど、俊敏な体捌きと精緻な足運びを以て、達郎自身は一切の反撃を許さぬ安全圏から、斬撃を淀みなく浴びせ続け、アスカを翻弄する。

 

 二刀ならまだしも、小脇差程度のナックルブレード一刀では余りにも分が悪い。反撃の糸口すら見つからず苛立ちばかりが募るアスカ。

 

「あぁ、もう!君の剣、本気(マジ)でウザ過ぎっ!!」

 

 (たま)らずアスカが叫び声を上げるも達郎は動じない。澄み渡る意識の中、この剣戟の終着点―――その一極一点に辿り着くことだけに思考の全てを費やしていた。

 遅れて訓練場に到着し、壁際で二人の様子を見物していたゆきかぜは、アスカが劣勢に立つ状況に驚愕(きょうがく)した。

 

 察するにアスカの方は、二刀持ちと風遁を封じているようだが、絶対的な膂力や速度において、アスカが上回っているのは見るからに明らかだった。

 

 そも、万全の体勢であれば、アスカの剣速は動体視力の極限をも超えるのだが……その一刀を振るう局面が一向に訪れない。

 

「そうか、速いんじゃなくて、(はや)いんだ…それに彼、立ち回りが凄い……」

 

 軽きを以て重きを凌ぎ、遅きを以て速きを捌く技の冴え。そして、相手の一手先を見通す明敏な彼の思考に、アスカは圧倒されている。

 

(彼には、派手な遁術や力任せの剣技は通じなさそう…)

 

 ゆきかぜは達郎の見せる剣技に感嘆すると同時に、悪寒にも似た戦慄に蝕まれていくのを感じていた。

(ハンデが無ければ、多分負けていたな。これは……)

 

 あらゆる他流他派の理合と剣技を数理解析し、それを逸刀流剣術に組み込むことで完成した髄心逸刀流は、確率統計学的な剣筋予測に基づく対人特化の実戦剣術だ。

 

 その特徴は認識、予測、回避行動のプロセスを瞬時に完結し、戦いの趨勢(すうせい)を制することにある。

 

 達郎の知る限り、甲河の流れを組む近接主体の格闘剣術は、圧倒的な手数と遁術による撹乱(かくらん)戦法が特徴のはず。

 

 (ゆえ)にそれらを自ら封じ、実力の半分も発揮していないであろう、今のアスカの攻撃ならば、髄心逸刀流を修めた達郎にしてみれば、躱し捌くこと自体はそう難しいことではなかった。

 

(それでも、流石は風神というべきか。持ち前の身体能力を頼りに良く持ち(こた)えているけれど…)

 

 達郎は逆袈裟でアスカのブレードを上方へと弾き返す。

 

「くっ、まだまだぁ!」

 

 防戦一方で胆力に陰りの見えたアスカが、身体の反射運動に逆らわず、高々と上げられた右腕から、渾身の上段斬りを仕掛ける。

 

(…どうやら、それもここまでみたいだ)

 

 刀身が短く重量の軽い小脇差や短刀は、上段からの振り下ろしでは、太刀に対し間合いに劣り、重みが足らず刃の(はし)りも鈍いため、どうしても相手に見切られがちになる。

 

 故に動作が少なく、また相手の視界から刀身を隠すに(まさ)る、下段からの逆袈裟や、横薙ぎが主な攻撃手段となるのだが……

 

 達郎は忍刀をブレードの刃を撫でるように滑らせ、アスカの斬撃を受け流すと、そのまま刀身を(しのぎ)に乗っからせ、地面へと力任せに叩き下ろした。

 

「あ、しまっ…」

 

 そのアスカの呟きこそが、致命的な悪手であったことの証左。ブレードの刃は、床に敷き詰められたタイルの目地に深く突き刺さる。

 

 地面からブレードを抜こうにも、素早く忍刀を手放した達郎の右手が、アスカの右手首を掴んで離さない。

 

 達郎はアスカの手首を支点に、片手で以て逆立ちの姿勢を取ると、身を捻り右脚で真横の虚空―――風を蹴り旋風の如く回転。

 

 己の腿力に加えて、“風踏”を利用した身体操法により、その威力を増した会心の回し蹴りが、前屈みのアスカの側頭部に直撃する。

 

「きゃっ!!」

 

 アスカは咄嗟に側頭部を左腕で庇うも、その衝撃に真横に吹っ飛ばされ床を転がると、林立するコンクリート柱に身体をしたたかに打ちつけた。

 

「…うぅ、()っつぅ〜」

  

 頭部を(さす)りながら、よろよろと立ち上がるアスカ。対する達郎は忍刀を持ち直し、未だ心身の構えを崩さない。

 

「…まだ、続けますか?」

 

「えぇ、勿論……と言いたいところだけど、私の反則負けね。回し蹴りの直前に、思わず遁術で障壁(バリア)を張っちゃったから」

 

 アスカは残念そうな表情を見せるも、昨夜に比べその声色には親しみやすい雰囲気が感じられた。

 

 達郎は、残心を示しつつ鞘に刀身を納め一礼すると、床に刺さったブレードを引き抜き、アスカへと手渡した。

 

「ありがと。君、案外やるじゃない」

 

「いえ、ハンデを頂かなければ、結果は恐らく違っていたかと。風神の御業の一端を垣間見ることができ、とても良い経験になりました」

 

「…ぇ、ふ、ふぅーん…まぁね、君も良く分かってるじゃない」

 

 達郎の言葉は嘘偽りない本心からのものだった。勝敗の如何(いかん)を問わず、刃を交えたからこそ分かるアスカとの力量の差。

 

 鍛え抜かれた膂力と瞬発力、磨き抜かれた型と技法には、さしもの達郎も舌を巻かずにはいられなかった。

 

 その後も二人は談笑を交えつつ互いを讃えあう。

 

(折角だから、二刀持ちでの手合わせもお願いしてみようかな…)

 

…ブォーン…ブォーン

 

 背後から聞こえる(かす)かな音に気付き、振り向いた達郎が目にしたのは、こちらに歩み寄ってくるゆきかぜの姿だった。

 

 その両手からは、雷神の代名詞である ”雷剣(プラズマブレード)“の刀身が伸び、(まばゆ)い光とプラズマ粒子の放出音を発している。

 

「どうやら、ゆきかぜもやる気になっちゃったみたい。悪いけど相手をしてあげてね、達郎君♪」

 

「…えっ?」

 

 達郎の返事を待たず、場内の端へと退(しりぞ)くアスカと入れ替わるかのように、二刀の”雷剣“の切先を地面に下ろし、達郎の目の前で歩みを止めたゆきかぜが、ゆっくりと口を開く。

 

「…準備はできてる。いつでもかかってきて構わないから」

 

 達郎は思いがけない事態に…そして何より……その余りにも滑稽(こっけい)なゆきかぜの得物に驚き、呆れて声を失った。

 

(うん、(てのひら)から刀身が伸びてるのは良しとしよう)

(けど、何あれ…光ってて、変な音まで聞こえるし)

(あ、昔のSFヒーロー物とかが好きなのかな?)

(いやいや、流石にそれはないでしょう)

(でも、刀剣としては欠陥だらけだぞ、あれ……)

 

「…来ないなら、こっちから始めるけど」

 

 幾ら待てども返事を返さない達郎に、ゆきかぜは怪訝な表情を浮かべる。

 

「……あ、はい。あの…よろしくお願いします」 

 

 物思いの不意を突かれ、気のない返事を返す達郎。その胸中は、先刻まで感じていた歓喜や充実感が失われ、刀を抜くのも億劫(おっくう)に感じるほどに萎えきっていた。

 




 達郎vsアスカ、達郎vsゆきかぜ、まとめて一話に収めるつもりでしたが、書いている途中で諦めました…ということで、次回はゆきかぜ戦、“雷神と疾風(仮)”の予定です。

 また、今作ではゆきかぜの“雷剣”が微かな音を発しますが、これは私の勝手な解釈となります。原理や仕組みを想像すると、流石に無音って訳にはいかないのではと思いましたので。

 最後に、今話での言い回しや髄心逸刀流の着想に関しては、虚淵 玄先生がシナリオをお書きになられた同人作品「浄火の紋章」を参考にさせていただきました。

 これまたガン=カタ好きには堪らない作品ですので、ご興味ある方は、是非ともお手に取っていただければと思いますヽ(´ー`)

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【設定補足③】
髄心逸刀流
 旧・秋山派逸刀流の分家筋に当たる達郎の父、秋山 俊樹が創始した流派。

 その特徴は、外国研究機関の極秘支援の下、元々の秋山派の逸刀流剣術をより科学的に先鋭化させた所にある。
 
 あらゆる他流他派の理合と剣技を数理解析し、それを逸刀流剣術に組み込むことで完成した髄心逸刀流は、確率統計学的な剣筋予測に基づく対人特化の実戦剣術であり、剣士(或いは兵士)のポテンシャルを極限にまで引き上げる。

 髄心逸刀流の特筆すべき点は認識、予測、回避行動のプロセスを瞬時に完結し、戦いの趨勢を制することにある。

 とりわけ、逸刀流の使い手に対しては無類の威力を発揮するため、髄心逸刀流を知る一部の者からは、“同門殺しの髄心流”とも呼ばれている。

 反面、対人特化の剣術であるが故に、対魔族・対生体兵器戦においては、逸刀流の亜流の域を出ず、また遁術を絡めた攻撃手段も皆無に近い。

 これら傾向については、剣才はあれど遁術の才能には恵まれなかった創始者の理念(或いは逸刀流や遁術への逆恨み)が、色濃く反映された結果と言えよう。
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