レジスタンス本部を訪れた翌日。坂下隊長から聞いた道順を頼りに、定刻通り地下訓練場に到着した達郎は、想像を超える場内の広さに驚きを隠せなかった。
総合体育館のメインアリーナ位の広さと天井高に、林立するコンクリート柱。その景色は広さにおいて及ぶべくもないが、かつて地下神殿とも称された首都圏外郭放水路の調圧水槽を彷彿とさせた。
天井に備え付けられた照明は用をなしておらず、代わりに所々に設置された投光器が、部分的に場内を照らしている。
また、壁面の石膏ボードや床に敷き詰められたタイルは、老朽化と訓練による影響か、至る所に割れや剥れ、それに銃痕の跡等が見てとれた。
(普通の道場位の広さを想像してたけど…建設途中の商業施設か何かだったのだろうか…)
「もしかしたら、来ないかもって思ってたけど…どうやら杞憂に終わったみたいね」
場内奥の暗闇から聞こえる声はアスカのものだった。達郎へと歩み寄る足音が大きくなるにつれ、投光器の明かりが、
(昨夜、その刀を預けてさえいなければ、絶対そうしてましたけどね…)
達郎は、アスカが左肩に引っ提げている忍刀“夜霧“に気付き、内心で
「そんな、果し合いってわけでもないのに……今日は試験なんですよね?」
返事を返しつつ達郎もまたアスカの方へと前進する。やがて二人は場内の中央、互いの間合いを侵さぬ距離でその足を止めた。
「えぇ、その通りよ。ただし、試験は私との剣術仕合だけどね」
(まぁ、あり得るかなとは思っていたけど…って、え…まさか真剣で?)
「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫よ。私の方は、本当は二刀持ちだけど一刀のみだし、遁術も使わないから安心して」
(いや、心配なのはそこではなくてですね……)
微妙にズレているアスカとの会話に、早々に嫌気が差し始めている達郎だったが、その一方でアスカの剣技に関心を寄せずにもいられなかった。
本来、前衛適性に乏しい風遁使いは、後方支援や暗部に回されることが多い。それにも関わらず、アスカは常に前衛で他の対魔忍を圧倒する程の戦果を挙げてきた。
人並外れた絶風暴爆の対魔忍-それこそが達郎の聞き及ぶアスカの印象に他ならなかった。
そんなアスカのハンディキャップの申し出に、
同じ風遁の使い手として、一介の剣士として、風神の対魔忍と称されるアスカとの手合わせに、達郎の心が
「…承知しました。風神の御業、御教授願います」
深く一礼した達郎は、腰に提げたばかりの忍刀を鞘から抜き払うと、平晴眼の構えを取りアスカの攻撃に備える。
「うんうん、そうこなくちゃね♪」
そうして、右手のブレードを器用に
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剣戟の始まりは達郎の
アスカは得意の近接格闘に持ち込むべく、達郎の左腕を拘束しようと左手を伸ばす。だがしかし、達郎の姿は既にそこに無く、五指は当て
「…えっ?」
相手を見失ったアスカに、間髪入れず左斜め後方から、達郎の左薙ぎが胴を襲う。
格闘戦を狙う相手の行動を見越した達郎が、アスカの左脇をすり抜けて背後に回り込み、絶対の安全圏から横薙ぎを振り払ったのだ。
前方に伸ばした己の左腕が邪魔をして、迫り来る刃を視認できないアスカ。その斬撃は、まさしく刹那に瞬く不可視の一閃。
ガキィーン!!
かろうじて、達郎の横薙ぎを阻んだアスカだったが、無理な防御姿勢を取ったがために、その刀身を受け流すまでには及ばない。
達郎の
「ちょ、君、あり得ないんですけどっ!?」
急ぎ立ち上がり悪態を吐くアスカの声に、達郎の
「…
その忍術は名に
「なっ、嘘でしょ!?」
軽やかに身体を一旋し水平に振り払われる白刃を、アスカは際どい所で受け流す。
(片手一刀、遁術なしは流石に荷が重過ぎたかも…)
逡巡するアスカに、尚も達郎の怒涛の連撃が襲いかかる。
あらゆる方向から繰り出される変幻自在の刃に、アスカは次第に防戦を余儀なくされる。
その剣速は凡庸―――なれど、俊敏な体捌きと精緻な足運びを以て、達郎自身は一切の反撃を許さぬ安全圏から、斬撃を淀みなく浴びせ続け、アスカを翻弄する。
二刀ならまだしも、小脇差程度のナックルブレード一刀では余りにも分が悪い。反撃の糸口すら見つからず苛立ちばかりが募るアスカ。
「あぁ、もう!君の剣、
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遅れて訓練場に到着し、壁際で二人の様子を見物していたゆきかぜは、アスカが劣勢に立つ状況に
察するにアスカの方は、二刀持ちと風遁を封じているようだが、絶対的な膂力や速度において、アスカが上回っているのは見るからに明らかだった。
そも、万全の体勢であれば、アスカの剣速は動体視力の極限をも超えるのだが……その一刀を振るう局面が一向に訪れない。
「そうか、速いんじゃなくて、
軽きを以て重きを凌ぎ、遅きを以て速きを捌く技の冴え。そして、相手の一手先を見通す明敏な彼の思考に、アスカは圧倒されている。
(彼には、派手な遁術や力任せの剣技は通じなさそう…)
ゆきかぜは達郎の見せる剣技に感嘆すると同時に、悪寒にも似た戦慄に蝕まれていくのを感じていた。
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(ハンデが無ければ、多分負けていたな。これは……)
あらゆる他流他派の理合と剣技を数理解析し、それを逸刀流剣術に組み込むことで完成した髄心逸刀流は、確率統計学的な剣筋予測に基づく対人特化の実戦剣術だ。
その特徴は認識、予測、回避行動のプロセスを瞬時に完結し、戦いの
達郎の知る限り、甲河の流れを組む近接主体の格闘剣術は、圧倒的な手数と遁術による
(それでも、流石は風神というべきか。持ち前の身体能力を頼りに良く持ち
達郎は逆袈裟でアスカのブレードを上方へと弾き返す。
「くっ、まだまだぁ!」
防戦一方で胆力に陰りの見えたアスカが、身体の反射運動に逆らわず、高々と上げられた右腕から、渾身の上段斬りを仕掛ける。
(…どうやら、それもここまでみたいだ)
刀身が短く重量の軽い小脇差や短刀は、上段からの振り下ろしでは、太刀に対し間合いに劣り、重みが足らず刃の
故に動作が少なく、また相手の視界から刀身を隠すに
達郎は忍刀をブレードの刃を撫でるように滑らせ、アスカの斬撃を受け流すと、そのまま刀身を
「あ、しまっ…」
そのアスカの呟きこそが、致命的な悪手であったことの証左。ブレードの刃は、床に敷き詰められたタイルの目地に深く突き刺さる。
地面からブレードを抜こうにも、素早く忍刀を手放した達郎の右手が、アスカの右手首を掴んで離さない。
達郎はアスカの手首を支点に、片手で以て逆立ちの姿勢を取ると、身を捻り右脚で真横の虚空―――風を蹴り旋風の如く回転。
己の腿力に加えて、“風踏”を利用した身体操法により、その威力を増した会心の回し蹴りが、前屈みのアスカの側頭部に直撃する。
「きゃっ!!」
アスカは咄嗟に側頭部を左腕で庇うも、その衝撃に真横に吹っ飛ばされ床を転がると、林立するコンクリート柱に身体をしたたかに打ちつけた。
「…うぅ、
頭部を
「…まだ、続けますか?」
「えぇ、勿論……と言いたいところだけど、私の反則負けね。回し蹴りの直前に、思わず遁術で
アスカは残念そうな表情を見せるも、昨夜に比べその声色には親しみやすい雰囲気が感じられた。
達郎は、残心を示しつつ鞘に刀身を納め一礼すると、床に刺さったブレードを引き抜き、アスカへと手渡した。
「ありがと。君、案外やるじゃない」
「いえ、ハンデを頂かなければ、結果は恐らく違っていたかと。風神の御業の一端を垣間見ることができ、とても良い経験になりました」
「…ぇ、ふ、ふぅーん…まぁね、君も良く分かってるじゃない」
達郎の言葉は嘘偽りない本心からのものだった。勝敗の
鍛え抜かれた膂力と瞬発力、磨き抜かれた型と技法には、さしもの達郎も舌を巻かずにはいられなかった。
その後も二人は談笑を交えつつ互いを讃えあう。
(折角だから、二刀持ちでの手合わせもお願いしてみようかな…)
…ブォーン…ブォーン
背後から聞こえる
その両手からは、雷神の代名詞である ”
「どうやら、ゆきかぜもやる気になっちゃったみたい。悪いけど相手をしてあげてね、達郎君♪」
「…えっ?」
達郎の返事を待たず、場内の端へと
「…準備はできてる。いつでもかかってきて構わないから」
達郎は思いがけない事態に…そして何より……その余りにも
(うん、
(けど、何あれ…光ってて、変な音まで聞こえるし)
(あ、昔のSFヒーロー物とかが好きなのかな?)
(いやいや、流石にそれはないでしょう)
(でも、刀剣としては欠陥だらけだぞ、あれ……)
「…来ないなら、こっちから始めるけど」
幾ら待てども返事を返さない達郎に、ゆきかぜは怪訝な表情を浮かべる。
「……あ、はい。あの…よろしくお願いします」
物思いの不意を突かれ、気のない返事を返す達郎。その胸中は、先刻まで感じていた歓喜や充実感が失われ、刀を抜くのも
続
達郎vsアスカ、達郎vsゆきかぜ、まとめて一話に収めるつもりでしたが、書いている途中で諦めました…ということで、次回はゆきかぜ戦、“雷神と疾風(仮)”の予定です。
また、今作ではゆきかぜの“雷剣”が微かな音を発しますが、これは私の勝手な解釈となります。原理や仕組みを想像すると、流石に無音って訳にはいかないのではと思いましたので。
最後に、今話での言い回しや髄心逸刀流の着想に関しては、虚淵 玄先生がシナリオをお書きになられた同人作品「浄火の紋章」を参考にさせていただきました。
これまたガン=カタ好きには堪らない作品ですので、ご興味ある方は、是非ともお手に取っていただければと思いますヽ(´ー`)
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【設定補足③】
髄心逸刀流
旧・秋山派逸刀流の分家筋に当たる達郎の父、秋山 俊樹が創始した流派。
その特徴は、外国研究機関の極秘支援の下、元々の秋山派の逸刀流剣術をより科学的に先鋭化させた所にある。
あらゆる他流他派の理合と剣技を数理解析し、それを逸刀流剣術に組み込むことで完成した髄心逸刀流は、確率統計学的な剣筋予測に基づく対人特化の実戦剣術であり、剣士(或いは兵士)のポテンシャルを極限にまで引き上げる。
髄心逸刀流の特筆すべき点は認識、予測、回避行動のプロセスを瞬時に完結し、戦いの趨勢を制することにある。
とりわけ、逸刀流の使い手に対しては無類の威力を発揮するため、髄心逸刀流を知る一部の者からは、“同門殺しの髄心流”とも呼ばれている。
反面、対人特化の剣術であるが故に、対魔族・対生体兵器戦においては、逸刀流の亜流の域を出ず、また遁術を絡めた攻撃手段も皆無に近い。
これら傾向については、剣才はあれど遁術の才能には恵まれなかった創始者の理念(或いは逸刀流や遁術への逆恨み)が、色濃く反映された結果と言えよう。