スカイハイ   作:ラケットコワスター

1 / 27
前編
そして少女はため息をつく


 その日は晴天だった。ほどよい風が頬を撫で、暑くも寒くも無い絶妙な具合だ。

 少し空を見上げた後、思い出したようにその場に腰を下ろす。そのまま空を見上げ続けていると、待っていた影が現れる。

 始めは空に突然現れた点のように見える。それが少しずつ近づいてくると、急に大きな鳥に形を変え、暴風と共に頭上をすさまじい速さで通り過ぎていった。

 

「……はぁ」

 

 そして少女は、飛び去って行った鳥の影を目で追いながらため息をつく。

 

 

 イシュナ歴一四五七年 六月四日 一三時二四分

 

 

 パンナコの丘。この小さな丘はそう呼ばれていた。普段はどこか目的地へ向かう人と、少しの観光客だけが訪れる何もない場所だが、ここ数日は珍しい程の人込みで賑わっている。

 何かの祭りの前触れかのように豪華な看板が立ち、ちらほらと行商人の姿も見える。まるで紙吹雪でも降ってきそうな程浮足立っているが、その中に一人、浮かない顔で少女は立ち尽くし空を見上げていた。

 背丈は高くなく、短く切り揃えられた金色の髪の下にはつまらなそうな仏頂面が覗いている。しかしその仏頂面も童顔のせいで未成熟な子供っぽさを演出してしまうだけだった。反面纏っている服は周囲とは違い、上質な生地でできたブラウス、左手だけに装着されたガントレット、そして腰に下げられた一振りの剣は彼女が周囲とは違う地位にいる存在だと言うことを示していた。

 

「ようぺトラ嬢。今日も来たのか」

 

 不意にそんな少女に一人の作業員が気安く声をかける。少女はそんな声に反応して振り返るが、浮かない顔はそのままだった。

 

「昨日は来なかった」

 

 不愛想に言い返す。

 

「そうだったか?まぁいいや。毎日ここに来るのも結構だがまだ開催までだいぶ期間あるぜ?他にやることあるんじゃないのかい?」

「余計なお世話だよ……僕がどうしようと勝手だろ」

「かーっ、愛想悪いねぇ。まぁそりゃあレースに出場できない苛立ちはわかるがお前さんはまだ若い。そう焦ることもないんじゃないか?」

「僕はもう十六だ!出場資格はある!」

 

 ぺトラと呼ばれた少女は苛立つように吐き捨てると相手を挑戦的に睨み返すが、小柄な体躯のせいでイマイチ迫力に欠ける。事実相手は軽く笑い返すだけだった。

 その時、不意に二人の頭上を勢いよく一匹のドラゴンが飛び去って行く。一拍おいて、強い風が叩きつけるように吹いた。

 

「馬鹿野郎!危ねぇじゃねえかッ!」

 

 作業員が拳を振り上げながら空に向かって叫ぶ。その瞬間、無機質な立方体の形をした機械が飛来しまた風を吹かす。

 

「うおおおおおお!俺の帽子ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 強風は作業員の帽子をさらって行き、彼はそれを追ってどこかへと走り去ってしまった。

 ぺトラはそんな彼などおかまいなしに空を見上げ、小さく呟いた。

 

「冒険家のドルイド……その後ろは……ヂルス卿かな。もう現地入りしてたんだ」

「うわあああああ危ねぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ふと背後から大きな声がする。振り返ると、これまた巨大な看板が倒れ込んできた。

 

「うわっ!?」

 

 あわてて飛び退くと、彼女の爪先三センチのあたりに看板が倒れ込んだ。

 

「おうあんた!大丈夫かい!?」

「大丈夫!」

 

 大声で放られた言葉に同じく大声で返す。

 ふと、倒れてきた看板に目を落とす。

 ──〝第百回スカイハイ・レース〟

 やたらと派手な文字でそう書かれている。ぺトラはその文字を前に少し渋い顔をすると、心なしか足早にその場を離れた。

 スカイハイ──この世界において数年に一度開催される一大イベントだ。その内容は簡単に言えば大規模な海洋横断エアレース。世界中から空の住人達が集まり、世界一の名声をかけて競い合うのだ。

 ぺトラが親指の爪を噛む。少しずつ苛立ちと焦りが湧いてきた。というのも、彼女がここ数日彼女がこの場所に足しげく通っている理由はこれにあった。

 

「なんとかして……出れないかなぁ」

 

 ぺトラはこのスカイハイへの参加を渇望していた。今年で彼女は十六歳を迎え、参加資格のうちの一つである年齢はパスできるようになった。後は名乗りを上げるだけ──ではある。あるのだが、彼女にはもう一つ大きな問題があった。

 

「乗り物……どうしよう……」

 

 仮設の整備施設の前を通りかかり、そう漏らす。ぺトラにはレースを戦う為の乗り物が無かった。

 通常、参加者は飛行能力を持つ生物を飼いならすか、空を飛ぶことのできる魔道具なりを用意するものだが、あいにく一緒に飛ぶことができるような巨大生物の飼育技術も、高度な魔道具を用意できる貯蓄もぺトラは持ち合わせていなかった。

 町へ行って適当なものを何か都合してくるのが一番現実的な手段ではあるが、スカイハイを生き残れるようなものとなるとぺトラ一人で用意できる金額は優に超えるだろう。

 

 

 同日 一三時二四分

 

 

「ううん……なんとかならないかなぁ……」

 

 それから二十分後。ぺトラは帰路につき、会場から離れた小道で一人そう呟いた。年齢は既に十六を超え、参加資格こそ有してはいるが肝心の乗機が無い。

 どうしたものか──そう考えながら歩いていると、いつの間にか大きな門の前にたどり着いていた。

 ぺトラは不意に顔を上げ、小さくため息をつくとそのまま門の先へ広がる大きな庭へ足を踏み入れる。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。また会場へ?」

 

 すると、立派な垣の手入れをしていた若い庭師がぺトラに気付き、声をかけた。ぺトラは軽く手を上げて反応を示すと、庭師の質問に返答せずその場を通り過ぎようとする。

 

「旦那様が散歩も良いが宿題の方はどうなんだと心配していましたよ?」

「もう終わったよ」

 

 振り返ることなくそう言葉を放る。丁度その時、彼女の目の前に大きな屋敷が現れた。

 壁は白く塗られたレンガで作られており、劣化により色ムラができている。背の高さは抑え、横に広がるような構造をしてはいるようだが、建物そのものが大きいため、その辺の建物よりよっぽど背の高い形をしている。

 ナッツ邸。付近の住人はこの建物をそう呼んだ。この屋敷にはこの辺り一帯を治める武家、ナッツ家の現当主とその一家が暮らしていた。

 そしてその屋敷をつまらなさそうに見上げる彼女こそ、このナッツ家の三女、六人兄妹の末娘、ぺトラ・ナッツその人だった。

 

「それで?今日はどんな発見があったんです?」

「進展とは言ってくれないの?」

「どうせまた作業員の方にからかわれてきたんでしょう?」

 

 ぺトラが渋面し足を止めると、庭師はいたずらっぽく笑った。

 

「気をつけた方がいい。旦那様はどうも地域の皆さんのお嬢様への態度を快く思っていないようです。それに、最近はお嬢様が会場へ向かうのも難色を示しているようですよ」

 

 庭師はさりげなくそう言うと、ポケットから飴を取り出しぺトラに握らせた。

 

「そんなの父さんには関係ないじゃないか」

 

 包装紙を綺麗に除き、飴を口に放り入れながらぺトラが口を尖らせる。

 

「人の上に立つ者には威厳というものが必要なのですよ」

「まーた先生みたいなこと言う……ちなみに本音は?」

「私は自由気ままなお嬢様の方が好きですね」

「流石、よくわかってるじゃん」

 

 そこまで言って二人がいたずらっぽく笑うと、丁度庭の向こうからぺトラの父が歩いてくるのが見えた。ぺトラは庭師に別れを告げ、見つからないよう垣の間を屈んで走っていった。

 

 

 同日 一五時五三分

 

 

「……」

 

 それからしばらくして。ぺトラは庭を走り抜け、屋敷の裏の森にいた。幼い頃散々探検したお陰でこの森に関してはナッツ家の誰よりも詳しい自信がある。

 目の前には数年前に見つけた小さな池が広がっていた。少し奥へ入り込んだ場所にぽつんと存在するこの池は、ぺトラしか知らない自分だけの場所、彼女のお気に入りの場所だった。

 

「はぁ、この本も同じようなことを……」

 

 池の縁に生えている大樹の根元に転がり本を読んでいたが、最後のページをめくるとつまらなそうにそれを閉じ、ため息をつく。表紙には三十年前の優勝者の肖像画と、〝スカイハイ必勝法〟などという言葉が踊っていたが、どうやら彼女の満足のいくようなことは載っていなかったらしい。

 

「くそ……乗り物……乗り物さえあれば……」

 

 恨めしそうにそう言い、腰のポーチから銅貨を三枚取り出し、寝そべったまま無造作に池へ放った。

 

「神様神様お助けください……僕の願いを叶えたまえ……」

 

 手を合わせ、ぶつぶつと言葉を繋げる。

 

「……なんてね」

 

 手を離すとそのまま立ち上がり、屋敷の方へ足を向け歩き出す。何度も訪れているせいで獣道だったはずの道はいつしかしっかりした通路となっており、人の手が入っている場所へ出るのは容易だった。

 

「……もううだうだ言ってられないかなぁ……中級の飛行型ゴーレムくらいなら貯金全部使えばたぶん買えるだろうし、明日買いに行こうかな……操作覚えなきゃいけないし」

 

 独り言を呟きながら、目の前に現れた粗末な柵を越えようとする。ふと、その時いつも腰に下がっているはずのポーチが無くなっていることに気付いた。

 

「……」

 

 今日一番のため息をつき、振り返る。

 

「どこで落としたんだ……?」

 

 来た道を引き返しながらそう呟く。池からここまではたいした距離も無ければぺトラの開拓によってきちんと道ができている。道中落としたのならすぐ見つかるはずだ。

 ──と、思ったがポーチは見つからず、結局池まで戻ってきてしまった。

 

「あれ……なんで気付かなかったんだろ」

 

 ポーチは先程まで自分が転がっていた場所に落ちていた。銅貨を投げ入れた時は腰に下がっていたはずだが、と怪訝な顔をしながらそれを拾い上げる。

 そのまま、なんとなしに池に目をやった。

 

「え」

 

 そして目を見開く。

 そこには、

 さっきまで無かったはずの、

 見たこともない大きな機械が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 




 こんにちは!ラケットコワスターです。お久しぶりの新作です。本来ならば前作「わたしのせかい」から続いて出るはずだったんですがコロコロしちゃって気づけばなんか二年経ってましたorz
 そんなわけで二年ぶりの開催となるコミックマーケット99、二日目西き40aにてオリジナル小説「スカイハイ」を頒布します。昨年のエアコミケで出した短編「ペトラ・ナッツという少女」に登場したペトラが主人公としてスカイハイを戦います。
 本作前後編の二編仕立てでして、本日より前編部分の無料公開を順次始めていきます。当日はこれに表紙、おまけ付きのものを頒布する予定です。会場にいらっしゃる方は是非どうぞ~。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。