スカイハイ   作:ラケットコワスター

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水門開放

 同日 一五時二二分

 

「なんでここでエイドスモークが撒かれるんだ!」

「わかんないよ!とにかく逃げないと!」

 

 数分後。修一が飛び立ったドックの少し手前の下り坂を猛スピードで下りながらぺトラが叫ぶ。

 

「あの飛行船がエイドスモークを運んでたってことか!?」

「そういうことになる……!それがどういうわけか事故で爆発してこうなったんだよ!」

「誰だかわかんないけどとんでもないモン持ち込みやがって……!」

 

 角を曲がる。既に騒ぎは周囲は伝播しており、二人と同じようにエイド達から逃れようと右往左往しているのが見えた。

 その時、強い風が吹く。それに煽られ二人が足を止めてしまう。

 

「な……!」

 

 見上げると、頭上にエイドと化したグリフォンが翼を広げている。

 

「あぁまたこのパターンだよ!」

 

 ペトラが叫ぶと同時にグリフォンが飛来する。ペトラはとっさにその場の石を拾い上げ、エイドに向けて投げつける。石が直撃したグリフォンは苛立つように吠え、標的をペトラに変える。大口を開け、一気にペトラへと迫った。

 

「くそ!」

 

 舌打ちし、グリフォンの口内へ思い切り剣を突き立てる。グリフォンは悲鳴を上げるが、それでもそのまま体重をかけ、ペトラを押しつぶそうとする。

 

「うう……!」

「ペトラ!」

「う、く……ああああぁあああああぁあああッ!」

 

 全身に力を込め、一気に突き上げる。グリフォンは勢いに押されそのまま転がり、動かなくなった。

 

「くそ……人間以外にももう……!」

「大丈夫かい?ごめんね、何もできなくて……」

「そんなことないよ。ほら、行こう」

 

 ペトラがクリスに肩を貸し、立ち上がらせる。

 

「この先にラムダラの造船所がある。とりあえずは……そこに行こう」

 

 同日 一五時二〇分

 

「くそ……想像以上にヤバいなこれ」

 

 その頃ペペラーナ上空では。港から少しずつ広がっていく黒いもやを見つめながら、修一が渋面していた。

 

「くそ……どうする……!?」

 

 いつもなら後ろから返事が飛んでくるが今機体に乗っているのは一人だけだ。背後から声が飛んでこないことに少し違和感を覚えてしまう。

 旋回しながら地上の様子を探る。ペトラのことだ、こんな騒ぎになっているのに部屋でじっとしているはずはない。無事ならいいが、万が一ということもある。それに──

 

「お前らを墜とさないとな……!」

 

 不意に瑞雲を二体のエイドが取り囲んだ。それぞれ巨鳥と中型のドラゴンが元になった生物だろうか。空を飛ぶエイドは既にそれなりの数が生成されているが、その中でもこの二体が大きな戦力と見ていいだろう。しかも滞空するエイドからはエイドスモークが生成されているようだ。上空から大量のエイドスモークをぶちまけられないとも限らない。

 

「人探してんだ……邪魔すんな!」

 

 エイドが叫び、修一に突貫する。それに合わせ修一は操縦桿を倒し、降下に転じる。高度を速度に変換し、飛来する二体のエイドの下に飛び出した。

 

「応戦!……っだくそそうだケツは今撃てねぇんだ!」

 

 そのまま今度は操縦桿を右に倒す。機体が右に傾き(バンクし)、右旋回へと転じる。それにあわせてエイド達も進行方向を変え、瑞雲の背後に張り付いた。

 

「あぁくそ本当にこの世界の連中は格闘戦が楽でいいな!」

 

 舌打ちすると、巨鳥が大きく羽ばたき、瑞雲へ強烈な風を送る。それに煽られ、機体はバランスを崩してしまう。

 

「うっ……!くそ、なめんじゃねぇ……ッ!」

 

 ペダルを踏み、操縦桿を握り、なんとか機体を制御する。

 

「今回は銃座が使えない……なんとかして後ろ取らねぇと」

 

 後方を振り返りながら呟く。ゴーレムの時と違い、背後に攻撃する手段が今回は無い。正面にしか攻撃を繰り出せない状態で、しかも二体を同時に相手する。難易度は明らかにこちらの方が高い。

 

「まぁ、ゼロに乗ってた時と同じか……!」

 

 操縦桿を引く。幸い今の強風をエネルギーに転換できそうだ。今度は急上昇に転じ、エイド達の上を取る。

 太陽を背に宙返りし、逆光を受けながら降下する。

 

「まず一発!」

 

 逆光によって一瞬反応が遅れたエイド達に銃口を向け、撃鉄を落とす。

 いつもの爆音と一緒に吐き出された弾丸はまっすぐにエイドに飛び込み、その翼を傷つける。しかしエイド達は銃撃を受けたことでまた一声叫び、高所を飛ぶ瑞雲へと突き上げるように上昇を始めた。

 

「止ま……っ!?」

 

 間一髪の所で操縦桿を倒し、突撃をかわす。

 

「危ねぇ……体当たりしてくるなんて」

 

 三つの影は交錯し、距離を離していく。背後を見やりながら修一は苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 航空機の武器は機関銃だ。限界まで近づき、文字通りの格闘戦をする相手とは当然ながら相性が悪い。今回の相手はゴーレムの時以上に小回りが利く。

 こめかみに汗が伝う。眼下の黒いもやが少しずつ広がり始めているのが見えた。

 ペトラは無事だろうか──、

 ふと、不安が脳裏をよぎる。しかしそれを押さえ込み、代わりに強く操縦桿を握りこんだ。

 

 同日 一五時二七分

 

「まさかと思ってたけど……」

 

 一方地上では。ラムダラのドックでペトラが空を見上げていた。

 あれから二人は無事にラムダラのドックへ辿り着いた。エイドスモークの侵入を防ぐために完全に戸締りがなされたドックではロディと数人の技術者が籠城しており、外の様子を伺っていた。

 

「本当に飛んでっちゃうなんて……気が早いというかなんというか」

「まぁおかげで空を掌握されないで済んでるが……これからどうする」

 

 ロディから修一が飛んで行ったことを聞いたペトラは、口を閉ざして考え込む。

 相変わらずエイド達は工廠の近くまで現れるが、エイドスモークの方はまだ見えない。故にロディは工廠に残り、エイド達から工廠を守る選択をしたのだが、だからと言って問題の元凶がどうにかなるというわけではない。

 

「どうしようか……まだエイドスモークが広がってる以上、どっちみちジリ貧だ。そこをなんとかしないと……」

 

 ぶつぶつと呟き、その場を行ったり来たりし始める。ドック内は完全に戸締りされており、エイドスモークが流れ込むことは当分ないだろうが、出所がどうにもされていなければそれも時間の問題だ。

 

「港の方はどうなってる」

「とても引き返せる状態じゃないよ。すっかり充満しちゃってる」

「場合によっちゃここを捨てなきゃいけないか……?いや、しかし……」

「エイドスモークはそんなに急激に拡散しないって聞いたことがある。当分は大丈夫だと思うけど、確かに港の方がどうにかならないと、エイドが運んできちゃう」 

 

 と、その時である。

 

「!?」

 

 町全体にけたたましくサイレンが響いた。

 

「何これ」

 

 ペトラが落ち着かない様子で呟くと、その背後でクリスが大げさに舌打ちする。

 

「水門を解放する気だ!」

「水門?……!」

 

 それにペトラが怪訝そうな顔をするが、すぐにその意味を理解する。

 

「いや、でもそれは……」

「そもそも水門はペペラーナの都市防衛システムだ。今使わなきゃいつ使うんだって感じだけど……けど……!」

「おい待て、何の話してるんだ」

 

 たまらずロディが会話に乱入する。二人が重苦しい顔をして話している以上、何か重大な話をしているはずだが、ロディにとっては何の心当たりも無い話だった。複雑な顔をしているクリスに代わり、ペトラが説明を始める。

 

「エイドスモークには兵器としていくつかの欠点があるんだ」

「欠点?聞いたことねぇぞ」

「まぁ、使う側にとっては弱点なんて知られたくないし……とにかく、エイドスモークは効果が強力過ぎるから、安全装置代わりに二つの欠点が改善されずに残されてるんだ」

「マジか!?」

「一つは、さっき言ったように空気より重いから発生地点からあまり広がらないこと。エイドスモーク自体に拡散力はあまり無いから、生み出したエイドの方にエイドスモークの生成能力を持たせて、遠くまで運ばせるようにしてるんだ」

 

 言われて窓の外を見やる。確かにエイドスモークは少しずつ街中へ広がりつつあるが、空高くまきあがっているのは港のあたりだけだった。

 

「それともう一つは、水溶性だということ。文献上に魔術師数十人で洪水クラスの水を発生させて洗い流したって記録がある」

 

 ふむ、とロディが思案するように息を漏らす。

 

「水に溶けるのか」

「エイドスモークを使って制圧したエリアを除染するために残した欠点とも言えるね。基本的には雨を待って洗い流してたみたいだけど、逆に言うと雨で洗い流せるなら、広がりきる前に大量の水を流せば対処はできる……と思う」

「なるほど……?だがそれとその水門ってのがどう関係するんだ?」

 

 今度はクリスがペトラの説明を引き継いだ。

 

「水門は用水路を管理する為のものだけど、外敵が攻めてきた時に使う最終防衛手段でもあるんだ。各エリアに対応する水門を解放して、用水路に流れる水を増やし、人為的に洪水を起こす。下層の街はそれに飲み込まれるけど、外敵が上層に到達する前に海まで押し流すことができる」

 

 そこまで言ってロディも自体を理解する。

 

「それがあるから基本的にこの街の建物は洪水に耐えられるよう頑丈にできてる。でも損害は出る。だから最終手段なんだけど……」

「それをやるってのか」

「それだけエイドスモークが恐ろしいってことさね。悔しいけど仕方ない……!たぶん解放されるのは第四水門だ。場合によっちゃここも無事じゃすまないよ!」

 

 クリスがそう告げると、にわかに外の喧噪が耳に届くようになる。既に近くの建物は厳重に戸締りをし、住民達は慌ただしく上層へ移動を始めていた。

 

「……くそ!退避する!準備しろ!」

 

 同日 一五時三九分

 

「早く!もうあまり時間がない!」

 

 時間が経つにつれて外の喧噪は大きくなっていく。クリス曰く、水門が解放されるのは警報がなってから十五分後。その通りならもうあまり時間は残されていない。ロディは工廠を再び固く閉ざし、洪水に耐えられるよう祈りながら外へ繰り出した。

 

「大事なものはさっき空に逃がした。なんとか生き残ってくれればいいが……」

「それもだけどまずは自分たちが生き残れるかどうかだ。行くよ!」

 

 クリスの先導で一団が走り出す。

 

「どこへ逃げる」

「上に逃げるのが一番安全だろうけどそれだけだと間に合わないかもしれない。上を目指しながら同時に水が流れてこない地域を目指したいんだけど、どう?」

「よしきた!」

 

 ペトラの提案を採用し走り出す。既に工廠の技術者達は先に逃がしており、その後を追う形になった。準備に手間取った分、時間は残されていない。

 

「あたいが先導する!ペトラは後ろから来るやつを頼めるかい!?」

 

 ペトラはそれに従い二人の背後に出た。いつエイドが襲ってくるかわからない以上、一番可能性のある背後を固める必要があった。

 すっかり人気の無くなった街をクリスの案内で走る。初めてこの街を訪れた時とはまるで雰囲気の変わった街は状況の異常さを物語っていた。

 と、その時だった。

 

「!」

 

 三人の横から数体の人型エイドが飛び出した。一番近くにいたクリスがその標的になる。

 

「まずい!」

 

 ロディが腰から銃を抜き、引き金を引く。銃弾を喰らったエイドはその場に倒れ込むが、すぐに立ち上がり今度はロディに向かった。

 

「ロディ!」

「くそ!」

 

 ロディに掴みかかったエイドをペトラが横から突き飛ばす。解放されたロディをクリスが受け止めると、同時にエイドが三人を取り囲んだ。

 

「あぁもう……時間がないんだよこっちは!」

 

 三人は背中合わせに立ち、エイドを睨み返す。もうこれ以上時間をかけることはできない。

 

「……お前ら、合図したら伏せてくれるか」

「え?」

「なにする気だい」

「こうすんだ!伏せろ!」

 

 ロディが宙に何かを放る。小型の球体が視界に映った刹那、爆発が連鎖して起こった。

 

「!」

 

 エイド達は突然の爆発に驚き反応が遅れた。爆風と煙幕が連鎖して発生し、その中に紛れて三人は包囲を脱した。

 

「なんてモン隠し持ってんだいアンタ!」

「でも助かっただろ?さ、このまま──」

 

 その時。

 大きな地響きと共に地が揺れた。

 

「……何の音?」

 

 ペトラがひきつった顔で言う。

 

「そりゃあ、お前……」

 

 ぎこちなく振り返る。視線の先、レンガ造りの街角──、

 瞬間、その角を曲がって暴力的な水の奔流が現れた。

 

「ぎゃあああああぁぁあああぁああああぁあああああああぁぁあああああぁあああ!?」

 

 

 

 




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