スカイハイ   作:ラケットコワスター

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撃墜!

 同日 一五時五五分

 

「走れ!」

「言われなくても走ってる!」

「ちょッ……来るよ!」

 

 三人は絶叫し、全力で来た道を駆け下りていた。

 間に合わなかった。

 水門は開放され、上層から凄まじい量の水が流れ込んでくる。当然のようにエイド達はそれに飲み込まれ、それに伴っていた黒いもやも一緒に洗い流されていった。

 

「どうする!?このままだとどっちみち海かエイドスモークの中に飛び込むことになるぞ!」

 

 クリスを背負ったままロディが叫ぶ。

 

「今考えてる!ちょっと黙ってて!」

 

 そうこうしているうちに距離はどんどん近づいていく。早急に手を打たねばこのまま洪水に飲み込まれてしまう。

 

「! おい!あれだ!」

 

 不意にロディが叫ぶ。指さした方を見ると、一艘のボートが用水路に浮かんでいるのが見えた。

 

「……仕方ない!あれに乗る!」

 

 言うなりペトラは飛び出し、用水路へと飛び降りる。

 

「ロディ!」

「今行く!」

 

 見るとボートは簡単なエンジンを積んでおり、すぐに動かせそうだった。ペトラは乱暴にエンジンを起動させると、そのまま下流へ急いだ。

 

「急げ急げ……!来るぞ!」

 

 ついに洪水と用水路が合流する。下流に向けてゆるやかに流れていた用水路は水位と勢いを一気に増し、ボートを押し流そうとする。

 

「ひっくり返る!」

「捕まってろ!」

 

 ペトラから操縦を交代したロディが叫ぶ。もはや用水路は洪水そのものと化し、ボートの上で三人は振り落とされないよう必死にバランスを取る。

 

「これからどうすんだい!?」

「どうもこうもねぇ、海に出るしかない!」

「うわあああああ!」

 

 ふと、叫び声がする。

 

「どうしたのロディ!」

「あ!?俺じゃねぇよ!」

 

 見ると、少し先の街頭に一人の男がしがみつき、今にも流されそうになっていた。

 

「誰か流されそうになってる!」

「なんだって!?」

 

 クリスに言われて状況を理解したロディが顔を上げる。

 

「拾えるか」

「は!?」

 

 ペトラが素っ頓狂な声を上げる。

 

「ボートを寄せる!拾ってやれ!」

「そんな余裕は」

 

 ふと、修一の顔が脳裏をよぎる。

 

「……あぁもうくそ!わかったよ寄せて!」

 

 ボートが船首の向く方向を変える。急流の中、ペトラが身を乗り出して男に手を伸ばす。

 

「あと少し……もうちょっと……!」

 

 チャンスは一度。ペトラは盛大に舌打ちしてさらに身を乗り出した。

 

「うっ!」

 

 バランスを崩し転落しかけるが、それをクリスが捕まえる。

 

「うおおおおおおお捕まれええええええええええ!」

 

 ボートが横転する直前、ついに男の手をペトラが捕らえた。

 

「引っ張って!」

「うぎぎぎ……!」

「ちょっ……沈む沈む!」

 

 ややあって、なんとかペトラがボートに引っ張り上げられる。

 

「大丈夫かい?」

 

 クリスが声をかけると、男は息も絶え絶えに礼を述べた。

 

「あ……あいつは」

「あいつ?」

「俺はあの白いのに追われてああなってたんだ!お前ら会わなかったのか……?」

「白いの……エイドのこと?」

「上だ!」

 

 突然ロディが叫ぶ。言葉に釣られて三人が顔を上げると、犬型のエイドが三匹建物の屋根を伝ってこちらに走ってくる。

 

「こっち見てるぞ……!」

「下がってて!」

 

 ペトラがクリスと男を後ろ手に庇い、剣を抜く。それを見計らったようにエイドが建物から飛び降り、ボートに襲いかかる。

 

「来るぞ!」

 

 ペトラが剣を振る。細身の刀身が最初の一体目を捉え、激流に叩き落とした。

 しかし残りの二匹の着地を許してしまう。

 

「うおお来んな!来んじゃねぇ!」

 

 一匹はペトラに、もう一匹は舵を取っているロディに襲いかかった。

 

「ロディ!」

 

 ペトラは自衛できるが、ロディは激流の中両手で舵を取っている以上エイドに構っている余裕はない。

 

「くそ!」

 

 二度目の舌打ちを飛ばすと、ペトラは乱暴にエイドを蹴飛ばし、ロディの右足に今にも食らいつこうとしている三匹目へ剣を投げつけた。瞬間、今しがた蹴とばした二匹目が襲いかかるが、ガントレットを装備した左腕で殴りつける。

 

「大丈夫!?」

「助かった!悪い……ッ!?」

 

 今度はボートが大きく揺れた。見ると別の路地を通っていた水流と合流したようで、いよいよ本物の洪水らしくなってきた。と、不意に激流が建物に激突し、激しく埃と瓦礫が巻きあがる。

 

「!」

 

 ペトラはとっさに剣を引き抜き、飛来する瓦礫を打ち払うが、それでも限界はある。

 

「ロディ!よけて!」

「わかってるっての!」

 

 しかし既に激流に飲まれているボートは小回りが利かない。大小様々な瓦礫が四人を襲う。そしてついに、クリスの右足を飛来した瓦礫が直撃した。ぺトラの目の前で鮮血が迸る。

 

「うがッ!」

「まずい……!」

 

 すぐさま助け起こし傷を診た。幸い折れてはいないようだが激しく出血している。これでは走って逃げるなど不可能だ。

 

「くっ……!ごめん、頼める!?」

 

 腰のポーチからすぐさま包帯を取り出し男に押し付けた。男はそれを受け取ると、慣れた手つきでクリスの傷に巻き付けた。消毒も何もしてないが今はそんな余裕は無い。

 

「痛くないか?」

「わ……悪いね……」

 

 ふと、 その時。さっ、とボートを影が覆う。見上げると、まるで絵具をぶちまけられたように白いドラゴンがこちらを見据えて大口を開けていた。

 

「うわあああああああぁぁあああぁぁああぁああぁぁぁぁぁ!?」

 

 瞬間、猛烈な銃声がその場に響く。エイドよりも白く熱された無数の弾丸がエイドに飛び込み、近くの建物へ押しこんだ。

 はっとした四人が振り返ると、上空から新緑の影が飛来する。

 

「修一!」

「海に出るぞ!」

 

 ボートがこれまでで一番大きく揺れる。水路と化した路地から一気に海へと解放された激流は解放を喜ぶようにボートを吹き飛ばした。

 

「うおおおおおおおぉぉおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 着水。激しく揺さぶられたボートは横転しかけるが間一髪のところで持ち直した。

 

「危なかった……」

「それより今!今修一が!」

 

 その時、ボートの背後に瑞雲が着水する。それに煽られ、今度こそボートが横転した。

 

「おわああああああ!」

「修一!」

「無事だったか!」

 

 瑞雲の風防が開き、修一が顔を覗かせる。

 

「さっきのは」

「見ての通りだ。あれをなんとかしないと黒いのを空から撒かれる。撃墜()とさねぇと」

 

 と、その時横転したボートの上にロディがクリスを引き上げた。その時、右足の包帯を修一が認める。

 

「クリス?怪我してんのか」

「あぁ、ちょっとしくじっちまってね」

 

 クリスが微妙に笑う。しかしすぐにまたいつもの調子に戻って続ける。

 

「でも大丈夫だ。ほら、あいつを撃ち落としてきな!」

「そうか……本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫だ!ここにはあと男二人いんだ!どうとでもできる!」

 

 海面からロディと男が顔を出す。

 

「ロディ!お前ドックは」

「流されちまっただろうな。まぁ、死んでねぇから問題なしだ」

「ま、そんなトコ。行ってきな!」

 

 クリスがペトラの背中を押す。

 

「! ……わかった。修一!」

 

 二人の視線がぶつかる。

 

「後ろ、空いてる?」

「……もちろんだ」

 

 同日 一六時三分

 

「状況は?」

「あいつと……あいつだ。見えるか」

 

 再び空に上がった瑞雲は中心街を目指して飛び上がった。視界の先には修一が先程まで相手をしていた二体のエイドが見える。

 

「ドラゴンと……鳥?」

「あぁ。あいつを思い出しちまうな。エイドって言ったか。見た感じあれからガスが出てるみたいだ。飛べるやつを放っといたら空から撒かれちまう!」

「……そうだね、もうそこまで研究したんだ」

「流石にお前は知ってたか」

「当たり前だろ?勉強してるんだから。僕は」

 

 その時、二体が瑞雲の接近に気づき、再び迫った。

 

「後ろが生きてるんなら怖くねぇ。行くぞ!機銃用意!」

 

 上空から迫るエイドに対し、瑞雲もまた下降に転じ、両者が下向きに交差する。その一瞬を狙ってペトラが引き金を引いた。

 

「外した!」

「焦るな!チャンスはいくらでも作ってやる!」

 

 操縦桿を倒し、左旋回に転じると同様にエイドたちも右旋回し、両者の進路は再び交差するルートに入った。

 視界の隅に鳥の翼が映りこむ。

 

「三秒後だ!構えろ!」

 

 修一の言葉が終わり切るよりも早くその時は来る。エイドが機銃の射程に入り、引き金を引いた。撃ち出された弾丸は巨鳥の翼に着弾し、エイドは悲鳴を上げた。

 

「よし!翼に当たった!」

「翼を狙ったのか?」

「鳥は翼がなくちゃ飛べなくなる。当たり前のこと聞かないでよ」

「……そうだったな」

 

 納得のいかない返答を飲み込み、前を向く。巨鳥は翼に銃撃を受けたことでバランスを崩し、海へと墜落した。

 

「次はあいつ!」

 

 ペトラが顔を上げると、機体の頭上からドラゴンが飛来する。それに合わせて修一が操縦桿を引くと、降下によって得た速度を高度に変換して瑞雲は上昇する。空中ですれ違った両者は二重螺旋を描くように上昇し、ある一点で水平飛行へと移行した。

 

「横につかれた……!」

「来るか!?」

 

 修一がそう認識すると同時にドラゴンが腕を振り上げた。

 

「かわして!」

 

 ペダルを踏み込み、機首が動く。間一髪で攻撃をかわした瑞雲は再び機体を傾けると、そのまま降下に転じる。

 

「う……!」

「悪いなペトラ、ちょっと動くぞ!」

 

 修一はそう言うと操縦桿を一気に引き、背面飛行状態で上昇──、つまり下向きに機体を宙返りさせる。海面すれすれに宙返りを行ったことで猛スピードで追随してきたドラゴンは勢いを殺しきれず、そのまま海面に突入する。

 

「まだ回るぞ……!」

 

しかし瑞雲はそれで止まらず、今度は上向きに宙返りする。エネルギーの消費が激しく、瑞雲は見るからに失速していく。失速していくが──

 

「入った!」

 

 頂点に達したとき、背面飛行に転じた瑞雲の後部銃座と、ちょうど海面から顔を出したドラゴンの視線がぶつかる。

 

「いけ!」

 

 チャンスとしてはほんの数秒。瑞雲が運動エネルギーを失い、再度降下に転じるまでの数秒だったが、ペトラには十分過ぎた。

 

「あたれえええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇっ!」

 

 即座に狙いをつけ、ドラゴンに鉄の雨を降らす。水中からの脱出が遅れたドラゴンは回避行動も間に合わず、そのまま弾幕に晒され再び海中へと押し込まれる。

 

「よし……!まず一体……!?」

 

 しかしドラゴンが海中へ消える瞬間、口から大量のエイドスモークを吐き出した。

 

「うわ!」

「やべっ!」

 

 下降していた瑞雲は間一髪直撃を免れ、海面すれすれの低空飛行に移行した。

 

「エイドが持つエイドスモーク生成能力だ……!思ってたより吐く量が多い……!」

「そういえばあの鳥どうした」

 

 思い出したように修一が言うと、ペトラが叫ぶ。

 

「あそこだ!」

 

 見るといつの間にか海中から抜け出していた鳥型エイドは瑞雲から距離を取り、別方向から街を目指しているのが遠目に見えた。しかも恐ろしいことに、その腹が膨らんでいるように見える。

 

「まずい……あいつ吐くぞ!」

「急いで追いかけて!」

 

 エンジンを全力で吹かし、鳥を追いかける。翼にダメージを与えたからかその飛行は覚束なく、さほど速く飛んではいないようだ。

 しかしそれだけにいつ限界を迎えるかわからない。既にエイドスモークを吐き出せば街に被害が出る位置にまで到達しており、早急になんとかしなければどのみち惨事は避けられない。

 

「どうする……!?どうすればいい!?」

「今考えてる!とにかく追いかけて!」

 

 上昇しようにも既に勢いを消費しきっている状態ではそんな余裕は無い。水平飛行で速度を稼ぐしかない。それでも着実に距離は縮まった。

 

「……ェゥッ」

「えずきやがった!」

「早く早く!吐くよあれ!」

 

 修一とペトラは完全に焦り切った表情で喚きながら鳥を追いかける。

 そしてついに追いついた。街の上空へ侵入した巨鳥の真下へと飛び出す。既に巨鳥の腹は二倍に膨れ上がっており、かなりの量のエイドスモークを生成しているのが一目でわかった。

 間違いない、あと少しでこの鳥はエイドスモークをぶちまける。つまり、街が、空から滅ぼされる。

 そう認識した瞬間、修一の胸中は──

 

「……」

「もうここじゃ墜とせない……!どうする……!?」

「……ペトラ、風防開けろ」

「え?なんで」

「いいから早く!ベルトも外せ」

 

 いつになく語気を強めて言う修一にペトラは気圧され、言われた通りにベルトを外し、風防を開けた。

 

「開けたけど……これでどうするの?」

「こうする」

 

 操縦桿が右に倒れる。瞬間、機体の上下が反転した。

 

「は」

 

 そうなれば当然支えのないペトラは重量に引っ張られ、海面へと吸い込まれることになる。

 

「ちょっ……!」

 

 猛スピードで飛ぶ機体から放り出されたペトラは、修一に抗議する暇すらないまま、着水した。とっさに姿勢を制御して着水したものの、かなりの速度で放り出されたためすぐには浮かんでこなかった。

 

「すまねぇ許せ……!まだそっちの方が助かる可能性がある」

 

 小さくそう呟き、機体を急上昇させる。

 

「!」

 

 巨鳥が不意に目を見開く。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉおぉおおぉぉおおおぉぉおぉぉおッ!」

 

 突然巨鳥の横に現れた軍用機は絶叫し、巨鳥に覆いかぶさるように下降に転じた。

 操縦桿を限界まで前に押し込み、機首を一気に下に向ける。そうすれば──

 

「おおおおおぁぁぁあぁああぁぁぁああああぁぁぁあああああッッッ!」

 

 激突。瑞雲の下駄(フロート)が巨鳥の顔面へ押し込まれた。凄まじい衝撃の刹那、共に機体が軋むミシミシという音が修一の耳に届く。

 

「このまま……運んでやる……!もってくれよ機体いいいぃぃぃいいぃぃぃい!」

 

 叫び、操縦桿を限界まで前に押し込んだ。機体が九十度傾く。地面と直角の急降下をかけた。

 計器の針が見たことも無い程激しく動く。高度がすさまじい速さで速度に変換され、機体共に巨鳥は墜ちていく。

 

「ここまでやるんだ、街へ墜ちやがったらぶっ飛ばすぞ!」

 

 重なった二つの影は街から離れ、できるだけ離れた海を目指し、猛スピードで降下していった。

 

「ううううう……っ!吐くな……!吐くなよ……!」

 

 機体が悲鳴を上げているのがわかる。もう限界が近い。仮に上手くいったところで、瑞雲も修一も無事では済むまい。

 ──だが、死にはしない。

 死んでたまるか、必ず生きて帰る。時間はかかるが必ずまた飛ぶ。

 大丈夫だ。ペトラが生きてる。

 そう思った瞬間のことだった。

 バキャリ、と音を立て、フロートが吹き飛んだ。

 

「うっ!」

 

 機体が衝撃に振り回される。今度こそ機体が制御不能に陥った。視界が乱暴に揺れ、もはや自分の状況が理解できない。

 視界に映るのは海のどす黒く深い色、そこに交わるガスの黒、エイドの白い翼──

 それを認識したのを最後に、修一の記憶は途切れた。

 

 

 

 

 

 

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