スカイハイ   作:ラケットコワスター

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怪我人

 同日 二〇時二六分

 

「ロディ!」

「お、ペトラか。聞いたかレース再開の件」

 

 病室を出てから数十分後。ペトラはクリスを連れ立って、以前とは違うドックを訪れていた。到着した時に使っていたドックよりもさらに広く、瑞雲の他にもいくつかの魔道具が並び、整備士たちがせわしなく走り回っている。その中に見知った顔を見つけたペトラは声を上げる。

 

「聞いたよ。なんとか出発に間に合いそうで安心してるところ」

「そりゃ良かったな。修一の方も?」

 

 うん、とペトラが首を縦に振ると、ロディは満足げに笑う。

 

「よぅし、んじゃあ明後日に揃って出発ってわけだ。瑞雲の方も修理が終わったみたいだ。今ここで一番手厚く整備されてるぜ、補給を済ませてやんな」

 

 明後日に揃って出発、という言葉にペトラは少し微妙な顔をしたが、それでもできることをやらなければならない。さっそく瑞雲の調子を確認することにした。

 

「なぁロディ、ここ数日、このドックはどうだった?」

「どうって……あぁ、出発したやつはいたかってか」

 

 ペトラが瑞雲の方へ行ってしまうと、代わりにクリスがロディに声をかけた。

 

「まぁ、いたな。あんな宣言だけで止まるやつはいないだろ」

「でもアンタは出なかったじゃないか」

「そりゃ出られるが出たら卑怯者になっちまうしな」

 

 頭をかきながらロディがぶっきらぼうに言う。その返答にクリスは満足そうな顔をすると、ちらとペトラの方を見やる。

 

「……エイドスモークの件、何かわかったかい」

「何も。俺達の方にすら全く情報が入ってこないことは思ってよりヤバい案件なのかもしれないな」

 

 不意に二人の表情はかたくなる。

 

「どうなるのかね、この大会」

「このまま進行するならまぁこのまま俺も行くが……」

 

 それ以上言葉は続かない。言っても仕方ないと判断したのだろう。

 エイドスモークの件はレースに大きな影を落としたが、それでも再開するとあればレースは進む。それは二人の視線の先でせっせと燃料と弾薬を補給しているペトラの姿が物語っているようだった。

 

「……」

 

 機首に手を触れ、軽く撫でる。いつもここから始まる。エンジンが始動する時、ペトラの視界には瑞雲の機首が映るのだ。

 足止めを喰らったが、考える時間はたくさんあった。これまでは考えながら走ってきたが、もう迷いながら走るわけにはいかない。その為に時間は使ってきた。ペトラは目を閉じ、深く息をついた。

 

「もう休憩は十分。一気にゴールを目指すぞ……!」

 

 目を開く。そこはペペラーナの港だった。

 

 イシュナ歴一四五七年 七月一二日 一一時四五分

 

「エンジン動かすよ!」

 

 顔を上げ、叫ぶ。操縦席には修一──ではなく、ドックからわざわざついてきてくれた整備士が座っていた。彼はペトラの言葉に親指で応えると、ペトラの始動に合わせてエンジンを起動させた。

 

「よし……問題なく動いてる」

「基本的に修理は全部できているはずです、頑張ってくださいね」

 

 整備士は操縦席から降り、ペトラに軽く会釈する。ペトラは改めて整備士に礼を述べると、そこに来るべき人物を待った。

 

「修一……まだかな……」

 

 レースは正午から再開される。それに合わせて合流する手筈になっていたのだが、この時間になってもなお修一は現れなかった。

 段々と余裕が無くなってくる。他の飛行士達はそんなペトラなどお構いなしに再開の時間を今か今かと待ち続けている。

 

「おう」

 

 背後から声がする。振り返ると、待ち人がそこに現れた。

 

「修一!遅かったじゃないか!」

「悪いな、待たせちまった」

 

 そう言うと修一は機体に足をかけ、操縦席へと腰を降ろした。

 

「……?」

 

 その姿に、妙な違和感を覚える。

 何か、変だ。

 明確にここがおかしい、と指摘できるわけではないが今の修一には違和感を覚えずにはいられなかった。

 なんというか──覇気がない、というべきか。

 

「修一?」

「どうした」

「何かあった?」

「……いや、何も」

「……そう?」

 

 しかし修一は応えない。と、そこで港の喧噪が増す。出発の時が近づいていた。

 もう深く考えている時間はない。ペトラは修一に続いて後部座席に飛び込んだ。

 

「修一!」

「ん?」

「頑張ろう、後半戦だ!」

「……あぁ、そうだな……!」

 

 瞬間、鐘の音が響く。時報の為に鳴らされるものだが、今日この場合に関しては──

 

「スタートだ!」

 

 ペトラが叫ぶと同時に修一がスロットルレバーを押し込んだ。いつものように機体はゆっくりと前進し、少しずつ海へと繰り出していく。

 首を回すと次々に空へと上がっていく魔道具や飛行生物たちが見える。紳士協定でペペラーナに被害が及ぶ範囲では攻撃をしないことになっているので、この時点で邪魔はされることはない。が、だからと言って急がない理由にはならない。ペトラはゆっくりと速度を上げていく機体にもどかしさを覚えた。

 

「離水するぞ……!」

 

 瞬間、身体が引っ張られる感覚と共に空へと上がる。

 

「よし……門を出るぞ……」

「ここから妨害が許される。気をつけ……っ!?」

 

 言い終わらないうちに火球が殺到する。即座に反応した修一が機体を倒し、すれすれのところでかわした。

 

「応戦!」

 

 修一が叫ぶ。それに合わせてペトラが機銃に手をかけ、狙いをつけはじめる。門を出た途端あちこちで戦闘が勃発しており、互いに足を引っ張り、蹴落とし合っていた。

 

「くそ……!」

 

 不意に、操縦席で修一がそう呟くのが聞こえる。しかしその声もすぐに銃声にかき消されてしまう。

 

「修一!とにかく離脱することを考えて!」

「わかってる……!やりあう必要はねぇ……!」

 

 絞り出すように修一はそう答え、機首を下げた。

 

「低空飛行で抜ける!上からくるやつをどうにかしてくれ!」

 

 機体が海面すれすれにまで高度を下げ、それによって得られた速度を使って戦場からの離脱をはかる。

 

「!」

 

 しかし当然そのまま離脱させてもらえるわけはない。すぐにその姿は補足され、二基の魔道具が追撃してくる。

 

「見つかったか……!」

「まぁそのまま逃がしてくれるわけないよね……!」

 

 やけくそ気味にペトラは吐き捨て、銃口を向ける。

 撃鉄が落ちると、いつものように弾丸が飛び出し敵に向かって真っすぐに飛び込んでいく。

 

「!」

 

 いきなりの発砲に反応が遅れた追手は回避行動を慌てて取るが、逃げきれず一基は被弾し海に叩き落とされた。

 

「もう一基来る!」

「く……っ!」

 

 機体の進行方向が変わる。魔道具からの攻撃が迫り、間一髪の所でかわす。

 

「くそ!当たらない……!」

 

 機体が激しく揺れ、追手の飛行士としての練度も高いからか、ペトラの展開する弾幕は追手を撃墜するにいたらなかった。

 

「まだ来てるか!?」

「あああごめん数秒でいいから真っすぐ飛んでくれない!?」

 

 わかった、と返事が返ってくると機体の揺れが止まる。それにあわせてペトラは再び銃を握り直し、狙いをつける。

 

「!」

 

 引き金を引くと、もう一基の魔道具も被弾し海へ落ちた。

 

「よし!修一!」

「……墜とせた……か……?」

 

 ややおおげさに息をしながら修一が答える。

 しかしまだ戦場から完全に脱したわけではない。次の追手が現れる。

 

「また来た!」

 

 今度は巨大な鳥だった。立派なかぎ爪をこちらに向けて突き立てようと迫ってくる。

 

「くそ!もう鳥はいいっての!」

 

 叫び、いきなり操縦桿を引く。機体が無遠慮に急上昇し、勢いよく引っ張られたペトラは抗議の声をあげるが──

 

「くっ!」

 

 間一髪のところで鳥の攻撃をかわすが、瑞雲は制御を失ったように急上昇していく。

 

「修一!」

 

 やはり何かおかしい。今日の修一の運転は明らかに乱暴だ。何か、余裕の無さを感じる。

 だが、とにかく今は目先の脅威をなんとかしなければならない。ペトラは三度引き金に指を這わせる。

 

「当たれえぇええええぇぇぇええっ!」

 

 無数の弾丸が暴力的な勢いで飛び出す。弾丸は鳥から飛行能力を奪おうと殺到するが、存外に小回りの利く鳥はそれらをかわして迫る。

 

「──!?」

 

 と、ここでペトラが気づく。

 距離が狭まっていた。瑞雲の上昇速度が落ちている。

 

「修一!このままだと落ちる!」

 

 返事がない。

 

「修一!」

「!」

 

 瞬間、瑞雲が上昇の為のエネルギーを失い、空中で静止した。

 

「……やば」

 

 ペトラが呟くと同時に機体が反転し、真っ逆さまに墜ち始める。

 

「まずい……まずいって!立て直して!」

「すまねぇすぐにやる!」

 

 しかしそこへ、再び鳥が今度は機体の前に飛び出す。

 

「邪魔すんじゃねぇええええぇぇえぇええええぇぇええええっ!」

 

 今度は修一が撃鉄を落とした。すさまじい形相で弾丸を放つ修一の勢いに気圧され、鳥とその乗り手はそれを浴びてしまう。

 

「うううっ……!」

 

 脅威を排除し、次は機体の制御だ。修一は操縦桿を握り、なんとか水平飛行に移そうと機体の挙動を安定させる。

 

「駄目だ……!一度着水する!」

「え!?」

「海の上に降りる!準備しろ!」

 

 言われるがままペトラは座席の掴まれそうな場所を掴み、着水の衝撃に備える。

 

「ッ!」

 

 時間にして一瞬。即座に衝撃は訪れた。可能な限り減速したはずだが、それでも半ば不時着のように着水する。

 

「う……うぅ……っ」

 

 機体が海の上に降り立ったのを認識したペトラは、いまだ速度を殺しきれず海上を進む機体の中で呻く。

 

「修一……?無事……?」

 

 返事がない。

 

「……修一?」

 

 またしても、返事がない。

 

「嘘だろ、おい、修一!返事してよ!おい!」

 

 そこで始めて操縦席から微妙な声が戻ってくる。

 

「修一……!」

「あ、あぁ……ペトラ……無事、か……?」

「僕は無事だけど修一の方が明らかに無事じゃないじゃないか!怪我した!?」

「だ……大丈夫だ……問題ねぇ……」

「嘘つくなよ!戻ろう!まだ間に合う!」

「だが……」

「戻れ!このまま飛ぶのは危ない!」

 

 機体が速度を失い、ついに止まった。他の飛行士達は海上に留まった修一達は眼中から外れたのか、もう追撃はなかった。

 

「戻……る、か」

「……修一?おい……また!?」

 

 再び修一が気を失う。ペトラは海上で絶叫した。

 

 同日 一三時二五分

 

「なんですぐ病院に担ぎ込まれてくるんだい……」

 

 修一とペトラは再びペペラーナへと戻ってきていた。瑞雲から引っ張り出された修一は明らかに衰弱しており、数時間前に退院したはずの病院へ逆戻りしていた。

 

「……何か、おかしかったんだ」

 

 修一が担ぎ込まれた病室の前でペトラとクリスが苦い顔をしていた。

 

「今日の修一は何かおかしかった……機体の操縦のしかたが、いつもと違ってたっていうか……なんでもっと注意しなかったんだ……!スタート前に気づけていれば……!」

 

 ペトラが頭を抱える。その瞬間、病室の扉が開いた。

 

「先生!」

 

 クリスが悲劇的な声をあげる。

 

「大丈夫、落ち着いてください……とりあえずは大丈夫です。前にここに搬送されてきた時に比べれば軽傷ですよ」

 

 医師の言葉に二人は安堵の声を漏らした。そして医師と入れ替わりに部屋へと入る。

 

「修一!」

「あぁ、ペトラ……とクリス」

「傷は大丈夫なのかい」

「なんとかな……。迷惑かけた」

 

 修一は静かにそう返す。しかし、この期に及んでもまだ修一は妙だった。布団をかぶったまま、こちらを振り返ろうとしなかった。

 

「傷はどうなんだい」

「死んだりするような傷じゃない。休めば飛べるさ。また足止めさせちまったな……悪い」

「ねぇ、修一」

 

 ふと、ペトラが口を開く。

 

「何だ」

「何隠してるの」

 

 空気が緊張する。

 

「……何もねぇよ」

「嘘だ。絶対何か隠してる」

「……」

 

 修一は答えない。しかし、ペトラも引くつもりはなかった。

 

「修一。僕に言えないことなの?」

「……」

「何か隠し事をするような相手だったの?僕は……」

「……」

 

 やがて、観念するように修一が息を吐いた。

 

「……すまん」

 

 起き上がり、布団をまくる。その下から、修一の身体が露わになった。

 

「こりゃあ……!」

 

 クリスが絶句する。それを見たペトラも同様に、困惑の表情を浮かべた。

 

「治って……ない」

 

 見ると、修一の服の下はまだ包帯で広範囲が覆われていた。先ほどの影響か、一部血が滲んでいる場所もある。

 

「なんで……」

 

 ペトラは驚愕の表情を浮かべ、修一の顔を見やる。しかし修一はそんなペトラから目をそらし、視線を合わせようとしない。

 

「なんで……言ってくれなかったんだよ」

「……言えなかった」

「どうして……そんな、傷が治ってないことも言えないの」

「お前、安静にしてろって言ったろ」

 

 ふと、ペトラの表情が硬くなる。

 

「まさか」

「……外出した。一昨日。お前と別れた後、少しして」

「なんで……」

 

 ペトラが声を漏らす。

 

「でも、一昨日ならもうほとんど治ってたはずじゃないか。外出しただけで怪我なんてするかい?」

 

 不意にクリスが口を挟んだ。確かに、修一の怪我は一昨日の段階では全快とは行かないまでも、飛行に耐えうる状態までは回復していたはずだ。ならば外出した程度で傷が開いたり悪化したりはしないはずだ。

 

「その……外出した先で面倒なのに絡まれた」

「面倒なの……?まさか」

「他の参加者だ」

「ッ!」

 

 クリスの表情がこわばる。

 

「妨害かい」

「そういうこと、らしい」

「なんで外出なんか」

「気が緩んだ、すまん」

 

 つまり、こういうことだ。

 修一は一昨日のあの後、病院の外へ出た。その先で他の参加者と出会い、レースの進行を遅らせる目的で修一に暴行を加えたというのだ。

 

「なんて奴らだ……勝てりゃそれでいいのか!」

「……」

 

 話を聞いたクリスが憤慨する。一方でぺトラはそれを黙って聞いていた。

 

「そいつらはどこに居んだい。一発殴ってやらなきゃ気がすまないよ!」

「よせ、相手は野郎数人だ」

「けど……!」

「俺が馬鹿だっただけだ。そういうことにしておいてくれ」

 

 そう言って力なく目を伏せる修一。そんな彼の反応にクリスは拍子抜けと言わんばかりに息を漏らす。

 

「なんでアンタ……そんなに」

「なんでよ」

 

 不意に言葉が割って入る。

 

「!」

 

 首を回すとぺトラが視界に映った。

 いつに無く真面目な顔をし、少し低い声でそう言う。

 

「ぺトラ」

「なんで……なんで学ばないんだよ……」

 

 少しづつ声が大きくなり、ゆっくりと修一に歩み寄っていく。

 瞬間、いきなり修一の胸倉を掴んだ。

 

「ふざけんなよ!また予定が狂ったんだぞ!」

「ちょっと!ぺトラ!」

「レミーの時は僕も悪かったよ!だから僕はあれから気をつけた!何度もルートを考え直して!万全な状態で出発できるようにしたんだ!でも修一の方がそれじゃあもうどうしようもないじゃないか!これでまた出発が遅れるんだよ!?どうしてくれるんだ!また予定が台無しだッ!」

 

 堰を切ったように怒りが湧き出る。胸倉を掴んだまま乱暴に揺さぶり修一の頭が危なっかしく揺れた。

 不意にぺトラが右手を上げる。

 

「この……!」

 

 瞬間、その腕が掴まれる。

 

「落ち着きな!」

「……!」

 

 クリスがぺトラを背後から抑えていた。

 

「一応そいつは怪我人だ」

「……ッ!」

 

 ぺトラがそれを振り払う。そしてそのまま修一を睨みつけると、突然踵を返し部屋を出ていこうとする。

 

「ぺトラ」

 

 と、不意に修一が呼び止めた。

 

「……」

「……すまん」

「うるさい!」

 

 そのまま、今度こそ部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

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