スカイハイ   作:ラケットコワスター

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永遠より尊厳を

 同日 一八時四二分

 

「よし……始めるぞ……」

 

 それからぺトラは港に潜り込み手をつける乗り物の選定を始めた。既に日は傾き屋根の下でなくても暗い。裏工作には持ってこいの明るさだった。

 魔道具なら出力を操作する魔術式に余計な言葉を追加すればいいし、動物なら取り付けられている装備を傷つけてしまえばいい。こうすれば命に直結しなくともレースの進行を遅らせる程の妨害にはなる。

 

「ッ!」

 

 ふと、向こうから人が歩いてくる。咄嗟にぺトラは近くの大きな鳥に影に飛び込み身を隠した。

 

「……!」

 

 男が二人。ここに乗り物を泊めている連中か。

 

「いやぁ……よく休んだ」

「出発は明日にするか?そろそろレースも大詰めだろ」

 

 その時、突然羽毛に体が包まれる。ふと顔を上げると、大鳥が翼でぺトラを包んでいた。そう認識した時、ぺトラの傍を男が通って行った。

 

「……!」

 

 息を止める。幸い男達はぺトラに気付くことなくどこかへ行ってしまった。

 男達が行ったのを確認すると大鳥がぺトラを解放する。何故か自分を助けてくれた大鳥にぺトラは翼を撫でつけ礼を言った。

 

「危なかった……ありがとうね」

「どういたしましてぇ」

「!」

 

 大鳥が言葉を返した。その声に一瞬驚くが、すぐにすこぶる嫌そうな顔に変わる。

 

「さっきのお礼返してよ」

「あんたも面白いことするようになったじゃん。成長ってヤツ?」

 

 大鳥の背からレミーが現れた。服の裾を払いながら降り立ち、ぺトラと向き合う。

 

「あれから僕にも色々あったんだよ。〝おかげ様〟でね」

「へぇ……もう騙せないかも」

「まだ騙す気?」

 

 やや威圧するように言うぺトラに対し、レミーはにやにやと嫌な笑みを浮かべ、相手を品定めするようにぺトラの周りを回り始める。

 

「いやぁ?私は勝てそうな賭けじゃないとしない主義なんだよね。でもそうだな……利用できそうな相手は利用しようと思ってる。だからあんたを助けたの」

「……」

 

 と、そこでレミーがぺトラに向き合いながら足を止めた。

 

「ペペラーナで起こったことが何なのか教えてあげる」

「知ってるの?」

 

 ふふ、と妖艶にレミーが笑う。

 

「奇跡の谷」

「奇跡の谷?なんでそれが今出てくるの?」

「あんたの目的じゃなかったの?」

「え」

 

 瞬間、ぺトラが顔を上げる。

 

「〝強き者の魂を以って願いを叶える〟。そういうこと」

「まさかそれを本気で?」

 

 怪訝そうな顔をするぺトラの言葉にレミーは少し驚いたような顔をする。そしてははぁ、と小さく言葉を漏らした。

 

「あんたひょっとして……初めから同類だったね?」

「あ……」

 

 痛いところを突かれたようにペトラが渋面すると、レミーはいたずらっぽく笑う。

 

「まぁ正直そこに関しては私も同意見。マユツバもいいとこだと思うけど、どうもあれを本当だと信じる奴がいるみたいなんだよねー」

 

 ペトラが眉をひそめる。奇跡の谷については修一を騙すためについた嘘だっただけに、ペトラも本心では伝承など信じていない。あれはあくまでおとぎ話、いや、英雄伝説があまりにもセンセーショナルだったから生まれた与太話に過ぎない、そう思っていたが──

 

「それがあの件とどう関係してるの?」

「はい伝承の内容復唱」

「強き者の魂を以っ──」

 

 そこまで言って、不意にペトラの顔から血の気が引く。

 

「まさか……皆エイドに変えて生贄にでもする気……?」

「そこまでは正直私の推測になっちゃうから断言はできないケド。でも、その線がかなりありそうなんだよねー、あの艇の持ち主調べたら全部説明がついたっていうか」

 

 と、そこでペトラが身を乗り出す。

 

「調べたの?」

「まぁねぇ」

 

 そういうとレミーは腰に手をまわし、どこからともなく紙束を取り出した。

 

「情報料はまた私に利用されること。どう?」

 

 う、とペトラは黙り込む。

 レミーはまたろくでもないことを考えている。それは間違いない。だが一方で、エイドスモークを持ち出すような者が何者なのか、知っておきたい気持ちもあった。

 自衛の備えか、あるいは好奇心か──、

 

「……わかった」

 

 重苦しく口を開き、レミーから紙束を受け取る。中を読んでみると、それは何かのリストのようだった。

 

「なにこれ」

「ある港の船舶管理リスト。入港、出航した船を記録してる」

「まさか」

「そ。あの飛空艇も当然記録に乗ってるよ」

 

 ペトラは紙をめくり、食い入るようにリストに目を通し始めた。

 

「三枚目の……十一行目」

「これ?えぇと……」

「貨物船ドーリトル号。ペペラーナ寄港前はこの港に寄ってるんだけど、見てほしいのは船舶所有者のところ」

 

 レミーに言われて見てみると、そこにはエノーラという単語が書かれていた。人名にしては微妙に聞かない言葉である。

 

「エノーラ?人の名前?」

「それ自体は東の方の職人集団の名前だけど、問題はそこじゃなくて、エノーラって数年前に資金難と組織内の仲たがいで自然消滅したはずなんだよね」

「そんな組織が貨物船を?」

「おかしいでしょ?だからちょっと調べてみたんだけど、どうも組織自体はちょっと前に復活してた。だいぶ規模が小さくなってたから知ってる人ほとんどいないみたいだけど」

 

 レミーはそう言ってポーチから小さい木人形を取り出して見せた。

 

「かわいいでしょ」

「……それがどうかしたの。復活したなら貨物船を持ってるのだって変ではなくなるけど」

「組織の復活にはね、だいたい外からの支援が必要なの。そこでじっくり調べてみたんだけど、ここでなんというか、納得の名前が出てきた」

 

 レミーがもったいぶるように笑う。

 

「今回のスカイハイ運営の責任者。結論を言うとあの貨物船、運営の艇だったってワケ」

「はぁ?」

 

 ペトラが怪訝そうな顔をする。

 

「信じられないな。なんで運営が」

「信じたくない、の間違いでしょ?あんた、今回のレースのゴールどこだか忘れた?」

「……ゼリヤ山脈……嘘だろ……」

 

 絞り出すように呟くと、そのまま頭を抱えた。

 

「今回は第百回を記念して、発案者である英雄にあやかって、最期の地だと言われてるゼリア山脈をゴールにします、っていうのが表向きの選定理由だけど、ゼリヤ山脈って奇跡の谷があるって言われてる場所だし、人死にも事故として扱いやすい。どう?あながちありえない話じゃないでしょ?」

「……」

 

 ペトラは押し黙る。

 まさか、本当にあの伝説を信じている者がいるなんて。しかも、それを理由に凶行に及ぼうとしている。

 このままでは虐殺が起こる可能性が高い。今大会のゴールは、多くの参加者の死によって、幕を下ろす──

 

「……それを僕に教えて、何がしたいの?」

「そう。大事なのはここから」

 

 レミーが手を打つ。

 

「ペペラーナにエイドスモークをぶちまける必要がないんだよね」

「でも騒ぎになった」

「なんでだと思う?単にお漏らししただけならいいんだけど」

 

 同日 一八時五十分

 

「おお……そりゃ大冒険だったなぁ!」

「あぁおかげ様でな。何度か死に目にもあったよ」

 

 船着き場近くの飲食店。ペトラと別れた後、店先で男の誘いを受けた修一は店内でテーブルについていた。

 

「ペペラーナから来たって言ってたな。大変だったろう」

「まったくだよ……」

 

 修一を引き入れた酒場の客はほとんどがレースの参加者で占められていた。聞けば皆修一と同じようにここに来る前に襲撃を受けたらしく、不思議なものでそんな物騒な話で盛り上がれていた。

 

「あぁらアナタ……ニシザワさんね?」

「ん?」

 

 ふと、修一の向かいのテーブルにジョッキが置かれる。ふと修一が顔を上げると、一人の大男が座っていた。黒いローブを纏い、その下からいやにねっとりした声が漏れ出てきている。

 

「え?あぁ……そうだが」

「アンタ有名よぉ、見たことない型式の飛行機に乗って、いい所のお嬢ちゃんと一緒に参加してるのがいるって」

 

 男がローブを脱ぐ。するとその下からは厚化粧をしたこれまた大きな顔が現れた。

 

「うおお!?」

「何よ失礼ね」

 

 緑色の目がぎょろりと修一を見やる。

 

「あ、あぁ悪い……あまりにもデカい顔だったもんで」

「訂正になってないわよ」

 

 そう言いながら男は空になっている修一のグラスに手持ちの瓶から赤い液体を注いだ。

 

「シャンブルゾンよ。それはワタシの奢り」

「すまんが酒は」

「ただのジュースよ」

 

 少し間をおいて修一がグラスに口をつける。

 

「お。あんたシャンブルゾン公じゃないか!参加してたのか!?」

 

 その時、シャンブルゾンの背後から別の男が声をかけてきた。それに対してシャンブルゾンは慣れたように手をふって反応を返す。

 

「有名人なのか」

「ちょっとねぇ。変わった人間だから」

 

 修一がそう聞くとシャンブルゾンが口を少し開く。その下には綺麗な歯が並んでいたが、その中で四つの犬歯だけ妙に発達している。

 

「なんだよその歯……ん?あー……」

 

 ──あ、その三つ隣。あれは吸血鬼のシャンブルゾン公。

 

「あんた確か……吸血鬼ってヤツか」

「あら知ってたの」

 

 シャンブルゾンがにやりと笑う。

 

「そうよぉ、ワタシは吸血鬼のシャンブルゾン。吸血鬼として生まれながら、悪魔の呪いを克服したちょっとすごい吸血鬼なのよ」

「悪魔の呪い?」

「吸血鬼は高い身体能力と生命力を持つ種族だけど、弱点も多いのよぉ。にんにく、流水、各宗教の祭具、あとは日光かしら。これらは吸血鬼にとって一発アウトの弱点。これらは悪魔の呪いと言われてるのよ」

 

 そう説明しながらシャンブルゾンがテーブルへ物を積む。弱点と言う割に、次々となんでもないようにわしづかみにしていた。

 

「お、おい……大丈夫なのか?」

「克服した、って言ったでしょ?」

「すげぇな……どうやったんだ」

「簡単よぉ、永遠を手放したの」

「永遠?」

 

 シャンブルゾンの物言いに修一が怪訝そうな顔をする。

 

「吸血鬼は永遠を生きる不死の生き物。弱点にさえ触れなければ放っておいてもくたばったりしないの。でもワタシはそれを手放し、寿命を得た。その代わりに悪魔の呪いから逃れたってワケ。おかげ様で血を吸わなくてもいいし太陽の下も歩けるのよぉ」

「寿命を?」

「永遠の命より尊厳よぉ。太陽の下を歩けるというのは生き物にとって最上の尊厳だわ。忘れてるヤツも多いけどね」

「……」

「思う処あり、って顔ね。まいいわ。人によって考えは様々よ」

 

 急に神妙な顔つきになった修一に対しシャンブルゾンは笑い、手をひらひらと振る。

 

「ところでアナタ……確か女の子と一緒だったと思うけど」

 

 シャンブルゾンがそう言う。修一はその言葉にうなだれたように突っ伏した。

 

「怒られちまったんだよ……」

「はは、年頃の娘さんは大変ねぇ」

「いや、俺が悪いんだ。ありゃ怒られてもしょうがねぇなぁ……」

 

 ふと、シャンブルゾンが表情を変える。

 

「ひょっとして今のアナタにこの話はマズかったかしらね」

「……」

「アナタみたいな目をした人は見たことないワケじゃないのよ。長く生きてるとね、ちょくちょく会うわぁ」

「そうかい」

「悪くないものよ、誇りや願いの為に命を投げ捨てる生き方っていうのも」

「……なぁ」

 

 瞬間、店の外から突風と瓦礫が轟音と共に店内に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

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