スカイハイ   作:ラケットコワスター

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小指に誓って

 同日 六時一二分

 

「進めええぇぇぇッ!」

 

 坂を飛行士達が駆け下り、戦場へ飛び込んでいく。空には何基もの魔道具や魔法生物が猛スピードで風を切り、眼下のエイド達へ滅茶苦茶に爆撃を与えていた。

 

「でけぇのがいるぞ!」

「ひるむな!ぶっ倒せ!」

 

 巨大なエイド達が飛行士達の道を塞ぐが、士気に満ちた彼らを止めることはできなかった。易々とその場に引き倒され、道を開ける。

 

「理解しかねるな……」

 

 そんな様子を後方で見ていたブレアはため息をつき、指を振る。するとどこからともなくエイド達が現れ、戦場へなだれ込んでいく。

 

「ブレアの所へ行く!援護してくれ!」

 

 最前線ではペトラが手当たり次第にエイドを斬り捨てながら叫んでいた。いち早く最前線に辿り着いた参加者がペトラの傍へ駆け寄り、道を塞ぐエイドに攻撃を加え始める。

 

「よし!道は開いた!行けよ総大将!」

 

 エイドを打ち倒し、男が一人振り返ってペトラにそう言う。

 

「! ……君は」

「ペペラーナじゃ世話になったな。今度は俺が助けてやるよ!」

 

 ペペラーナでの襲撃の際、ペトラが救った男だった。ペトラは男の言葉に頷くと、ブレアのいる高台へ向けて猛然と突撃する。

 

「小回り利く奴はいるか!?南西の方向!あの坂を綺麗にするぞ!」

 

 その上空ではロディが魔道具に乗り声を張り上げていた。空の上では飛行士達と鳥型のエイド達が制空権を争っていたが、その中から数人がロディと共にペトラが進む先の道へ攻撃を加え始めた。

 

「進め進め!道開けろ!」

 

 勢いづいた飛行士たちをエイド達は止められず、次々と防衛線は突破されていく。士気は高く、もはや飛行士達がブレアの元へ辿り着くのは時間の問題だった。

 

「よし!もう少しだ!」

 

 飛行士達はペトラを一点突破でブレアの元へ運ぶ作戦を取った。数では劣るものの、これならば士気で勝るこちらの方にも勝機が見えてくる。

 

「絶対に送り込め!意地でも送り届けるんだ!」

 

 次々にエイド達は集まり、壁を厚くしていくが、それでも間に合わない。

 

「ここ越えりゃあいつのところだ!引くんじゃねぇっ!」

 

 うおおおおお、と大地が揺れるような叫びが響く。

 まるでそれに押し上げられるように、

 ブレアの立つ台地に、再び、

 ペトラが顔を覗かせる。

 

「ブレアああああぁぁぁぁあぁあああぁあああッ!」

 

 飛行士達に背中を押され、ペトラが飛び出した。そのまま剣を構え、ブレアに向かって猛然と突っ込んでくる。

 

「猪が」

 

 始めてブレアは表情を歪ませ、剣を振るう。

 ペトラは振るわれた大剣を受け流すと、回転するように第二撃を放つ。

 

「ふんッ!」

 

 しかしブレアは受け流された剣を力任せに振り上げ、それに応じる。

 

「くっ!」

 

 二撃目も防がれると、ペトラは後方に飛びのき、いったん距離を取った。

 

「!」

 

 しかしそこへ、質量のない何かが殺到しペトラに攻撃を加えた。

 

「ううっ……!これは……!」

 

 霊魂。死霊魔法の本来の能力。文字通り死霊を使役する力だ。今のブレアはエイドスモークとの併せ技で大量の霊魂をストックしている。エイドの軍勢をなんとかしたところで、ブレア自身の強さは変わらない。

 

「やっぱりロストパラダイスの使い手ってわけか……!」

 

 舌打ちすると、また飛び込んでくる霊魂を横跳びにかわし、ブレアの周囲を回る軌道で走り始めた。

 ブレアは余裕の現れか、その場から動くことなくペトラを霊魂で攻め立てる。

 

「どうした、やはり威勢だけか?」

 

 少しずつ、霊魂の数が増えていく。ついにかわしきれなくなり、剣を抜き打ち払い始めるが、それは足が止まる瞬間を生むことを意味した。

 

「!」

 

 ついに霊魂がペトラを捉える。右足を払われ、バランスを崩したペトラはその場に転んでしまう。

 

「しまっ……!」

 

 その瞬間、一気に殺到した霊魂がペトラを捉え、大の字の姿勢で拘束した。

 

「やっと足を止めたな」

「ペトラ!」

 

 戦場からクリスが悲劇的な声を上げる。

 

「う……くっ、離せ……!」

「お前を過小評価していたようだ」

 

 身動きが取れなくなったペトラを前にブレアは不気味に笑う。

 

「ニシザワがお前を強者と評価していたが……間違いではなかったらしい。これだけの人数を率い、俺のところまで肉薄してみせた。凡物にはできまい」

 

 指を鳴らす。

 

「だから今度は、入念に殺してやる」

 

 ブレアの周囲を漂っていた霊魂の一体が形を変え、剣士の形を取ると、ペトラを切り付けた。

 

「ぐあっ!」

「お前の力では俺は越えられない。残念だったな」

 

 ゆっくりとブレアの手が振りあがっていく。それと同じように、ペトラの目が見開かれ──

 

「死ね」

 

 振り下ろされる。瞬間、剣士の霊がペトラをめちゃくちゃに斬り付けた。

 

「うわああああぁあああぁああぁぁぁあぁぁあああぁぁああああぁあぁッッッ!」

 

 戦場に響く絶叫。霊が剣を振るたびに血飛沫が飛び、ペトラの絶叫はその場にいた者の耳をつんざき、視線をブレアとペトラに集中させる。

 

「ペトラ……!」

「まずいぞあれは!」

「あ……あ、が……ッ」

 

 霊が消える。それに合わせてペトラの拘束も解かれるが、解放されたペトラにはもう立つ力が残っていなかった。

 その場にペトラが倒れ込む。戦場にどよめきが上がると、ブレアはペトラを襟首を掴み持ち上げ、戦場に晒して見せた。

 

「ッ……!」

 

 あちこちで悲劇的な声が上がる。大将がやられた。その事実は一気に絶望感を走らせた。

 

「もう終わりだ。抵抗はやめるんだな」

 

 ブレアは不敵に笑い、戦場を見下ろした。

 

「始めは少々面倒だと思ったが、裏を返せばこれだけ魂を集めてくれたとも言えるな。そこは例を言おう」

 

 ブレアはそう言うと、ペトラを持ち上げたまま台地の隅へ、そこに深く刻まれている谷へと歩いていく。

 

「やめ……ろ……」

「さらばだ」

 

 谷底へペトラを突き出し、手を放──

 

「うわあああああああああぁぁあああああぁああああぁあああああッ!」

 

 ブレアが顔を上げる。

 すると視界いっぱいに、魔道具が映った。

 

「うっ!?」

 

 クリスだ。クリスが魔道具で突っ込んできたのだった。

 余裕からか反応が遅れたブレアはクリスの特攻をもろに喰らい、ペトラから手を放してその場に転がる。

 

「うっ!ぐっ!この!このッ!」

 

 素早く魔道具から飛び降りたクリスは、立ち上がろうとしているブレアを押し倒し、馬乗りになって拳を振るった。先ほどまで繰り返されていた戦いに比べればあまりにも弱弱しい打撃音が鳴る。

 

「調子に……乗るな!」

 

 苛立ったようにブレアが腕を振ると、簡単にクリスは転がされてしまう。

 

「クリ……ス」

 

 ペトラが呟き、立ち上がるとなんとか剣を拾い上げる。そうしてブレアの方を向くが──

 

「面倒だ、さっさと死ね!」

 

 霊魂が飛び出す。真っすぐに飛来すると、そのままペトラの胸を貫いた。

 

「!」

 

 ペトラが目を見開く。クリスが手を伸ばすが──

 ゆっくりと、背後に、谷に、倒れていく。

 

「……ペトラッ!」

 

 ペトラは、そのまま谷底へ転落していった。

 

「ペトラあああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁあああッ!」

 

 今度はクリスが絶叫する。手を伸ばすが、間に合うはずもなく、ペトラは谷底の闇へ消えていった。

 

「手こずらせくれたな」

 

 その背後でブレアが面倒くさそうに言う。呆然と座り込んでいるクリスにはもはや目もくれず、今度は大樹に向き合った。

 

「さて、今の戦闘で十分な魂が集まった。もういいだろう」

 

 そう言うと、大樹の枝葉が、いや、枝葉だけではない。樹全体が、不気味に蠢きだす。

 

「……なんだ、あれ……」

 

 振り返ったクリスが、小さく呟く。見ると、木の幹に人間の半身が現れていた。

 

「あれが……究極死霊魔法」

 

 戦場でそれを見ていたロディが絶望的な声を漏らす。

 

「さぁ見るがいい、死霊魔法始祖の復活を、そして……史上最強の魔術師の誕生を!」

 

 不気味な音をたて、樹が一気に伸びる。見ると、水平線の向こうでも同じように樹木が伸びている。各地に出現した大樹が一斉に急成長を遂げていたようだった。蔓のように伸びていく大樹は、天に網のように枝を伸ばすと、そこから漏れ出たエイドスモークが日を包み、その場に黒い太陽を出現させた。

 

「なにこれ……まさに終末ってわけ……?」

 

 そんな不気味な空を飛びながら、レミーが呟く。レミーにしては珍しく、不安げな響きがあった。

 

「オスカー、高度下げるよ……!」

「さぁ!帰ってこい!アミスター!」

 

 同日 七時五六分

 

 ──落ちている。

 重力に引っ張られながら、ペトラはぼんやりとそう感じていた。もう全身に力が入らない。思考力すら働かず、ただ、落ちているとだけ認識していた。

 このままでは死ぬ。間違いない。だが、どうすることもできなかった。

 ブレアに完膚なきまで叩きのめされ、致命傷まで与えられて、谷底へ捨てられた。

 死にたくはない。負けたくもない。が、どうすることも──

 

「本当にそうか?」

 

 不意に声がした。

 誰?

 そう思った時、ペトラの落下が止まる。

 

「え……?」

「本当に、もう終わりか?」

 

 痛む身体をむりやり動かし、なんとか立ち上がった。

 

「ほら、立てた」

 

 声の主と向き合う。ペトラの目の前には、二つの人影があった。

 誰だ──

 わからない。二人の背後からは光が差しており、逆光で顔は見えなかった。だが、なんとなく懐かしい感じがした。

 

「……修一?」

 

 小さく呟くと、人影が笑った。

 

「残念ながら違う。俺達じゃ彼の代わりにはなれないよ」

「それより今はお前のことだ。聞いてもいいか?」

 

 微妙に頷く。不思議とこの二人が誰かはどうでもよくなった。

 

「ずっと見ていた。お前はここまで走り続け、転んでも、また立ち上がった」

「何が君をそこまでさせた?なんで何度でも立ち上がれた?」

 

 投げかけられた質問にぺトラは少し考えこんだ。そして、探るように口を開く。

 

「……僕は、強くなりたかったんだ」

「強く?」

「うん。弱いままで終わりたくなかった。強い人間になりたかった」

「その答えは?」

「見つけた」

 

 ぺトラがポケットを軽く叩く。そこにはあの手帳が入っていた。

 

「そうか。じゃあ今は?どうして君はまだ戦えるんだ?」

 

 ぺトラが小さく笑う。

 

「約束したから。指切りげんまんって、知ってる?」

 

 今度は小指を差し出し、そう言った。

 

「小指に誓ってした約束は、破ったら針千本飲まされるんだって。恐ろしい契約魔法だよね」

 

 一瞬の間の後、二人は肩を震わせて笑った。

 

「そうか。そうか……!」

「それは守らなきゃな。嘘はつけない」

 

 二人が顔を上げる。

 

「君は強いな。本当に強い」

「ならばその魂に免じて、願いを叶えよう」

『その小指に誓って、約束を果たせ』

 

 瞬間、二人の背後から差す光がさらに強くなった。すさまじい光量にペトラは目を細め、ついに視界を閉ざす。きっとこのまままた現実に帰る。確かここに来る前は谷底に向かって落ちていた。事態は解決していない。

 現実が返ってくる。耳に届いたのは風切り音。谷底に向けて真っ逆さまに落ちているのがわかる──、

 

「え」

 

 風切り音だけじゃない。

 爆音がする。そして自分は、この音を知っている。

 エンジンが唸り、叫ぶ轟音を。

 プロペラが空を裂く、鋭く、勇ましく、頼もしい音を。

 

「おう」

 

 目を開ける。瞬間、ペトラの視覚が戻ってくる。

 そこは、見慣れた後部座席だった。

 

「……しゅう、いち」

「よく頑張ったな」

 

 聞きなれた、声。

 

「さぁ、反攻作戦開始だッ!」

 

 そこは瑞雲の機体内。瑞雲が、修一が、戻ってきたのだった。

 

「……修一ッ!」

 

 

 

 

 

 

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