スカイハイ   作:ラケットコワスター

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そして少女は眩しく笑う

 同日 九時四三分

 

「よくやった!よくやったよ……!」

 

 ブレアの下から歩いてくるペトラを飛行士達が迎える。先頭を走っていたクリスがいきなりペトラを抱きしめた。

 

「く……クリス……苦しいよ」

「あ、あぁ……ごめん」

 

 ペトラの声に微妙な声で返したクリスが手を離す。顔を上げると、かなりの人数がペトラを囲んでいた。

 口々によくやった、すごいやつだとペトラに賛辞を送っている。その中に、ペトラは相棒の姿を見つけた。

 

「修一」

「おう」

 

 名前を呼ばれると、修一は集団から歩み出た。

 

「見つけたな、答え」

「……ねぇ、修一」

「ん?」

「ありがとう。おかげで僕、答えをみつけられた。本当に……」

「おっと待った」

 

 不意に修一がぺトラの口を塞ぐ。

 

「まだ早い。まだだろ?」

「……え?」

 

 修一がいたずらっぽく笑う。すると、一拍置いてペトラも何かを察し、笑い返す。

 

「はは、そうだね」

 

 周囲はそんな二人が歩き出すのを不思議そうに見ている。その視線の先で、二人はゆっくりと歩き出した。まるで英雄の凱旋のように、その場の者達は道を開ける。やがて、二人は集団の前に出た。

 そうしてゆっくり顔を上げると、静かにその様子を見ていた人混みへ向き合う。

 

「一着は俺達のもんだ!じゃあなお前ら!」

 

 叫び、ぺトラの手を引く。走り出したその先には、小高い丘があった。

 

「ああああああ!すっかり忘れてたッ!」

「行かせんな!おいつけえええッ!」

 

 背後から口々に叫ぶ声がする。唐突にレースは再開し、皆自分の足で泥臭くゴールを目指し始めた。

 

「……はは、ずるいんじゃない修一?」

「何がだ?別に抜け駆けしてるわけじゃねぇんだ。まさかお前、ここまで来といて今更一着はいらないなんて言わないよな?」

「まさか!」

 

 そう言うと、ぺトラは手を離し、修一の前へ飛び出す。

 

「あそこを目指して走ってきたんだ僕たちは!忘れるわけないだろ!」

「待てやあああぁぁぁあぁぁあッ!」

 

 背後から迫る声を聞きながらぺトラと修一はゴールを目指す。不思議と笑いが止まらなかった。そして──

 

「一着は……僕達だあああああッ!」

 

 誰もいないゴールへ、飛び込んだ。

 

 同日 一二時三四分

 

「……一着、ぺトラ・ナッツ」

 

 表彰式は例年に比べ非常に簡素なものだった。ゴールまで連れ戻された主催の男は、飛行士達に銃口を突きつけられながら、諦めたような表情でぼろぼろの姿のぺトラと修一の名を、同じくぼろぼろな魔道具に刻んでいく。

 

「獲れたな、優勝」

「……うん。約束、守れたね」

 

 ぺトラが修一を見やる。そうして小指を突き出した。

 

「おう。したもんな、約束」

 

 しかし、そこでふとぺトラの表情が曇った。

 

「……あのさ、修一」

「ん?」

「実は……僕、謝んなくちゃいけないことがあって」

「……」

「優勝すれば元の世界に戻れるって話したけど……あれ……」

「嘘だった」

「……うん」

 

 ふと、顔を上げた。見ると、修一が笑っている。

 

「気にすんな。俺も嘘をついた。俺もお前の嘘をわかっていながら、それに乗った。空を飛ぶ為の言い訳にした。おあいこだ。それに、奇跡の谷の方は本当だったじゃないか」

 

 とりあえずで催されたような簡素過ぎる閉会式は既に宴会へと変わり、飛行士達は後から来たもの達が持ってきた料理で馬鹿騒ぎをしていた。それを穏やかに見つめながら、修一はそう告げる。

 

「……そっか」

「でもそうだな……次に帰る方法見つけるまでどう生きていくか……」

 

 修一は後頭部に腕を回し、その場に寝転がる。

 

「なぁペトラ、お前ん家警備員とか募集してないか?」

「残念だけど、間に合ってるよ」

 

 ペトラは小さく笑い、修一の隣に寝転がる。

 

「そうかぁ……多分そこの谷も願いを二つも叶えてはくれるほど優しくはないだろうしなぁ」

「いや、そうでもなさそうだよ」

「そうなのか……えそうなの!?」

 

 突然放られた言葉に驚き、修一が跳ね起きる。見ると、谷の底を覗き込んでいるレミーがいた。

 

「今なんて」

「願い。もう一つくらいなら叶えてくれそうだって。見てみなよ」

 

 レミーが谷底を指さし、言う。それに従ってペトラと修一が底を見ると、そこには──

 

「これは……!」

 

 まばゆい光を放つ、緑色の石の鉱脈が広範囲に渡って露出していた。

 

「翠晶石……!こんなに……!」

 

 なんだなんだと飛行士達も集まってくる。そうしてペトラと同じように鉱脈を見つけ、驚いたように声を上げる。

 

「これが英雄伝説最後の場面の真実だってのか……?これだけの翠晶石なら、時空転移すら起こすことができる。英雄は谷に身を投げて失踪したんじゃなくて、これを使って元の世界に帰った……?」

 

 クリスがぶつぶつと呟きながら状況を分析する。次第にその口調は興奮を帯び、手帳にペンを忙しなく走らせ始めた。

 

「これを使えば帰れるかもね。そこのおねーさんが言ったみたいに、英雄はこれを使って元の世界に帰還した。そして五百年経って、もう一度同じことができるくらいに力が回復したってトコかな。奇跡の谷が願いを叶えてくれる機能も、この鉱脈の存在があったからなのかも」

 

 レミーがそう説明すると、修一は真顔で谷を覗き込んだ。

 

「これを、使えば……」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

 ふと、そこにクリスとロディが割って入る。

 

「なんの話してんだい……?帰るとかなんとか……?」

 

 あ、とペトラが表情を変える。

 

「あ、いや……その……」

「いいさペトラ。今更隠すようなことでもないだろ」

 

 そう言って、修一が二人に向き合う。

 

「俺、実はこの世界の人間じゃないんだ」

 

 いつものように、なんでもないように、笑ってそう告げた。

 

「英雄伝説の英雄みたいに……別の世界から来た。いきなりこんなこと言って信じられないかもしれないが──」

「な」

「?」

「なんでもっと早く言わなかったんだい!」

「そうだよお前なんで黙ってたんだ!」

 

 クリスとロディが揃って叫ぶ。まるで何か大きなチャンスを逃したような、非常に残念がるような表情をしている。

 

「あぁ畜生、せっかく異世界の話を聞けるチャンスだったってのに……惜しいことした!」

「お前……疑わないのか?いくら前例があるったって、こんな話……」

「あぁ?何言ってんだいアンタ達の話を疑うもんかい」

 

 クリスがなんでもないように言う。

 

「それより異世界の話聞きそびれるのが残念だよ。なぁ修一、もうちょっとだけ残ってかないかい?」

「いや、やめたほうがいいと思う」

 

 しかし、レミーが非情に告げる。

 

「こいつを使うなら今すぐやるべきだと思うよ。既にこれだけの数がこの鉱脈を見ちゃった。これだけの規模なら、絶対これを巡って戦争が起こるよ。その前にさっさと力を使っちゃいな」

「駄目か、やっぱり」

 

 がっくりとクリスが肩を落とす。

 

「じゃあ、せめて……」

 

 と、ここでクリスが分厚い本を取り出し修一に押し付けた。

 

「お、おいなんだよこれ……」

「お土産。アンタ、この世界の歴史に興味あるって言ってたよね。そいつは歴史書。あげるから持って帰りな」

 

 そこで周囲の飛行士たちも、何の話をしているのか理解したようだった。次々に帰るのか、もう少しゆっくりしていけ、達者でなと口々に修一に言葉を放る。

 その中で修一は一人ひとりの言葉を受けながら、近くのため池へ着水した瑞雲に向かって歩いて行った。

 

「修一」

「ロディ」

 

 ロディが修一に声をかける。

 

「……頑張れよ、親父さんよりすごい技師になれ」

「あぁ、そのつもりだ……」

 

 ロディが修一に右手を突き出す。修一はそれを見ると、一拍置いて強くその手を握り返した。

 

「お、あんたは……いつかの」

 

 次に修一の前に現れたのはシャンブルゾンだった。

 

「酒場で会った時よりいい顔してるわよ。あのセンセイもよろしくって」

 

 修一はシャンブルゾンの肩越しにゾイの姿を認めると、にやりと笑う。

 

「いつからわかってた」

 

 次はレミー。修一がそう告げると、レミーは肩をすくめて見せた。

 

「ちょっと前から。なんというか、よくもまぁ騙してくれたよね」

「おあいこだろ」

 

 そう言って修一が笑うと、観念したようにレミーも笑うのだった。

 

「……と……」

 

 と、そこで修一が瑞雲の前に到達する。

 そこには、ペトラが立っていた。

 

「ペトラ」

「……うん」

 

 名前を呼ばれる。しかし、顔を伏せてしまう。

 皆みたいに、爽やかに別れを告げられない。何故だろう。今になって、別れるのが惜しいのだろうか。

 

「……急な話になっちまって、悪いな。本当に、今までありがとう」

「……うん」

 

 じゃあね、と一言言うだけでいいはずだった。

 いや、その一言で済まさないと、永遠に終われない。そう、頭では理解している。理解しているのだが──

 

「よし!じゃあ、最後のエンジン始動だ!最後までよろしく頼むぜ!」

 

 ペトラが黙り込んでいると、修一は威勢よく言い放ち、ペトラの隣を通って主翼に登る。

 

「修一」

 

 ペトラの手が伸びた。それが修一の手を捉える。

 

「あ……」

「……やっと、年相応なことしたな」

 

 修一が振り返る。そこには、いつも通りの優しい笑顔があった。

 

「……いや、その……」

 

 ──行かないで。

 その言葉が、言えない。

 子供みたいだから?恥ずかしいから?

 わからない。でも、その言葉が口から出ることはなかった。

 

「なぁ、ペトラ」

 

 名前を呼ばれる。顔を上げる。

 

「もう、お前は一人でも大丈夫だ。十分強くなったし、これからも、強くなり続ける。だから、最後は笑って見送ってくれよ」

 

 その言葉で、覚悟が決まった。ペトラは顔を上げると、精一杯の笑顔を修一に向ける。

 

「……うん……!」

「よし!またな、相棒」

 

 修一はそう言って今度こそ操縦席に乗り込み、叫ぶ。

 

「エンジンかけるぞ!」

 

 その場が忙しなくなる。

 このレースで、嫌というほど聞いた機械音。続けて、エンジンの獰猛な声

 

「繋がった!よし、出るぞ!」

 

 プロペラがうなる音。瑞雲は、ペトラを乗せぬままゆっくりと始動した。

 一瞬の緊張の後、そこから解放されるように瑞雲が空へと飛び立つ。瑞雲はまるで見せつけるように空中で宙返りをすると、そのまま真っすぐに谷へ飛び込んでいく。

 

「じゃあなお前ら!楽しかったぜ!」

 

 それと同時に谷底が再びまばゆく輝き始める。修一が帰ってきたときと同じように、谷底から溢れだす光の中へと瑞雲は飛び込んでいった。

 

「修一!」

 

 一拍置いて、ペトラが谷に身を乗り出す。そこにはもう、光を失った翠晶石の鉱脈があるだけだった。

 

「……」

 

 その場に座り込む。もう、修一はいない。

 

「……ありがとう」

 

 かろうじて言えたのは、それだけだった。

 

 ***

 

 それから、世界は変革の時代を迎えたと言っていい。

 歴史あるスカイハイレースで起きた不祥事。エイド達は徹底的に駆除され、魂を抜かれた者たちはその多くが生還し事なきを得たが、それでも各地にもたらされた破壊の後は、暗い影を落とした。しかしそれでも、人はそれを乗り越え、前に進むことを選んだ。かつて、異界から現れた英雄たちがそうしたように、譲れないものの為に、ひたすらにもがくことを選んだのだった。それは、かの少女も同じだったに違いない。

 そして少女は、空を見上げ眩しく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西歴二〇二〇年 十二月十二日 十六時一二分

 

「……」

 

 東京、神保町。古本屋の立ち並ぶ通りの中、一軒の古本屋の中で高校生が難しい顔をしていた。

 

「ねぇ、おばあちゃん、この本……」

 

 不意に高校生は目の前の本を取り上げ、店主に声をかける。

 

「え?あぁ。それ。ごめんなさいね。売り物じゃないの」

 

 店主は穏やかにそう言うと、高校生から古びた本を受け取った。

 

「見たことない文字で書いてあったけど……」

「知り合いの人がこの間忘れていっちゃってね、なんでも、別の世界の歴史書、なんて言ってたけど」

 

 へぇ、と高校生は目を輝かせる。異世界の歴史書など、興味を引かれないわけがない。しかもわざわざオリジナルの言語まで作り、かなり気合の入った一冊であるようだ。

 

「おぉい、ばあさんいる?」

「あ、取りに来た」

 

 店主の言葉に高校生が振り返ると、店の入口に一人の老爺が立っていた。

 

「いやぁすまんすまんうっかりしてた」

「しっかりしてくださいよ大事な本なんでしょ」

「あぁ、そうだ。大事な本だ」

 

 老爺はそう言って店主から本を受け取ると、それを大事そうに抱えながら店を出ようとする。

 

「あのっ、すみません」

 

 と、それを高校生が呼び止めた。

 

「ん?どうかしたかお嬢さん」

「その本……良ければ、少し読ませてくれませんか」

 

 その言葉に、老爺は少し驚いた顔をする。しかしすぐに穏やかな笑顔を浮かべ、答える。

 

「構わないが……たぶん読めないぞ。なんだったら、簡単にあらすじでも話してあげようか」

「いいんですか?」

「いいとも。ばあさん、ちょっと場所借りていいか」

「はいはい。じゃ、こっちでお話しなさいな」

「おお、ありがとう。まず、この話についてなんだが、舞台はどこか、ここではない他の世界で──」

 

 

 

 




最後までお付き合いいただきありがとうございました!これにて「スカイハイ」完結となります!
思えば前作「わたしのせかい」以上に執筆時間を取ることになった本作、いろんなことを試してみてとても楽しく書けました。一方、多く反省点も見つかった一作になり、良くも悪くもとても思い出深い一作に仕上がりました。
次回作、既に執筆開始しております。お楽しみに!

それでは最後に、ここまで本当にありがとうございました!
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