スカイハイ   作:ラケットコワスター

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勝つなら手段は選ぶまい

 イシュナ歴一四五七年 六月一八日 九時二分

 

 

「マスター!進捗どう?」

 

 それから二週間が経った。ナッツ家邸から少し離れた町のはずれ、一軒の造船所に併設されたガレージの扉をぺトラが開く。元気よく放られた言葉に倉庫内にいた壮年の男性が反応して振り返る。

 

「おうぺトラ。見ての通りだ」

 

 そう言って彼が指さす先には木造船に並んで一週間前、池に現れた深緑の機体が鎮座していた。

 

「綺麗になったね……もう飛べるの?」

「あの兄ちゃんから多少仕組みを聞いたからな。ある程度機能は回復してるはずだ。しかしすごい機体だよこりゃ。何から何まで斬新で新鮮だ。本当にどこから来たんだ?」

「あー……そりゃあもう遠い所から。それより、修一いる?」

「おう、呼んだか」

 

 ふと、別の声が乱入してくる。二人が振り返るとガレージの入口に機体の持ち主が立っていた。二週間前とは違い、この工房の作業服を着ている。

 

「あ、修一」

 

 ぺトラが修一の姿を認める。この二週間で二人の間でそれぞれの言語の理解が進み、それなりに会話が成立するようになっていた。修一は基本的な言葉は理解し、ぺトラは漢字の存在を理解した。その結果シュウイチ、が〝修一〟と表記することも。

 

「随分似合ってるじゃん」

「からかうなよ」

 

 修一が頭をかきながらそう言う。あれから修一はぺトラの顔見知りの工房に彼の愛機と共に預けられ、その修理をしつつこの世界について学んでいた。マスターには修一と機体ははるか異国から来た、と説明しており、その為このあたりの常識にも乏しい、ということになっていた。

 

「機体の修理は終わってるんだよね」

「ま、ある程度はな。本調子とまではいかねぇが……」

「……」

「どうした?」

 

 不意にぺトラが黙り込む。

 

「修一、ちょっと話があるんだけど……」

 

 

 イシュナ歴一四五七年 六月七日 十三時五分

 

 

「なに?こいつが気になるのか?」

 

 今から少し前。修一がある程度言葉を話せるようになった頃。

 ぺトラと修一はお互いの言語を学ぶ為によく話をしていた。その日もこの世界の常識について、逆に修一の身の上話など、様々な話をしたが、不意に話題は修一の愛機についてシフトした。

 

「うん……ちょっと教えてくれない?」

「いいだろう」

 

 そう言って修一が腕を組む。

 

「こいつの名前は〝瑞雲〟。愛知航空──あー、日本の開発会社だが……会社って言葉が通じねぇのか……まぁそういう組織があったんだよ。そこが作った水上機だ。軍用の水上機としては最高レベルの性能がある傑作機だな」

「軍用?」

 

 修一の話を辞書を引きながら聞いていたぺトラが、ふと顔を上げた。

 

「軍用なのコレ?」

「あぁ。なんでもできるすごいヤツだぜ」

「じゃあ修一って……軍人?」

「ん?あぁ……まぁな。話してなかったっけか?」

 

 少し濁したような言い方をする修一の返事を受けるとぺトラは少し考えるように黙り込んだ。

 なんとなく察していたが、やはりこの機体は空を飛ぶことができるようだ。そして、修一はそのパイロット。

 ──これしかない。

 これはきっと神様がくれたチャンスだ。ぺトラの腹は決まった。

 瑞雲は軍用機、さらに修一はそれを飛ばすことができる。加えて軍人なら、危険に対する技術も持っているだろう。この機会を逃すわけにはいかない。

 

「ふーん……軍用機」

「あぁ、そうだが?」

「もうちょっと教えてくれない?ジウンについて」

「瑞雲な?」

「二ホン語は発音が難しいんだよ……」

 

 ***

 

「なんだ話って」

 

 そして現在。ぺトラにガレージの隅へ連れられた修一が口を開いた。

 

「ちょっと見てもらいたいものがあって」

 

 そう言って修一に突き出すように一枚の紙を手渡した。

 

「なんだこりゃ」

「第百回スカイハイ・レース。見ての通り、この世界では今年、大規模なエアレースが開催されるんだ」

「へぇ。そりゃすごいな」

 

 ぺトラに渡された紙に目を通しながら修一がそう言う。その言葉には興味のような響きが滲んでおり、掴みは上々だと内心したり顔をする。

 

「それでさ……その」

「ん?」

「僕と一緒に出場してくれない?」

「出場?俺とか?」

「うん」

 

 修一が黙り込む。ぺトラは緊張しながら次の言葉を待った。

 

「……興味はあるが」

「瑞雲だってほら、いい機体じゃないか!しかも修一って軍人なんでしょ?大丈夫、優勝狙えるって!」

 

 一瞬不穏な響きを持った言葉が聞こえ、それを打ち消すように一気に畳みかける。

 

「出場資格はいくつかあるんだけど、最後の一個だった年齢制限を今年やっとクリアできるんだ!あとは乗り物さえあれば出場できるんだよ……!それで、それで優勝できれば……!」

「?」

「僕は認めてもらえる」

「誰にだ」

「皆に。世間にさ!僕はスカイハイを勝てるくらい力があるって」

 

 修一の表情が変わる。その真意は読み取れないが、ぺトラはそのまま言葉を続けた。

 

「誰からも一目置かれる正真正銘の強者。スカイハイ優勝者ともなればかなりの箔がつく。僕は強いって認めてもらえるはずだ!」

 

 ぺトラが野心的な笑みを浮かべながらそう言う。それに対し修一はもう一度紙に目を落とす。

 

「なるほど……そんなでっかい大会なのか……」

「駄目……かな?」

 

 修一が一瞬考えこむ。

 ──だが。

 

「功名心は身を滅ぼすぞ」

 

 修一の返事は冷たかった。

 

「気持ちはわかるが、これだけ大きいならその分危険もつきまとう。もう少しでかくなってからでも──」

「レースに優勝すればきっと修一も元の世界に帰れるよ!」

 

 修一の言葉が止まる。

 

「……本当か?」

 

 顔を上げ、そう言葉が続く。

 

「うん」

「詳しく聞かせてくれ」

 

 修一が改めてぺトラを向き合う。ぺトラは口をついて出てしまった言葉に続けるため、唾を飲み込んだ。

 

「スカイハイには一種の儀式みたいな側面があってね。優勝者は一つ願いを叶えてもらえるんだ。僕は優勝して名を上げる。修一は元の世界に戻る願いを叶えてもらえばいいよ!」

 

 修一の様子を伺いながらそう続ける。できるだけ平常心を装い、自然と聞こえるように細心の注意を払った。

 

「なるほどな……」

 

 不安が顔に出ないよう注力する。

 今修一に語った話は全部嘘だ。スカイハイに優勝者の願いを叶える財力や権力などないし、人間の願いをなんでも叶える魔法なんて都合のいいものも存在しない。少し時間があればもう少しマシなことを言えたが──、

 

「危ないのは十分承知だよ。その覚悟はある」

「……誰かと戦うことだってありえるぞ」

「準備はしてある」

「瑞雲だって安全な機体じゃない」

「この世界の乗り物よりはよっぽどマシだよ」

「お前を護れる保証は──」

「僕はもう十六だ!自分のことくらい自分でできる」

 

 修一とぺトラの視線がぶつかる。修一は何かを探るようにぺトラの瞳を見つめ、ぺトラはぺトラで嘘がバレないよう必死で表情を取り繕った。

 やがて──、

 

「……わかった」

 

 少し小さな声と共に修一が首を縦に振った。

 

「!」

「出よう。このレース。優勝すればいいんだよな?」

 

 ぺトラの表情が明るくなる。

 

「ありがとう!そうこなくちゃ!」

 

 修一の手を取り、嬉しそうに声を上げた。同時に修一もいつもの明るい表情に戻り、軽い調子で話し始める。

 

「よぅし!そうと決まればメンテだメンテ!ぺトラ、開催はいつなんだ」

「来月だね」

「来月か……わかった」

 

 そう言うなり修一はガレージへ、瑞雲のもとへと戻っていった。心なしかその足取りはしっかりとしており、何かの決意が固まったかのように見えた。

 

「……」

 

 そんな修一を見送りながらぺトラの表情もまた険しくなる。

 人を騙した──

 出場への課題はクリアした。しかし同時に修一を騙したことへの罪悪感も噴出してくる。

 

「駄目だ、気にするな。勝つなら手段は選ぶな……!世間に、強いヤツだと認めさせるんだろ……!」

 

 そう呟き、自分で自分の両頬を張った。

 そうだ。勝つなら、手段を選ぶな。

 そう自分に言い聞かせ、彼女もまたガレージを後にする。レースの開催は一か月後。時間が無い。残された時間で予定しているルートを吟味し、もう少し日本語の勉強もしておきたい。頭をそう切り替え、自宅へ足を向けた。

 




 こんにちは!ラケットコワスターです。ついに明日、「スカイハイ」頒布です!同時に先行公開も本日で最後となります。第一章、ペトラは修一を騙してレースに参戦させることに成功しました。今後、二人がどんな冒険をしていくのか、明日会場へ来られる方は是非「西き40a」を見に来てください。今後の展開も少し時間を置いて順次公開していきますので、そちらも是非ご期待を~。

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