「鍛~えろ身体、腕をっ脚を……磨けよ自分、男前……!!」
まだ日も昇り切っていない朝方に一人の男が逆立ちをしながら石段を下りている姿があった。腕力だけで自分の身体を支えながらもキツい傾斜の階段を下りながら、歌を口遊んでいる。まだ肌寒い時間帯だと言うのにタンクトップ一枚に居る姿には寒気を覚えるが、当人は寒気など感じていないように動き続けている。
「うしっ……ほいほいほいっ」
一番下まで降り切ると普通に立ち直しながらも準備してあったリュックへと次々と石を詰め込んでいく。パンパンに詰まったリュック、その重さは20キロを優に超える。それを軽々と背負い直すと逆立ちで何往復をした石段へと走り出していく。
「走っれよ山を、谷を海を。鍛えよ身体っキッチリと」
独特なリズムで歌を口遊みながらも軽い足取りで走り続けていく男、キツい階段を楽々と登ったと思ったら今度は下りていきまた登っていく。それを幾度も繰り返していくと今度は大きく左右にジャンプしながら前に進んでいく。脚力のみで3メートル以上も跳躍しながら前に進んでいく姿は並の人間にはない力強さ、そして最後の仕上げと言わんばかりに立ち幅跳びのようにジャンプすると石段を纏めて10段を跳び越えてしまった。
「うしっ今日もいい調子、さて今日は何段にしようかな……昨日が5段だったから今日は7段かな」
これだけの事をしていても平然としている人外じみたスタミナ、次のメニューを考えていると携帯が鳴った。
「はいっもしもし」
『あっすいません起きてます!?』
「お~如何したの?」
『荷物の運び込み手伝って貰えません!?リフトが故障しちゃって……』
軽く返しながらもメニューは中断する。確かこの時間だと食材系である、そのタイミングでフォークリフトが使えないのは確かに不味い。仕込んでいるのもあるだろうがそれだけで乗り切れる程此処の食事量は甘くはない。故に毎日新鮮な食材の搬入が不可欠。調理場のヘルプで入る自分としても見逃す事が出来ない。
「あらら~……うんいいよ、というか手伝わないと仕込みにも影響出るでしょ、俺がやっとくから」
『本当に有難う御座います~!!本当にヒビキさんってば頼りになりますね』
「はいはい~」
電話を切りながらも軽く汗を拭いながらもリュックを置きながら颯爽と走り出した。そして僅かな時間で搬入口へと到着すると自分を待っていたかと言わんばかりに連絡をくれた作業員から声を掛けられる。
「すいませんこんな朝早くに!!」
「いいよいいよ、どうせ何時もの日課の時間だったし」
「有難う御座います!!じゃあお願いします!!」
「はい畏まりしました」
と受け答えをしつつもトラックの荷台へと軽く飛び乗るとそこにある荷物を次々と持ち上げていく。40キロはくだらない荷物を担ぎ上げて降ろしていく、本来はフォークリフトなどを用いる筈だったがその代用を人が行うという奇妙な現場が30分ほど続くとそこへフォークが参上した。
「あれっ故障してなかったの?」
「エンジン蹴ったらなんか動いた!!」
「ロシア式って奴?」
「いやなんか違うと思いますよ!?いやでもこれで確りとした搬入が出来るぅ~」
と胸を撫で下ろしているのを見つつも手伝いは終了する事になった、本来やるべき人員にバトンタッチする。
「それにしても……ヒビキさんってウマ娘でもないのにどうやったらあんな重い荷物を持てるんですか……?」
怪訝そうな瞳を向けられてもヒビキと言われた男は敬礼のような手を作りながらもスナップを利かせながらシュッっと言いながらその秘密を語る。
「鍛えてますからっシュッ」
そんな答えになっているのか分からないような事を大真面目な顔で答える男はトレセン学園で用務員をしており、ヒビキさんの愛称でお馴染みになっている雷電 響鬼。
用務員と言われてどんな仕事なのかと想像しにくいだろう、ウマ娘が通うトレセン学園の用務員となれば余計にそうだろう。基本的には一般的な用務員とは変わらないのだが……通っているのがウマ娘たちなのでそこに関係する仕事も加わる事になる。例えば―――思わず強く踏みしめてしまったが故に蹄鉄の痕がついてしまった地面やらの修復作業なども含まれる。
「元気なのは良い事だよね」
コンクリートに見事に残っている蹄鉄の痕を見ながらもそれの修復作業に掛かる、こんな事の修復作業は日常茶判事何時もの事過ぎる事なのである。手早く済ませて一息を入れていると―――
「お~いこれの修理も頼むわぁ!!」
「こりゃまた大物だなぁ、流石は黄金の船の錨ともなるとこれだけ立派になるんだな」
ついでに頼むと休憩中に置かれたのは船舶などが停泊中に降ろされる錨であった。そんな物が如何して此処にあるのかとツッコミを入れたくなるのだが―――彼女にそんな物を入れるのも野暮という物だろう。ゴールドシップ、トレセン学園が誇る奇人。どうしてこんな物を持っているのかと以前聞いたが
「おいおいこのゴルシちゃんを誰だと思ってるんだ?船がアンカー持ってるのは当然だろ」
と真顔で返された。いやまあ名前からしたらそうだろうが、お前ウマ娘だろっというツッコミは機能しない。したとしてもまともな返答は期待出来ない。
「それじゃ預かっとくよ」
「んじゃ頼むな、それはマックイーンの収穫には不可欠だからな!!」
そう返しながらセグウェイに乗って去っていく、本当に破天荒を絵に描いた娘だと笑みを零す。それで済ませられる自分は可笑しいと周囲からは言われるのだが、このトレセンでは驚く事ばかり起こるので何というか……慣れて達観してしまった。七色に発光するトレーナーとか担当の子に甘やかされているトレーナーとか。
「おおっヒビキのおっちゃん何やっとるん、休憩中―――ってその隣の奴、何……?」
「何って……見て分からない?錨」
「いやそうじゃあれへんやろ!!なんでそれがあるのかって事を聞ぃとんねんウチは!!」
ズビシィッ!!という音が聞こえてきそうな程に見事なツッコミをしてくるウマ娘、タマモクロス。人呼んで白いイナズマ、そんな彼女は自分の名字が同じ!という事でちょくちょく絡んでくるようになって今では仲良くやっている。
「修理依頼って所かな……何かこれを使って収穫作業するらしいよ」
「はっ~ほんまに人がええなヒビキのおっちゃんは!!そないなモン断ればええのに、っちゅうか錨の修理って用務員の仕事やないやん」
「タマちゃん、此処はトレセンだよ。無いなんてあり得ないんだよ」
「ひ、否定出来ひん……いやいやいや確りしいや自分!!普通出来ひんのが可笑しいやろがい!!」
連続的に事実にショックを受け、それを受け入れそうになっている自分にツッコミを入れたりと中々に忙しいタマモクロスに笑みを作る。彼女程見ていて面白くて楽しくて可愛いウマ娘もいないだろう。
「あれっそろそろお昼だな、タマちゃんも一緒に行くかい?」
「ええな!!折角だからヒビキのおっちゃんの苦労話でも聞いてあげんで」
「そりゃどうも、その前にこの錨は片づけておかなきゃ」
そう言いながら錨を担ぎ上げるヒビキ、タマモクロスは呆れたような目でそれを見る。
「相変わらずとんでもない怪力や……如何なっとるんやおっちゃん」
「んっ?鍛えてますからっシュッ」