「さてと……一応顔は出しておくかな……」
用務員室でヘルプに備えて待機していたヒビキは不意に時計を見つめてそんな事を呟いた、授業はもう終わっている頃でトレーニングをする子達が動き出す時間帯になっていた。余り気は進まないがスペシャルウィークの事は見てあげないといけないだろう。
「理事長には無理にやらなくていいとは言われたけどそうは行けないからなぁ……」
『傾聴!!此方としてはその意志が無い者にトレーナーをさせるつもりはないので安心して欲しい。だがヒビキ用務員、同時に君を慕うウマ娘達は大勢いるという事は分かって欲しい。故に時間が許す限りでいいので見てやって欲しいというのが私の本音だ!!』
「やれやれ……まあトレーナー不足を理由に兼任する事って言われなかっただけよかったかな」
トレーナーは極めて狭き門、漸くその門を潜ったとしてもトレーナーの数に比べてウマ娘たちの方が数は多いので指導の手は足りない。理想的なのはトレーナーがチームを立ち上げてより多くの指導を受け持つ事だが……現実的にそれは難しい。加えて今トレセンには極めて有望なウマ娘が多い、生徒会長のシンボリルドルフなどはその筆頭とも言える。彼女に憧れてトレーニングに励む者も多く、その分コースなどや設備のメンテを受け持つ用務員の仕事も増えている。
理想的なのはヒビキにトレーナーを兼任して貰う事、だがそれを理由に辞められると困るので学園は無理強いしてこないというのが実情だろう。
「やっほ顔を出しに来た、んだけど……何っ親睦を深めてるの?」
「いや普通にトレーニングだよとっつぁん」
チームスピカの練習に顔を出したヒビキが目にしたのはコースで走るなどのトレーニングなどではなく、所謂ツイスターゲームをやっているウオッカとスペシャルウィークの姿であった。ツイスターがトレーニングにならないとは言わないが……。
「なあおっちゃんっ次はアタシとやろうぜこれ、なあなあ!!」
「いやトレーニングだったら俺がやる必要はないでしょ」
「ヒッヒビキさんどうもぉ~……!!」
「ああうん、今はそっちに集中していいからねスペちゃん」
沖野曰く、レースは格闘技に近い。相手が体当たりしてくる事もある、それに備える為に体幹トレーニングとしてツイスターゲームを行っているとの事。
「意図は分かったけど」
「二ググググゥ……」
「ハッ恥ずかしいんだよこれぇ……!!おっちゃんも何とか言ってくれよぉ!!」
「あのさっ沖君、年頃の娘さんが相手って事を考えなさいよ。普段から変質者的な行動してるから思考までそっちに染まってるじゃないの」
「おいおい酷い言い草だなとっつぁん、だったら代わりに代案でも出してくれよ」
不服そうな顔をしながらも此方を見てくるのだが、その瞳には打算的な物が多量に含まれていた。この男は何があっても自分と同じ側に引き入れようとしているらしい、悪いが自分はそちら側に行くつもりもないし興味も無い。だが笑顔を作る為の手伝い程度ならばやるつもりはある。
「んじゃまあ俺が良くやってる体幹トレーニングでもいいかな」
「ああそれで良いぜ、よしそこまで!!んじゃこっからはスペもお待ちかねのとっつぁんプロデュースだ」
「はっはいぃぃぃぃっ……!」
「やれやれ……」
如何にもかなり懐かれてしまっている、下手に手を抜けばそれを曇らせる事になる。それはしたくはない、やる分には手を抜かない。それが鍛錬における根本的な常識でもある。
「それじゃあハイリバースプランクから行こうか、後沖君もやりな」
「えっ何で俺まで!?」
「俺を巻き込んだ罰、後教え子がやる事を自分でやる事で実感出来て理解度も深まるよ。俺もやるから文句言わない」
「マジかぁ……」
仕返しと言わんばかりにヒビキ式のトレーニングには沖野も巻き込まれる事となったのであった。主にヒビキが行うのは肉体面の強化、これならばもう何年もウマ娘と一緒にやっているし教える事は出来る。
「ほらっ沖君真っすぐを維持する」
「ンな事言ったってこれすげぇキツいぞ……!?」
「ゴルちゃんは良い感じ、そのまま後2分」
「あいよ~」
一番ケロッとしているのはゴールドシップ。肉体面での強度は矢張り一番優れていると言っていいだろう、沖野は苦しそうにしているメニューも平気な顔をしている。
「ダイちゃんとウオちゃん、呼吸は止めない様に」
「はっはい……!!」「おっおう……!!」
ダイワスカーレットとウオッカは互いが互いを刺激し合っている、こういったトレーニングで一番来るのが精神的に弱くなって自分を甘やかす事。だがこの二人はこいつには負けたくないという対抗心があるので自分を甘やかす事がない、ある意味では自分との相性が一番いいかもしれない。
「スズちゃんはもう少しお腹を上げて」
「はいっ……!」
サイレンススズカも中々自分のペースを守りながら落ち着いて出来ている、彼女の場合はマイペースな所もあるからか揺らぎが少ないのもプラスに働いている。そして最後に……
「うぐぐぐぐっ……!!」
「スペちゃん頑張れ、後1分。空を真っ直ぐ見るような感じだよ」
「分かりましたっヒビキさん……!!」
スペシャルウィークはこういったトレーニングに慣れていないのか苦戦しているように見えるが、根性で身体を支えながら保っている。数をこなしていけばスズカのように冷静を保ちながらやっていけるようになるだろう。
「よしっ終わりっと」
「フッ~これ良いな、ちょっと気に入った」
「そりゃ良かった。ほらっダイちゃん達もストップ、これは我慢勝負じゃないんだから」
「「ダァァァ……」」
ヒビキに言われて崩れ落ちるように倒れこむ子もいればゴルシのように平気な顔をする者もいる。特に彼女たちにはウマ娘用にする為に負荷を上げた物をやるように伝えたのだが……流石に人間とのポテンシャルの差が如実に出ている。沖野は普通の物なのに酷く息を荒げている。
「ちょっと沖君情けないんじゃない?」
「ゼェゼェゼェ……慣れてるとっつぁんと一緒にしないでくれよ……初めてやるんだぞ……プランク」
「何言ってんの普通の奴でゼェゼェ言って、俺はスペちゃん達と同じメニューだったよ」
「嘘だろ……」
愕然とする沖野を他所に真顔なままのヒビキ、ウマ娘達と同じ負荷でやっていたがこの程度は全く応えない。スズカも同じだが矢張りスペはまだ辛そうにしているがその顔は何処か明るく次の指示を待ちわびているようにも見える。
「これを基本的に毎日5セットね、この後は腿上げとか諸々をやるよ、俺流だけどね」
「やっぱりヒビキさんのトレーニングの方がいいです!!鍛えてるって感じがしてて!!」
「俺のは不満って事か……」
「はいっ沖君は30秒後にもう1セットね」
「マジで勘弁してくれ」
この時ばかりは沖野は後悔しそうになったが、これもヒビキを
「普段から鍛えないからだよ」
「とっつぁんと一緒にしないでくれ頼むから……」
雷電 響鬼。
理事長からトレーナー兼任指示が出なくてちょっとホッとしているおじさん。仕返しと言わんばかりに沖野にもトレーニングを強いている。その為か、度々保健室に向かう沖野トレーナーの姿が目撃されている。