トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第12話

「ヒビキ君、リギルの練習にも顔出せないかしら」

「出来るけどヤダ」

 

新しい花壇を作る為のレンガ積みをしている時に唐突に話しかけられた、例え振り向かなくても相手は断定できる程度には親しい相手。チームリギルを率いるトレーナーである東条 ハナ。そんな彼女は最近自分がスピカの練習に顔を出してはサブトレーナー的な役目をしている事に関連付けて自分のチームにも顔を出せないかと交渉してきた。だが当然答えなんて決まっている、NOである。

 

「ヤダって子供じゃないんだから……スピカには出してるんでしょ」

「そもそも俺は用務員だよ、自主練なら兎も角チームの練習に口出しする事自体が可笑しいんだよ」

「苦情は沖野トレーナーにって事かしら」

「そゆこと。俺はスペちゃんへのお詫びとして参加してるだけ、その関係性でスピカの皆も見ないと不平等って事で見てるだけ」

 

一切此方を見る事はなく黙々とレンガを積み続けているヒビキにテコでも動きそうにない事を察する、下手な交渉は通用しない。だから素直に理由を話すのが一番手っ取り早い。

 

「貴方に見て欲しいって子はウチにもいるのよ、トレセンで人気№1用務員の貴方に。貴方がいるだけでモチベーションは全然違うわ」

「それを如何にかするのがトレーナーの役目でしょ。俺に迷惑が掛からないようにできるでしょハナちゃんなら」

「出来るけど貴方が来た方が楽なのよヒビキ君」

「……顔出すだけなら考えてあげるよ」

「十分よ、それじゃあ邪魔したわね」

 

妥協点ではあるがそれだけでも大分な進展だと納得しながら引き下がっていく。遠ざかっていく気配を感じながら溜息を吐く。

 

「これでリギルに行ったら行ったで黒沼君とか南ちゃんの要請にも応えないといけなくなるからなぁ……気楽に練習見に行けなくなったって言うのは結構な問題だな……」

 

既に他のトレーナーからも自分達のチームや担当の練習にも顔を出して欲しいという話は来ている、以前までは休み時間に好き勝手に見学をしていたり時折差し入れをしたりしていたのだが……それでは気軽にそれが出来なくなってしまった。下手にそれを自分が主張した不平等になり、トレーナー兼任も現実味を帯びて来てしまう事になる。

 

「しょうがない……差し入れする時はたづなちゃんに名前を伏せて持って行って貰おうかな」

 

何とも面倒な事になった……と思いつつも結局それは自分の行いのせいなんだよなと若干の自己嫌悪をしつつも仕事を続ける。彼女らの笑顔の為なら自分の犠牲はやむを得ないとは思っているが、それでも自分の時間は作りたいとは思っている。それさえも無くなってくるというのは少々狭苦しく思える。

 

「よしっ花壇はこれで良しっと……花はどんな風に植えるかな……」

「おじさま~お待たせしました~」

「おじちゃ~んお花持ってきたよ~!!」

 

兎も角何かは考えるのは後回し、やる事をしっかりやらなければならない。花を持って来てくれた子達を出迎えるとしよう。

 

 

「ふへぇっ~……」

「今日は随分とお疲れだねスペちゃん」

「はいぃ~……あと少しでデビュー戦だと思うと緊張しちゃって……やっぱりヒビキさんの言うとおり病は気からって本当です~……」

 

この日は練習には顔を出さなかった。ヘルプで出された仕事を行っていて終わった頃にはスピカの練習は終わっていたのである、そして用務員室へと戻ると丁度スペが訪ねて来て話がしたいらしい。お茶を差し出すと少しずつ話し出した、如何やら後僅かでデビュー戦という所なので緊張して何時も以上に疲れてしまっているらしい。

 

「私確りやれるかな……デビュー戦」

「まあ大勢の前で走るからね、緊張して当然。しないのなんてゴルちゃん辺りだよ」

「あ~確かに……」

 

ゴールドシップ辺りは全く緊張もストレスも感じずに欠伸でもしながらレースに望めそうなイメージがある。今だけはあの滅茶苦茶な彼女が心から羨ましいと思う程にスペは緊張しきっていた。

 

「……あのヒビキさんって如何して用務員さんになったんですか?」

「んっおじさんの事気になるかい?」

「ヒビキさんはおじさんじゃないですって!!えっと、私からしたらお兄ちゃんというかお父ちゃんみたいな感じって言うか……!!それ位ヒビキさんは心強いんです!!」

「ハハハッお兄ちゃんかお父ちゃんか、まあ俺にとってトレセンのウマ娘達は娘か妹って感じはするね。まっ家族って印象かな」

 

スペの聞き方が良かったのか、普段は笑顔のままで上手くはぐらかされて終わってしまうのだがその時は話が続いた。

 

「そうだな……支えてあげたいって思ったからかな」

「支えるってウマ娘をですか?」

「いやっトレーナーもさ、あんな輝いてる舞台でウマ娘を輝けるように導くトレーナーも立派な主役だと思ったんだよ」

「主役……」

「レースって言うのは一人で走る訳じゃない、トレーナーと二人三脚、チームの皆と一緒に走る舞台だと思ってるよ俺は」

 

レース(そこ)に至る間、君は一人で努力したのかと言葉の外で言われたような気分になった。これから挑むデビュー戦の舞台はたった一人で孤独な戦いだとスペは無意識で思っていたのかもしれない。故に緊張していた、スペはトレセンに来るまで他のウマ娘と顔を合わせた事も無く孤独だった。それが強く心に残っていたのかもしれない。そして―――感じていたストレスが消えて身体の震えが全く別の武者震いへと変わっていた事に気付いた。

 

「だからさっ君は一人で走るんじゃない、隣にゴルちゃんでもダイちゃんでもウオちゃんでもスズちゃんでもいい。一緒に居るって思って走ってごらん、そう思えばきっと緊張なんて消えるさ」

「―――ヒビキさんでもいいですか?」

 

恥ずかしそうにしながら問いかけるスペにキョトンとするが、直ぐに破顔してヒビキは自分の頭を暖かく撫でてくれた。

 

「ああっ君が望むなら俺はその隣で走ろう。そしてこれからの舞台では君の想いと望みを形にする場所だ、好きなように走りなさい」

「―――はいっ!!私、ヒビキさんと一緒に走ります!!よ~しけっぱるべ~!!!ヒビキさんこれから一緒に走りませんか!?」

「おっやる気十分だねぇ~よし行こうか、ちょっと待ってね今連絡するから」

 

チームの皆と一緒に走る、ヒビキの言葉が決定打となってスペはデビュー戦に万全な精神状態で臨む事が出来た。そしてレースでは―――堂々の一位、デビュー戦を最高の形で迎える事が出来たのであった。

 

「あ~あ……ダンス教えとけばよかったかな……見事な棒立ち……」

 

ヒビキはレース後のウイニングライブでまともにダンスが出来ずに棒立ちしているスペを見て、酷く申し訳なく思った。




雷電 響鬼。

今まで出来た事を気軽に出来なくなって残念そうなおじさん。彼からしたらトレセンのウマ娘達は妹や娘に近い認識らしい。

スペの見事すぎる棒立ちに苦笑いしつつ、ダンスの事を考える事を完全に忘れていた事を申し訳なく思った。
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