トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第26話

「という訳で輝は多分トレセンに行きたいって言うと思う」

『そっか……うんっ私達はそれを応援してあげたいと思います』

「へぇっ意外だね、子煩悩のお前さんからそんな言葉が聞けるとは」

 

電話の先で話を聞くのは輝の父親である煌、同じく鬼の称号を襲名している雷電一家の一人でもある。鬼としての名前は煌鬼。

 

『子供の頃から輝は俺達の世界のせいでらしい事を出来てなかったと思ってましたから……だから自分からそれに進みたいと思うなら応援するのが親ってもんですよ』

「自分の後を継いでほしいっていうのも親心じゃない?」

『まあ其れはそうですけど……ぶっちゃけ、それは俺や鬼咲みたいになりたいって言われなかった時点で諦めました』

 

愛娘が生まれ持った能力を活かしたい、自分が培った全てを使ってみたいと決めた。だったらそれを見たいと煌は素直に思っている、自分達のせいであの子を孤独へと誘ってしまったと思いながらも本気でそう成りたいと思うならいいとも思っていた。だが……友達が出来たと電話をして来た時には此方も泣く程に嬉しかった。それ程までに孤独だったあの子に友達が……。

 

「もう直ぐ京都に着くと思う、輝は輝鬼になる事も諦めてない」

『それは嬉しいですね、なら何時かは鬼に至って貰いましょう。我らが継承した鬼は極限まで鍛えし人が更に鍛え抜いたその先へと辿り着く称号。トレセンはその糧にするつもりで』

「此処を糧にか」

 

此処に勤めている以上何とも嬉しいような複雑な心境だ、だが確かに此処での体験は他では味わえない物ばかりだしそう考えると結構的確かもしれない。清めの儀式ではそれまでの人生で得た経験、魂が感じたものを全て使って神への貢ぎを行う。その為に、鬼達は毎日を必死に生きて神に相応しい物を作り上げていく。

 

「まあいいんじゃないかな、鬼になるに遅いも早いもないし。相応しいと認められた時に鬼となる」

『それを過去最速で鬼となった響鬼兄さんが言っても何とも説得力が……』

「あっ無い?」

 

自分の場合はまあ……確かに色々と特殊なケースだったなと我ながら思う。今まで一番早かったのは3代前の25歳、それを大幅に更新しているのだから当然と言えば当然だろう。というか人間でありながらウマ娘が行うメニューを鬼でもない者が行おうとする事自体が既に狂気だとよく言われたりもした。

 

「いやぁ俺の場合はあれだし」

『ですねぇ……幸せ者ですよね響鬼さんは。それじゃあ輝がそっち行ったら宜しくお願いしますね』

「あいあ~い」

 

電源を切りながら不意に空を見る、月が満天の星空を更に煌びやかに染め上げる光景が広がっている。良い月夜だと思う傍らで声が聞こえて来た、その声に惹かれてつい―――隣を見てしまった。

 

―――いい月よね……清き夜……素晴らしいと思わない、響鬼さん。

 

「さん付けはやめてって……これじゃあ輝の言葉が否定出来ないな……反面教師か……」

 

その日の夜、珍しい事に太鼓の音色がトレセンに木霊した。

 

「タァッ!!」

 

それは何を意味するのか、ウマ娘達にもトレーナーたちにも分からない。何故叩かれるのか、分からぬ太鼓の音。

 

「ヤァッ!!」

 

誰に向けての演奏か、誰に向けての清めの音か、この時ばかりはヒビキは―――響鬼となった。

 

「ハァッ!!」

 

響鬼か奏でる太鼓の音色は酷く力強くが優しい、聞く者を魅了する清らかな音色。それを奏でる姿は―――正しく清めの音を響かせる鬼。

 

「ハァァァァァァァァッ……ハァッ!!!」

 

 

「ホラホラホラッ確りと腿上げる~」

 

早朝、ヒビキの下に集ったゴルシとスズカを除いたチームスピカの面々。ダイエットメニューをこなすという名目の下で行われている早朝トレーニング、今日も今日とて運動が行われている。

 

「朝っぱらこれは利くぜぇ~……!!」

「何よもうギブッ……私はまだまだ行けるわよ!!」

「ならっ俺だってぇぇ~!!!」

 

行われているのは腿上げトレーニングだが、10キロランニングを終えた後に様々なトレーニングをこなった後のそれは相当に身体に利く。既に疲れている故に脚は重くなっておりなかなか上がらないが、ヒビキはもっと上げるようにと声を出している。それに触発されたのか、ダスカはウオッカと共に競い合うかのように腿を上げていく。

 

「ふぇぇっ~お腹ペコペコで僕倒れちゃうかも~!!」

「確かもうキツいかも……でもっもっと頑張るぅ~!!!」

 

泣き言を漏らしながらも確りと行うテイオーと気合を入れ直して腿を上げるスペ。もう7時前、これが最後のトレーニングだが……5時から行っているトレーニングは本当にきつい、主に空腹的な意味で。

 

「頑張れ頑張れ~この後は俺がご飯用意してあげるから~」

 

最後の追い込みと言わんばかりに皆の士気が一気に上がっていく、現金だとは思うがこの位分かりやすい方が此方としてはやりやすい。自分は指定回数を終えているのでガレージにテーブルや椅子を用意しはじめておくとタイマーが鳴り響いた。それと同時に皆が倒れこんだ。

 

「おっ終わったぁぁぁぁっ……」

「や、やっぱりヒビキさんとの朝練は響くぜ……」

「お腹空いたよぉ……」

「つっ疲れたぁ……」

 

正しく死屍累々といった光景である。スペは間もなく日本ダービーを控えているのでそれに合わせて多少などともキツくはしたが、矢張りこの時間の食事前だと相当に辛いらしい。

 

「皆ご苦労様、直ぐに配膳済ませちゃうから。それとも先にシャワーでも浴びてくるかい?」

「それもいいけど、こっから寮に戻るのもなぁ……」

「用務員室のシャワー使っちゃ駄目なのおじさ~ん……」

「あのね……年頃の乙女がおじさんが使うお風呂を軽々しく使おうなんて言うんじゃありません。ほれっ」

 

こっから寮まで戻りたくないと唸るテイオーに向けてヒビキは鍵を放った。そこには仮設シャワールームと書かれていた。

 

「理事長がプールの備え付けの他に新しく作ってくれたんだってさ、あっちにあるから浴びておいで」

「わ~い!!」

「あっちょっと待ってくださいよテイオーさ~ん!!」

「アタシたちも行くってば!!」

「置いてくなよぉ!!」

 

先程の元気の無さが何処に行ったのやら、早速シャワーへと向かって行くウマ娘達を見送りながらも準備していた料理など炊飯器をガレージの近くまで引っ張ってくる。朝食前にあれだけ運動したのだから沢山食べるだろう、当然栄養バランスの計算も確りとした。今日は薬膳をテーマにして消化や代謝促進効果のあるスパイスを使った物を準備してみた。尚、ウマ娘達の体調管理の為という事で理事長から経費として認められたのは素直に有難かった。

 

「おはようヒビキ君、ダイエットだけじゃなくて食事による体調管理も始めたのかしら?」

「おはようハナちゃん。だってダイエットの為に来てるんだから、下手に食堂行かせて爆食いされたら俺の指導が意味なさないし、食堂の皆さんの負担が豪いことになるよ」

「それは……確かにそうね。オグリキャップに近い食欲のウマ娘が数人増えると考えると地獄ね」

「んで何の用?」

 

彼女とは同僚、そして友人関係だが用も無いにこんな所に来る訳がない。当然理由がある。

 

「リギルのメンバーもダイエットしたいって子がいるのよ、預けても良いかしら」

「……それ本当だろうね」

「本当よ」

「……それならせめて個人としてくるように言ってくれるかな、チーム通すと流石に他の子も面倒見なきゃいけないしマジでトレーナーやらなきゃいけなくなるから」

「分かったわ」

 

こうなるとは思っていたが、思っていた以上に早かったなぁ……と溜息をつく。これでリギルのメンバーも朝練入り……となると流石に全員分の食事の準備は無理、勝負形式のものを盛り込んで人数制限を掛ける事を考えておこう。

 

「それと輝さんはウチに来るのかしら?」

「らしいよ、やりたい事を全部やるんだってさ」

「そう―――じゃあ来たらスカウトね」

 

と、何だか色んな意味で厄介事が増えたなぁと思いながら戻って来た皆の為に配膳を続けるのであった。




雷電 響鬼。

輝がトレセンに来る事に決まって色々考えている用務員のおじさん。鬼として、様々な事を思いながら、それを清めの音に込めて太鼓を叩いた。

ダイエットメニューをこなすメンバーの腹を満たす為に、炊飯器が4つに増えた。後日来るリギルのメンバーの事も考えると頭が痛くなってきたとの事。
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