トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第27話

「ホラホラホラッスペちゃんペース落ちてるよ~!!」

「はっはい~!!」

 

減量は順調に成功、寧ろ筋肉量は増してきている影響で顔を青くしながら自分に相談に来るほどにスペシャルウィークのダイエットと並行して行っていた肉体強化は順調に行われている。

 

「はいっ5本ね」

「はい!!もっともっとっ頑張ります!!」

 

元気よくトレーニングへと邁進するスぺを見ながらも手元のストップウォッチを見て沖野は素直に驚いた。そこにあったのは40.37.という記録、以前のスペなら42秒台が精々だと思っていたが……今日はヒビキもトレーニングに同行してくれている影響かやる気も何時も以上に出している。トレーニングの為にトレセンから行ける距離にある神社への石段での坂路特訓、坂道での失速を抑える為にはピッチ走法を完璧にするしかない。そしてこれを行う前に徹底的に体力を使わせる特訓を噛ませる事で次にスペが挑む日本ダービーのコースを疑似的に再現する。

 

「如何だい沖君、スペちゃんの調子は」

「上々だな。あと少しで40を切る、ダービーでやるならせめて40は切らせたい。その為にはスタミナ強化は不可欠だ」

「やれやれっだからって俺にランニングコース決めさせるのは意地悪でしょ、ほらっ」

 

後ろを指差せばそこには疲れて倒れこんでしまっているスピカのメンバーの面々があった。

 

「疲れたぁ……」

「お前っこんなので疲れてる、のかよ……」

「今日も、なんか凄いスパルタだよねぇ……」

「アタシも疲れた……」

 

「ほら皆バテバテ」

「つうか何でウマ娘でもねぇとっつぁんがぴんぴんしてんだよ、それが一番納得いかねぇよ」

「鍛えてますからっシュッ」

 

毎朝と夜に走っているヒビキ、ひとつ前のランニングでそのコースを任せた。スタミナ増強と対ダービーの長距離対応の為だっただが……そのコースが当たり前のように山を越えたり、アップダウンのキツい道ばかり。当然体力はガリガリと削られていくし何時終わるのかも分からない故に精神も揺さぶってくる。故か、皆疲れて切っている。ヒビキを除いて。

 

「スペもスペでよくへばらねぇな……」

「ダービーで勝つって気持ちがいい方向に向いてるよ、精神は肉体を越えるってよく黒沼君言ってるでしょ。それと同じさね」

「まあそれしか言いようがないだろうな、とっつぁんが全然へばってねぇのもそれが理由か」

「まあね」

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そんな事を話している間にスペがラスト一本まで来た。そこで沖野は小休止を入れた後、ラスト一本はスズカと一緒に走る事を指示する、これで何処まで力を付けたかを確かめる為。スズカと走れる事に嬉しそうにしながら階段を下りていくスペを見ながらも隣に立っているマックイーンも中々にいい顔をしている。

 

「にしても……マクちゃんがスピカに来るとはね」

「私も少々あれかと思いましたが……まあ結果的には良いと思っております、ヒビキさんがいらっしゃるのであれば有益な事でしょうし」

「俺を正式カウントしないでくれると助かるかなぁ……」

 

マックイーンは何故かゴルシに懐かれている……というか一方的に絡まれていると言った方が良いだろうか、色々ちょっかいを出されている立場なのだがテイオー経由でスカウトが成された。入る気はなかったらしいが……ゴルシの泣き落としに見事に引っかかって入る事になった。案外単純な所が露呈した瞬間でもあった。

 

「そ、それに小耳に挟みましたが、今スピカはヒビキさんの下でダイエットメニューを実施しているとか……無駄の肉が無いシャープなお腹周り、誰もが羨むようなパーフェクトナイスバディを実現させる!という噂をお聞きしましたわ。ですので皆さん如何にかしてそれに参加できないかとざわついてますわ」

「いやまあ確かに言ったけど、あくまでそれを目指そうってだけでそれを確約してる訳じゃ……」

 

スペにやる気を出させる為に言っただけで確約している訳ではない、なのだがそれが何処からか漏れてしまったらしい。完全に尾ひれがついているのだが、その中心にいるのが常に鍛えているヒビキなので信憑性も抜群という事もあってか、ダイエットを考えているウマ娘達の間で熱い噂となっているらしい。

 

「あっちゃぁ~……」

「そ、それですね私も是非、それに加えて頂きたいのです……メジロ家として恥じない身体作りをするのも私の義務だと思っておりますので……!!」

 

と尤もらしい理由を上げているが、彼女、メジロマックイーンは太りやすい体質にある。そして甘い物好きであるという事もあって減量に悩まされてしまっているらしい。以前も朝練に混ぜて欲しいというのもそれ関連だろう、だがそれを敢えて口に出す程ヒビキは野暮ったくはない。

 

「それならまず、間食を控える事かな」

「ううぅ……矢張り、そうです、わよね……」

 

分かりやすい程に耳は垂れて尻尾は元気を失っていく。甘い物好きに取って間食は日頃の楽しみを失うも同義、そして何よりヒビキが提唱する我慢しないダイエットには合わない。ならまずそれを証明する所からっと背負っていたバックから袋を取り出す。

 

「ほい沖君、君も休止しときな」

「おっサンキュ。中身なんだ?」

「俺が焼いたので悪いけどクッキー、ホラッスペちゃんとスズちゃんも~!!」

 

と下にいる二人へと向けて袋を投げる、したでは上手くキャッチできたのか有難うという声が聞こえてくる。そして倒れている面々にも投げ渡す。

 

「それ食べて元気出して帰ろうね」

「おじさん有難う~!!わっこのクッキー凄い美味しい!!」

「ホントッこのニンジン味が堪らない!疲れた身体に利くわ!」

「おっちゃんサンキュ~!!此奴のお陰で頑張って帰れそうだぜ!!」

「流石ゴルシちゃんの焼きそば弁当のおまけでお菓子作ってくれたおっちゃんだな」

 

と好評なヒビキクッキーにマックイーンも興味が沸いてしまった、目の前でこれ程までに美味しいと言われたら気にならない方が可笑しい。しかいダイエットメニューへの参加を表明しているのにこんな所で誘惑に負けてなんて―――

 

「マクちゃんも食べるかい、はい」

頂きますわ

 

目の前に差し出されたクッキーを見て、決意は刹那に決壊した。

 

「(大丈夫ですわ、これから頑張っていけばいいのですからクッキー位なら……)あらっこのクッキー……」

 

思わず齧ったクッキーは普段食べている物よりもずっとしっとりとした舌ざわり、だが同時に香ってくる香ばしい香りと優しい甘さが舌を刺激する。だがサクサク感も損なわれておらず、顎に伝わる振動が楽しい。そして口に広がるニンジンの味と甘みが堪らない、気付けばあっという間にクッキーを完食してしまった。

 

「すっ凄く美味しいですわっ!!」

「そりゃ良かった、ダイエットメニュー中だから太らないように作ったクッキーだから安心してね」

何、ですって……!?

 

太らない、太らないと言ったのだろうか。自分の耳は可笑しくなったのだろうか、確りとした甘みは市販品などのそれと変わらないのにカロリーは少なく太らないというのだろうか。何だその全ウマ娘、いや女性が熱望するような夢のようなクッキーは……!?そんな視線に苦笑しつつも説明するヒビキ。

 

「これはおからと豆乳がメインだからね、そこに砂糖の代わりにオリゴ糖とニンジンを加えてる。普通のに比べてカロリーも糖質も少なくなってる、下手に甘さが控えめだと満足感薄くて余計にパクパク行っちゃうのでしょ。だから満足できる様に頑張ってみました」

「流石ヒビキさん、乙女心が分かっている素敵なおじさんね!!」

「んっどしたマックイーン、なんか泣いてねぇか?」

 

ゴルシが見た先では涙を流しながらもまるでヒビキを崇めるかのように膝をついて祈りを捧げているようなマックイーンの姿があった。その表情からは救世主見たり……!!と言いたげな物が伝わってくる、完全に大袈裟である。

 

「ぁぁぁっヒビキさん……貴方との出会いに感謝を……!!」

「言い過ぎ言い過ぎ……それだけ苦心してたんだね……今度、同じようなパウンドケーキ作ってあげるから元気出して」

「ああっ貴方こそメシア……」

「おっちゃんの場合は飯アだな」

「ゴルちゃん誰ウマ」

 

この日、マックイーンはトレセン学園に着て一番の嬉しさを噛み締めていた。




雷電 響鬼。

カロリーを気にする乙女な皆の為にクッキーを焼いた用務員のおじさん。トレセン学園に卸される甘みの強いニンジンを分けて貰っているのでクッキー作りは余り苦心しなかった。

そして、ダイエット云々はトレセン中に波及して女性職員からも熱望される事になった。
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