「俺も応援に行きたかったな~……」
ダービー開催日となった日、そんな愚痴を零しながらもヒビキは仕事をこなし続けていた。休みさえ合うのであれば全力で応援しに行ったのだが、生憎当日は休みなどではなかった。見送り自体はしたが、スペ自身は見に来て欲しそうにしていたが此方にも事情がある、なので代わりにダービー後に自分が何かを作ってあげる事で勘弁して貰った。
「ヒビキさん、お疲れ様です。もう間もなくお時間ですよ」
「はいよっ今行くよたづなちゃん」
呼びにやって来たたづなを労いながらも共に歩き出す、自分がしなければいけない仕事という物は本来ない。ヒビキと言えど一介の用務員なので他の用務員でも事足りぬ仕事、まあその仕事のペースなどは他の者では出来ない物ばかりだが……もしもの時のヘルプがあった時には、ヒビキの力があった方がトレセンとしては色んな意味で都合がいいのである。良いように使われているとも言うが、その分給料もいいので文句はない。
「ヒビキさん、最近は益々人気になりましたね」
「人気というか純粋に欲しいだけでしょ、俺印のニンジンクッキー」
ヒビキの人気は現在、更に高まっている。何故ならばここ最近、マックイーンが笑顔で居続けている。それを同じくメジロ家の令嬢であるメジロライアン、メジロドーベル、メジロパーマーが尋ねてみると笑顔でこう答えたらしい。
『ヒビキさんが私の為にニンジンクッキーを作って下さったのです、しかもっカロリーはとても低いのです。フフフッこれでとても美味なのです♪』
試しにそれを貰った令嬢らは自分も作って貰おうと自分の下にやって来た、そして自分のおやつ用に残していた物を渡したのだが……それがいけなかったらしい。それが原因でトレセン中に波及してしまった……既にダイエットの話題が凄かったのにそこに油を注ぐ事になってしまった。なので、食堂にレシピを渡して作って貰う事にしたり、色々策を行使する羽目になった。
「なんか、良かれと思ってやった事で俺が一番苦労してない?いや皆が嬉しそうにするのはいいけどさ……流石に詰め寄ってくるのは困る」
「それ程皆さん嬉しいんですよ、ダイエットの強い味方のお菓子なんて欲しいに決まってますもの」
「たづなちゃんもかい?」
「フフフッ勿論」
「はいはいはい、今度理事長の分と一緒にもっていくよ」
ニンジンクッキーは基本的にウマ娘達に人気が高い、カロリーも糖質も低いのは勿論だがニンジン味だからゆえだ。が、たづなや理事長も好んでいる。まあその辺りは人の好みなので深くは言及しないでおくとしよう……。そしてたづなと二人で校門へとやって来た。何故かと言えば―――
「ようこそトレセン学園へ―――ライデンアキラさん」
「お世話になりますったづなさん!!そしておじさま、嬉し恥ずかしながら転入します!」
「はいはい」
今日から雷電 輝こと、ライデンアキラとしてトレセン学園へと転入する事になった。随分と早く転入が出来た事に驚いたが、此方側からスカウトしたのに加えて輝の中学校の担任の先生が手続きを進めていたのも理由の一つとの事。
『輝、お前はもっと世界を見るべきだ。お前はまだ狭い世界しか知らねぇんだ、だからお前は広い世界を見て見聞を広めるんだ。将来を決めるなんざそれからでもいいんだ……胸張ってドォンと生きろ!!俺は応援してるぜ、ライデンアキラのファン第一号としてな!後、トレセン学園には俺の親友がいるんだ、何かあったらそいつを頼れ』
という事らしい。随分と熱い上に生徒の事を考えてくれる先生だと感心した、そしてその親友だと言うのが―――自分も知っている黒沼トレーナーだと分かった時は更にたまげたものだ。
「それにしても、ライデンアキラでいいのか登録名」
「うんそれが良いんだ。目指してる輝鬼はカガヤキじゃないから、それまでは
「くだらなくても押し通せば立派な物だよ」
「それではまず理事長室へお連れしますね」
「おおっ我が目標であるプワァフェクトッナイスバディのたづなお姉様!!今日も今日とて何と眩しい笑顔……そうかこんな笑みが良い女の秘訣なのか……そして了解しましたたづな師匠、じゃなくてたづなさんお願いします!!」
たづなの後に続いていく輝、いやアキラの姿を見送る。本当に姪っ子が此処に入るのは少し驚きだが、それがやりたい事なのだから致し方ないだろう。
「よぉっヒビキのおやっさん」
「おやっさんって……年上扱いは慣れてるけど君のそれは随分違う気はするよ黒沼君」
振り向いた先に居る黒沼トレーナー、相変わらずサングラスが良く似合う強面っぷりだ。これでいて指導方針もそれにそぐわぬスパルタっぷり、彼のチームに入ったウマ娘達はその厳しさに涙を流すのだが、強くなる実感を確かに感じる故に彼に深い感謝と畏敬の念を抱くのだという。
「俺としてはアンタはどうしても年上な気がしてならなくてな、実際人間の器はアンタの方が上だ。おやっさんが妥当だろ」
「ンな事だから君はヤクザみたいだって言われるんだよ」
「致し方ねぇだろうなそれは、慣れて気にしてねぇよ」
「そこは気にしようよ、世間に顔を出すトレーナーとして」
年齢的には黒沼の方が余裕で年上、それなのに自分を年上扱いしてくる黒沼には困っている。そしてこちらが年上扱いして敬語で話す事を嫌う、本人的には格が違うとの事だが……如何にも分からない。
「んでおやっさん、アンタの姪はもう来てるのか」
「たづなちゃんが理事長室に連れて行ったよ」
「そうか、後で顔を出すとしよう。
如何やら錦というのがアキラの担任の先生の名前らしい。名前まで一緒だとは……偶然にしては良く出来過ぎだと思う。
「錦さんっていうのかい?」
「ああ。錦山、俺とは兄弟同然の親友だ。あいつは随分と輝を目に掛けて心配してたらしい」
「そっか……良い人なんだね」
「ああ、処世術に長けてる上に俺と違って人の心って奴を良く分かってる上に人を見る目がある」
『兄弟、悪いがスカウトを俺の中学に回す事って出来るか。一人推薦してぇ奴がいる』
『突然電話してきたと思えば何だ、幾ら俺が中央のトレーナーだとしても、一介のトレーナーだぞ。流石に難しい。そいつに才能や実力が無きゃ無理だな』
『そいつは俺が保証するから頼む兄弟……あいつは此処にいるべきじゃねえ、此処の環境はあいつにとって毒だ』
『……分かった、名前を教えてくれ。何とかねじ込んでみる』
「それがまさかおやっさんの姪って分かった時には驚いたもんだ、ついでにシンボリルドルフがスカウトにそいつの事を言ってたからとんとん拍子だ」
「成程ね……シンちゃんの話だけで随分迅速なスカウト派遣だと思ったけど、そういう裏があったのね」
だったら錦山先生には本当に感謝しなければならない、その環境が如何だったかは自分は見ていないので分からない。だが、見学に来た事で輝には友達が出来たのだ。それは彼女にとって生涯の宝になる。
「黒沼君、昼飯はまだかな。俺が作るよ」
「ブルボンの奴も一緒でいいか」
「勿論、俺を飴扱いかい?少しは褒めてあげな」
「どうも苦手でな、俺は鞭で良い。飴は他に頼む」
「やれやれ不器用です事」
そして昼食を食べている時、TVを付けると―――スペが日本ダービーにてチームリギル所属のエルコンドルパサーと同着で1位になったというニュースを見にして思わず笑顔を作った。
雷電 響鬼。
流石に自分がウマ娘に甘すぎるのだろうか……と考え始めたが、改める気はない用務員のおじさん。黒沼トレーナーにおやっさん呼びされているのは流石に解せない。
そして、輝の元担任が黒沼トレーナーの親友であったと知って驚くと同時に深い感謝を抱き、今度お礼の品を送る事を決意した。
おやっさんとか錦山とかそこらはもう、完全に黒沼トレーナーの中の人の代表作ネタ。だってうん、如何見たって黒沼トレーナーのビジュアルが中の人全開だったから……。
後、錦については