「んで結局どこにするのか決めたのか」
「全然」
「おい、リギルのハナちゃんに目を掛けられるなんて中々ないんだから」
「へっ~やっぱりリグルって凄いんだ」
「リギルだっつの」
朝練を終えたヒビキとアキラは汗を流した後に軽く歓談していた。現在アキラは三人のトレーナーからのスカウトを受けている身、しかもその全員が優れたトレーナーであるという事。本当ならばこんなスカウトを受けたなら焦ったり戸惑ったりするものだが……ウマ娘としての世界に全く触れてこなかった殻か、その凄さが全然分かっていないようである。
「だから今はトレーナー交代交代で見て貰ってるよ、チャンスは公平に欲しいし私に判断してほしいって」
「贅沢だなぁ……」
スカウトされたウマ娘が専門的な事をしてこなかった場合、そういった処置が取られる事があると言う事は聞いたが事があるのだが、それを実際に姪っ子に適応されるというのは誇らしいと思う反面大丈夫なのかという不安もある。
「それでこの前がリギルで今は黒沼トレーナー、錦先生の話もあるし親身になってくれていい人だよ」
「まあ見た目は完全にヤーさんだけど普通に良い人だからね黒沼君。飴が上手く上げられないタイプ」
「うん、チームの先輩たちも毎日毎日ヒ~ヒ~言いながら練習してる。ブルボンさんは全然大丈夫そうだったけど」
黒沼が監督するチームの中で最も抜きんでている存在と言えば矢張りミホノブルボンだろう。常に無表情で無感情、サイボーグとも揶揄されるレベルのそれであり、機械的に黒沼のスパルタ指導にも従い続けている。
「ブルちゃんなぁ……三冠を目指して頑張ってるんだよ」
「それは分かる、今も私と一緒に滅茶苦茶坂路トレーニングしてるよ。後すっげぇ喋り方癖がある」
「超分かる」
『ヒビキ用務員、おはようございます。マスターの指示に従い、明日から早朝及び夜間トレーニングを行う前の挨拶をする為に待機しておりました。宜しくお願い致します』
『ああうん、一先ず……お昼、一緒に食べるかい?』
『……バットステータス:空腹を検知、食事を希望します』
『お、おう……黒沼君も随分と癖が強い子を担当してるな……』
これがミホノブルボンとのファーストコンタクトだった事はよく覚えている。本当にサイボーグなんじゃないかと思う位には感情が希薄、だが目標に向かってひたむきに努力出来る心はある意味黒沼との相性の良さが滲み出ていた。
「いやぁ初対面ですげぇビビったよ、アンドロイドか何かと思ったもん。何あれ、更に機械的になった綾波 レイ?」
「何だろう分かってしまう自分がいる……」
最初こそ驚いたが、今では普通に顔見知りで恐らくだが……懐かれている、と思う。以前黒沼が事情があって出張に出た際に自分が預かった事があった、その際に自分なんかで悪いねと謝った時に
『否定、私はヒビキ用務員にステータス:好意及び尊敬を抱いております。共に居れる事が喜ばしい事と思っております』
ハッキリ言われた事があって驚いた。この後、好意は好意でもマスターである黒沼が尊敬している程の人物を踏まえて好意的に思っているという事、つまり所懐いているという事が分かって素直にホッとしたのは内緒だった。流石に学生にそんな風に言われたらビックリする物である。
「ヒビキさんっ!!良かった居てくれたか」
「あらっシンちゃん……ってどうしたのよその恰好」
話し込んでいるとルドルフが駆け込んできた、一体何事かと思いきや何故か彼女は見慣れた制服ではなく燕尾服を着用していた。凛としていて宝塚的なカッコよさが出ている。
「おおっ会長さんかっけぇ!!宝塚デビューですか!?」
「宝塚記念は出ているからデビューではないな」
「いやそういう意味じゃないと思う……んでどったのよ」
「すまないヒビキさん―――執事長になってくれ」
「―――はへっ?」
「いやさ……なんで?」
ルドルフから受けたヘルプはまさか過ぎていた、何故ならば今日はトレセン学園のファン感謝祭。様々な催し物が出る事になっており、ヒビキも用務員として出店を設計から組み立て、出店指示などを出したりした。当日はのんびりと巡ろうと考えていたのだが―――まさかこんなヘルプを頼まれるなんて予想外過ぎた。
「どうぞお嬢様、ロイヤルアールグレイで御座います」
『キャアアアッ!!』
「夢のようなひと時を楽しもう♪」
チームリギルが行っている執事喫茶、フジキセキにテイエムオペラオー、エアグルーヴにシンボリルドルフと凛として女性人気も高い彼女らが燕尾服に身を包んで接客を行っている、彼方此方でスマホのシャッター音が聞こえまくっているのだが……何故かヒビキはその執事達を取り纏める執事長役として抜擢されてしまった。極めて謎である。
「お嬢様方、リギルの執事喫茶へとようこそ。当店の執事長を務めておりますヒビキと申します、どうぞ心行くまでお楽しみください」
『キャアアアアアアッ~!!』
「ねえっシンちゃん、これってウマ娘の執事喫茶なのにおっさんがいるっていう意味での悲鳴じゃないよね」
「断じて違う。自信を持ってくれヒビキさん、貴方はイケメンだ」
何でも、ハナに執事長役を頼むつもりだったらしいのだが……断固拒否された模様。曰く、これはウマ娘達がファンたちへと感謝を伝える物、自分が出てもしょうがないという事らしいが絶対にやりたくないからそれらしい言い訳を並べたとヒビキは感じている。
「あっあのっ……執事長さんにお写真をお願いしても宜しいでしょうか!?」
「勿論に御座います、お好きなポーズがあるのでしたらお申し付けください。お嬢様の願いを叶える事こそが執事たる私の願いに御座います」
「凄いなヒビキさん……私はまだ慣れないのにあれほど完璧に」
「ああっ流石の適応力だ」
少し裏に引っ込みながら頬をマッサージしているエアグルーヴにフジキセキは同意していた。正直言って此処にいるメンバーだけでは方向性が全員似ているタイプだったので変化球が欲しかった、なのでヒビキをスカウトしたのだが……自分達とは違った経験豊富な大人の魅力に溢れた物腰柔らかな執事というのは、ウマ娘の執事喫茶なのにルドルフのそれとツートップで人気になっていた。ウマ娘の執事喫茶なのに。
「あ、あのそれじゃあシンボリルドルフさんを抱っこして貰ってもいいですか!?」
「えっわっ私を?」
「畏まりました、ではっ―――」
「ヒッヒビキさん!?」
執事喫茶のサービスで条件を満たすと好きな執事との写真を取れるというのがある、だがまさかの変化球。お客と執事、ではなく執事と執事のツーショット要望だった。しかも抱っこしたという指定付き、加えて何故かヒビキはノリノリでルドルフを担ぎ上げてお姫様抱っこをする。
「(突然こんな事に巻き込んでくれた仕返し、ホラッ笑って笑って)」
「(ぐっ……合法的にする辺りヒビキさんらしいというか……!!)」
『キャアアアアアアッッッ!!!』
「会長カッコカワイイ……おじさんカッコいい!!」
やや頬を赤くしながらも凛とした顔を作りながらお姫様抱っこされたルドルフ、良い笑顔を作りながらもルドルフを抱きながらもポーズを取るヒビキという構図に女性たちは更にヒートアップしていく、その中にシレっと混ざっていたテイオーも超興奮していた。
「いやしかし本当に助かったよヒビキさん、だが随分と慣れていたように見えたが……まさか執事の経験があるのか?」
「ないよ、懇切丁寧に対応してただけ」
「流石ヒビキさんだね!!僕も見惚れてしまう程に見事な対応だったよ」
「今回の件は一つ貸しにしておくから何時か返してよね?」
「分かっているさ」
結果として、執事喫茶は大成功に終わった。その日、ウマッターにてヒビキの執事長がルドルフの執事姿と共にトレンドに上がったとか、ヒビキ個人のファンが出来たとか……。
「しかしどんな事で返せばいいんだろうか……」
「そうだな……俺が辞める時が来たら止めないとか?」
『えっ!!!?』
「ギャグよギャグ……なんでそんなマジ顔するのよ」
雷電 響鬼。
ファン感謝祭で突然執事をやらされることになった用務員のおじさん。結果としては、普通にイケメンに入る部類なので大盛況であり、リギル、主にルドルフに貸しを作った。
ギャグとしてやめる云々を言ったら、マジ顔で悲しむ顔をされたので反省気味。