トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第31話

木々の葉の色が赤く色づき始めた頃、アキラが最後の体験先であるスピカでの練習に励んでいる時の事だった。それは突然に言われた事であった。15時に正門付近に集合を掛けられたスピカメンバーとヒビキ。そこでは車に乗車している沖野から地図が手渡され、ゴールまで来いと指示が出る。

 

「ゴール、たって……何処だよこれ……」

「沖君……君、地図書くセンス皆無だね」

「るっさいぞとっつぁん。だからアンタを付けるんだろ」

 

渡された地図……いや、紙にはニョロニョロと伸びた道と思われる線が山を登っていくさまが分かる程度の物しかない。そして山には旅館と書かれており、そこがゴール!!という文字だけがある。つまり、山を登って旅館まで来いと言う事になるのだが……この地図で来いと言うのはきつ過ぎる。なので今回はヒビキが同伴する事になった。

 

「随分と山奥にありますわね……」

「何時間かかるの、これ……」

「良いかこれは体力と坂の特訓だ、これを越えて秋のG1で勝つ為だ。ウチに来たばかりのアキラには悪いがまあ我慢してくれ」

「山登りとか毎日やってたから苦じゃないよ僕」

 

真顔で返事を返す姿に流石はヒビキの姪……と全員から思われるのであった。

 

「そしてそこはとっつぁんの馴染みがやってる旅館だ。夕食は豪華にしてくれるようにとっつぁんが掛け合ってくれた」

「ほっ本当おじさん!?」

「勿論。山と海の幸のフルコース、ついでにデザート付き」

「フルコース!!?」「デザート!!?」

 

やや食い付く部分が違うような気がするが、お陰でスピカのやる気は鰻登りであった。これが終われば美味しいご飯が待っていると分かるとやる気も出るという物、これが飴ならば―――次は鞭である。

 

「但しっ!!18時までに旅館に来れなかったら飯抜きな」

『えっ~!!?』

「安心しろ、とっつぁんの分はあるから」

「いやそれはあんまりでしょ、俺もなしで良いから」

 

んじゃ頑張れよ~適当な声援を送りながら沖野は車を発進させて一足先に旅館へと向かって行く。本当にあれはトレーナーなのかとマックイーンが愚痴を零すがそれには大体同意なメンバー。

 

「にしても道なき道を走れって……」

「最早トレーニングじゃなくて修行のそれだな……」

「全くだわ、ごめんなさいアキラ先輩。折角の体験なのに」

「全然大丈夫、山登りとかマジで毎日やってたから。んでさ―――スズカさん先に行っちゃったけどいいの?」

『えっ?』

 

たったった……と軽やかな足音と共に去っていくスズカ。気付けばゴルシが持っていた地図が彼女の手にあった、このままでは自分達が迷子になると大急ぎで皆はそれを追いかけていく。最後に残されたヒビキにアキラが問う。

 

「おじ様バイクじゃなくていいの?」

「俺だけ走らないのは不公平を感じちゃうでしょ、久々の長距離マラソンだ。さあっ鍛えるぞアキラ」

「ラーサ!!」

 

と二人揃って皆を追いかけていく。幸いなことに信号で止まっていたのですぐに追いついて、ヒビキは最後尾に付きながらナビゲートを行っていく。

 

「ヒッヒビキさん本当にこっちで良いんですよね……もう日も沈んで怖いんですけど……」

「大丈夫大丈夫、おじさんが付いてるから。あと少しだよ皆ファイト~」

 

出発から4時間、既に辺りは日が沈んで夜の帳が辺りを支配する時間帯になりつつある。時計は付けていないがもう明確に夕食は期待出来ない時間……以上に無事に旅館に行けるかどうかも不安になってきている。

 

「おじさん、もう無理~おぶってよ~……!!」

「テイちゃん頑張れ、あと少し」

「暗いわ、怖いわ~……!!」

「ダイちゃん大丈夫、何か出て来てもおじさんが何とかしてあげるから」

 

幾ら身体能力が優れるウマ娘とは言え、精神的にはまだまだ幼い学生らである彼女たち。それを支えているのは頼りになるヒビキであった事は明らか。

 

「っというか……如何してヒビキさんはそこまで平気そうなんですの……!?」

「鍛えてますからっシュッ」

「それを言ったらアキラもだろう~……アタシももう無理~」

「私も鍛えてますからっしゅっ」

 

最後尾だったヒビキは何時の間にか先頭を張って皆を先導している、そして一番後ろにはアキラが付いている。ウマ娘達でも根を上げるような長距離を走りながらも平気そうな顔をしているヒビキとアキラ。これが鍛え方が違うという奴だろうか……毎日山登りをしていたと語るアキラのそれは真実であるという事、そしてヒビキの鍛え方も生半可ではないと改めて知った瞬間であった。

 

「おっ見えて来たよほら」

 

ヒビキの声に導かれて前を見ると唯一明かりがついている建物と街灯が見えて来た、あれが目的の旅館だ!!と皆の顔が明るくなるのだが……その街灯の下では浴衣を着て座って待っている沖野の姿があった。

 

「おせぇよお前ら、18時までに来いって言ったのにもう19時だぞ」

「無茶を言うもんじゃないよ沖君、此処まで走って来いって言うのは俺でもきついんだから」

「いや、一番ケロッとしているとっつぁんが言っても説得力ねぇから」

「これでも疲れてるんだよ、顔に出してないだけ」

 

思わず倒れこんでしまう程に疲れ切ってしまっている皆々、アキラは倒れこんではいないが……それでもかなり疲れているのか膝に手をついて息を吐いている。何せ沖野が指定したコースは普通の道よりも数段キツいコース、ヒビキが自分が何かあって入院したなどで鍛えられなかった際、自分を鍛え直す為のコースなのだから。

 

「良いからお前ら風呂行って汗流してこい」

「言われなくても行かせて貰うわ!!」

 

軽くキレているウオッカ、そりゃ自分達があれだけ苦労して此処までやって来たのに自分一人だけ湯に浸かってのんびりとしていた姿を見せられたら腹が立つという物。だがその前に……とマックイーンが立ち上がった沖野の前に立った。

 

「宜しいですわねヒビキさん……?」

「俺が許可する。マックイーンさん、懲らしめておやりなさい」

「ええでは存分に―――トレーナーさん、たっぷりとお礼をさせて頂きますわ……!!」

「えっぐわああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

名門メジロ家の御令嬢、メジロマックイーン。まさかのプロレス技でトレーナーを攻撃である。しかもまさかのリバース・パロ・スペシャル*1である。ギリギリと決められる両腕、辺りに沖野の悲鳴が木霊する。まあ自業自得である。そんな叫び声が木霊する中で旅館の入り口が引かれると、そこから着物に身を包んだ女性が登場した。

 

「あらあら普通なら止めた方が良いんだろうけど、状況からして其方が悪いらしいわね。だから止めないでおくわね」

「いやいやいや助けてくれ女将さっぎゃああああああああ!!!」

 

女将さんと呼ばれた人へと視線が注がれると、その人はヒビキの姿を見て手を振った。

 

「お久しぶり響鬼さん、相変わらず鍛えてるみたいね」

「よっお久しぶり。時間遅れてるけど飯の用意とか大丈夫かな、駄目なら俺が出すから作ってあげてくれないかな」

「大丈夫よ。コースを聞きだしたけど、こりゃ3時間程度じゃ無理だって分かったから」

 

流石はヒビキの馴染みだけあってその辺りの事情にも精通している!!と皆が感動してしまった、もうお腹もペコペコな状態で夕食抜きなんて言われたら本当に動けなくなってしまう。だが、ヒビキが自腹を切るから出してあげるという言葉にも本当に感動してしまった。もう沖野なんかよりもずっとトレーナーらしいんじゃないかと全員が思った。

 

「改めまして、ようこそ旅館たちばなへ。私は女将の立花 香須実と申します。本日は遠い所の御越し頂きました、誠心誠意お出迎えさせて頂きますので心行くまで当旅館をお楽しみください。っと堅苦しい御挨拶は此処まで、さあさあ皆さんまずは自慢の温泉で汗を流してらっしゃい。源泉かけ流しの自慢の温泉よ、疲れを癒したら―――お腹一杯ご飯を食べなさいな」

『有難う御座います!!』

 

マックイーンも漸く沖野を開放して感謝を述べながら旅館へと入っていく、女将である香須実は最後に入っていったアキラを見て少しばかり目を鋭くした。

 

「あの子が響鬼さんの姪っ子ね、まだ子供なのに鍛え込まれてるわね」

「分かるかい」

「ええっ貴方の馴染みだもん」

 

響鬼へと笑いながらも本当に懐かしむような表情を作る。

 

「今日はゆっくりしていってね、精一杯もてなすから」

「ああっ有難う。ほらっ沖君何時まで寝てるの、起きな」

「だ……だったら助けてくれよ……」

「君の罪じゃない、どれだけバカやって来たと思ってるのさ。これまでの罪を数えな」

*1
ウォーズマン式パロ・スペシャル




雷電 響鬼。

ウマ娘達を馴染みがやっている旅館まで案内した用務員のおじさん。十数年鍛え続けているのでスタミナはウマ娘達を軽々と超える程にはある。

沖野にはいい加減にした方が良いと思ったので、マックイーンに制裁の許可を出した。だけど流石にウォーズマン式パロ・スペシャルであるリバース・パロ・スペシャルをやるのは予想外且つ、完全に目が座っていたマックイーンは怖かったとの事。
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