トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第32話

「にしてもとっつぁんの馴染みがこんな旅館経営してるって聞いた時は驚いたな、しかも結構有名どころてっと」

「まあ、これでも人脈はある方なもんでねっと」

 

温泉で汗を流したヒビキは浴衣に着替えてまだ温泉を楽しんでいると思われるウマ娘達を待ちながら将棋を打っていた。

 

「つうかマジでとっつぁんどうなってんだよ、何でピンピンしてんだよ」

「精神的な負担でしょ。知ってる道を走ってるのと知らない道を案内がいるとはいえ走ってるのとじゃ精神的な疲労は段違いさ、だから言ってるじゃんメニューをやるなら自分でも体験するべきだって」

「こんな道、俺が走れる訳ねぇだろ」

 

そもそも響鬼が一緒に走ると言うのも想定外、免許がある上にバイクを持っていると聞いていたので普通にバイクに乗るとばかり思っていたのに……平然と一緒に走ってきて戦慄したのは此方の方である。

 

「鍛えが足りないね、君も黒沼君みたいに鍛えなさいよ」

「おいおい一緒にしないでくれよ……」

「まあ黒沼君は俺と殴り合えるぐらいには強いからね」

「えっ……」

 

思わず手が止まる、このヒビキと殴り合える……それは黒沼トレーナーも相当に鍛え込んでいるという事になるのではないのだろうか……。

 

「因みに黒沼君は特別なトレーニングなんてした事無いらしいよ。曰く、生きることそのものがトレーニングだって」

「カッコ良過ぎだろ……というか、それでとっつぁんと同格の強さっておかしくね?」

「さあねっはいっ王手飛車取り」

「ゲッ!?」

 

まああくまで肉体的なレベルが同じというだけなので、強さ自体は分からないというのが正しい。そして最早詰みの状況である王手飛車取りへと沖野を追い込んだ。

 

「まっ待った!!」

「これで5回目なんだけどなぁ……いい加減観念したら、見苦しいよ」

「トレーナーにならねぇとっつぁんに言われたくねぇよ!!」

「それとこれは話が別。それとも此処の食事代とか全部自分で立て替えるかい、俺の紹介抜きで」

「ぐぬぅ……」

 

この旅館、たちばなは普通に有名処である高級な部類に入る。故にかなりお値段もお高め、そこをヒビキが馴染みという事で割引して貰っているのである。それが無くなるとかなりきつい……故に負けを認めようとした所―――

 

「響鬼さん、他の皆が上がってご飯の支度も出来たわよ」

「おっ出来たかい。それじゃあ今回はこれで御開きっと」

「くそぉ……なんでそんなに将棋強いんだよ……」

 

という訳でお待ちかねの夕食タイムに入る。汗も流してスッキリさっぱりした一同、そして待っているのは―――超豪華な料理の山々、海の幸山の幸のてんこ盛り特上コースである。

 

『いただきま~す!!』

「トレーナーさん!!私をジャパンカップに出してください!!」

「ちょっと待てよ何だこの料理の山ぁ!?てんこ盛り特上コースって……ゲッ!?」

 

割引されているにしても自分の給料の殆どが消し飛ぶレベルの額、割引されていると言っても流石は高級旅館と言った所である。

 

「この寿司美味いなぁ!!おっちゃん追加していいか!?」

「私はニンジンの天ぷら!」

「いいよ。香須実ちゃん、特上寿司とニンジン天ぷらの盛り合わせ追加ね」

「畏まり~」

「とっつぁんマジで待って!!俺の貯金が消し飛ぶわ!!?」

 

スペがジャパンカップに出たいという思いを伝えるのだが、それ以上に料理の追加オーダーに汗をだらだらと流していく。このままだとマジで素寒貧になってしまうと焦る。

 

「大丈夫だよ、俺が奢るから」

「えっマジで!?」

「此処を紹介したのは俺だしね、その責任は取るつもり。しかも、此処素寒貧になったらハナちゃんに集るでしょ。それ防止」

 

助かったと思ったが、それ以上にきつい言葉が飛んできて素直に喜べなくなってきた。だが、それを聞いて皆は食べる速度を落していく。沖野が如何したと尋ねると申し訳なさそうにしていた。

 

「いやだってなぁ……トレーナーの支払いなら喰えるけどなぁ……」

「此処まで一緒に走ってきたヒビキさんの払いとなると……」

「流石に遠慮いたしますわ……」

「そうよね……」

「何気にしてんだよ、おっちゃんが気前よく奢ってくれるって言うんだから食っちまえって」

「そうですよ、おじ様は結構気前良い人なんですから」

「いやだからって……」

 

バクバク食べているのはゴルシとアキラ、この場合は二人のように食べてくれた方が個人的には有難い。トレーナーと違って用務員だからと心配してくれているようだが、その辺りの事は問題ない。

 

「大丈夫だよ。ぶっちゃけ俺の給料沖君より高いから」

「えっマジかよとっつぁん。トレーナーって割と高給なんだぞ」

「俺が普段どんだけ仕事こなしてると思ってんの?自惚れじゃないけど、俺が辞めたらトレセンは困るから辞められないように囲まれてんの」

 

それを言われて納得する、実際問題ヒビキがこなす仕事の量や質は他の用務員とは比べ物にならない。校舎やコースの修繕に点検、花壇の手入れに搬入の手伝い、草刈にそれぞれのコースの調整なども含まれている。そして他の用務員が出来ないと思われる仕事の代行やヘルプ……本来は用務員も不足している筈だが、不足分をたった一人で補っている。故にだからヒビキにやめられない為に給料も高い。理事長は更に出してもいいとの事。

 

「ぶっちゃけハナちゃんより高給取りよ俺」

「うっそだろ!?」

「という訳で安心して飲み食いしていいよ~」

『有難う御座いま~す!!』

「無視しないでくれとっつぁん!!」

「それはトレーナーさんもです!!」

 

そう言いながらも確りと天ぷらに被り付いているスペ、説得力がない。

 

「一応聞いてたよ、ジャパンカップか……チーム的にはどっちかが負ける事になるから避けたいんだけど……お前さんは前からスズカと走りたいって言ってたしな、分かった」

「有難う御座います!!」

「スペちゃん対スズちゃんか、フフッ面白いカードだね」

「まあその前にスズカが天皇賞で勝つ事が前提になるけどな」

 

そしてスズカには決めた事があった、海外への挑戦。前々から考えていたらしくジャパンカップ後に挑もうと考えているらしい、となると必然的にジャパンカップがスズカに挑む最後のチャンスという事になってしまう。満足するまで挑戦する、つまり何時帰ってくるのかも分からない。だがそれを応援するのも自分達大人の役目という物。

 

「じゃあまずはスズちゃんの天皇賞制覇を祈って―――どんどん食べなさい、沖君もね」

「そうだな、よし俺も食うか!!ってああっ俺の分もう殆どねぇじゃねえか!?ゴルシお前ぇぇ!!!」

「喰うのが遅いのがいけないのさっ♪」

 

そんな大騒ぎな夕食も楽しんだ後、流石に食休みを挟んでからトレセンに戻る事になった一同。ヒビキは外に出ながら冷たい空気を肌で感じていた。そして―――

 

「響鬼さん、此処にいたのね」

「ああっ久しぶりのたちばなだからね……此処の空気はやっぱりいいね」

「そうね……貴方達は此処が好きだったものね」

「―――ああ、だから俺も此処が好きになったんだと思う」




雷電 響鬼。

実は高給取りだった事が明らかになった用務員のおじさん。その高給も辞められたら困るという囲い、そしてそれだけ働いているから、と理事長は語っている。




次回、おじさん、昔馴染みと過去を語る。
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