トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第33話

「さてと……おいお前らっそろそろ戻るぞ」

「ンだよ折角旅館に来たのに、泊まらねぇのかよ」

「ンな訳ねぇだろ……そこまでとっつぁんに頼めるかよ」

 

そろそろ時間も良い頃合になって来たので皆に元のジャージに着替えるように言って、帰る支度を済ませるように言っておく。外泊の許可は取っていないので確りと帰らないといけない……というよりも此処に泊まると幾ら掛かるか寒気がしてならないのである。

 

「さてと後はとっつぁんだけだが……あれっ何処行ったんだ?」

 

ヒビキとアキラの事も考えてワゴンに乗って来ている、ヒビキならこっから走ってもいけるからと言い出しかねないが……無理を言ってついてきてもらっているのだからこの位はしないと申し訳が立たない。だが肝心のヒビキは何処にいるのだろうと探している、スペが袖を引っ張った。

 

「あそこですよトレーナーさん、なんか女将さんと話してます」

 

高い山にある故に遠くまで景色が見える場所に二人で立っているヒビキと女将さんである香須実がいた。声を掛けようとするスペを止める、何だかいい雰囲気じゃないか。

 

「もしかして……とっつぁんの元カノだったりして」

「えっヒビキさんって彼女さん居たんですか!?」

「何だスペ知らなかったのか、とっつぁんに元カノがいたって話はトレセンじゃ沸騰中なんだぞ」

「しっ知らなかった……!!」

 

それを聞くと本当に気になって来た、なので―――

 

「此処はとっつぁんの事を知りたい、故に―――全力で聞き耳を立てる、異議のある者は」

「異議ありですわ、淑女としてそのような行いは」

『異議なし』

「皆さん!?」

「よしじゃあマックイーンだけ先に車内で待機で」

「ああもうっ私も気になりますから一人にしないでくださいまし!」

 

 

「それにしても、昔から大人っぽかったのに歳を取って余計にそれが増したわね」

「そのせいで馴染みの皆からさん付けがデフォだったしねぇ」

 

缶コーヒーを飲みながらも雑談に興じる、昔老け顔というよりも貫禄と包容力があった為か基本的に同世代であっても同い年扱いされる事は無かった。年上扱いとさん付けがデフォルト。

 

「昔から年上扱いだったのが今じゃ立派なおじさんだからね」

「何言ってるのよ、十二分若い癖に。寧ろ色気増したんじゃない?」

「そっちこそ随分と色っぽくなったじゃない」

「女の花は30歳からよ、これでも見合いの申し込みが凄い来てて大変なのよ」

「どっちかと言えばこの旅館目当てじゃない?」

「あり得るからいやね」

 

中々に良い雰囲気、互いに久しぶりに会ったが故の身の上話もあるがこれこそ大人の恋愛の雰囲気と年頃の乙女たちは喉を鳴らしていた。中でもウオッカは既に刺激が強いのか顔をかなり赤くし始めている。これでキスでもしたらどうなってしまうのだろうか……。

 

「今は用務員だっけ、如何大変?」

「まあ忙しいね。今日直しても明日も同じ所を直さないといけなかったり、校舎の壁に平気で穴をあけるお姫様がいたりとかで」

「流石ウマ娘ね……よくもそんな仕事を続けられるわね」

「良い鍛えになるからね」

 

何も変わらない響鬼に肩を竦める。昔から鍛え続けていた彼、僅か16歳で鬼の称号を継承し響鬼となった。ウマ娘ではない筈なのに、ウマ娘でもない限り耐えられない様な鍛錬をし続ける一種の狂人、いや魔物扱いされている彼が鬼へと至ったのはある意味当然の成り行きかも知れない。

 

「ウマ娘と体力勝負出来る人間なんて貴方ぐらいでしょうね」

「いや、鬼の皆なら出来るでしょ」

「……忘れてたわ、鬼になれる人間ってそう言う領域に脚突っ込む処か全身入ってる人間だったわ」

 

それを聞いてヒビキのような人間が他にもいるのかと驚愕する面々、そして同時にアキラへと目を向けるのだが肯定を示すように頷くのであった。

 

「でも16で至るなんて正直唯のバカでしょ。幾らあのこの為だからって―――愛の力って奴かしらね」

「そんなんじゃないさ、俺は唯あいつを支えたかっただけだよ」

 

これだと全員が聞き耳を立てるが、そっとアキラはその場を離れた。彼女は全てを知っているしそれ以上を聞くつもりはないので先で車で待機していると言い残す。だが、皆は聞き耳に集中してしまっている。それ程までにヒビキの元カノというのは興味をそそられる話題なのである。

 

「俺も若かったからなぁ……まあ同時にトレーナー資格を取る為の勉強も始めたのはやり過ぎたと思う」

「良く身体壊さなかったわよね当時の貴方、睡眠時間週に何時間だったかしら?」

「えっと……21時間?」

「週で一日も寝てないって異常よ」

 

パッと聞くと21時間は長いと思うかもしれない、だが一週間で21時間しか寝ていないと考えると異常でしかない。単純計算で一日3時間しか寝ていないことになるのである。一日程度なら大丈夫かもしれないがそれを続けるなんて事は絶対に出来ない、身体が壊れる。

 

「まあ、それだけ貴方の想いが強かったって事よね」

「あんまり言わないでよ、若気の至りだよ」

 

照れるようにしながら一気に珈琲を流し込むとスチール缶である筈のそれを片手で握り潰してゴミ箱へと投げ捨てる。この力もたった一人の為だけに付けたと思うと凄いと言うしかない。

 

「それで今年は参加するの、清めの儀式」

「今年は参加しようと思ってるよ。その為に今の内から休暇申請出して、確実に行く為に仕事こなしてるところ」

「そう、あの子も会いたがってると思うわよ、自分の専属トレーナーに」

「だと良いんだけどね」

 

矢張り元カノはウマ娘である事が確定、という事はヒビキがトレーナーをやりたがらないのは資格自体が彼女の為だけだったという事になる。だが別れて尚、その資格保持し続けたり、専属トレーナーという言葉を否定しなかったり不可解な点が多いと沖野は感じる。

 

「響鬼さんの事だから中央でもトレーナーやれるでしょ、そういう話来てるんじゃないの?」

「うっかり資格持ってるって漏らしちゃってね、お陰で逆スカウトが多くて困るさ」

「あらっ良い事じゃない。やってあげなさいよあの子お喜ぶわね」

「さて如何かな―――俺に出来ると思うかい」

 

その時見た、常に笑顔を浮かべて明るいヒビキの顔が曇った瞬間を。あんな顔は初めて見たと沖野は思う程のものだった。そんなヒビキに香須実は手を取って言う。

 

「出来るわよ、その為に鍛えてるんでしょう。試しにサブトレーナーでも始めて復帰しなさいよ」

「……考えておくよ」

 

それから二人は自然と会話が途切れていた、沖野達はこれ以上は聞く事は出来ないとその場を立ち去った。そして先に車で待っていたアキラへと問いかけてみる。

 

「なあアキラ……とっつぁんはなんでトレーナーになったんだ」

「さて、それを私から聞くのは筋違いだと思いますよ―――でも、何時か話してくれると思いますよ、私の時もそうでしたから」




雷電 響鬼。

馴染みの香須実と話が弾んだ用務員のおじさん。鬼へと至る過程からトレーナーを目指していたらしく、当時の睡眠時間は週に21時間程度だったらしい。

トレーナー復帰の一環として、サブトレーナーの選択を考え始めた。
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