トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第34話

来たる11月1日、天皇賞秋。本日天気晴天なれども波高し、此度のレースに臨む者達の士気旺盛。最高の天皇賞となる事は確実、この一戦を見れずしてウマ娘ファンを語る事なかれ。サイレンススズカが臨む天皇賞秋―――どんなレースになるのかと皆が楽しみにしている、そう楽しみにしてたのである。

 

「申し訳ありませんヒビキさん、私がこのような事をしてしまったばっかりお休みを潰してしまい……!!」

「いいよいいよ、こういう時の為に俺が入るんだからさ。にしても今回は随分派手にやったなぁ」

 

休みだった筈、だが緊急で入った仕事、校舎の修繕である。修繕なんて用務員からしたら何時もの事な筈……なのだが今回は桁が違う。何と突き当りとなっている壁が丸ごと消し飛んでいる。そんな犯人は顔を真っ青にしながらその場で深々と頭を下げ続けていた。

 

「こりゃ元々少し弱くなってたな……それで姫ちゃんの一撃でメキャ、バラバラバラ……って事だね」

「ううぅぅぅ……」

 

如何やら基礎の部分がやや弱くなっていた所があったらしく、それをピンポイントで蹴ってしまった影響で壁が丸ごと崩れてしまったらしい。よくもまあそこを上手い事蹴れたもんだと言わざるを得ない。それをやってしまった犯人、本当の姫になる事を夢見るロマンチストなウマ娘。カワカミプリンセスであった。

 

「だけどまあ……こりゃ一回校舎のあちこちチェックした方が良いかもしれないな、何かあったら大変だし」

「そうですね、此方で手配しておきますね」

「お願いたづなちゃん。にしても突き当りで良かったな、廊下とかだともっと危ないし」

 

たづなと共に崩壊部分を見ながらもこれからの予定を決めていく。突き当りだった事は幸運だが、危険な事には変わりないので直ぐに塞がなければならない、だからこそヒビキが呼ばれたのだろう。他の用務員では当日中に修繕は絶対に無理。

 

「いや今回は寧ろ良く穴をあけてくれたよ、これで纏めて直せるし他の部分を見るきっかけになった。でもまあこれからは気を付けようね」

「はいっ申し訳ございませんでした……」

「それではカワカミプリンセスさん、後ほど反省文の提出お願いしますね」

「はい……失礼いたします」

 

すっかり気を落して去っていくカワカミプリンセス、可哀そうではあるが彼女の行いでこうなったのだ。致し方ない、小さな穴だったら直ぐに塞ぐ事は出来るのだが、流石に突き当りの壁の殆どを修繕するとなると時間がかかる。今から取り掛からないといけない。

 

「やれやれ、致し方ないとはいえ天皇賞秋はお預けだな。スズちゃんにはごめんの品物持って行かないと」

「サイレンススズカが出走予定ですね、他にもウイニングチケットさんやヒシアマゾンさん、他にもメジロライアンさんやエルコンドルパサーさんも出走しますね」

「うわぁ流石天皇賞、強い面子ばっかりだなぁ……個人的に誰を応援するか迷うよなぁ~……だけど皆を応援するっていうのが妥当かな。一人だけだと皆怒りそうだし」

「でしたら、皆さんの分必要ですね」

 

確かに、と同意しながらも作業を始める事にする。早い所済ませてお詫びの品を買って向かおうと心に誓うと作業用のウエストバッグへと手を伸ばすのだが―――その時大きな音を立てながらポーチが落ちた。

 

「あっヒビキさんポーチが」

「うわっ」

 

たづなが落ちましたよっと取ろうとするが、見せてくれたのは金具の部分が外れていた。

 

「経年劣化かな……買ってかなり使い込んでるからなぁ……」

「まぁっ物持ちが良いんですね」

「まあ作業用だからこの位持つよ、にしても随分と縁起が悪いな……」

 

道具が壊れてしまう事自体には別に何とも思わない、このポーチ自体かなり長い年月使っているし壊れても可笑しくない。故に感謝を述べたいと思った―――だがそれ以上に何かを感じた、何か胸を過る不穏な気持ちがあった。以前にも体験した事があったそれにヒビキはどうしようもないほどに不安な思いを抱いてしまった。

 

「……」

「ヒビキさん?あの如何かなさいました?」

「たづなちゃん、東京競場に連絡って取れるかい」

「えっはい取れると思いますけど……」

「だったら今直ぐで連絡して貰えるかな―――救護班は直ぐに出動出来る態勢を取って置くようにって」

 

突然すぎる言葉だった。何故そんな言葉をヒビキが言い放ったのか、その時のたづなは困惑で受け止めるしかなかった。だが、余りにも真剣な表情を浮かべているヒビキにたづなも顔を引き締めて頷くと連絡してきますと駆け出して行く。

 

「ふざけるなよ、同じなんて……まるで、まるで―――あの時の再現じゃないか」

 

金具ごと握り込んだ拳、金具が掌の皮膚に食い込み血が流れだして床へと垂れていくがそれを気にする余裕など言わんばかりにヒビキは空を見つめた。快晴、あの時とは全く違う空模様が広がっているがどうしてもダブっている。余りにも似すぎている、状況が。

 

「大丈夫だよな……」

 

大きくなり続けている不安の気持ちを抑えつけながら、ポーチを床に広げようとした時に漸く手から血が流れている事に気付いた。だが痛みなどは感じない、ハンカチで応急処置をしておきながらその上から手袋をはめて隠しておきながら作業を始めた。

 

「ヒビキさん連絡致しました、私の名前も出しましたので直ぐに対応してくださいました。出走開始15分前から即時出動態勢を取って下さるそうです」

「有難うたづなちゃん。突然変なお願いしてごめんね」

「いえ、ヒビキさんのお言葉は全てのレースで徹底すべき事ですので向こうも真摯に対応してくださいました。気持ちが緩んでいたかもしれないから引き締め直すって」

 

トレセンの学園長秘書からの言葉というのもあるだろうが、天皇賞はG1。注目度もダントツ、そこで何かあったら大変な事になる―――なってしまうのだ。そうだなってからでは遅い……。

 

「あのヒビキさん、このような事を聞くは失礼かもしれませんし卑怯かもしれません……ですが教えてください、如何して何ですか?」

 

たづなとしてはヒビキの意見は分かる、そもそもの状態でも問題がないレベルに徹底されている筈。それはウマ娘に関わるものならば分かる、だがそれでもヒビキは連絡を取って欲しいと頼んでいた。という事はつまり―――ヒビキはそれを目の前で体験した事があるのではないかと思った。

 

「ヒビキさんは目の前で見た事があるんですか、レース中の大怪我を」

「―――いや、ないよ」

「ですけど……」

「俺があるのは、起きた後だけどね、起きる前に俺の持ってた持ち物の金具が壊れたんだ……だから、それだけの理由だよ」

 

黙々と作業をし続けるヒビキの背中はどこか悲し気に見えた、そしてたづなの中で何かが繋がった。未だにトレセンの中で根強く謎めいた話題、ヒビキの元カノについて……今の話を総合すると、元カノは怪我で引退を余儀なくされてしまったウマ娘なのでは……無粋だと分かっていてもそんな事を考えずにはいられない。

 

「終わった……」

 

如何しても気になってしまって時間が掛かってしまった、普段ならもっと早く終わらせる筈なのに……取り敢えず、数日は此処の壁には近づかないようにという看板を立てて仕事は完了した。早く動こうと思った時―――たづなが血相を変えた顔でやって来た時、思わずヒビキは顔を青くした。

 

「ヒビキさん大変です!!スズカさんがレース中に!!今病院に!!」

「たづなちゃん案内頼む、俺のバイクで行くぞ!!」

「はいっ!!」

 

その場に荷物を放り出して、たづなを連れて駆け出していた。

 

「如何してだ、如何して此処まで―――状況が同じになる!!?」




雷電 響鬼。

休日出勤で天皇賞秋に行けなくなった用務員のおじさん。カワカミプリンセスが開けた穴……というか壁の修繕をする事になった。

作業中に不吉な予感を覚えていたが―――最悪の形でそれが現実の物となった。
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