トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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ちょいちょい独自設定入ります。


第36話

「アシタノユメ……それがとっつぁんの元カノか」

「そゆこと」

「でも素敵な名前ですね、明日の夢なんて!!あっだからアスムなんですね!」

 

漢字で書くと明日の夢、そこからアスムというニックネームをヒビキが考えてそう呼んでいた。

 

「トレーナー聞いた事ある?」

「いや……とっつぁんの事を考えると10年位前に活躍したウマ娘って事だろ、でも流石に覚えはねぇな……」

「私は聞き覚えはあります、確かG1レースに出てた事もあったと思いますけど……」

 

一応沖野もトレーナーとして多くのウマ娘の事を頭に入れているが、アシタノユメというウマ娘に残念ながら覚えはなかった。たづなをしても聞き覚えがある程度で、中央で活躍したものではない程度の認識しか浮かべられない。そんな二人の反応にヒビキは笑っていた。

 

「そりゃそうだよ、あいつは基本的にローカル・シリーズばっかり出てたからね。でもまあ幾つかはG1にも出場してたよ」

「へぇっ~そりゃおっちゃんの相棒ならそんだけ凄かったって事だよな」

「まあね」

 

中央と地方でのレースでの認知度は歴然の差、中央が1軍での試合ならば地方は2軍扱い。故に地方はそこまでの人気はないが―――中には中央を凌駕する走りを披露するウマ娘も潜んでいるので、侮れず根強い人気を博している。現在は中央トレセンに通っているオグリキャップも元々は地方トレセンに居た。

 

「んでまあ、そいつと幼馴染だったんだけど当時は俺達の周りにはあんまりウマ娘がいなかったんだよ」

「スペみたいなもんか?」

「スペちゃんってそうなん?」

「はい、私は中央に来るまでは他のウマ娘に会った事は無かったです」

「あ~マジか、じゃあそれに近いけど少なからずいたにはいた。学年に二人から四人ぐらいだったかな」

 

スペもスペでトレーニング施設が無いような田舎で育ち、同年代の子供いなかったために友達出来なかった。だから彼女に近いが、彼女の地元よりかは人もウマ娘もいた。

 

「まあ人数が居てもさ、やれる事って限られてくるじゃん。模擬レースにしても」

「そうね、面子が同じだと色々と飽きるし変な癖も付いちゃうし」

「だから俺はアスムの相手になろうと思ってんだよね、それが鬼になろうと思った始まり」

『えっ!?』

 

思わず驚きが木霊した。アキラから雷電一家の鬼襲名についての話は簡単ではあるが、聞いていたがまさかそんな理由で鬼になろうとは思うまい。実際ヒビキが発だった。

 

「おじさん鬼って結局何なの?太鼓の達人みたいに考えてたんだけど」

「その言い方だとドドンカドンになっちゃうな、まあ間違ってない。鬼って言うのは簡単に言えば神の怒りを鎮める為に活躍した勇猛な戦士、地元じゃ猛士って言うんだけどそれの最高峰を指すのさ。鬼になる為には既に鬼に至った人に弟子入りして修行するんだよ、心と身体を鍛えて鬼へと至る。そんな猛士が認められると鬼となる。んでまあ……俺はほぼ独学でなったな」

「あの、ヒビキさん今の言い方だと尋常じゃない位鍛える事になりますよね。しかも師弟制が一般的に聞こえますが……」

「だから俺は相当に異色な部類だね」

 

鬼に憧れた訳でも無いし、鬼となっている師に夢を重ねた訳でもない。たった一人のウマ娘の相手になる為に努力した、たったそれだけの理由だった。

 

「なんてロマンチック……一人のウマ娘の為だけに鍛え抜くなんて……冒険漫画カップルの王道ね!!」

「そんな大層なもんじゃないよ。俺はあいつの走る姿が好きだっただけだよ、その助けになればいいと思ってただけ」

「良く言うよ、おっちゃん笑ってるぜ」

 

ウオッカに指摘させる程に、にこやかに笑っていた。一人の少女の為に、ウマ娘の練習相手になれるだけの存在へと至ったヒビキ。鬼を襲名し響鬼となってからもその日々は続いていく。響鬼という絶好の相手を得たアスムは徐々に強さを増していった。

 

「んでトレーナーの資格を取ったのが大学の時だったかなぁ……んでその時に正式にアスムのトレーナーやってた」

「だっ大学だぁ!?おいとっつぁん、トレーナー養成校に行ってねぇのかよ!?」

「ンなもんに行く金が無かった。頭も鍛えまくっただけだよ」

「マジかよ……」

 

沖野は本当に驚いた、トレーナーの資格は簡単には取れない。某T大の受験よりも遥かに難しいとされている上に地方と中央では別のライセンスが必要になってくる、トレーナーの養成学校に通えば幾分か簡単な地方のライセンスは取れる、そのライセンスを使って地方で数年活動すれば中央ライセンスを取得出来る制度もあるので其方で取る人間が多い。

 

「ねぇねぇたづなさん、つまりどういう事?」

「つまり響鬼さんは独学でライセンス受験に成功したスーパーエリートという事になります」

「えっマジで凄すぎね」

「凄いなんて言葉じゃ済ませられないわよ、身体と頭のどちらも最高峰のスーパーエリートよ!?」

「流石おじ様、後確かそのライセンスって中央も地方も行ける奴でしたよね」

「ハァッ!?更に試験が難しいハイライセンスじゃねえかよ!!?」

「行ける所まで鍛えましたから」

 

トレーナーになる為に色々と苦労した沖野からしたらそれだけの言葉で片づけて欲しくない、彼だって養成校で色々と苦労して中央ライセンスを取得したエリートに区分される人間。だが、目の前で用務員のおじさんをやっているヒビキは専門校で勉強する事なく、一般の大学から受験して合格している。もう色んな意味で別次元の人間だと言わざるを得ない。

 

「まあ将来的に中央行くかも?っと思って取ったんだよね、結局行かずにずっと地方だったけど」

「それでもスゲェよとっつぁん……たった一人の女への愛でそこまでやれるって何だよ」

「あ、愛は偉大って奴なんですね!!お母ちゃんも言ってました!!」

「合ってんのかそれ」

 

色々と露呈し始めたヒビキの超人っぷり、身体だけではなく頭の方もそういう部類とは思わなかったが……だがならばと此処で疑問が起きる。そこまでしたのに何故別れたのかという事である。

 

「でもよおっちゃん、元カノって事は別れてんだろ、何でだ?」

「ゴルちゃんも好きねぇ……まあ簡潔に言うとあいつが走れなくなったからだよ」

「―――何があったんだ?」

「落蹄だよ、前を走った子の蹄鉄が頭に直撃して盛大にコケたんだ」

 

落蹄、着けていた蹄鉄が外れてしまう事を指す。ウマ娘のレースにおいて度々起きるそれは事故に近い事、だがそれが頭に直撃するというのは最早一大事である。

 

「それはっ……なんとお言葉を掛けたらいいのか……」

「大丈夫マクちゃん、あいつも何とも思ってない。問題なのは頭に蹄鉄受けて、顔が血塗れになっても走り続けようとしたアスムの責任だから」

「おいおいおい随分とやべぇことするな」

 

流石のゴルシも驚きながら呆れた、視界が血で染まっていきながらもレースを続行しようという精神力は認めるが、身体の事を考えれば止めるべきだった。それなのに走り続けようとしたアスムは―――コーナーを曲がる事が出来ずに盛大に転倒し脚を骨折してしまった。

 

「俺が走る姿が好きだからって走ろうとしたんだってさ、健気だよねぇ~……でも流石に血塗れで走っても喜べないよ。寧ろ怖いと思うわ」

「だ、だよね~……僕でも引くと思うよ流石に」

「そんな状況で走ろうなんて思えるなんて凄い精神力ですわ、私も見習うべきですわね」

「まあそこはそうかもしれないけど、実際そうなったらちゃんと止まるだよ、それで大怪我したらその後が大変なんだから」

 

実際問題、あそこで走る事を止めていればあんな大怪我をする事は無かった。だがアスムはやめなかった……自分の走る姿が好きだと言ってくれたヒビキの為にやめなかったのだ。その結果、両脚を骨折してしまった。時速60キロ以上での転倒……そんな怪我も当たり前である。

 

「それで結局アスムはその怪我が原因で引退しなきゃいけなくなった、もう走れないって言われてさ」

「走れない……!?」

 

その場にいた全員が戦慄した事だろう、ウマ娘としての意識が強くなり始めているアキラも同様だった。走る事は彼女らにとっては本能だ、それが出来ない身体になるなんて想像も出来ない。どれだけ辛いのか想像する事も出来ない。

 

「だけどあいつは笑ってた、今度は鬼として俺の隣に立つって言いだしやがった。全く前向きっていうかさ、転換が上手いっていうか……」

「強い、ですね……」

 

スズカが思わず口にした言葉に皆が頷いていた。ウマ娘としての将来は絶たれてしまった、だが直に次の目標を見据えて前に進もうとしたのだ。なんて気丈で強い人なのかと。

 

「それで鬼になれる日まで、胸を張って会える日まで俺とは会わないとか言い出した。好き勝手に決めてくれたよ、鬼になれた時にまだ好きでいてくれたらまた付き合ってくださいってさ」

「なっ泣かせるじゃないの……なんて素敵な話なのかしらぁ……」

「好きな殿方の為に、そこまで……なんて素晴らしい方なのかしら……」

「おいおいおい泣きすぎだよダイちゃんにマクちゃん」

 

ハンカチを差し出す、確かにこれだけの話を聞くとヒビキに相応しい相手だったという事が分かるし彼ほどの男が何故別れたのかも分かった。彼女の意思を尊重した上でその覚悟に報いる為だったのかと沖野もたづなも納得した。

 

「っていう事は元カノじゃねぇだろそれ」

「いや、形式的には別れてるから元カノで合ってるっという訳でおじさんの昔話は終わりっと。それじゃあこれ以上留まるのはスズちゃんの身体にも悪いだろうから俺は先に外出てるよ、たづなちゃん俺バイクで待ってるから」

 

そう言い残して病室を出る。その時にウオッカがおっちゃんのバイク!?と反応していたが、扉を閉めたので聞こえなくなった。そんな過去もあったのでスズカの事が本当に心配だった、だが本当に良かったと思いながらも懐中時計で時間を確認する。その時に―――懐中時計にあった写真と目が合う。アスムと一緒に撮ったツーショット―――彼女からの誕生日プレゼントだった懐中時計に写真、お守りのような物だ。

 

「……語りも随分と騙っちゃったな……言葉に出来ない辺り、俺も随分と弱くなったもんだ……悪いアスム、俺がお前の笑顔を奪ったのに」




雷電 響鬼。

幼馴染であるアシタノユメについて語った用務員のおじさん。

アシタノユメ、アスムについて色々と話したが―――全てを語ってはいない。というよりも語れずにいる。
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