トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第37話

『なぁっ好い加減帰ってきたらどうだよ。アンタも鬼なんだぜ』

「ぶっちゃけ帰りたいけど忙しくて帰れないっていうのが素直な感じなのよ、俺の今月の給料言おうか。それ聞いたらどんだけトレセンが俺を離したくないかが伝わって来るよ―――だよ俺の給料。一介の用務員にこんな金出すかい普通」

『……おい何の冗談だそれ』

「ハハハッこっち来る?歓迎されるよ」

『その給料は魅力的だけど遠慮するわ……』

 

電話の相手は旧知の間柄の関係にある友人、鬼ではないが自分の事を良く知っている。

 

『なあっあいつだって待ってる。だから戻って来いって』

「いや帰りたいけどさ……普通にマジで忙しいんだよ、君も体験してみる?東京ドーム十数個分もあるトレセンの敷地のメンテやら修繕にどれだけ労力掛かるかのチャレンジ、鬼の皆の鍛錬にもちょうどいいと思うけど」

『ドンだけだよそれ……っつうかんな感想言えんのアンタだけだっつの!!』

 

実際、僅か16歳にして鬼への襲名が認められた程に鍛えまくった響鬼。その鍛錬量は他の鬼の追随も許さない程なのは確か。実際独学でなろうとすればそれだけのものが必要になってくるのは明白ではあるのだが……やろうとする者は普通いない。

 

「ちょっと鍛え方が足りないじゃな~い?」

『ウザッ!!?何アンタくそウザいんだけど!?』

「やっぱそう思う?最近凄い元気なパリピ系のウマ娘、ダイタクヘリオスのヘリちゃんから教わったんだけど」

『メタくそにアンタに合ってねぇよ!!』

「ですよね~」

 

自分でもあってないと思うが、これはこれで不思議な楽しさがあるのである。偶にこんな喋り方をして遊ぶのも良いかもしれない、まあ相手は選ぶべきだろうが……ヘリオスオンリーにしておいた方が賢明かもしれないと心の中で思うのであった。

 

「この前なんて校舎の突き当りの壁が無くなってたのを直してくれって言われて休日出勤だよ?」

『おい待ておい待ておい待て、アンタそれぜってぇ用務員の仕事じゃねぇよドブラックじゃねぇか中央』

「失敬な。ウマ娘達の元気は承知してるからこの位当然でしょ、特に俺はその身で味わってきたから知ってる」

『ああうん……だな、よし俺が悪かった』

 

相手も相手で不器用なりに自分の事を気遣っている事は伺える。もう少し口の利き方に気を付けたら色々とモテるのに勿体ない……。

 

「んで如何なのそっちは」

『田舎でそんなホイホイ変化があってたまるかよ、あ~でもまあ輝が通ってた学校が無駄に騒がしくなってたな。横断幕掲げて輝の中央トレセン行きを祝ってるって繕うとかふざけたことしてた、馬鹿にしやがって錦山以外まともに輝を見なかった癖してよったく……』

「良くも悪くも学校らしい対応というかなんというか……」

『イラついたから乗り込んで外せって言ってやったぜ』

「いや何してんの君」

 

輝は雷電一家に関わる色んな人に可愛がられていた、一家にウマ娘がいないという訳ではないが大半の場合は走る事に興味がいく。輝のように鬼を継ぎたいと言ってくれるのは初めてのケースだったので余計に可愛がられていた。

 

『まあそんな感じだ。んで香須実から聞いたがマジで今年は帰って来るんだろうな……?』

「ちゃんと帰るつもりだよ……一応その為の申請だって通ってるし」

『そうか……あいつに良い報告出来そうだ』

「んじゃ、俺スズちゃんのお見舞いあるからこれで切るね」

『ああってサイレンススズカ!?マジかおいサインとか』

「入院中の子にそんなお願い出来ません」

 

それを最後に通話を切る。そう言えば彼の推しウマ娘はサイレンススズカだったという事を思い出した。退院して復帰の目途が立ったらお願いしてみようかなと思いながらバイクから降りる。サイドカーに乗せてあったお見舞いを持って病院へと入っていく。

 

「失礼するよスズちゃん」

「ヒビキさん、有難う御座います態々」

「この位なんの負担でもないよ」

 

病室へと入るとそこには元気そうなスズカの姿があった、如何やらそこまで悲観的にならずにいるようで一安心だと思いつつお見舞いの品であるフルーツの盛り合わせを台へと置いておく。

 

「思った以上に元気そうでよかった、お見舞いもいっぱい来てくれてるみたいだね」

「はい、いろんな方が」

 

脚のギプスへと目を移せばそこにあるのは沢山のメッセージ。これだけ多くの人、ウマ娘に復帰を願われているスズカに少しばかり嫉妬してしまうかもしれない。自分がこうなったら誰か来てくれるだろうか、いやならないようにするのが一番だろうと言うのは分かるが……。

 

「あのっヒビキさん、スペちゃんの事を見てあげてくれませんか?毎日来てくれるのは嬉しいんですけど、自分の事を疎かにしちゃうのは……」

「……ちょっとまずい傾向かもね」

 

強い憧れをスズカへと向けるスペ、同室でもあったし助けて貰ってから自分に出来る事はしたいというのは分かるが……それで自分の事が疎かになるのは非常に不味い。特に彼女は今度のジャパンカップに出場するのだ、それに向けての調整もしなければいけないのでスズカの事ばかりに構ってられない。

 

「沖君にも言っとくかな、俺からも強めに言っとくよ。因みに今日も来たとか?」

「はい、ヒビキさんが来る少し前に帰りましたけど」

「入れ違いか……アスムみたいな事になっちゃってるなぁ……」

 

思わず天井を仰ぐ。ウマ娘が担当するトレーナーに依存するという事は良くある話、ウマ娘である彼女らは闘争心が非常に強い。走るだけではなく何かに対して競う事が起きた場合にもそれが発揮されてしまい、トレーナーに酷く依存してしまうという事はある。実際アスムにもそれが起きてヒビキにかなり強い依存を示した事があった。

 

「アスムさんにも同じような事が……?」

「鬼になった影響でちょっと屋久島に行かなきゃいけない時にね、その時にアスムは事情で行けないのに一緒に行くって聞かなくてさ……力いっぱい抱き着いて離れなくて……」

「可愛い所もある人なんですね」

「可愛いのはいいけどお陰で肋骨に罅入ったから俺は笑えなかったよ」

「すいませんでした」

 

鬼になった筈の身体が文字通り軋む力で抱き着き、いや締め上げられた結果肋骨に罅が入って病院で治療を受ける羽目になってしまった。そして完治したらアスムを連れて屋久島に行く羽目になってしまった。

 

「まあ何とかしてみるよ、スズちゃんを出しに使う事になるかもしれないけどいいかな」

「大丈夫です、スペちゃんの為になるなら」




雷電 響鬼。

昔馴染みから好い加減帰って来いと言われちゃった用務員のおじさん。スズカのお見舞いでスペの異変の兆候を感じて、口出しをする事を決める。

アスムに抱き着かれた時は、割と本気で命の危険を感じた。ブリーカーで殺される某埴輪幻人の気持ちを味わった。

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