トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第38話

「スペちゃん、暫くスズちゃんのお見舞い行くの禁止ね」

「えっ―――ええええええっっっ!!?」

 

最早、チームスピカのサブトレーナー的な立ち位置になり始めているヒビキ。割と真面目にトレーナーへの復帰を検討し始めている今日のこの頃、練習に余り身が入らない状況が続いているスペを沖野から預かったヒビキはまず最初に毎日行っているスズカへのお見舞いを禁止した。それに驚きの声を上げるスペを軽く無視するように靴紐を結び直すヒビキに食って掛かるかのように慌てながらも問い質す。

 

「ど、如何してですか!?」

「だって君、最近まともに練習に身もが入ってないじゃない。沖君から君を預かったのもそういう意味があるからだよ」

「でもスズカさんのお世話とかしないと……」

「それは問題ない、俺が理事長経由で病院にお願いしたから」

 

素人が世話をするよりもそちらの道のプロである看護師がやって貰った方が良い、正論にたじろきながらも何とか反論しようと材料を探そうとする。何とも自分を見ているような気分になる。

 

「スペちゃん、君の夢は何だい」

「私の夢ってそれは……今は」

「関係大ありだよ、君の夢は」

「日本一の、ウマ娘に……なる事です」

「君は自分の夢、目標に向かうべき立場でもある事を忘れない事」

 

立ち上がったヒビキは少々言葉を強くしながらスペに言う。

 

「だったらハッキリ言ってあげようか、スズちゃんのお見舞いに行くなら好きにすればいい。その時は君は日本一になる事を諦めた方が良い」

「っ!?」

「他人に優しくするだけで叶えられるほど、その夢は甘くはない」

 

初めて聞くようなヒビキの言葉にスペは困惑しながらも重く圧し掛かってくる言葉を感じる。自分は今何がしたいのか、如何してトレセンに来ているのか、スズカの看病をする為にトレセンに居るのかと強く問いかける。

 

「夢を叶えるって事はそういう事だ、他者の夢を、目標を踏み越えていけるものだけが自分の夢を叶えられる。日本一、つまりそれだけの多くの夢を乗り越えていく道はそんな甘いもんじゃない」

「そんなっ……でも、はい……」

「スズちゃんの怪我は彼女の責任だ、君に責任がある訳でも無ければ君が助けなければいけない訳でもない。君には君のやるべき事がある、それをこなさなくて他人に優しくする事はない」

 

厳しい、強い言葉が襲いかかってくる。思わずジャージを掴みながらも必死に耐えている。沖野には余り出来ない事かもしれない、これで自分がこれで嫌われたとしても構わない。その位は人生の先達として背負ってやるつもりでいる。

 

「ヒビキ、さんはっ……アスムさんの時は如何したんですか……」

「俺は偶に顔出してた程度だよ、しょっちゅう顔を出してたら治るものも治らない。入院なんて自分と向き合る時間と場所が与えられるようなもんだよ、それを如何生かすのかもスズちゃん次第だ」

「―――分かりました、行くのやめます」

 

顔を上げた時、そこにあったのは少々顔つきが鋭くなった少女の姿だった。

 

「でも週に一度は行かせてください、その時に私スズカさんに私が頑張ってますって事を伝えたいんです。だからスズカさんも頑張れって、それは許して下さい」

「週一位なら許すさ、というか毎日が異常なんだよ。あれじゃあスズちゃんが考え事する暇もないし、寧ろスズちゃんが君の心配をするぐらいだったよ」

 

本当に分かってくれたのかは些細な問題だ、問題なのは今の状況が可笑しいと少しでも理解する事。極端な話、スペの目標からしたら日本全てのウマ娘がライバルになってくる、当然その中にはスズカも含まれて来る。故障によって鍛えられない期間が生まれてその間に差を詰める事を喜んだっていい、だがそれをせずに素直に心配し復帰を望む。それは彼女の美徳だ、だが目標からすればそれは足枷にもなる。

 

「(やる事やらないで他人に優しくするなか……見事なブーメランだな。俺もいい加減、前に進まないとダメか……アスム、俺は進んでいいんだよな。俺みたいな子を増やさないためにも……ちょっとだけ、脚を前に動かすか……)全くしょうがないなぁ……よしっ決めた!!」

「うわぁっ!?如何したんですかヒビキさん!?」

「スペちゃん、俺これからトレーナーに復帰するわ」

「へっ……?」

 

余りにも突然すぎる言葉にスペは困惑して言葉を失っていた。今まで断固としてトレーナーをやる事を拒絶していたヒビキがトレーナーをやると言う事を言い出したのだ、そりゃ困惑して当然の事である。

 

「っという訳で俺ちょっと理事長の所行って来るわ、ちょっち待っててね」

「えっええええ!!?あっあのヒビキさん!?え、ええッとえっと……トットレーナーさぁぁぁん!!!」

 

取り敢えずどうしたらいいのか分からなくなってしまったのか、スペは沖野の下へと駆け出していったのである。そんな間に理事長室へと到達したヒビキはノックして、直ぐに許可が下りると理事長とたづなに話をした。

 

「突然すいません、でも速い方が良いと思いまして」

「驚愕っ!!今まで拒否し続けて来たのに突然何故!?」

「ちょっと、好い加減足踏みするのにも飽きましてね。まあ用務員も辞めないので安心してくださいっというか辞めたらやばいでしょ実際」

「そうですね、他の用務員さんに負担が一気に圧し掛かる事になりますので……」

 

単純計算でヒビキが行っている仕事の量は、通常の用務員が十数人分。早朝のダートコースを均すローラーを転がすだけでもかなり負担を軽減している事にもなるのだが……それでも一気にそんな負担が圧し掛かると流石に不味い。

 

「なので勝手ですけどスピカのサブトレって立場にお願い出来る?」

「快諾!!寧ろ光栄な申し出!!正直、トレーナーの人数不足は深刻……地方から人を引っ張りたいが、中央に来るとなると誰もが足踏みをしてしまい中々……」

「中央で活躍出来る人となると更に限定されますし、地方で名を上げている方ですと其方の力を中央が奪ってしまう事にも繋がってしまいますから慎重に成らざるを得なくて……」

「あ~……オグちゃんの一件もそれに近かったですもんね……まあ俺がその助けになればと思います」

「感謝!!」

 

トレーナーという資格の難しさもあるが、これは下手にハードルを下げる訳にはいかない。難しい問題なのである。既に有名な地方トレーナーの場合は担当ウマ娘からトレーナーを奪う事にも繋がりかねないので更に慎重になるしかない。新人トレーナーは逆に中央のレベルについてこれずに引き抜けない、本当に大変な問題である。

 

「提案!!時々で構わないので他のウマ娘やチームにも参加してくれる事は可能か!?」

「大丈夫ですよ、皆顔見知りだし。というか今まで顔出してくれって要求が多すぎてぶっちゃけウザかった」

「アハハハ……そこはあれです、ヒビキさんの人気っていうか」

「喜んでいいのかなそれ……まあという事で用務員のおじさん、これからは兼任トレーナーに着任します」

「ウムッ承認!!書類は後日渡そう、では頼むぞヒビキトレーナー!!」

 

「っという訳で沖君、俺トレーナーになったから。手始めにスピカのサブトレに就任したから」

「いきなり何言いだしてんだとっつぁん!!?スペがいきなりとっつぁんがトレーナーが何だって言いだしてこっちは結構大変だったんだぞ!?」

「何よ今までトレーナーになれなれって一番煩かったくせに」

「だからっていきなり言われたって混乱するに決まってんだろうがぁ!!?」




雷電 響鬼。

この度、トレーナーに復帰し兼任する事を決意した用務員のおじさん。スペに語った言葉は流石に自分にも突き刺さったのか、人生の先達として、今の状況は行けないと思ったのか決意した。尚、スピカはお祭り騒ぎになった。

後日、改めて渡された書類で確認した給料が数倍になっていて吃驚した。後、何処からか噂を聞きつけたウマ娘から担当になってと言われちゃった。
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