「ほらっスペちゃんフォーム崩れてる、もっと意識しつつ」
「はいっ!!」
ターフを駆け回るスペを見つめる一人のトレーナー、手元にあるストップウォッチを構えながらも温和そうな表情に鋭い瞳を作りながらもフォームの歪みを見逃さない。現在練習中のスピカの風景を一目見ようと多くのウマ娘、そしてトレーナーがそこにいる―――が、問題なのはウマ娘に注目しているのではなくトレーナーに注目しているという点である。
「スペちゃんあと1週、はい全力全開で走り抜ける!!!」
「はいっおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
その声とともに爆発的な加速を見せながら一気に最高速度で駆け出して行く、コーナーも出来るだけ速度を落さず最高速度を直ぐに加速で取り戻せる圏内を維持したまま、そして直線で加速して維持するという事を繰り返しながらゴールを切った。
「よしっいいタイム。レコード更新まで0.931秒」
「ほッほぼ1秒……壁、厚すぎる……」
「まあ口で言うのは簡単だからね1秒」
倒れこみながらも息を荒げるスペ、次のレースに向けてタイムの更新を目指しているが中々上手く行かない。簡単に言ってしまったらそれはそれであれな気もするが、それでも徐々に更新に近づいている。今までの最高の走りに近い走りを常に出せるような状態になりつつあるので、後は上手く精神性を前に押し出せるように成れば更新は確実だろうとヒビキは思っている。
「にしても―――凄いねぇ見物人、そんなにスピカって注目集めてるんだね」
「いやヒビキさん、多分意味が違うから」
「おっちゃん見に来てんだよ、皆」
「何、暇なの?」
「いやそうじゃねぇよとっつぁん」
この態度がマジなのかそれとも天然なのか分かりにくいのが紛らわしい。まあ確かにたった一人のトレーナーが新しく入っただけでそれを見に来ると言うのは暇なのか、と疑いたくなる気持ちは分からなくはない。分からなくはないのだが―――今回ばかりは許されるだろう、と思っているとリギルのハナがルドルフを連れて近づいてくる。
「やってるわねヒビキ君。皆貴方が遂にトレーナーをやるって気になってしょうがないのよ」
「だからって此処まで大騒ぎするかい、ハナちゃんもそうだけどさ、何回でも言うけど皆暇なの」
「暇ではないよ、ヒビキさんがトレーナーをするというのはそれだけ皆にとって衝撃的且つ魅力的な話題なんだよ」
「そんなもんかねぇ……唯の用務員のおじさんが兼任してますってだけだよ」
そうは言うが、ヒビキはヒビキで唯一無二と言っても過言ではないトレーナーとしての特性を兼ね備えている、それは―――
「んじゃスペちゃん、最後は坂路だね」
「はっはい……でも坂路ってきついですよね……」
「キツいけど足腰は鍛えられるし根性も付くよ、大丈夫俺も一緒に登るから」
「が、頑張ります……!!」
そう、ウマ娘と同じメニューをこなすという点である。ウマ娘でないとあげられる重さの物、引っ張れない物、走れない距離などなど……それらを共に行う事が出来る身体能力が長所。比喩的な意味ではなくトレーナーと二人三脚で強くなるを地で行く事が出来るのがヒビキトレーナーなのである。
「おじさん僕も見てよ~!!」
「スペちゃんが休憩し終わるまでは取り敢えずそっちも見てあげるよ、テイちゃんは下半身強化を中心かな。関節の柔らかさを活かす為にもガッチリとした筋肉が必要になって来るし」
「あ~ズルいって!!ヒビキさん私のメニューは!?」
「そりゃお前じゃねえか!!おっちゃん俺は俺は!?」
「あ~分かった分かった順番に相手するからまずは坂路を終わらせてってば!」
絶えずウマ娘がヒビキの周囲を取り巻く、トレセン学園でヒビキの事を頼りにしてないウマ娘は一人としていないと言っていい程の信用を彼は勝ち取っている。数年間の誠実な対応と行い、彼の人格などの積み重ねとしか言いようがないだろう。
「所で、何時彼はリギルにも貸してくれるのかしら?」
「おいおいいきなりその話かよ」
めでたくトレーナー復帰をしたヒビキ、だが現在はサブトレーナーという立場に付いて錆取りをがてら今まで言われ続けて来た顔出しを各チームなどに行う予定でいる。その為にはその申請をしなければいけないのだが―――その窓口となっているのは沖野なのである。
「っつうかなんで俺が窓口、とっつぁんが自分でやりゃいいじゃねえか」
「元々貴方が彼を最初に誘ったのよ、だったら貴方がやるのが筋でしょ」
「おいおい東条、抜け駆けするなよ」
「ええっ僕も是非お願いしたいんですから」
リギルに続くようにカノープスの南坂トレーナーに黒沼トレーナーもそれについての話をし始めた。
「僕としてもぜひ来てほしい所です、ナイスネイチャさんも喜んでくれると思いますので」
「ウチもブルボンも喜ぶしモチベーションも上がる、特におやっさんのトレーニングを詳しくやらせたい」
「何つうかまあ……あ~その辺りは後日たづなさんと調整しとくわ」
余りこういった仕事はしたくないなぁ……とぼやきつつもこれも自分がまいた種かと諦めてそれをこなす沖野。まあ財布にダメージが来ない分、マシだな……と思っている。
「それにしても―――楽しそうだな、ヒビキさんは勿論だがスペシャルウィークも」
「はいラストぉ!!」
「ひぃひぃっぬぉぉぉぉぉぉっ……」
「よし良く頑張ったねスペちゃん、今日のメニュー終わりだよ」
「はっはいぃぃぃぃぃぃっ……」
漸く坂路を登り切ったスペは倒れこみながらもヒビキの笑顔に向けて、疲れ切っているが笑顔と共にVサインを示す。一緒にトレーニングを行えて笑顔で追える事が出来る、それが一番なのかもしれない。
「私も早くヒビキさんとは教わりたいな」
「生徒会長にそこまで言わせるんだからホント流石とっつぁんだよなぁ……」
「俺の所にも新人でおやっさんに見て貰いたい奴がいる」
「そう言えば新メンバー迎えたって言ってたわね……何て名前だったかしら?」
「トロンべだ」
「ヒビキおじ様改めおじ様トレーナー!!私は如何するべきでしょうか!!」
「何かやだなそれ、普段通りで頼むよ」
「何でですかぁ!!?」
馬の名前っつったら此奴しか出てこなかった……。
もうレーツェルとファインシュネッカーって名前のコンビでも出すかな……。