「よしっこれで終わりっと」
今日も今日とて用務員として腕を振るうヒビキ。本日の一番の大きな仕事が終わると額に流れる汗を拭って満足気な笑みを浮かべる。それもその筈、何故ならばその仕事というのは―――
「にしてもこれで今週何度目かな、壁に穴開くなんて」
ウマ娘の身体能力は基本的に通常の人間以上である、走れば時速70キロは出ると言われている程の身体能力があるのだから建物の壁などその気にならば容易くブッ壊れるのも当然の事。まあ本音を言えば壊さないでほしいのだが……まあ色々とストレスが溜まったり精神的に不安定になっていれば暴力的な気分になってしまうのも致し方ない。寧ろ人にそれを向けなかった、と褒めるべきだろうか。
「それだけ溜め込んじゃってる子が居るってかもな……俺の方でも注意しておくかな」
そんな世界で勝負するウマ娘、彼女らに共通して言える事でもあるが彼女らは闘争心が高い。本能的に走るという事を欲している彼女ら、そんな走るという事で勝負する故かそれに対するモチベーションは基本的に異常に高いのだが、それを上手くコントロール出来ずに持て余して感情を制御出来ない事がある。これをやってしまったのもそんな娘かも知れないと思うと強く言えない。理解は示すが容認はしない。してはいけない事をしたのだから注意は必要、何れは自分をそこで甘やかし続けて駄目にしてしまう。その辺りの線引きは確りとしなければいけない。
「さてっと……」
一番大きな仕事も片付いて今日はもう終わり、この後は何をしようかと思っていると肩を叩かれて其方を向くと笑顔のゴールドシップに頬を突かれた。
「いよぉうおっちゃん!今日も今日とて精が出るって奴だな」
「あらゴルちゃんじゃない、今日も今日とて元気で羨ましいねぇ~元気100倍で世界は平和って所かな」
「当然だろう、ゴルゴル星からゴルシちゃんがいるからこそ世界は回るんだぜ」
腹立たしくならないレベルに最高にイケメンなサムズアップと歯を光らせての笑みに肩を竦める。
「多分違うだろうけど一応聞いとくね、これってゴルちゃんがやった?」
「いんやアタシじゃないぞ。やるならやるでそんな壁の一部なんてけち臭い言わずにそこら一帯ぶっ飛ばす」
「だよね~ゴルちゃんがこんなピンポイントでやるなんてないもんね~」
「だろ~流石おっちゃんアタシの事分かってんなぁ!!」
この壁を見た瞬間に犯人は誰なんだろうと思いはしたが、その中にゴールドシップは含まれる事はない。確かに破天荒で滅茶苦茶やる彼女だが、彼女は絶対にこんな事はしない。やるなら壁を纏めて消し飛ばすだろう。それに良識も確りと携えているいい子なのだから壊したら素直に自分に言いに来るだろう。
「エアグルーヴとかひでぇんだぜ、いきなりこれお前だろ!!って決めつけて来やがってよぉったく……お陰でマックイーンの収穫が滞ったじゃねぇか!!」
「あららっ……まあゴルちゃんドンマイドンマイ。んじゃ代わりに元気が出る話題を……ゴルちゃんの錨の修理終わってるよ、俺の用務員室にあるから持って行っていいよ」
「おっマジで!!?よっしゃぁあの錨さえあれば収穫が出来る!!サンキュなおっちゃん愛してるぜ!!」
「あいよっ何時でもどうぞ」
そう返すとゴールドシップは颯爽と駆け抜けて―――行かずにセグウェイに乗ってそのまま去っていった。そして姿が見えなくなった辺りで誰かに怒られながら走り去る音が聞こえて来た。
「マックイーンの収穫って……メイクイーンの言い間違い……とかじゃないよなゴルちゃんだし……」
荷物を片付けながらもこの後の時間を如何するかと考えながらも廊下を歩くヒビキ。その途中で何度も生徒達に話しかけられる、簡単な雑談からトレーナーとの関係についての質問などなど……それに一つ一つ丁寧に対応していく、そんな所も彼が人気の理由の一つなのかもしれない。
「失礼しま~す」
「おやっ」
ヒビキがやって来たのは生徒会室、入った先では会長席で仕事をこなしている生徒会長のシンボリルドルフと"女帝"と呼ばれる生徒会の副会長であるエアグルーヴが仕事をこなしていた。
「ヒビキさんじゃないか、なんだ何か用かな」
「根を詰めすぎてないかって見に来たんだよ、ほらっ差し入れ持ってきたよ」
そう言いながらも大きめの水筒を3つほど持ってきたヒビキ、それぞれが3ℓは入るサイズなのでかなり重い筈なのだがそれを軽々と肩に掛けてここまで来たかと思うと相変わらず凄い鍛え方だと笑みを作る。
「ほらっエアちゃんも一息入れないともたないよ」
「……すみません、ですがエアちゃんはやめてください。流石に子供っぽ過ぎる」
「無駄だよエアグルーヴ、彼は私も子供だというのだからそんな言葉なんて意味を成さないさ」
「その通り。まあ子ども扱いされるうちはそれに甘えちゃいなさいや、その代わり差し入れは良い物にしておいたから」
「良い物……?」
そう言いながらエアグルーヴが水筒の蓋を開ける、蓋が器となるタイプなのでそこへと中身を注いでみると淡い人参色をしたトロミのある物が流れ出してきた。その色と香ってくる匂いは彼女らウマ娘の本能を直撃する。
「これはもしかして」
「そっ人参のポタージュ、3人分も用意してたから遅くなっちゃったよ。というかナリちゃんは如何したのいないけど」
「サボりだよ、それでエアグルーヴが連れ戻そうと飛び出そうとしていたタイミングだったんだよ」
「ありゃそりゃ悪かったねタイミング」
「いえっ気にする事ではないです、会長どうぞ」
確かにこれがあれば留める事は出来たかもしれないと僅かながら思ってしまった、がそれは御門違いという物だと自分を抑えながらシンボリルドルフの分のポタージュを用意する。水筒にはスプーンが備え付けられていたのでそれを取って口へと運ぶ。
「んっこれは……濃厚なニンジンの味が広がるが口当たりは酷く良いな、のど越しもすっきりとしている」
「これは確かに美味しい……」
「喜んでもらえて何より、気合入れて裏漉しした甲斐があったよ」
折角作るんだから思いっきり美味しくしようと思って丹念に調理した。特にニンジンはウマ娘たちの大好物なのだから、ポタージュにすると決めてから裏漉し舌触りを最高のものにする為に丹念に行った。
「まさか此処までのものを差し入れて貰えるとは……やる気も上がるという物だ、有難うヒビキさん」
「いやいやいや気にしなくていいよ」
「私からも感謝します」
「良いって良いって」
そろそろ夕暮れ、日が落ちれば必然的に気温は下がる。そんな時は暖かい物が恋しくなる、ポタージュを選んだのも時間が掛かるからである。だがその分、美味しさは高い筈。
「ああそうだ、壁直したけどあれ誰が開けたか分かった?ゴルちゃんではなかったけど、というかゴルちゃんなら壁丸ごとぶっ飛ばすって言ってたし」
「まあ確かに……よくよく考えれば納得出来る……今の所不明、名乗りもありません」
「そっかぁ~……ストレス溜め込んでる子だと心配だね」
「うむ。私達も出来るだけ気を掛けるように心掛ける、その為にもこのポタージュは有難くいただきます」
「しかしこの量を良く準備出来た物だ……」
「鍛えてますからっシュッ」
雷電 響鬼。
何方かと言えばポタージュの裏漉しに布を探すのが一番だった用務員のおじさん。壁を壊したウマ娘の事を気に掛けている。