「久しぶりだけど、ホント田舎だよな此処」
外装には錆と傷が幾重にも乱れ、走る度に揺れと軋むような音が耳に伝わる古めの電車を降りて、これまた年季の入った精算機を通過した末に到達した景色に思わずそんな言葉を漏らしてしまうのは東京の景色に慣れきってしまったが故だろうか。穏やかな田舎の風景、良くも悪くも緩い空気は東京ではあり得ない。
「おっヒビちゃんじゃない、何帰って来たんかい」
「どうも~清めの儀式の為にね。お姉さんこそ益々お美しくなっちゃってまぁ……旦那さんがいなけりゃ放っておかないのになぁ」
「あらやだぁお上手ねぇ、でもお生憎、お言葉通りアタシャ旦那に釘付けなんでね」
「ハハハッ変わらずラブラブだねぇ」
深呼吸を一つ入れながら歩き出すと直ぐに声を掛けられる、顔なじみのタバコ屋のおばちゃん。子供の頃からおばちゃんだったから既にお婆ちゃんになっている、しかし女性というのは不思議な物で歳を取ればとる程に美しくなっていく人もいる。なので綺麗になったというのもあながちお世辞と言う訳でもない。
「お~い響鬼さんっ帰って来たのか!!後で寄れよサービスすっぞ!!」
「あいよっ行かせて貰うよ」
「何だよ帰って来たのか?来なくても俺が代役してやんのに!!」
「無茶行ってると大蛇に喰われるぞ~」
道行く人たちにヒビキは声を掛けられる、地元故に同年代の友人もいれば昔からの顔なじみの人も大勢いる。特に最年少で鬼となった為に地元ではちょっととした有名人状態。それが久しぶりに帰って来たのならば声が掛けられるのは当然と言うのも。実家までは歩いて少し掛かる、普通ならばバスを使うのが良いのだろうが久しぶりに歩きたくなったので歩く。
「やっぱり落ち着くなぁ……」
少し歩けば田園風景が広がる田舎も田舎、この辺りが昔ながらの風景と自然との調和を目指し続けているというのもあるが、それでもここで生まれ育った身としてはこの風景があり続けてくれているというのは嬉しい物がある。田へと水を引っ張る為の川の上に掛かっている石橋、そこから聞こえてくる清らかな川の水音も全てが懐かしく、思い出がある。
「やっぱり、此処は全部あるなぁ……」
川で泳ぎたいなぁと年甲斐もなく思ってしまう、もう季節も季節で寒いと分かっているがどうしてもやりたくなってしまう。久しぶりに帰って来たのだから、此処で少し鍛えるというのも悪くないかもしれない。まあ学園側からしたら早く帰って来てくれだろうが……折角の休みなのだから自由に過ごしたいのが本音である。
「響鬼さん……?」
振り向くとそこにはバイクに跨りながらヘルメットを外している若い青年が此方を見つめていた、甘いマスクとルックスは如何にも女性受けしそうだと改めて思いながらも軽く声を掛ける。
「よっ伊吹、お久しぶり」
「久しぶりじゃないですよ、去年帰ってこないからこっちは結構大変だったんですよ!?」
「それについては悪いとは思ってるけどさぁ……こっちだって仕事とかで超ごたごたしてたんだよ?それはこっちだって納得してくれてたじゃん」
「いやそうですけど……そのせいで先代が出張ってきて儀式やったんですけど、俺達が弛んでるって言われて凄い猛特訓で……」
「―――まあドンマイ!!」
「じゃすみませんよ……」
ニコやかに誤魔化そうとするが、如何やらそれでは済まない程に鍛え直されたらしい。
「でもさ~先代が鍛え直すって事は実際そうだったんでしょ、あの人厳しいけど嘘はつかないしそうじゃなきゃ鍛え直しなんてならないし」
「まあ……確かに実際仕事とかで中々鍛えの時間が取れなかったって言うのはありましたけど……響鬼さんだって今年はそうなるかもしれませんから覚悟してくださいよ」
「これでも毎日鍛えてるんだけどなぁ~俺」
歩く響鬼の隣でバイクを押しながら伊吹は近況報告を兼ねて去年、トレセンの仕事の関係で帰る事が出来なかった時の事を話す。如何やら響鬼の先代に当たる鬼に扱かれたらしい。
「具体的にはどの位鍛えてるですか」
「そうだな~毎朝此処でやってたメニューに加えて?東京ドーム十数個分もあるトレセンの敷地のメンテやら修繕に夜の鍛錬も欠かしてないよ」
「……えっ嘘ですよね?」
「マジだけど、鬼の皆も職に困ったらこっち来なよ。良い給料出るよ?」
「いや、遠慮させて貰います……」
幾ら鬼だとしてもそれ程までに大変な仕事をしたいとは思えない。というか何でそんな仕事を数年もやれるのだろうか……と思っていると雷電一家の家に到着してしまった。バイクを止めてきますと去っていく息吹を見送ると軽トラの整備をしていたと肩にタオルを引っ掛けていた少々強面な男が此方を見て笑顔を作った。
「おう響鬼、帰って来たか」
「斬鬼さんお久しぶり。先代に扱かれたって伊吹言ってたけどマジ?」
「ああっ……情けない話だがな、俺も色々忙しくてな」
「あら意外」
少々不甲斐無さそうな顔を作っているのは伊吹と同じく鬼としての名前、斬鬼を背負った男である財津原 蔵王丸。鬼としてのキャリアは響鬼には劣るが、それでも同じ鬼の中でも屈指の鍛え方をしている筈だが……それでも鍛え直されるというのは意外な話だった。
「俺の事よりお前は鈍ってないだろうな、今年は俺も徹底的に鍛え直してきた」
「多分大丈夫だとは思うんだけどなぁ……毎日ウマ娘相手に仕事してるようなもんだし」
「成程、それは確かに気にする必要はないかもな」
汗を拭いながらも軽トラの整備に戻る蔵王丸、何やら隠しているようにも見える。
「実はな、俺も弟子を取ってそろそろそいつに斬鬼を継がせようと思ってるんだ」
「へぇっ斬鬼さんがお弟子さんを。見込みは?」
「素質はまあまあだが、期待出来る。何より真面目な奴だ、鍛錬にも一切手を抜かん。まあそれはそれで不安だがな」
「上手い抜き方、教えてあげないと潰れかねないからなぁ~斬鬼さんの鍛えってキツいし」
「お前にだけは言われたくない―――早く、挨拶してこい」
その言葉にヒビキは少しだけ、表情を変えながらも頷いた。荷物を置くと直ぐに発った、そして―――ついたのはアスムが居る場所、彼女の家。庭先を掃除していた一人の老年の女性は近づいてきた自分に気付いた。頭を下げるとニコやかな笑みを作って歓迎してくれた。
「帰って来たのね響鬼君。上がって頂戴、直ぐにお茶を用意するわね」
「いえお構いなく……会ってもいいですかね」
「ええ勿論、喜ぶわ」
素直に歓迎してくれる事に感謝しつつも上がらせて貰う、少し深く呼吸をしながらも廊下を歩いて行くと直ぐに見えて来た部屋。襖を開けながらもそこにあった笑顔を見て自分も笑みを作る、何処か気が抜けたのか肩から力を抜きながら前へと座る。
「悪いな去年は来れなくて、こっちも色々と忙しくてさ……」
申し訳なさそうに語るヒビキ、本当は去年立って帰りたかったが泣く泣く断念したのだ。流石に理事長とたづなにあそこ迄頼まれたら振り切る訳にも行かなかった。まあきっとその事については分かってくれているのだろうが、謝らないと自分の気が済まなかった。
「そうだ、俺トレーナーに復帰したんだよ。俺もいい加減進まないと……って思ってさ、まあお前以外の子を教えるのは違和感が強いけど何とかやってる……嫉妬とかしてくれてる?」
帰ってこない返事、別段彼女は怒っている訳ではないのだ。ただ黙って聞いている―――という訳でもない。変わらず浮かべられている笑みに響鬼は……少しだけ口を紡ぎながら蝋燭に火を灯して線香を上げた。そして鈴を鳴らして手を合わせる。
「……今の俺をお前が見たらどう思う、なぁアスム」
不安げな言葉の先にあるのは唯々、その瞬間を切り取った写真のみ。笑顔を浮かべているアシタノユメ、アスム。彼女はもうこの世にいない。それなのに、こんな風になるのは自分が弱いからなのだろうか……と疑問を抱いてしまった。
雷電 響鬼。
久しぶりに地元に帰ったおじさん。全く変わらない地元と昔馴染みに合って少し若返った気分―――そして、恋人への挨拶を行った。