トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第44話

「おい親父何時まで―――響鬼さん、アンタ来てたのか」

「久しぶり、ついさっき帰ってきてね。斬鬼さんに挨拶済ませとけって言われてきたよ、まあ言われなくても来てたけどね」

「……まあアンタならそうだろうな」

 

背後から現れたのは桐谷 京介―――アシタノユメ、アスムの双子の兄。元々は彼も鬼を目指していたが如何せん体力がなく、鬼へと至る為の修行もまともにこなす事が出来ずにいたが、今では立派な青年へとなって役場の職員として働きながらも雷電一家の活動を手伝っている―――が、今全く別の事も目指している。

 

「響鬼さん、俺トレーナーの資格がもう少しで取れそうなんだ」

「へぇっ意外だね。トレーナーだけには絶対にならない、じゃなかったっけ」

 

京介はあまりトレーナーという物をよく思っていなかった、というのも自分が憧れていた鬼に僅か16で至った響鬼の存在があったからだった。鬼に憧れたのも妹と同じような目線で物事を見たかった、相手になりたかったという思いがあったからだ。だが、身体が弱い為に鬼の継承は出来ず、それを担ったのは響鬼だった。

 

「……その事を引き合いに出すなよ」

「ごめんごめん」

 

鬼となって、アスムと真正面から向き合って共に前に進んでいく姿に醜い嫉妬を浮かべながら、今度はトレーナーとしての勉強を始めた。京介は勉強は相当に出来る、芸術方面や将棋など頭脳でも優秀な成績を残している優等生である上に英語やフランス語などの外国語もペラペラ。だから自分が妹をサポートしようと思ったが……響鬼もトレーナーの資格の勉強を始めた。

 

「あんときはどんだけ腹立ったか……アンタは俺から兄貴としての矜持を奪いそうな位に鍛えやがったからな」

「鍛えることは俺のライフワークだからね、それは頭だろうが身体も同じだよ」

 

そこでも阻んだのが響鬼だ、同じように勉強を始めて同じ試験時期に試験を受けたが自分は落ちて響鬼は合格した。あの時ほど兄として、男としても敗北した思いを抱いた事はなかった。そしてこの時から自分は響鬼と呼ぶようになった。

 

「結局、あの時の俺はあいつを支える為だけだったからな……」

「それが今どうして」

「―――アキラの目に、あいつと同じ光を見たんだよ」

 

京介が改めて資格を取りなおそうと思った理由はアキラ。もう目指す事はないと思っていたが、自分のやりたいことは全部やると決めたアキラが旅立つ時に見せたその瞳の中にアスムと同じ光を見た。その時に分かった―――自分はあの光の中に夢を見て、一緒に夢を見たいと思ったんだと。

 

「アンタに張り合ってたのは完全に意地だ。本当は夢を見たかったんだ、俺の夢と一緒に背負って走ってくれるあの光を」

「そっか、いいじゃない。俺もトレーナー復帰したしお揃いだな」

「ハッ……?響鬼さんあんた、トレーナー復帰したのか!!?」

「したけど?」

「何勝手に復帰してんだよ!!」

 

と思わず仏壇の前なのも構わずに大声で怒鳴ってしまった。響鬼はそれを受けながら神妙な顔になる。

 

「分かってるよ、アスムをしっかりと導いてやる事も出来なかった俺にトレーナーをやる資格は無いって事でしょ」

「あっいや、そう……だよ!!アンタはこいつのトレーナーだ、それを譲らせる訳にはいかねぇんだよ!!」

 

最初に思わず詰まってしまう、本心は違うのに言ってしまったと言いたげな言葉のまま吐き出してしまった。だが実際これは本音でもある、響鬼にはアスムの専属トレーナーであって欲しかったという思いがない訳ではない。

 

「アスムは言ってた、俺の好きなように生きてくれって……だから俺もいい加減、自由になろうかと思ってさ……」

「だからって……」

「スズちゃんが怪我したって聞いた時、如何してもあいつが頭に浮かんだ。身体中に包帯を巻いて、頭にも包帯巻いて……」

 

サイレンススズカ、彼女がレース中に怪我をしたと聞いてどうしてもアスムの事が頭を過ってしまった。あの時の酷く痛々しいアスムの姿は時折夢にも出るほど、一種のトラウマのように刻み付けられてしまっている。そしてそれを目の当たりにしたからこそ決意したのだ、トレーナーに復帰すると。

 

「俺がちゃんと見てたら防げてたんじゃねえかな……って思ってんだよ」

「くだらねぇ結果論だろそれ、もしもなんて意味がないだろ」

「ああ、意味はない。でも今を見直す切っ掛けにはなる、俺は力を尽くす。アスムみたいな子を出さないためにも」

 

そう言われたら京介は何も言えなくなってしまう、兄としてもだが、トレーナーとしてもしっかりと務めるつもりでいる彼を止める理由は存在しないのである。きっと自分が何を言っても止まらない、アスムへの後悔、それに未だに縛られ続けている響鬼。いや、縛られるなというのが無理があるだろう。何せ……

 

「俺そろそろ行くよ、儀式の準備しないといけないし」

「あ、ああ……その響鬼さん、怒鳴って悪かった……そんなつもりじゃなかったんだ、俺は……もう気に病まなくていいって言おうとしたんだ」

「有難う。本当に優しいね君は……でも大丈夫、俺は今まで通りに鍛え続けるだけだから」

「(それが心配なんだろうがよ……)」

 

遠ざかっていく背中を見つめながら京介は胸に巣食った不安を見つめた、響鬼は(アスム)の為に鬼となった。そしてそれからずっと鬼としての力が衰えないようにずっと鍛え続けている。これは鬼としては異例中の異例、いや異常の域。伊吹や蔵王丸だって常に鍛えているのではなく、定期的に衰えるのを防ぐ為に鍛え直す。だがそれをし続ける訳はない。それは過去の鬼を見てもいない。

 

「―――アスム、響鬼さんは……本当にお前の望むように生きれるのか」

 

縋るような視線を仏壇へと投げる、笑顔の遺影の前にある一つの手紙を見た。そこにあるのは―――アスムが残した響鬼への思いを綴った手紙、彼への思い、愛情、これまでの礼、積み重ねてきた時間の全てがそれに集約されていている。そして―――その最後に綴られていたのが

 

 

―――響鬼さん、私のことは気にする事なく自由に生きてください。もう私に縛られずに自由に。それと……嘘を言っちゃってごめんなさい、今まで愛してくれてありがとう。

 

 

「……クソ」

 

やりきれない思いを言葉にして、地面を蹴った。唯、じんわりとした痛みが足に伝わってきた。益々やりきれなくなってきた京介は溜息交じりに家の中へと戻っていった。




雷電 響鬼。

恋人であるアスムへの挨拶をしている時に、その兄の京介と会ったおじさん。関係は悪くはなく、寧ろ京介は自分の理解者でもある。

アスムでした後悔をもうしたくないとトレーナーに復帰したと語るが、京介は複雑な面持ちだった。
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