トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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ヒビキさんの初期設定②

自分に娘、スペシャルウィークが居る事を知らずにトレセンで働く予定だった。


第45話

「応。帰ってきおったな若造」

「お久しぶりです先代。相変わらず元気そうで」

「当たぼうよ、アキちゃんの花嫁姿を見るまで死ぬ気はねぇぞ」

 

戻って来た響鬼を出迎えたのは庭先で薪を割っている老人の姿だった。片手のみで軽々と斧を扱いながらまるで紙でも切るかのように薪を割っていく。老人故かやや身長は低めだが、それでも年の瀬が近いのに短パンにタンクトップのみで元気そうにしている辺り、流石は元鬼としか言いようがない。白髪ではあるが腰まで伸びているそれを風に靡かせながらもタンクトップから見えている筋肉は自重を知らない。先代響鬼―――日々鬼、響鬼にとっては父方の祖父になる。

 

「若造、おめぇ伊吹や蔵王丸みてぇにサボっちゃいねぇだろうな。仕事があろうと鬼である限り、鍛錬を怠る事は許されねぇ。一日一全、清めの儀式で最高の貢物を捧げる為にゃ全力で毎日を生きた上で鍛えなきゃならねぇ」

「これでも鍛えを欠かした事はないですよ。向こうでも毎日朝と夜に鍛えてました」

「ホゥ……どれどれ」

 

そう言うと近くに合った杖を手にする。杖など使わなくても歩くのには不自由していないが、持っていると何かと便利なので携帯している杖―――というよりもアキラからのプレゼントだから愛用している。それで身体を押すように触れていく。

 

「フムッ……フムフム……」

「日々さんの杖押し……あれ結構痛いんですよね……」

「ああ、俺達の鍛えが甘かったのもあるが軽く痣になる程度の力で押すからな」

 

軽トラの整備の隣でバイクの整備を行う伊吹はややげんなりしつつも先代の行いを見つめる。去年、鍛えが甘い!!と清めの儀式ギリギリまで鍛え直された事を思い出してしまったらしい、それは蔵王丸も同じく。肉体に衰えが来てしまっていたとしてもそこは鬼の身体、並の人間以上、ウマ娘級の肉体であるのにも拘らず痣を作る程度の力というのが本当に恐ろしい……さて、去年は仕事の影響で来れなかった響鬼は如何なのかと二人も気になるのか見つめる。

 

「フムフムッ……ヘムヘム……ホムホム……」

「いやなんすか先代それ」

「アキラが好きなアニメを一緒に見とったんじゃ、すっかり嵌ってしもうたわ」

「因みに誰派で?」

「無論、あんこちゃん派じゃ」

「それ杏子です」

「分かっとるわ」

 

案外響鬼もこの手のネタには詳しいのである。そして杖を収める、見極めが終わったのかと二人の鬼が喉を鳴らす中―――先代は大きく笑いながら膝を叩いた。

 

「ヒィヒャハハハハ!!こりゃ傑作じゃわい、若造、普段からどれだけ鍛えまくっとるんじゃ!!思わず、若い頃の先代を思い出してしもうたわ!!」

「それって俺からしたら先々代って事ですか……んじゃ合格点?」

「アホゥ。逆にどんだけ鍛えまくっとるんじゃ、若干引くレベルじゃぞ」

 

先代にそこまで言わしめる響鬼の肉体のレベル。当然だろう、衰えた身体を鍛え直す為のメニューをこなし続けて来たのだから。

 

「まあ毎日鍛えたのもありますけど、トレセンの仕事っていい鍛錬になりますからね。そもそもがあそこの敷地が凄い広いですから」

「良い就職先に恵まれたな、のぅそこの鬼二人」

「勘弁してくださいよ日々さん。こっちだって好きで鍛えてなかった訳じゃなかったんですから」

「全くです」

「言い訳なんぞ要らんわい」

 

改めて薪のストックを増やす為に斧を振るう先代だが、実際その瞳にはなんて哀れなんだという感情を浮かべずにいられなかった。鬼というのは一つの終着点、人間という生き物が極限にまで鍛え抜いた肉体を更に鍛えた末に辿り着く境地なのだ。最早超人の領域とも言えるそれに踏み込んだ人間たちの総称だが―――今の響鬼はその領域を越えている。

 

「まあ良い良い、2年ぶりのお前さんの清めの儀式。存分に聞かせて貰うぞい」

「はい、2年かけて熟成した俺の音を是非」

 

響鬼ほど鬼という生き方を体現する者はいないだろう、だがそれを望んでやったわけではない。目的を見失ったが故に至ってしまっている、ある種の無我の境地と言えるそれに日々鬼は何も言えなくなり煙管に火を灯す。

 

「今夜はご馳走じゃ。明日は遂に清めの儀式、良く喰うて英気を養え」

「分かりました、取り敢えず―――俺は入ってます」

 

一度頭を下げてからヒビキは家の中へと入っていく。それを見届けてから煙を吐き出すと伊吹と蔵王丸が近づいてきた。

 

「そんなに可笑しいんですか、響鬼さんの身体」

「異常がある訳じゃない、だが異常なまでに鍛えられておるわい。大概鬼も超人扱いされるが……ありゃ最早魔人の領域に入っとるわい」

「魔人……あいつ、一体如何してそこまで……」

「アスムを失ったから、じゃろうなぁ……」

 

理由なんてそれしかない、そもそも鬼を志した理由自体がアスムの為だった。だが、今はやそれを捧げる対象を失ってしまった響鬼は道を完全に見失っている。どんな風に歩いていけば分からないしゴールをどこに設定すればいいのかも検討がつかない。

 

「気持ちは分からなくはないですけど……あれは響鬼さんのせいじゃ」

「ンな事ぁここら一帯の全員が分かっちょる、だとしてもお主は受け入れられるか?」

「俺は、無理ですね……」

「同じく……」

 

恋人を失った、単純な話ではない。彼にとってアシタノユメ、アスムというのはそれ程までに愛していた存在だった。それを失ってしまった響鬼の苦痛は耐えがたい物だろう。

 

「アスムは響鬼の想いを受けて走った、自分の為にあれだけ尽くしてくれた男の為に応える為に走り続けた。文字通り走れなくなるまで……そして最後にアスムがヒビキに与えた物があれとは……痛ましい……」

「先代、響鬼はこのまま中央に行かせたままでいいので」

「思い出があり過ぎる此処に居るよりかは気が紛れるじゃろうて」

「このまま忘れちまえば良いんだ、そうした方があいつの為だ」

 

ぶっきら棒に言い放った蔵王丸の言葉を誰も否定はしなかった、寧ろそうした方が響鬼の為にもなるだろうし新しい人生を歩む為には必須とも言える。

 

「響鬼はもう自分の為に生きて良い、もう十分に誰かの為に努力と苦労を尽くした。それなのに、あれほどまで報われないなんてないだろう」

「戯言は此処までにしようや。飯、支度と行くかの。響鬼も来ると聞いてマグロと宮崎牛を仕入れたからな」

「手伝います」

「俺も手伝います」

 

響鬼の為にも美味い夕食を作ろうと思い立った中、響鬼は荷物の整理をし終えて縁側に座りながらぼんやりと空を眺めていた。そして無意識に言葉が漏れる。

 

「―――なぁアスム、俺がお前に背負わせすぎちまったのかな。だからお前は諦めちゃったのかな……なぁっアスム……」

 

酷く弱弱しい姿を晒す響鬼、だが誰もそれを見なかった。彼には許されるのだ、鬼に変じようと人であり続ける彼には……そして執り行われる清めの儀式。

 

「よしっ……やるか」

 

大地に置かれた巨大な岩の上に鬼達がそれぞれが担う楽器を載せ、全てを込めて清めの音を発する儀式が始まった。神への捧げもの、清めの音による大演奏。

 

「ハァッ!!タァッハァァ!!」

 

響鬼が先陣を切る、力強く振るわれる腕によって鳴らされる太鼓によって巻き起こる清めの音は岩を通じて大地へと注がれていく。

 

「ディヤァッ!!ハァッダァァ!!」

 

斬鬼もそれに続く。彼が得意とするのは弦、弦は最も形を変えたと言ってもいい楽器。見た目は完全なギター、だが岩へと楽器を突き刺して重々しいが、酷く清らかな音色が奏でられていく。

 

「ヨッ……!!!」

 

そして最後に伊吹こと威吹鬼が続いた。管を得意とする彼が鳴らすのはトランペット型の楽器、高らかに鳴らされる清めの音。空へと向けて放ちながらも自らを経由させながら大地へもそれを注ぎ込んでいく。

 

『俺達も続くぞ!!』

『はい!!』

 

3人の鬼による始動、それに続くように残った鬼達はそれぞれが得意とする物で続いて行く。響鬼の打、斬鬼の弦、威吹鬼の管。雷電一家、1年に一度の鬼達の集結によって奏でられる清めの供物。全身全霊を込めて行うそれは文字通りの命がけ、全てを賭して行われる儀式。周辺地域全てに伝播する清めの音。そしてそれをアスムの遺影を持ちながら見つめる京介の姿があった。

 

「お前の為に至った鬼の姿だ、確り見てやってくれ……せめてその位はしてくれ。でないと、あの人が浮かばれない―――アスム、何でお前は逝ったんだ」

 

「タァッ!!ヤァァッハァァァァッハァァァッ!!!」




雷電 響鬼。

先代の響鬼から鈍っていない認定を貰えてホッとしたおじさん。鬼の中でも肉体のレベルは最上位に入ってしまった。

アスムの事は、自分にも原因があると思っている。


サクラチヨノオー、お迎え出来ました。
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