スペの今のお母ちゃんは、友人である彼女から話を聞いてはいるがヒビキに対しては複雑な思いを秘めている。
というよりも、彼女からヒビキが海外に行く前夜にうまぴょいを掛けてしまったという話を聞いて、ヒビキには同情に近い物を感じている。
予定よりも早く帰省から帰って来たヒビキを皆は好意的に迎えていた。特に用務員はそれが強かった。何故ならばヒビキの穴を補う為に普段よりも仕事が増えるのだから当然だろう。帰って来たヒビキが思ったのは一つ。
「……やっぱり俺って可笑しいのかなぁ」
先代にも言われたが、矢張り自分は鬼という区分から離脱してしまった存在なのかもしれないという事を感じた。自分が離れていた間、ウマ娘達が利用する場などを集中的に仕事を行って他の部分は大分簡易化する事で、かなり無理こそあるが漸く回す事が出来ていたらしい。それを聞いてやっぱり自分は可笑しいのだろうか……という事を本格的に感じ始めた。
そして用務員職に集中しすぎる訳にも行かない、何故ならば今のヒビキはスピカのサブトレーナーなのだから。
「ヒビキさんっ私もっと速くなりたいっ!!スズカさんの代わりにジャパンカップで勝つって決めてたのに私負けちゃって……もっともっと、速くなりたいです!!エルちゃんにも負けない位に!!」
「負けて悔しがってたって聞いたけどいい顔するようになったねスペちゃん」
「もっと厳しくお願いします!!」
「うんっ超山盛りご飯の御茶碗を盛って無かったらもっと良かったな」
ヒビキは用務員としての仕事をこなしつつ、サブトレーナーとしても尽くす。奈良に帰った事で彼の中で何かが変わったのか、トレーナーとして仕事へ何処か積極性を持つようになってウマ娘達への指導も熱が入るようになってきた。それに関しては理事長を始め、良いニュースにもなり得た。
「とっつぁん、里帰りしてなんかあったのか。何か変わった感じがすっけど」
「そうかい、何も変わってないような気がするけど」
ヒビキとしては里帰りで何か特別な事は無かった、あったとしても京介がトレーナーの資格をもう直ぐ取れるという話を聞いた程度しかない。だから何かあったかと言われても何ともコメントしがたいというのが素直な所。そんな風に日々が忙しくなっていく中でもヒビキはそれを平然のように受け止めていた。用務員としての役割を果たした後にトレーナー業務へと勤しむ。そんな姿を見せつつも季節は進み、新年へとなった。
「おっおっちゃ~んあけおめ~ことよろ~」
「ヒビキさ~ん!!」
「おっちゃん明けましておめでとう~!!」
そして新年、チームスピカの面々はスーパーに集まっていた。これから新年会を行う為の食材の調達そして―――入院していたスズカを待っていた。暫し待つと車椅子を押したスペがスズカを伴って到着した。
「みなさ~んお待たせしました~!!そして……それっ!!」
「あっスペちゃん……!!」
皆の前へとやってきたスペは皆の前でスズカの脚に掛かっている毛布を取って皆に見せた。そこにはあった筈のギプスが確かに外れているスズカの脚がそこにあった。
「じゃあスズカ先輩もう走れるんですか!?」
「これからリハビリだからもう少しだと思うわ」
「よしそれじゃあ今回の新年会はスズカさんのギプス脱の記念を含めるって事でおじ様どうですか?」
「それは賛成、後スペちゃん。スズちゃんが寒そうだから早く毛布返して上げなさい」
「あっすいませんスズカさん!!」
兎も角これでチームスピカの完全に復活の目途がついた、それは非常にめでたい事ではある。そのお祝いして今回の新年会は豪勢にやる事はやぶさかではない、なので沖野も張り切って準備のための買い出しに付き合うつもりでいたのだが―――
「……とっつぁん、悪い金貸してくれ……」
「あんだけ大口叩いてたのに……」
「だって、5000円の海老とか牛肉とか遠慮なしに入れんだぜ……流石に予算オーバー……」
「分かった分かった、スズちゃんの為って事で俺が出して上げるよ」
「マジですまねぇ……」
スピカにはメジロ家のご令嬢であるマックイーンが居た事を完全に忘れていた。豪勢な食材を買う事は予想していたが、流石にウマ娘が8人もいればその腹を満たす為の食材は膨れ上がっていく。スペほどではないがアキラもよく食べる、流石に万全の支度をしたつもりの沖野の財布も簡単に限界を越えていた。
「というか、何でとっつぁんはそんなに金あんだよ」
「今まで特にこれと言ってお金が掛かるような高い買い物をした事が無いからね、最近の奴でも炊飯器を増やした位だと思う。後自炊しているのがでかいかな」
「やっぱそこか」
例えばテイオーが好んで飲むはちみーことはちみつドリンクなども沖野は外にランニングに行く時には奢ってあげたりするが、あれで一杯1200円もするのである。それをチームメンバー分出していれば直ぐにお金もそこを尽きる。ヒビキの場合は基本自炊で自分で作っている上、トレセンとは深い関わりにある近場の商店街や知り合いの農家さんから貰ったりしている分で賄ったりしているのでそこまで掛からない。
「んじゃっウマ娘のお嬢様たちの為に仕込みとかやりますか」
「っというかなんで用務員室でやんの?」
何故か新年会の会場として選ばれたのは用務員室だった。大きなこたつを置いてそこに皆入って丸くなっている。
「おじさ~ん、このジュース飲んでもいい~?」
「いいよ~独り占めしないでね、それっ商店街の蜂蜜店から貰った最高級蜂蜜を使ったはちみーなんだからね」
『最高っ級!!?』
「なんかみんなの目が一気に鋭くなった!?」
「おっちゃぁ~ん、このミカン喰っていい?」
「好きに食べていいよゴルちゃん。繋ぎ程度にしてね」
そんなやり取りをしながらも沖野と共にキッチンに立って食材を切り分けていくヒビキ、本当に何で此処なのかとも思ったが、まあ皆がくつろいでいるから良いかと肩を竦める。
「ああっ沖君、そっちは俺やるよ。野菜切って貰っていい」
「分かった。にしてもすげぇ手際良いなとっつぁん……」
「アスムにもこうして飯を作ってたからね、その延長で何年も自炊してたら上手くもなるよ」
矢張り其処も元カノさんに帰結するのかと沖野は思う、彼の大半はそのアスムに直結している。鬼になったのもトレーナーになったのもアスムの為。たった一人の女性の為に此処まで出来るのかと感心すらしてしまう。
「ああそうだ、今日夜に初詣に行くじゃん?俺神社で太鼓叩く事になったから」
「えっ何だそれ聞いてねぇぞ!?」
「今初めて言ったもん」
「ちょっとおじ様私も初めて聞いたんですけど!?私も叩きたいです!!」
「お前さんは未熟だからね、新年を祝うイベントとして頼まれたんだよ俺は」
あっという間に食材を捌き終えるとそのまま炬燵の上へと乗っている鍋へと次々と投入していく。後は煮込むだけ、沖野は寒そうに手をこすりながらも炬燵の中へと退避していく。それに続くように入りたいが……大きな炬燵と言っても流石に10人も入れば狭苦しい、それにおじさんが年頃の子と一緒に入っていいのだろうかとも思っているとスペが隣を開ける。
「ヒビキさん此処どうぞ!!」
「おっ悪いねスペちゃん、んじゃまあ折角だから……」
炬燵へと入った時、暖かいと顔を柔らかくしたのは心地良さゆえなのかそれとも……何か別の何かなのか。
「そう言えばよ、偶におハナさんに聞かれんだけどとっつぁんは何時か担当取る気あんのか?」
「そう言えばヒビキさんはサブトレーナーでしたわね、何時かチームとか担当を取る事になるのでしょうか?」
マックイーンの言葉に素早く反応したのは矢張りスペだった。
「それだったら私立候補します!!元々ヒビキさんにトレーナーさんをお願いしたかったですし!」
「スペ先輩、それだったら私だってヒビキさんに見て貰いたい~」
「もういっその事、スピカのトレーナーをおっちゃんにやって貰うっていうのは如何だ?」
「あっそれいいかも!!おじさんの方がそれっぽいし!!」
「おいおいそりゃねぇだろ」
笑い声が用務員室に木霊する中、スズカは微笑む中、視界の端で何とも言えない様な表情を浮かべているヒビキを見た。それは如何なんだろうなぁという意味の物かと思ったが……スズカは直ぐに違う物だと感じ取った。あれは……うまく隠しているが疑問と失望の表情だった。
「如何なんだろうねぇ……担当やチームか、まあその時が来たら考えるよ」
雷電 響鬼。
新年会を用務員室で開く事になって少し困惑しているトレーナーを兼任している用務員のおじさん。将来的に担当やチームを持つ事になると言う事は理解はしており、そうなると分かっているが―――その時まであまり考えないようにはしている。