トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第55話

「じゃね~ヒビキさん~!!ご飯ありがとぉぉ!!!」

「それではヒビキさん、御馳走様でした」

「……んじゃ」

「ええよええよ~授業頑張っといで~」

 

今日も今日とて朝練を終えたヒビキは抽選で選ばれたウマ娘達を食卓を囲んでいた。本日は珍しくスピカのメンバーは抽選に引っかからず、スペが涙目になっていたのを置き去りにしながら席に着いたのはメジロライアン、グラスワンダー、そしてBNWとも呼ばれる三人のウマ娘達。ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケットの5人だった。前述の二人が先に戻った後、ゆっくりとタンポポ茶を啜った後に3人も去っていく。タンポポ茶目当てで来る子も少なくはない。

 

「ンでいつまで寝てんのよ、少しは身体強くなったって聞いてたのに……全然じゃん」

「ア、アンタと一緒にすんじゃねぇ……」

「だから普通のコースにするのかって聞いたのに」

 

未だに沈黙し続けている京介、全身で呼吸をしているような事がまだ続いている。まあ普通の人の身でウマ娘達用に調整したメニューに根性でついてくる辺り体力は昔よりはついていると思っていいだろう。だがそれでも流石に無理だろうと思ったので沖野を巻き込む用のメニューにしようと言ったのだが―――

 

「余計な気遣いだ、俺があれからもずっと鍛えてた事をアンタが知らないだけだ」

 

と自信満々に言い切ったのでウマ娘達と同じメニューをやったのだが……結局こうなった。まあまともについてこれただけでも褒めるべきなのだろうが……。

 

「こんなのを、ずっと続けてるのか……狂ってるぞマジで……」

「それだと今日付き合ってくれてる子達まで狂ってる事になるから止めてくんない?俺だけの場合はもっと濃くしてるから」

「―――やっぱ狂ってるじゃねぇか」

「褒め言葉として受け取っとく」

 

人外を見るような言葉を受け取りながらも京介の分の朝ご飯の準備へと掛かる響鬼。先代への報告を兼ねてメニューに参加したが……やっぱりウマ娘達について行こうとするのは無謀だったと思い知った。これでも昔に比べたら随分と鍛え込んで、鬼ほどではないが常人以上になったつもりなのだが……。

 

「言わせて貰うぜ、アンタは壊れてる。アスムが居なくなったあの日からずっとだ」

「―――知ってるよそんな事」

 

取り繕ってもきっと届かないと思い放った言葉は想像以上に軽く、そしてあっさりと受け止められてしまっていた。

 

「俺だってわかってるさ、今が異常だって事ぐらい――それでお前はそれを止めに来たんだろ。トレーナーになって夢を追いたい云々も嘘じゃないだろうけど方便に近い」

「……そこまで分かってるなら自分を止めろよ!!」

「なんかさ、納得出来ないんだよ俺」

 

炊飯器の周りに茶碗を置きながら、響鬼はそう言った。

 

「俺は本当にアスムを支えられてたのか、俺はあいつの傍にいてよかったのか、俺があいつを追い詰めちゃったのか、俺の存在が重みになって無かったか。そんな事を考えなかった事はない」

「あいつはっ―――アンタに感謝してる筈だ、それ以外無いに決まってる」

「うんっそれは分かってんだけどさ……離れないんだよね……あいつの涙で濡れた顔が」

 

 

―――ごめんヒビキさん……私、走れなくなっちゃった……。

 

 

生前、最後の最後にあったアスムは悲しみと絶望の中に居た。怪我による複雑骨折、もう走れない事に対して自分に深く侘びてきたあの表情が如何しても……忘れられない。そして―――それが最後に見た、アスムの生きた姿となってしまった。

 

「……だからってそれがアンタが鍛え続ける事には繋がらねぇだろ」

「アハハッ」

「笑い事じゃねぇだろ!!」

 

思わず声を荒げるが、肝心の男は全く態度を変えない。何も変わらない態度のまま、自分の食べる分の食事を用意してくれていた。

 

「実は何度も考えたんだよ、もうやめようかなって……でも、それやっちゃうと俺とあいつを結びつけるものが一つなくなる、そう思うと―――出来なくてさ。それで鍛錬終えて一日が終わるのを実感すると、ああっ……今日も繋がっていられたって安心するんだよ」

「……」

 

余りに痛々しい姿に見ていられなくなってきた。たったそれだけの為に、この男は鍛え続けているのか。アスムと響鬼を繋げている物なんてそれこそ無数にある、それなのに……たった一つの為にそこまでの事をし続けている。

 

「恋人作れ、あいつだって何時までも未練がましいアンタを見たくない筈だ」

 

それは京介の本音だったのか、それとも本当に自由にやりたいならその位の事をして初めて自由になれるという意味だったのかは分からない。それでも専属だと言い続ける彼の口からは出ないと思われるような言葉に、響鬼は少し驚く。

 

「恋人か……俺を好きになってくれる子が居たら考えるよ、こんな未練タラタラの男さ。んじゃちゃんとご飯食べてよ、食器は水に浸けといてくれるだけで良いから」

 

作業用ベルトを付けるとそのまま歩き出していく背中を無言で見送る。本当の意味で響鬼が前に進む為にはアスムの事を振り払わせる必要がある、だがそれは恋人であった者には辛い選択になってしまう。だがそうさせるしかない、自分の中である種の決意をしながらも響鬼の料理に手を付ける―――が

 

「あのおっさん……やっぱり根に持ってるだろ」

 

そこにあったのは椎茸ご飯に椎茸の御吸物、椎茸の味噌マヨ焼き、椎茸の肉詰め。嫌いではないが、苦手意識がある椎茸料理ばかりだった。今でこそ食べれるが、子供の頃、酷く不味い椎茸を食べたせいで成人を迎えるまで椎茸には強い苦手意識があった。

 

「くそっ……美味いけど、美味いけど……クソォォォ!!」

 

一応食べられるが、箸が止まりがちになる。過去の軽いトラウマが美味を濁らせる。それをわざとチョイスする辺り、響鬼も割かし良い性格をしている。

 

「あっヒビキさん、丁度良かった。これから朝食なんですけどご一緒にどうですか?」

「おっいいねぇ~たづなちゃん。実は皆のご飯ばっかり作ってたから食べる暇なくて」

「あらあら、理事長みたいな事をしないで自分の事も優先しないとダメですよ」

「は~い気を付けます」




雷電 響鬼。

今日も朝の鍛錬をウマ娘達と一緒に行ったおじさん。付いてきた京介の成長には感心するが、無駄な意地を張らなくていいのにと呆れ気味。

アスムの最後の姿が忘れらない。
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