「調子は如何だいスズちゃん」
「はいっだいぶ良くなりました、ヒビキさんのメニューも少しずつこなせる量も増えて来てます」
「そりゃ良かった良かった」
漸く退院出来たスズカは少しずつ元へと戻る為にリハビリをし続けていた。まだサポーターは取れず、走る事は出来ないが歩く事に関しては不自由も無くなって来た。それは同室であるスペの介助も影響しているだろう。
「もう走れるようになってるんです。流石にレースで走るような速度じゃありませんけど……」
「それでも大分進歩だよ、それが出来たらかなり前に進めてるって事だからね」
経過も順調、リハビリにも積極的に取り組み続けている。その姿勢が回復にも良好な方向に向いている、そんな彼女に助けになればとヒビキもスズカ専用のメニューを作成している。
「スペちゃんにも色々助けられてます、最近は私の事も良くなってきたからか漸く自分の事も意識を向けられるようになって」
「同室だからねぇ……スズちゃんの容態には一番敏感になっちゃうだろうししょうがないだろうけど」
思った以上に自分が掛けた言葉は利いていたらしい。他人に優しくするだけで叶えられるような夢などではない、そしてスペの意識は少しずつ変わり始めている。憧れからライバルのような物へと変質し始めているのかもしれない。日本一を目指す時に明確な敵として立ちはだかるのがスズカでもあるから―――そしてそれはもう一つの夢、スズカと走るという夢の実現にも繋がる。
「まあいい傾向だよ、自分の事へ目を向けられる。それこそが成長の第一歩、あの子は誰かを育てる立場じゃないんだから」
「そうですね、スペちゃんは宝塚記念に出ますしそこに向けて良い調整をしてくれたら私も嬉しいです」
「そうさせる為に導くのがトレーナーの仕事だからね。そうだよね、へばってる研修生の桐矢君」
「う、うるせぇ……」
ベンチに腰掛ける形で疲弊している京介、所謂中央の洗礼を受けたという奴だろう。デスクワーク関連は順調にやれているしメニューの構築や課題として出されたウマ娘のデータから評価などはほぼ満点に近い。だが……ある種、トレーナーというのは肉体面も少なからず優先される事がある。それを用務員でもあるヒビキが教えていたのだが―――彼のペースは一般人からしたら超ハイペース。それについて行くのがやっとだったらしい。
「蹄鉄のチェックや設備の状況確認は当たり前でしょ、何かあったらすぐに俺達に連絡して貰えるように連携の確認もしなきゃいけないんだから」
「だからってあんなハイペースはないだろ……」
「だって君に合わせたんだもん、出来たでしょ?」
「やっぱり根に持ってるだろ……」
「もってないもってない」
今朝の椎茸尽くしの朝食を考えると他意がある様にしか思えない。笑顔のポーカーフェイスでその本質が一切読み解けないのもヒビキの厄介な所でもある。これも鍛錬によって培われてしまった物だと考えると本当に不憫に思える。
「いやぁ遅れました~!!」
そんな事を想っていると大慌てのアキラが走って来た。そう言えば姿が見えないと思っていたら遅刻して来ていたらしい。
「何やってんだアキラ、遅刻するなんて」
「いやぁ面目ありません……実は他チームのトレーナーさんから引き抜き喰らってました」
「あれま、ヘッドハンティングって奴かい?」
「多分そです」
「詳しく聞かせてくれないか」
其処に入って来たのはスピカのメイントレーナーの沖野、自分のチームのメンバーが引き抜かれそうになったと聞かされたら黙っている訳にはいかない。と言ってもアキラは相手にもしなかったらしいが、如何にも相手がムカつく事が言ってきたのはご機嫌は斜めらしい。
「次の皐月賞は絶対に勝てない、とか言い出して勝ちたいなら俺のチームに入れとか言い出したんですよ。沖野の奴はウマ娘の可能性を無碍にして、才能を伸ばす事もなく殺してるって、何なんですか他人を貶める事しか出来ない人は」
「あ~……あの人か、まあ言いそうだわ」
「沖君は放任主義っていうかウマ娘達の自主性を第一に考えるからねぇ、まあだからと言って放逐しっぱなしじゃないし確りとしたメニューも組んでるけど」
「随分と本質を見ねぇ奴だな、そんな奴もいるのか中央には」
いない、とも言い切れない。沖野や黒沼を見れば分かりやすいだろうがトレーナーには良くも悪くも癖が強い人物が多い、精神は肉体を凌駕すると精神面を鍛えることに重点を置くトレーナーもいればデータを重視し、ウマ娘の得意を封じてまでもスタイルを変えるトレーナーもいる。だから口が悪いトレーナーもいる事にいる。
「んで如何やって逃げようかなぁ、隙を見て殴れないかなぁって思ってたんですよ」
「おい待てアキラ、お前の一撃は普通に岩貫通すんだぞ。2年前に神社近くの大岩に拳の跡を付けまくってただろ、妖怪の仕業じゃないかって自治体に不安が寄せられてたぞ」
「ゲッそんな事態に!?そう言えばそんな噂があったような……」
「ア~キ~ラ~?」
「あっちょ待っておじ様これはそうです若気の至りという奴で確りとバンテージなんかは付けて拳の保護は―――」
「そういう問題じゃないだろ」
「ぎにゃあああああああああああああああああああああああ!!!!??」
身長圧縮の刑に処されるアキラ。大騒ぎしながら身長がぁぁ!!ナイスバディへの夢がぁぁ!!と叫んでいる姿に如何しようもない懐かしさを覚える。
「んで如何したんだよ」
「ううっ……黒沼トレーナーさんが助けてくれました、随分と面白そうな話をしてるなぁ……ってヤクザ顔負けの声色と迫力出しながら肩に手を回して……」
「そりゃこえぇわ……とっつぁんと同じ位鍛えてるんだろ?」
「いや鍛えては無いらしいよ、生きている事がトレーニングだって。ある意味ウマ娘相手にしてるからこそ言える台詞だと思う」
「だったら鍛えてるヒビキさんは何なんだよ……」
兎も角、その場を抑えてくれたのは黒沼。そのまま自分に任せて早く行けと言ってくれたので此処へとやって来たらしい、因みに言ってきたトレーナーはそのまま黒沼に肩を組まれたまま何処かへと連れていかれたらしい。
「錦先生の親友さんって聞いてましたけど流石の迫力でした、錦先生も凄いんですよ。私が間違ってド突いちゃった事あったんですけど、その時も直ぐに立ち上がっていいパンチだ!!って爽やかに返してくれました」
「その錦先生ってのも大概タフだなおい……」
「いや沖野さん、ウマ娘に蹴られてるアンタは人の事言えねぇ」
「アキラ、もう少し詳しく話を聞かせて貰おうか……?」
「ひぃっ!?おじさまの顔が怖い!!こ、此処は―――全力疾走で逃げるぅぅぅぅ!!」
「逃がすかぁ!!」
アキラの夢の生存を掛けた鬼ごっこが始まったのであった。流石にウマ娘であり、三冠も目指せると沖野の御墨付きを得ているアキラが逃げ切ると思われたのだが……10分後、アキラを確保したヒビキが戻ってきた。
「さて俺の可愛い可愛い姪っ子のアキラちゃん、ちょっと俺と鍛え直そうか……精神面を♡」
「え、えっとおじ様の指導なんてまだ未熟な私めには勿体ないかと……」
「遠慮しない遠慮しない―――来い」
「京さん助けてぇぇぇぇ!!!」
「……なあ、とっつぁんって実はウマ娘の血が入って半分ウマ娘でしたみたいなオチはないよな?」
「いや無い筈……だとしたら純粋な鍛錬でウマ娘確保するのもやばいか余計に……」
「だな……」
―――ギニャアアアアアアアアアアアアア!!!!
雷電 響鬼。
スズカが元気になってきている事に対して強い喜びを感じているおじさん。最近姪っ子が実績を上げつつあるが、同時にちょっと調子になり始めているのでたわむれを兼ねて叱っている。
尚、最後の方は割かし本気で怒った方。