「ヨォッ!!」
「随分と気合入ってるなぁおっちゃん」
「そうね、なんかヒビキさんだけ私より密度が高いっていうか……」
早朝の朝練、ヒビキのこなすメニューだがそれに付き合うウマ娘達よりも密度が濃くなっていた。というよりも今までやっていた物に戻しつつ、一部に修正を加えた物。相当に熱が入っており、普段のヒビキとは思えない程に熱くなっている。
「ハァッ!!」
「おおっ……なんか、紅に入る時の修行みたいに気合入ってる」
「紅、って何だ?スカーレットになんのか?」
「いやそういう意味じゃねっすよゴル姉さん」
アキラ曰く、清めの儀式は基本的に特定の時期に行われるのだが、時折夏などの季節に行われる時がある。しかし、その時には更なる強い清めの音を発さなければならないので鬼達は普段以上に自らの鍛錬を行わなければ儀式にもならない。そしてその為の修行を終えた時の気迫は正しく夏のような紅き闘志を身に宿す事から通称紅と呼ばれる。
「でもあそこまで鍛え直す必要あるのかなぁ……おじ様、毎日鍛え続けてるみたいなのに……というか何で紅に……」
「単純ッやるからには徹底的に!!」
「いや、今度は私達に走りで勝負するつもりですか。既に私に勝ってるのに」
そんな事を言われつつもヒビキは鍛錬を続ける、しかしそんな事を続けていたら―――
「おい響鬼さんアンタ何やってんだよ!!」
当然京介が噛みついてくる。
「何って鍛え直してんだけど」
「鍛え直す程衰えても無いし寧ろ鍛え過ぎなのになんでだよ!!」
「鍛えてんのは精神の方、ちょっと生ぬるくなっちゃってるかなぁと思ってさ」
用務員のガレージ、そこに組まれた石を脚の力だけで持ち上げていく響鬼に大声で京介が意見する。現状で既に鍛え過ぎの領域に入るのに何をやっているんだと言いたくなる鬼側の人間である京介。
「紅になってどうする気だよ……」
「いやぁ並走トレーニング頼まれちゃってさぁ、そう言えばアスムと並走トレーニングするときは何時も紅の気持ちでやってたなぁって事を思い出したから、どうせならそこまで持って行こうかなって」
「いや、肉体のレベルは既に紅の域だろ……それを越えてるかもしれないのに」
「だから精神テンションを戻してんの~よ、我武者羅に鍛えて……鬼になって、あいつを支えようとしてた時に……!!」
如何足搔いても彼の中にはアスムが居る。彼にとっては今も彼女が自分の中心にいて、それに準えるかのような行動をとり続けてしまっている。自由に生きて欲しいと遺書に掛かれていたのに関わらず、自由が全くない生き方を貫き続ける。彼にとって鬼とは彼女の為であり、鬼とは彼女を支えるための手段の一つでしかなかった。
「……響鬼さん、好い加減に誰か良い人見つけろ。そうじゃねぇと行き遅れるぞ」
「え~誰がいるってのよこんな鍛錬オタクを好きになる人って」
「たづなさんがいるだろ」
「いやアスムの事の知ってるのに?」
「俺から説明する」
これは無理にでも女性を宛がうしかない、ヒビキを再度人間の領域へと戻すにはもうその手段しかないのだと京介の中で確信した。たづなには知られているらしいがどうせ詳しい部分なんて話していない筈だ。上手くこちらか伝えておけばいいだけの事だ。
「相手、相手か……なんか、もういいやってなっちゃったかな」
「下らねぇこと言ってねぇ見つけろ、孫位確り見せてやれ」
「うへぇ~……」
腑抜けた溜息を漏らしているが、この位は確り言わないと伝わる事はない。兎に角これで本当にハッキリしたのだから先代にも報告はしないといけない。
「いい人位いんだろ、何年ここで仕事やってんだよ」
「基本此処の職員と農家さんと商店街、後はそうだな……此処の生徒の御実家位かな」
「超名門含まれてませんかそれ」
「偶に居酒屋で飲むぐらいの仲だよ」
「何やってんだマジで」
曰く、気楽に飲める相手が欲しかったと言われる事が大半だったり学園内では家の子が頑張り過ぎないように見てあげて欲しいなどの事ばかり。結局自分のプライベートに関わるような事は一切無い。なので京介が望んでいるような事は皆無なのである。
「もうこの際、生徒でもいいから相手作れよ」
「犯罪になりそうだから遠慮したいよそれ」
「安心しろ、ウマ娘に関してそれ関連の法は緩い」
「うわ~……全然嬉しくない情報ありがとさん」
そう言いながらも脚で持ち上げていた石を蹴り上げる、立ちあがりながらも石を受け止めながらそれを静かに置く。その行動は宛らもう十二分に鍛え尽くしたと言わんばかりのオーラを放ちながら。
「よしっ……漸く戻れたな、後はこれを忘れないだけだな……駄目だな、やっぱりあいつを何処か忘れようとしてたのか」
「―――っ」
「大丈夫だよ京介、俺はずっとあいつと一緒にいる。だから心配すんな」
そんな風に笑い掛けながら、至った物と同じ色のジャージを身に纏いながらも響鬼は歩き出していく。それを見つめながらも京介は違うと否定する、だが言葉に出来なかった。変えなければいけないのに、魔人の領域の彼を、アスムが愛した人へと。だが……今の響鬼が如何しようもなく幸せそうな顔をしているのを見てしまい、言い出せなかった。
「クソッ……絶対に何とかしねぇと……」
「よっナリちゃんにアマちゃん、約束果たしに来たよ」
「待ってた、随分と気合入ってるみたいじゃないか」
「そりゃもう鍛え直したからね。何ならナリちゃんを抜いちゃうかもよ?」
「―――それはそれで面白い」
「アタシが居る事を忘れるなよヒビキさん、この場はそれぞれがそれぞれと戦うタイマンだからな。負けないぞ」
「並走トレーニングだよねこれ、まあそれを望むなら―――俺は臨もうかな?」
雷電 響鬼。
精神テンションがアスムといた頃の感覚を取り戻したおじさん。後はこれを忘れないように気を付けようと決意する。
桐矢 京介。
響鬼には早急に見合いさせないと不味いと分かった響鬼の幼馴染。但し、どうやって当人をその場に誘い出し、その気にさせるかが課題。