トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第62話

「よし今日はこのあたりにしておこうか」

「はい分かりました」

「スズカさんお疲れさまでした!!」

 

ヒビキの下で彼お手製のメニューに取り組んでいる二人のウマ娘、サイレンススズカとスペシャルウィーク。一方は自分専用に組んでもらったリハビリメニュー、もともとの走りを取り戻す為にスズカは真剣、真面目にこなし続けている。そしてスぺは同室としてスズカの付き添いとしてヒビキのもとへと来ながらも、次のレースに向けて厳しいメニューをこなし続けていた。

 

「スズちゃんの足も大分回復してきてる、これなら近い内に復帰戦の目途も立つだろうな」

「本当ですか⁉良かったですねスズカさん!!」

「ええ、ありがとうスぺちゃん」

 

同室であり憧れの存在でもあるスズカの回復が極めて良好だとわかるとそれを我が事のように喜ぶスぺに思わずニコやかな笑みを零してしまう。それに釣られるようにヒビキも笑みを零すのであった。

 

「さてと……お昼の時間か、俺が作ってあげよっか」

「お願いします!!」

「もうスぺちゃん……すいません、ヒビキさんご迷惑でなければ宜しくお願いします」

「この位なんて事ないよ」

 

用務員室へと二人を上げつつも前以て仕込みをしていた物を仕上げていく、本日のメインはウマ娘達に大人気のニンジンハンバーグ。副菜にサラダにニンジンポタージュなども完備している。既に香ばしく食欲をダイレクトに刺激し続ける香りに涎が溢れ出て、腹の虫がまだまだかと騒ぎ立てている始末。そんなスぺにスズカは苦笑しつつも抑える。

 

「もうちょっと待ってねぇ~、ハンバーグって美味しいけど焼きあがるまで時間がかかるのだけが難点だよね」

「で、でもそれを待った末の味が格別なんですよね……!!」

「分かってるねぇ~スぺちゃん。今ニンジンの方も煮込んでるから待ってね」

 

現在、ニンジンハンバーグのニンジンの部分も同時並行で仕上げている。ウマ娘向けに品種改良されたニンジンを無塩バターを溶かした鍋に塩コショウを加えてニンジンを弱火で煮込んで柔らかくする。これで丁度ハンバーグが焼きあがる寸前に箸で割る事が出来るほどに柔らかくなのである。

 

「あのヒビキさん、実はお聞きしたい事があるんです」

「んっ何スズちゃん。お代わり可能かってこと?」

「あっ私気になります!!」

「い、いえそういう事じゃなくて……」

 

平常運航な食いしん坊なスぺを諫めつつも以前からずっと聞きたかった事を尋ねる。

 

「ヒビキさんは如何して、こんなにもリハビリにも精通してるんですか。やっぱりトレーナーさんの資格を取ったから、ですか?」

「それもあるけど、まあ俺が一番怖かったのが怪我だからかな」

「ヒビキさんが怖かった、ですか?」

 

アスムのトレーナーとしてだけではなくヒビキ個人としても怪我というものは怖かった。それが一番の理由だった。

 

「俺自身、ウマ娘を幼馴染として持った身だし色んな場面に出くわしたりもした訳よ。目の前で怪我するのも見たけど、やっぱり自分自身で怪我した時にアスムの顔が真っ青になって大慌てしたんだよ。だから怪我っていうのは自分だけじゃなくて周りも心配させるんだなって事を凄い実感したんだよ」

 

まだ幼い頃、鬼を襲名する前にアスムと共に出かけている頃の事。ヒビキは自転車で走るアスムに着いて行っていたのだが……流石に限界もありかなり置いて行かれる事になった。それを無理に追い付こうとスピードを出した結果、バイクと接触事故を起こしそうになって転倒、膝を負傷してしまった。

 

「ええっ!?大丈夫だったんですか!!?」

「今もその痕が残る位の怪我だったけど、直ぐに治ったよ。それよりもずっと心配して、自分のせいだって泣くアスムの顔の方が辛かったかなぁ……だから思ったのさ、怪我をしないようにしよう、もししてしまった時の為に備えようってさ。アスムの奴もオーバーワークしがちだったからそう思ったのは正解だったねぇ……」

 

自分の行いから来た事だが結果的にそれは良い教訓にもなった、それから体調管理などにも気を配るようにもなった。それはアスムのトレーニングにも大いに生かされた、文字通りに手痛い出費ではあったが良い結果に結びついた。

 

「へぇっ~……だからスズカさんが骨折した時も直ぐに来てくれたんですね」

「まあそういう事、それもあるけどレース中の怪我って聞いて如何しても重ねちゃってねぇ……」

「あと一つ……あの、何か私達に隠してませんかヒビキさん」

「っ―――!!」

 

余りにも唐突な質問に目が点になる、それはどういった意図を込めての物なのか、何について言っているのかと一瞬考えるが直ぐにお道化たように笑って見せる。

 

「う~んまあ正直色々隠してるね、おじさんのプライベートはトップシークレットレアだから」

「いえそういう事ではなく……その実は神社の時に私見たんです、その……」

「もしかして、あのスズカさんそれってウマ娘じゃありませんでしたか」

「スぺちゃんも、見たの」

 

どう言語化したものかと迷っていたスズカに同調するかのようにスぺもそのことに言及した。自分が見た炎の中で鬼へと変じた響鬼、その傍に居続けていた一つの影のように薄く、だが確りと傍に寄り添い続けていた存在。明言出来なかったが、その言葉も聞いてあれは間違いなくウマ娘だと理解した。

 

「ヒビキさんの隣で何ていうか……ちょっと寂しそうな顔をしてたっていうか、それでも嬉しそうっていうか……そんな感じでした」

「……」

「ヒビキさん、そのもしかしてなんですけど……アスムさんって―――」

「ああ、もういない」

 

自分でも驚いてしまうほどに滑らかに言葉が出てしまった、その言葉を吐き出してしまった意図が自分でも理解できない。だが、それを聞いてスぺは言葉を失いながらもこちらを見据え、スズカは凛とした表情で見続けてくる。アスムに似た姿をしていたウマ娘とアスムと同じような状況に陥ってしまったウマ娘―――中々如何して不思議な巡り合わせをしていると思わざるを得ない。

 

「話さなかったのは悪いとは思ってる、だけどあそこで話すのもって思ってさ……」

「あの、こんなことをいうのもどうかと思いますけど、聞かせてもらえませんか。今のヒビキさん凄い辛そうです、無理をしているって感じがすごくて……」

「無理をしてる、か……あいつが居なくなってから、無理してない時なんてあったかなぁ……」

 

遠い目をしている、まるで今この世界に彼の魂はないような有様にスぺとスズカは酷い寒気を覚えた。彼の魂は今どこにあるのか、黄泉にあるのではないかと思えるほどに遠く、虚ろな瞳をしてしまっている。

 

「……ごめん、気にしないで……なんて無理か。おじさんの昔語りになっちゃうけどいいかい、面白味なんてないよ」

「聞かせてください、ヒビキさん」

「私もです」

「……俺が鬼になったのはあいつを支える為だった、だから努力して鬼になった。でも、もうその理由がない。だけどそれで捨てられるほど鬼は軽いものじゃない……俺にとって鬼は―――アスムと俺を繋ぐ物だから」




雷電 響鬼。

スぺとスズカのトレーニングを見ていたおじさん。

二人からアスムのことを言われ、本当のことを話し始めた。
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