トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第63話

―――ねぇねぇっ一緒に走ろ!!

 

―――はいはい全く、他のウマ娘と逃げればいいのになんで俺誘うかな。

 

―――だって皆直ぐにもう走れないっていうんだもん。

 

 

最初は酷く当たり前の関係だった。当たり前の幼馴染の友人、家が近かったなんてそんな理由で遊ぶようになった当たり前の子供だった。良くも悪くも田舎だったから子供の数はそこまで多くなかったので必然的に距離は近くなった。そして―――アスムは誰よりも走る事を楽しんでいた。

 

「走る事を、ですか?」

「ああ、先頭でいる事に拘るスズちゃんと今思えば似てたな。でも単純に走る事を誰よりも楽しむ奴だった」

 

確かにスズカとも似ている、先頭の景色を譲らないという思いを抱きある種の執着を見せるスズカと走ると言う事に対して至上の喜びを見出して走り続ける事を望むアスムは似ていた。

 

「あいつ程、走るのを楽しそうにするウマ娘を俺は見た事無いな……」

「そんなに……私も走るの大好きですよ、それ以上って……」

「前にオーバーワーク云々は話したと思うけど、それは詰まる所それなのさ。食事時と寝る時以外は走ってるような娘だったよ」

「それは、凄いですね」

 

単純に走る事が大好きだった。その欲求は誰よりも強かった、恐らく今活躍ウマ娘の中よりもずっと……それ故に傍にいた数少ないウマ娘達もアスムの走るペースに追いつけずに徐々に離れていった。スピードこそ平均だが異常なのはその運動量、平気で数十キロを走るようなウマ娘に並走出来る存在なんていない―――ただ一人を除いて。

 

「流石に俺は自転車だったけど、それでも辛かった。それでももう気合でついていったね、それで一回神戸に行った時はもうね……マジかって思ったよ」

「あの、それどっちに驚いたらいいんですか?アスムさんの方ですか、それともついていったヒビキさんの方ですか?」

「私もスペちゃんと同じ事思いました」

「両方じゃね、今思うとながら何やってんだって思うもん」

 

走る事が大好きだった、そして―――自分はそんなアスムの走る姿が好きだった。なんて楽しそうに、嬉しそうに走るんだと思った。嬉しそうな笑顔が好きだった、共には知ってくれると知った時の笑顔が好きだった、走り終えても一緒にいる自分に向ける笑みが好きだった。だから決意した。誰も彼女に共に走れないのであれば自分が共に居ようと。

 

「本当に単純だった。おっと笑うのは勘弁ね、俺だって子供みたいな理由だったって思ってる」

「でも、その理由だけでヒビキさんは鬼になったんですよね」

「雷電一家に語り継がれる存在の鬼、それは人間を越えてウマ娘にも匹敵するかもしれない人たちの事だった。だからそれを目指そうって思ったんだ、鬼になればアスムを支えられる、一緒に居られるって……てね」

 

本当に子供のような理由だと、スペとスズカは思った。極めて単純で短絡的な理論だ、子供でなければ出来ないすら思えないそれ。だが普通ならば出来る訳もない、唯の人間がウマ娘と同じ土俵に立つなんて到底無理な話だからだ。正しく荒唐無稽な絵空事。

 

「でも虚仮の一念って奴かな、俺は周りの子供処か周囲の大人よりかは根性があったから必死に鍛え続けた。毎日毎日、アスムと一緒に走りながら鍛えまくった。鍛えて鍛えて、鍛えまくって16の時に俺は―――鬼として認められるまでになってたんだ」

 

夢中になっていた、ずっと抱き続けて来た夢の中に居続けた。そして、青年になった頃の事、夢は唐突に現実になっていた。家族から言われた。お前は鬼に相応しくなった、鬼を継ぐかと―――そして過去の自分(響輝)今の姿(響鬼)へと変じていた。

 

「でも、鬼になるのって凄い大変なこと、なんですよね……?」

「そうだね。なろうと思ってもそう簡単にはなれるもんじゃない。基本的には確りとした師について、指導を受けて、道を間違えながらも前に進んで漸くなれる存在が鬼」

「ヒビキさんはそれになった……独学で、しかも16歳で」

「全く以て若さって奴は恐ろしいよ、辛くなかったんだ。アスムの為にって考えてたから、もしかしたらその時から俺はあいつに恋をしてたのかもね」

 

愛は全てを凌駕するとでも言いたいのか、照れくさそうに語るヒビキ。確かにそうかもしれないが、ヒビキがアスムへと向ける想いは純粋で強く、大きな物だったのだろう。

 

「鬼として認められても、俺の毎日は変わらなかったよ。アスムに付き合って毎日毎日、あいつが満足するまで走って、あいつが俺の鍛錬に付き合ったり……今思うと世間様が思うような青春とは随分とかけ離れていた日々だった、でも凄い楽しかったよ」

 

過去の思い出を語るヒビキの表情は、凄く晴れやかで嬉しそうだった。自分達も見た事が無いような笑みを浮かべる姿に言葉が見つからない、彼にとっては今よりも過去の方が余程幸せだったのだと思い知らされたような気分になってしまった。

 

「それからは、本格的にあいつを支える事を考えるようになった。あいつは次第にレースでも走ってみたいって思うようになった、理由は単純でレースで走る姿だって俺が好きだって言ってたから。どんな場所でもあいつの笑顔が好きだったからね」

「それでトレーナーの資格の勉強を……?」

「そゆこと」

 

トレーナーを目指す、言葉以上に難しいが身体を鍛える事も頭脳を鍛える事も同じだと言わんばかりに響鬼は知識を蓄え、どんどん大きくなっていた。それこそ、実の兄である京介が焦りや嫉妬を覚える程に。そして大学、遂に念願の資格を取得して本格的に彼女を支えた。ローカルシリーズでの出走ばかりが続くが、それでもアスムの走る姿に魅了され続けていた。アスムも魅了される自分を見て満足そうだった。

 

中央(トゥインクル)だの地方(ローカル)なんて如何でもいい、唯走れればいいっというスタンスだったから」

「ちょっと分かるかも……」

「それはスズカさんだからと思います……」

「それには同意」

 

そうして響鬼とアスムは走り続けた。あの時こそが一番の幸せの絶頂だったのだろう、トレーナーと担当という関係になって直ぐに恋人としての関係にもなっていた。当然かもしれない、彼女を最も理解して傍に居続けたのは家族ではなく、自分だったのだから。正しく究極的な相棒を得たアスムは水を得た魚。更に走りへと没頭するようになっていた。

 

「本当に、お互いがお互いを引き出す関係だったのかもね……俺はアスムの走る姿が好き、アスムは自分を見る俺が好きだったんだ。だからずっと一緒にいた」

 

幼い頃に思った事、傍に居続け支える。それを叶える事が出来ていた、そう語るヒビキの表情は酷く自罰的な物だった。客観的に見ればこの関係は酷い共依存の関係にあった、互いに支え合っていたのではない、互いが互いを支えなければ立つ事も出来ない状態に等しかった。だがそれに気付けぬまま、二人は走り続けた。終わる時まで終わらぬと、そんな事を何処かで想いながら―――だが、それはあっけなく崩壊したのだ。

 

「でも今は違うって事で察する事は出来るよね。唐突に来たんだ―――終わりって奴が」

 

余りにも突然に来た。レース中に起きた落蹄、それがアスムの頭へと激突した。奇跡的に頭蓋骨などに罅は入らなかったが、それでも多量の出血をしていた。視界が全て真っ赤に染まり何も見えないと言っても過言ではない状況で、彼女は走り続けようとしてしまった。理由など一つしかない―――

 

 

―――響鬼さんに私の走る姿を見て欲しい……!!

 

 

そんな理由で走ろうとした。だが……走り続ける事が出来る訳もない。何も見えない状況でコーナーを曲がり切れる訳もなく、アスムは投げ捨てられた玩具のように転げ回りながら転倒してしまった。

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