トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第68話

「何故……」

 

やよいは困惑しながら資料を見つめていた、そこには以前トレーナーへと発行したチーム結成についての資料があり、チーム結成の意志があるか前向きに検討する者が記されているのだが……その中にヒビキの名前があった事に極めて困惑している。

 

「何故、ヒビキトレーナーの名前がある……いや、確かに以前からそう言った事への話はしてはいたが……だが……」

 

用務員時代からトレーナーが少ない事への愚痴やら対策法の相談にも乗って貰っていたし、資格があると周知の事実になってからも如何かな、という感じで進めていたが……まさかチーム結成への意欲があると言われるなんて思っても見なかった。

 

「これは、良い兆候なのでしょうか……ヒビキさんもアスムさんの事で何とか前に進もうとしているとか……」

「ムムッ……何とも言えない、後程桐矢研修生に尋ねてみるとしよう」

 

最近ヒビキは明るくなったという話はある、だがそれは沖野トレーナー達による行動による物ではない。まだ具体的な事も起こせていない状況で何が起きているのか、理事長達は慎重に行動する事を一先ず決めるのであった。

 

「ヒビキさんなら入っても大丈夫だと思うが、一応規定だからここまで。お手数をかけてしまってすみませんね」

「まあこの位はいいさね、んじゃ後お願いね」

「ああ、この御礼は後日必ず」

「相変わらず確りしてんね~」

 

そんなやり取りをしながらも此方を見つめてくるフジキセキに手を振って立ち去る。ウマ娘達の寮には基本的に男性は入ってはならないしトレーナーだからと言っても許されない。それはヒビキも当然の事なのだが、長年の事である種の諦めにも近い信用があるのか寮に入っても大丈夫だろという認識を持たれている。

 

「まあそれはそれで複雑だけど」

 

男として見られていないという奴だろうか、それとも家族として見られているという事なのだろうか。後者は嬉しい事この上ないが、前者は前者で微妙に複雑な気がする。そんな思いを引きずりながらも今日も今日とて用務員のお仕事へと向かう。

 

「後は……コース整備だな、ダートは朝っぱら均したから大丈夫、だから芝優先だな」

 

そんな事を呟きながら到着した芝コース、この時間は皆授業を受けているので熱い対決が行われるコースとしては静かで穏やかな時間となっている―――筈なのだが、そんなコースを一人黙々と走り続けているウマ娘が一人いた。

 

「んっあれって……」

 

 

「これならば―――!!」

 

長身且つ肩まで伸びた栗毛、その中に混ざりながらも自らの存在の象徴だと言わんばかりに圧倒的な存在感を発揮する真紅の前髪。酷く冷静な雰囲気を纏いながらもその表情には熱い感情が現れている。そんなウマ娘は内ラチを抉るようなコーナー攻めを行いながら、疾走していくが―――入りこそ良かったが次の瞬間には自らの加速に振り回されるかのようにどんどん外側へと膨らんでいっている。最終的にはターフのど真ん中を走っていた。

 

「矢張り、踏み込みが甘いか……」

「いやいやいやいい走りだったよ、べーちゃん」

 

不満げに自分の走りを分析しながらも溜息をついていた彼女にヒビキは声を掛ける事にした。其処で漸く自分に気付いたのか、姿勢を正しながら頭を下げて来た。

 

「ヒビキさん、見られていたんですか」

「コース整備にね、誰もいない内にやっちゃおうと思ったんだけど先客がいるのは意外だったよ。というか授業は?」

「本日の授業は終わっています、教師の方が家庭の事情でお休みしているので」

「ああ成程、その関係か」

 

彼女こそヒビキが発掘して良いなぁと思っているウマ娘のベーオウルフ。感情をあまり表に出さないが、良くも悪くも真面目な性格の持ち主で静かに燃える熱血屋。

 

「自主練とは感心だね」

「いえ、自分の弱点の克服にはまだまだです」

「コーナーリング、かい?」

 

それに頷くウルフ。ベーオウルフの持ち味はなんと言っても直線での異常な加速力、他のウマ娘が最大速度まで到達するよりも早い段階で最大速度に達する。その速度は他の追随を許さない―――が、逆にそれが彼女の弱点でもある。

 

即座に最高速度に達する事が出来るのだが、その速度を制御する事が出来ずにコーナーではそれを維持したまま曲がる事が出来ずに大きく外へと膨らんでしまう。無理に曲がろうとすれば転倒、なので速度を落すしかないのだが……コーナーが大苦手という本人の資質も相まって一気に減速し、得意の加速でも取り返せない程に抜かれるのである。

 

「まだメイクデビューもしていない身ですが、こんな事ではそれも危うい……如何すれば……」

 

極めて真面目故に自分の欠点を強く意識して何とか直そうと練習に励んでいる、せめてコーナーが苦手というだけでも直せればかなり好転するのだが……並大抵の苦手では済ませられない程のレベルなので中々直せないのである。

 

「う~ん……べーちゃんってさ、スタミナには自信ある系女子?」

「ある系……まあ、走り込みは良くしますので自信はあります」

 

生まれはアメリカな影響もあってアメリカの広大な土地を走り回っていたという過去を持つベーオウルフ、流石にアキラ程ではないがそれでも十二分な程にスタミナは蓄えているつもりではいる。それを聞いてヒビキはある事を思いつく。

 

「話を聞いてみる気、あるかい?ちょっち良い事思い付いた」

「何か、妙案が」

「でもこれはかなりリスキーだと思う、これならべーちゃんの資質は活かせるって自信はあるけど同時に凄い博打でもあるよ」

 

彼女の資質を活かす案としてはあり、だがウマ娘の定石としては普通にないという事になる。それ程までにリスキーな選択をさせる訳にも……と言葉を詰まらせるヒビキだが、肝心のベーオウルフはその名に相応しい程に獰猛且つ好戦的、そして嬉しそうな笑みを浮かべながら言った。

 

「乗った。私の全てが活かせるというのであれば乗らない手などない」

「文字通りの大穴狙いだよ、勝てば君の武器になるけど、負けたら君は終わりかねない。それでも迷いもないのかい」

「無論。それに―――分の悪い賭けは嫌いじゃない」




雷電 響鬼。

トレセンで唯一、男性でありながらウマ娘達の寮に入っても何も言われないおじさん。むしろ歓迎される。

一人黙々と練習するベーオウルフに何か、アドバイスを授けようとしている。本人は賭け事を嗜まないが、遊びの賭けは基本的に大穴狙い。故かベーオウルフとは気が合うらしい。
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