トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第69話

「どんな距離だろうと―――突き放すのみ!!」

 

そんな言葉と共に一気に加速して最高速度へと到達した、持ち味でそれを十二分に生かした最高の加速によって到達した最高速度。その速度はサイレンススズカにも匹敵するかもしれない程のスピードでターフを駆け抜けていく。クールな表情の下からは熱い闘志が獰猛な笑みを零し続けている。そしてゴール地点を過ぎたところでストップウォッチが切られる。

 

「最高記録更新、まさか此処まで大博打が上手く行くとは……」

 

そんな言葉を呟きながら記録されたタイムを見ながら頭を掻く。これまでのデータは勤勉さ故か全て記録されている、それらと比較しても数段優れている。いや、これが自分の全てを発揮出来る戦術を確立した彼女の走りなのだろうと実感出来る。

 

「お疲れ様、ほいっおじさん特製ドリンク」

「有難う御座います、んっ……美味しい」

 

顔に掛かった髪を退けながら受け取ったドリンクを飲み、小さく感想を言うのは見事な疾走を見せたベーオウルフ。ヒビキは心から、彼女に行ったアドバイスが此処までピッタリと合致するとは思いもしなかった。

 

「いやぁ……こんな誰もやらない様な大博打が上手く行くとは……」

「言ったでしょう、分の悪い賭けは嫌いじゃないと。人生はギャンブルです、ここぞという時にやらなければ意味はない」

「だからって他のウマ娘とかトレーナーは絶対に勧めないよこれ」

 

そんなレベルの戦術、それを提案してしまったヒビキもヒビキだがそれが恐ろしい迄にウルフには合致していた。足りていなかったパズルのピースに欠けていた穴を塞いでベーオウルフというウマ娘の走行スタイルを完成させたのであった。だが、このスタイルには大きなメリットもある―――何せ、彼女の独走は約束されたような物なのだから。

 

「もう一周行ってきます」

「おう、行ってきな行ってきな」

 

そう言って準備に入るウルフにスタートの準備をし始める、そんな所に二つの影が迫って来た。

 

「何だとっつぁん、先来てたのかよ」

「珍しいわね、ヒビキ君が先に来てるなんて」

「こっちこそ珍しいじゃん、沖君とハナちゃんが一緒なんて」

 

やって来たのは沖野と東条であった。何やら話し合っていたが、自分の姿を見ると直ぐに話を止めて此方へと声を掛けて来た。

 

「何、リギルとスピカが模擬レースでもすんの?」

「しないわよ、単純にスズカの事を聞いてただけよ」

「俺も暇だったから話してただけ」

「ああそういう事」

 

実際はヒビキの事で話し合っていたのだが……悪いとは思ったが、スズカには身代わりのような事をさせて貰った。そんな事をしている間に準備が終わったのか、スタートと同時に走り出すウルフが目の前を疾走していく。

 

「ありゃ前にとっつぁんが目を付けたって言ってたベーオウルフか?」

「直線での加速は素晴らしいけどコーナーが致命的って聞いたわね、実際どうなのかしら」

「みてれば分かるよ」

 

そう言いながらヒビキが目を付けたというウマ娘の走る姿に目を向ける、前評判通りに直線での速度の伸びは現在活躍するウマ娘でもそうはいない程に素晴らしい。そして問題のコーナー……そのままの速度では流石に無理、故に速度を落して行くと思いきや―――全く速度が落ちない。いや、寧ろ逆に速度が上がっている。

 

「っておいおいおい何やってんだ?」

「まさか、そういう手を取るの?」

 

素直に二人からも困惑の声を勝ち取ったウルフの走り。ヒビキ発案の戦術とは極めて単純、基本コーナーでは内を抉るように走るのが当然。だがそれが苦手なら自分の得意な分野で勝負できるようにすればいいだけの事、つまり―――外ラチを使って曲がりやすい角度で曲がりながら更に加速を掛けると言う事。

 

「コーナーが致命的に苦手だって言うからさ、だったらそうしちゃおうって。体力に自信あるって言うからやらせてみたらこれが大当たりだったのよ」

「いや、まあ確かに理屈は分かるが……普通に誰もやらねぇだろそれ」

「普通で考えれば他のウマ娘よりも更に長距離を走る事になって体力を消費する、絶対に取らない戦法だわ。でも……このスピードは」

 

沖野と東条が危惧する通り、普通ならばやらない。スタミナを無駄に消費するだけのような行いだが、そこは彼女の恵まれた体躯に蓄えられた体力がカバーする。そして外ラチを満遍なく使って加速したウルフはもう誰にも留められない。誰かにブロックされるなんて余計なストレスもなく全速で走り切る事が出来る。そして一切減速する事もなくゴールする。

 

「よしよし、タイムもいい感じ。これからはスタミナを付けるのを優先、後は出来る限りやっぱりウチに迫れた方が良いからコーナー練習は継続した方が良いだろうね」

「見極めですね、分かりました。今日はありがとうございました」

「お疲れ~」

 

今日の分のメニューも終わったのでウルフは二人にも頭を下げながら帰っていく。そんな後姿を見ながらも二人から様々な視線が注がれる。

 

「良くもまあんな戦法思いつくなぁ……」

「だって本当にコーナー苦手なんだよべーちゃん。だったらあれしかないでしょ」

「でも本当に凄い博打ね、でも確かにあのスピードを維持出来るなら唯一無二の武器にはなるわね……」

「妨害どころか圧を掛ける事も出来ないからなぁ……」

 

態々外ラチへと向かい、そこで走る彼女を邪魔する者なんている訳がない。余程スタミナに自身が無ければ同じルートに入る事は出来ないし、外へと向かう前に前を塞ぐ位しか出来ないのがこの戦術のポイント。誰にも邪魔されずに逃げ切る戦術、コーナーが致命的なまでに苦手ではあるが直線での感覚に近い状態で走れるというのはウルフにとってはこれ以上もない程に最上の策であった。

 

「それで、あの子の担当にもなるのかしら?」

「いや全然考えてないけど」

「うぉい。その気もないのにアドバイスしてたのかよ」

「まあ流れで」

「どういう流れよ」




雷電 響鬼。

ベーオウルフに新しい走り方を教えたおじさん。チームに事については割かし前向き。
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