「やれやれっそんなにみんな俺に元カノがいた事が可笑しいのかねぇ……そんなに俺ってモテなさそうに見えるのか」
夜、トレーニングを終えたヒビキは見回りを兼ねてトレセンの敷地内を巡っている。先日の元カノ発覚からほぼ全校生徒及び職員から元カノは本当なのか、それともバツイチなのかと聞かれ続けている。聞かれる事については別に気にしていないし隠すつもりも無かった、だが其処まで驚かれるような事なのだろうかと内心では若干ショックを受けていた。
「やれやれ……マクちゃんとダスカちゃんにも凄い聞かれたしなぁ」
『ヒヒヒヒヒッヒビキさん元カノが居るって本当なの!!?』
『いっいえ私は奥方がいらっしゃるとお聞きいたしましたが!!?』
『元カノはいるよ、でも籍は入れてないし勿論結婚もしてないからバツは付いてないね』
早朝のトレーニングでもかなりしつこく聞かれた。どんな人なのか、何故別れてしまったのかと、矢張り年頃の乙女という奴は他人の恋バナには敏感なのだろう、それが元カノ云々にも通用するとは思わなかったが……。そんな事を想いながらウマ娘たちの寮である栗東寮へとやって来た時、その入り口で声を出しながら閉ざされている玄関を叩いている娘を発見する。
「開けてくださ~い!!スペシャルウィークです~!!」
自分の名前を言いながら開けて欲しいと懇願するが、そんな生徒の名前は聞いた覚えがない。用務員故に学園に通っている生徒達の事は熟知しているが初めて見る、転入生だろうかと思いながらも近づいていく。
「こんばんわ、門限を忘れちゃったかい?」
「ウヒャッ!!?」
おっかなびっくり振り返る、すると大きく頭を下げながら騒がしくすいませんと謝り倒す。
「すいませんすいませんすいません!!私今日転入してきたんですけど途中でレースを見てて門限の事をすっかり忘れて入れなくなっちゃって……!!」
「成程ね、転入生だったのか。そりゃ俺も知らない訳だ」
「えっあの、もしかして職員さんなんですか!?」
「まあそうだね、職員のおじさんだね」
その時、彼女の目に一筋の光が差し込んだ。もしかしたら開けてくれるかもしれない、という希望に溢れている目である。
「初日から重役出勤だねぇ、それともそのレースで見惚れちゃったかい?」
「あっはい!!そのレースで走ってたサイレンススズカさんの走りが本当に凄くて!!」
「そうか今日はスズちゃんの出走日だったか。まあそれはそれとして……転入初日って事はまだ部屋割りもまだかもしれないか……ってなると仮眠室かもしれないな……でも確か今日沢山荷物来てたからそっちに回ってた気がする……」
此処には海外出身のウマ娘も在籍している、ファインモーションやタイキシャトルなどが該当するが彼女らの実家から時折凄い量の贈り物が届く事がある。特にファインモーションの実家は名家な上に箱入り娘な彼女を心配して贈り物が流れ込んでくる……丁度それが重なって仮眠室を物置にしなければいけなくなっている筈。なので少しだけ待って貰い寮長に連絡を取る。
『やぁっヒビキさん、元カノがいるというニュースには驚かせて貰ったよ』
「いきなりそれかいフジちゃん、まあそれはまた今度。今さっ転入する娘と一緒なんだけどさ、スズちゃんのレースに感動して門限忘れちゃったんだって』
『おやおやおやっ転入初日から随分と重役なポニーちゃんだね』
此処の寮長を務めているのはフジキセキ、抜群のプロポーションと時折見せる甘い言動で数多くのウマ娘たちを虜にするエンターテイナー。
「それで部屋割りも多分まだで仮眠室使えないよね?」
『ああっそうだね……仮眠室は埋まっているね。もう少し早く来てくれれば何とか都合も付けられたんだが……他にも門限破りがいてね、其方で埋まっている。貴方からも注意してやってくれ』
「分かった、それじゃあ俺の方で何とかしようか」
『そうしてくれると有難いよ。ヒビキさんなら送り狼になる事も無いだろうからね』
「それは沖君に言ってやってよ、じゃあね」
電話を切りながらも此方に期待の視線を向け続けてくる子へと声をかける。
「ちょっと今は入るのキツいってさ、もう少し早く来れば何とかなったけどって言ってた」
「そ、そんなぁ……」
「だからさ、今日は用務員室で寝ていいよ。取り敢えずふかふかの布団は保証するよ」
「ほっ本当ですか!!?」
「勿論、こっちだよ」
「有難う御座います!!」
大きく頭を下げながら感謝する、かなり素直でいい子だというのがこれだけで汲み取れる。素直さ故に目の前の事に夢中になってしまったと言った所だろう。それに転入初日なのだから大目に見てやらないといけないだろう。
「あっあの自己紹介が遅れました!!私スペシャルウィークと言います、お世話になります!!」
「スペシャルウィークちゃんか、良い名前を貰ったね。文字通りの特別な名前だ。俺はヒビキだよ、雷電 響鬼」
「はいっ宜しくお願いします雷電さん!!」
「ヒビキでいいよ、なんならおじさんでいいから」
そんな風に言いながらも到着した用務員室、初めての所ゆえか緊張しているのか部屋の中をキョロキョロと見回している。がそこでキュゥ……と可愛らしい音が鳴った。その出所は彼女の腹の虫だった。
「すっすいません……何か急に……」
「ハハハッいいよいいよ、お腹が空くっていうのは健康で元気な証だよ。ちょっと夜も遅いけどご飯食べるかい」
「良いんですか!!?」
煌びやかな笑みを浮かべるスペシャルウィークに笑顔で頷いた。野菜炒めに味噌汁、作り置きの味付け卵に鶏ハムを出した所、笑顔でそれらを平らげていく。それも凄いスピードで。
「こりゃいい食べっぷりだな、お代わりするかい?」
「良いんですか!!?お願いします!!」
「はいよ」
と夜中にも関わらずに用務員室には明るい光が灯り続けながら賑やかな笑い声が絶えなかった。
「ようこそスペシャルウィーク、此処で君は何を成すか俺は楽しみにさせて貰う。そして君が望むなら俺はそれを支えよう、存分に此処で君の望む事を目指して実現するといい」
「ヒビキさんっ……ハイっ私頑張りますっ!!よ~しけっぱるべ~!!」
「あっ北海道出身なのねスペちゃん」
「分かるんですか!?」
そして用務員室で一夜を明かしたスペシャルウィークは改めてトレセン学園での生活に身を置く事になったのであった。
「えっヒビキさんってトレーナーさんじゃなかったんですかぁ!!?」
「あれ言ってなかったっけ、俺用務員だよ」
雷電 響鬼。
周囲にモテないと思われていたのが若干ショックなおじさん。スペシャルウィークとあった翌日、自分のトレーナーになって欲しいと真正面から言われてちょっと驚いたりした。