トレセン用務員のおっちゃん   作:魔女っ子アルト姫

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第71話

宝塚記念がいよいよ間近に近づいて来た頃、出走予定のスペは追い込みを掛けていた。ダービーと同じくG1レースである宝塚記念、それに参加するウマ娘も当然強豪揃い、その中でも最も身近な強敵となるであろうのがリギルのグラスワンダーであった。紛れもなく強敵のライバルに勝つ為にスペは何時も以上に気合を入れてトレーニングに励み続けている。

 

「ホラホラッもうペースが乱れてる!!余計な事を考えずに走り続ける!!」

「はい!!」

 

ターフを走り続けるスペに檄を飛ばすヒビキ、宝塚記念に挑む彼女に応える為に彼も気合が入っている。それは周囲で倒れこんで荒い息を吐き続けているスピカの面々からも察する事が出来る。

 

「も、もう無理ぃ~……」

「ス、スペ先輩に合わせたのは失敗だったか……?」

「おじさん超厳しい……」

 

もう動けないと言わんばかりの五体投地に沖野も呆れているが、それはその隣で同じく倒れこんでいる長距離を走るステイヤータイプのメンバーもバテている事からその激しさが伺える。何せ、ヒビキと共に鍛え続けたというアキラですら根を上げているのだから。これには京介も正直に驚いている。

 

「流石に、応えますわね……」

「きっちぃぃ……」

「ふぇぇぇぇ……おじさま、一段と、激しくて、もうらめぇ……」

「人聞きの悪い事言ってんじゃねぇよアキラ……ほれドリンク」

 

そんなメンバーに京介がドリンクを差し出しながらも残っている最後のスペの走りをスズカと共に見る。スズカの脚は順調に回復中であと少しすれば走るようにもなれると医者からも太鼓判を押されている、寧ろ回復が予想よりも早いと驚かれるレベル。

 

「とっつぁん、スペは今どんな感じだ」

「悪くはないかな。でもまだまだ意識がブレてる、相手を強く意識するのは良いけど向けるべきは完全にゴールだ」

「意識はするけど意識をブラさない……?」

 

スペには近くに敵がいる事を強く意識するように言ってある、自分を追い抜くには最適な位置に居て何時自分を追い抜くかも分からない最高の仕上がりのグラスワンダーがそこで自分を仕留めようとしている、そしてそれを自覚しながらもそれに意識を取られず、唯々ゴールだけを目指すように走れと。

 

「おいおいおいとっつぁん、それかなり難しくねぇか?言っちまえば敵がいるって自覚しながら前だけを見ろって相当にキツいし精神的にもやばいだろ」

「まあね。でもグラちゃんの強みは徹底したマーク戦法。それに対抗するには理解しながらもぶらさずに行くしかない」

「それ、簡単に出来る事じゃねぇだろ」

 

正しくその通り。それには強い精神力がいる、だがやるしかない。日本一になると言う事は他者から常にマークされているに等しい状況に陥る、ならばそれに強い自分を作り上げるしかない。プレッシャーに強くなる、プレッシャーに慣れる、プレッシャーを感じると強く意識が切り替わる自分を作るというのがこの訓練の主な目的である。

 

「ペースを乱されるって事が走っている最中で一番怖い事だからね。乱れればそれだけ体力は削られるしスピードも落ちる、それを立て直すのも体力を使う。だから芯が通った走りっていうのが俺は最高だと思ってるよ」

「芯の通った走り……」

「スズちゃんもそうだね、スズちゃんも基本的に先頭を走ってるけどぶっちゃけ周囲とか如何でも良いって思ってるでしょ?」

 

それにスズカは頷いた。確かに誰かが来た、程度には思ってはいるがそれが誰で如何来ようが唯走るだけ。そしてその走りで先頭を貫き通すという自己完結が出来ている。だれが揺さぶりを掛けようともブレない、これも一つの最強の形。

 

「アスムもそうだった、だからそれを求めてんのか」

「ンな訳ないでしょ俺をなんだと思ってんのよ」

 

無粋だとは思うが思わず聞いた京介にヒビキはあからさまなまでに嫌な顔を作った。お前は自分をなんだと思っているんだと言わんばかりの歪んだの表情だ。

 

「あいつの強い部分、唯走れればいい。ある種向上心もない異端児だけど他者に揺さぶりを掛けられても揺れないっていうのは強みだった、だからスペちゃんにはそれを手に入れて欲しいと思ってるだけっと最後の一周気合入れて!!」

「はいっ!!」

 

正しく自分との戦いだ、背後にピッタリとくっ付いて離れないグラスワンダーの幻影も結局自分の生み出した幻でしかない。だがその幻が自分を追い詰めてくる、何があっても自分を追い抜く最強の相手にたった一人で戦い続ける。少しでも妥協すれば勝てる、だがそれをしない。常に負けるという危機感を感じつつも、それらに振り回れないように唯々ゴールへと向けて走り続けていく。

 

「スズちゃん、折角だからゴールフラッグ振って貰ってもいいかな」

「はい分かりました、その位なら大丈夫です」

 

そう言いながら離れていくスズカ、余り彼女には聞かせてもいい話かもしれないが……まあ大丈夫だろう。

 

「京介、お前もう余計な事しなくていいから」

「―――っ!!」

 

久しく呼ばれる事が無かった名前に思わずヒビキの顔を見た、あの日から自分の名を滅多に呼ぶ事が無くなった響鬼。自分の名前すらアスムを想起されてしまうのかもしれないと容認していた、寧ろ接する事すらやめようと思っていたほどだ。ヒビキは変わなかった―――今、変化を迎えようとしていた。

 

「沖君、君もだよ」

「とっつぁん、もしかして……分かってたのか?」

「京介の事を踏まえてだろうなとは思ってたさ、話したんだろ―――アスムの事」

「……ああ、悪いかよ」

 

ぶっきら棒に答える京介に何でそんな言い方しか出来ないのかと肩を竦める。

 

「鍛錬の中でしかあいつを感じられないと思ってた俺が間違ってた、あいつは常に俺と居る―――って気付けたかもね」

「かもかよ、まだ振り切れてねぇじゃねえか」

「そう簡単に出来る訳ないでしょう~か、ンでまあ……ちょっち試してみたい事がある」

「何をやる気だよとっつぁん」

 

問いを投げかけたヒビキはゴールを切ったスペを見据えてからある言葉を口にした。

 

「オカルトっぽい手だけどね、呆れるほど有効な手かもしれない手段さ」




雷電 響鬼。

スペのトレーニングを宝塚記念に向けて強化したおじさん。これからの事を踏まえて、揺れない精神を手に入れさせようとしている。

そして、アスムの事である事を考えている模様。


一回無料のガチャでスペちゃんきました。やったぜ。にしてもアルダンもそうだったけど、なんか……単発の方がガチャ運良いような……。
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