もう二度と会う事はない、自分が死ぬまではと思っていたがこうして目の前に現れてくれるなんて夢にも思わなかったと響鬼は酷く満たされていた。例えそれがマンハッタンカフェの身体を一時的に借りた憑依に近い形であろうとも言葉を交わせるだけでもありがたい事だった。
「一緒に居たとは思わなかったよ、比喩表現じゃなくてガチでね」
「アハハ……まあ普通は自覚する事も出来ない筈だからね、まあなんていうか……一緒に居ました、はい」
何処か気まずそうな笑みを作りながらも片耳を抑えながらも珈琲を啜る、彼女としてもこうして話せる事は嬉しいだろうが酷く気まずいのは確かだろう。
「元気だったか、なんて聞くのは可笑しいか。可笑しいな、お前に会えて俺は凄い嬉しいさ。もしも会えたら……なんて考えて色々考えてたのに、何にもでてこねぇや……フフフッ……」
何処か自虐的な笑いを浮かべながらも瞳から一筋の涙が零れた、響鬼からすればどんな形であろうと目の前に恋人が居てそれが自分と会話してくれている。それだけでどれだけ嬉しくて有難い事なのか……望外の喜び、積み重ねた幻想の山の言葉の一つすら出てこない程に込み上げてくる物がある。本当に―――嬉しい……。
「そうか、そうか……」
唯々喜んでいる。何の濁りもない純粋な歓喜を浮かべ続けている彼に対して彼女は気まずくそうに、顔を背けてしまっている―――当然だ、彼女は自らの命を絶ったのだ。望んだのだ、死ぬ事を。
「……聞かない、だね……どうして私が……」
「聞いて欲しいのかアスムは、態々辛い事を思い出す事はない」
全て分かっている、彼女が自分に宛てた遺書に彼女の気持ちは全て乗っていた。走れなかった事への絶望、好きだと言ってくれた姿をもう見せれない事への失望、記憶が失われていく恐怖……それが自分の中で渦巻いていた。そんな状態で響鬼と共に生きるのではなく自分が自分のままで居られる間に自分として死にたいと……。
「私は響鬼さんの想いを裏切ったような物なんだよ……響鬼さんは絶対私と一緒に生きてくれるって分かってた……でも……!!」
「分かってるよ、俺はきっとそうした。お前を全力で支えた、例えお前が俺の事を忘れても俺は絶対にお前を忘れずに傍に居続ける、何度でも俺だと刻むって言ったと思うよ」
「それじゃあ、嫌だった……それはもう、私じゃない、別の私なんだよ……今の私じゃない」
それは響鬼との絆を新しく一から築き上げた自分であって、生を受けてから共に歩み続けたアスムではない。それを彼女は拒んだのだ、今の自分が居なくなるならもう死んでいるのと同義だと、それが何度も何度も繰り返されていく。なら響鬼はどうなるんだ、朝目が覚めたらまた死んだ自分に笑いかけて一からやり直すのか、愛する人に自分の死を何度も見せるのか!?
「それだけは嫌だった……響鬼さんにそんな事はさせられない……だから、私は……」
「ああ、分かってる。俺の事を想ってくれたんだろ」
きっと響鬼は支え続けるだろう、幾度も記憶が無くなろうとも何度も同じ時間を歩んでいく事を繰り返す。記憶という花が吹き飛ばされようとも、また新しい花を植えて水をやるだろう。何度も、何度も……。
「私のエゴだって事も分かってる……でもさ、私はそれだけはさせたくなかった」
「それで自殺か……俺の事を想ってくれるのは嬉しいけどさ、あの時も俺は凄い辛かった」
あの時ほど、後悔をした日はない、あの日ほど、無理に酒を飲んで酔おうとして日も無かった。目が覚めれば全てが夢だったと思いたかった。だが違った、現実だった。アスムは死んだ、自殺したのだ。
「んで、もう全てを投げ出そうとした時だったかな、やよいちゃんから用務員のお誘いが来たんだったかな」
「理事長、良い人だよね。私の話を熱心に聞いてくれてさ、元々私をコーチとしてスカウトしに来てくれたんだけど、もう心を決めちゃってる時でさ……だから響鬼さんを推したの」
そんな時に理事長こと秋川 やよいから誘いを受けたのだ、アスムから推薦を受けたと。それを聞いて、アスムが自分の事を忘れてくれと遺書にあったのを見て察した。きっとそういう事なのだろう、彼女が望むならばそれを叶えるのもいいだろう……と用務員として勤務を始めたのだ。
「ねぇっ響鬼さん、今って幸せ?」
「如何だろうな……そう言われてはいそうですなんて言えない状況だったのは、お前さんも分かってるんだろ」
「まあずっと一緒でしたから、清めの音を鳴らしてる時位かな離れる事が出来たのは」
彼女曰く、響鬼の持つ想いと自分の中にある想いが重なり合った事でアスムは響鬼に憑依してしまったに近い状態だったらしい。響鬼自身を触媒にして現世に留まっているといっても過言ではない状況が続き続けている。清めの音には邪悪な物、魔に属する物にも効き目があるらしく、本気の演奏をされた時には剥がれていたとの事。
「鍛錬してる時位しか、お前を感じられずにそれ以外は何か……俺は多分死んでたんだと思う。スペちゃんとスズちゃんに言われて分かった、でもお前と一緒に居れてるって言われてさなんか……今、幸せだなって思えるようにはなったかな」
「―――そう、ねぇ響鬼さん」
アスムは笑っていた。自分の知っている大好きな笑顔を浮かべた。
「アタシ、幸せだったよ。響鬼さんとの日々全部、大好きだった。貴方が私にくれた幸せ全部。だからさっ―――今度は響鬼さんがアタシに見せてね、貴方の幸せを、貴方自身の幸せを」
「言ってくれるな、今俺は幸せだけど」
「違うよ、分かってるんでしょ?」
何処か儚げに笑っているアスムの姿は何処か、寂しそうだが決意に溢れているような印象を受けた。それで響鬼も何となく分かったのだろう……それに力強く頷いだ。
「ああ分かった、有難うな……俺の愛したウマ娘」
「うん、有難うね。私が愛した人」
それが二人の最後の言葉となった、直後に彼女は目を閉じた。そして再び目を開けた時、そこにいたのはマンハッタンカフェ自身だった。何処か疲労感を漂わせながらも周囲を見渡し、最後にヒビキを見た時に彼女は言いにくそうに言いだした。
「あの、アスムさんですけど……」
「分かってるよカフェちゃん、そっか……あの日から身体がずっと重いって思って慣れたと思ったらそう言う事だったんだな。お前の重さだったんだ……そっか、これが俺の身体か……軽いなぁ……ああ、軽いよ……」
拳を握りながら何かを確かめようとするヒビキは虚空を見上げながら、何かを確信しながら涙を流した。そう言う事なんだな……それを自覚しながら、零れそうな涙を拭いながらカフェへと笑顔を向ける。
「有難うカフェちゃん、改めて生き返った気分だよ」
「良かったんですか」
「ああ、それがあいつの願いだったみたいだから」
あんな事を言われてしまったら、こんな所で立ち止まっている事なんて出来ない。掴み取るまで走ってみるとしよう。
「俺の幸せか、探してみるかな」