「改めましてようこそトレセンへ、俺は沖野だ。チームスピカのトレーナーをやってる」
「ほっ本当にトレーナーさんなんですかヒビキさん……」
「本当だよスペちゃん、まあ変質者的な悪癖はあるけどね」
「おいおいとっつぁんそういう言い方はないだろ……というかなんでとっつぁんに確認するんだよ」
走り終えたスペシャルウィークにスポーツドリンクを渡すが即座にヒビキの後ろに隠れられて頭を掻く沖野。まあファーストコンタクトがいきなり腿を触られたという事なのだからそりゃ警戒もするだろう。
「それでチームスピカって……」
「沖君が率いてるチームだよ、流石にリギルと比べたら見劣りはするけど実力派揃いな子で構成されてるチーム」
「そうほめるなよとっつぁん」
「いやチームに所属している子達を褒めてるのであって君を褒めてる気はミリ、いやミクロレベルでない」
「そこまで言わなくてもよくね……?」
肩を落としながらガックリと項垂れる沖野トレーナー。兎も角本当にトレーナーである事が分かってスペも僅かに警戒心を解く。
「んでまあいいかもう……んでスペシャルウィーク、話は来たけどとっつぁんに担当になって貰うつもりでリギルの選考に行かなかったらしいな」
「ええ、まあ……」
「んでだ、スズカのレースを見てた時に思ったがスズカに憧れてんならスピカに来いよ。今あいつはウチにいるぜ」
サムズアップしながらいい笑顔を作って告げる、中々に良いイケメンな笑みではあるのだが……スペからの信頼は皆無に近しい為か疑いの目が向けられ続けている。
「嘘です、スズカさんはリギルに居るってエルさんやグラスさんが言ってましたもん」
「昨日までは確かにそうだった、だがあいつは今日付でスピカに移籍したんだ」
「ぶっちゃけそれってマジなの?ハナちゃんがスズちゃんを手放すっていうのはちょっと考えにくいんだけど」
トレセン学園最強と評価されるチームリギルを指導する辣腕トレーナー、東条 ハナ。彼女もスズカの才覚と実力は高く評価している、それ程までにスズカのポテンシャルは高いし将来性も圧倒的。そんな逸材を放出するというのは考えにくい。
「事情があったんだよ、おハナさんの方針にスズカが反して逃げを打った」
「スズちゃん的にはハナちゃんの指導はあって無かったんだねやっぱり、身体は良くてもメンタルが悪くなってたのかちょくちょく俺の所に来てたし」
「ああ聞いてる、それで話聞いて貰えて嬉しかったって言ってたぞ」
その話を近くで聞きながら改めてヒビキという人間の器の大きさというか、このトレセン学園において彼はどれ程までに大きな影響力を持っているのかという事を思い知る。
「んでまあ今は俺のチームスピカに居るって訳だ」
「スズカさんがいるチーム……」
「後、俺に是非お前を磨かせてほしい。お前の夢、日本一のウマ娘って奴の手伝いをさせて欲しい」
それを聞いてスペの目の色が変わる、日本一のウマ娘になる。それが彼女の夢だがそれを聞いても誰かが笑っていた、それなのに目の前の人はそれを真剣に聞いて応援してくれている。ヒビキと同じように。
「それに今ならヒビキのとっつぁんも付いてくるぞ、お前を応援する為にな」
「ちょっと沖君何を勝手に……」
「私っ入りますチームスピカ!!」
「よし交渉成立」
「お~い俺の意見は~?」
とんとん拍子でチームスピカへの加入を決めたスペシャルウィーク、そして沖野は笑顔でしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべて宜しくの握手をスペとする。
「んじゃとっつぁんもこれから宜しくな」
「はいっヒビキさん宜しくお願いします!!私、トレーナーさんよりヒビキさんに見て欲しいですし!」
「ええっ……まあいいか、取り敢えずスピカの部室まで案内するから」
「はいっ!!」
「いやだからさ、何で俺もやる事決定してんの……?」
歩き出していってしまう二人、なんというかお詫びのつもりで走りを見るだけだった筈なのにえらい事になって来てしまった……。呆然としていると沖野が早く来いよと急かしてくるしスペも行きましょうよ~と笑顔で誘ってくる、溜息混じりにそれに続きながら沖野を睨みつける。
「どういうつもりだい、俺は用務員でトレーナーをやるつもりはないよ」
「俺の台詞だよとっつぁん。トレーナーが足りてないのが問題ってのは知ってんだろ?」
ハッキリ言ってトレーナーの資格を取るのは極めて難しい。簡潔に言うなれば某T大の試験よりも難しく合格者がいないという時もある程、故か此処中央とも呼ばれるトレセンでもトレーナー不足は深刻な問題とされている。そんな資格を取る事が出来たヒビキは狭き門を潜った紛れもないエリートという事になる。
「持ってるならやればいい、俺はそう思うけどね」
「俺は唯の用務員だよ。それ以上でもそれ以下でもない、後俺が用務員からトレーナーをやるとしたら他の用務員に俺の仕事が圧し掛かって君が恨まれるよ」
「うっ……!!」
忘れていたのか今更顔を青くし始めた沖野、ヒビキは毎回毎回あっという間に仕事を終わらせてしまっている為か感じにくいだろうがトレセンの用務員もかなり重要な仕事に入る。ヒビキだからこそ素早く多量の仕事をこなせるのであって他の人間にそれを代用する事は難しい。
「いやでもさっサブトレみたいな感じで付き合ってくれる時間ぐらいはあるだろ?」
「スペちゃんに限りだったら考えてもいいけどチームに入るんだったら他のもやってあげないと不公平でしょ、俺の逃げ道を断とうとしているのが見え見え。もう少し考えるべきだったね沖君」
「……面目ねぇ。でもとっつぁん、なんでトレーナーをやらないんだ」
誰もがそれを気にしていた、彼がトレーナーをやると言えば担当になって欲しいと名乗りを上げるウマ娘は多い事だろう。正しく選り取り見取り、しかも仕事の合間にトレーニングの指導や相談を受けている事を考えたらトレーナーとしての手腕もかなりいい物だと沖野は見ている。ならなんでそれを活かさないのか疑問だった。
「さてどうしてだろうね、まあチームに顔を出す程度はしてあげるよ」
沖野はそれを聞いて、一先ずはそれで妥協するかと思い直す。だが益々興味が沸いた、必ず聞き出してみると決意しながらスペシャルウィークをスピカへと引き入れる事が出来た今に満足する。
雷電 響鬼。
沖野に無理矢理スピカの手伝いをさせられる事がなし崩し的に決定して若干テンションが低いおじさん。
どういう訳かトレーナー職をやる気は皆無。理由は不明、語る気なし。