トロフィーを獲得しました ー銀色の景色ー   作:ウホホ・ウホホイ

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Chapter.15 ユメノチカラ 

82年 11月

 

外の空気は随分と冷え込み、本格的な冬の訪れを感じる季節になった。

レースシーズンは終盤を迎えこれからジャパンカップ、有記念と重賞の中でも最高峰のレースが始まろうとしており、気温こそ寒くはあるが世間は熱を帯びている。

 

当然、府中トレセン学園も盛り上がりを見せている。

 

そして約20年ぶりにトレセン学園の門をくぐる老練な雰囲気を持つ男がそこにいた。

 

「随分と小綺麗になったもんだな、俺の時代とは大違いじゃねェの」

 

その男の背丈は180cm程で非常に骨格がしっかりとしており、筋肉質な体型がグレーのスーツ姿から見てとれる。ポニーテールにしている長めの髪の毛はすっかり白髪になっており、引退後の芦毛のウマ娘のようである。ヒゲは鼻下と顎に薄らと生えているが、無精髭というわけではなく日頃から手入れしていることが伺える。

 

そして、ホコリが若干被っている老舗ブランドの革靴、革手袋、フォーマルチックなハットを身に着けており、風貌はまさに半世紀ほど前の伊太利人のようである。

 

「もうウマ娘とは縁なんぞないと思ったンだがな」

 

ウマ娘にさえ聞こえないような小さな独り言を漏らしながら、革靴を履き直し正門を通り抜ける。通り抜けた先では、昼休憩に甘味を堪能しているウマ娘や、これからトレーニングに向かうだろうウマ娘達が溌剌に駆けていく姿が見えた。

 

「俺の時代の戦闘民族みてぇなウマ娘どもに見せてやりてェなぁ。ネイルに化粧に自撮りにスイーツ、あいつらが見たらすげェ顔で卒倒するぜ」

 

カカカ、と年季の入った笑い方をするその男をウマ娘達は怪訝な顔で見ていた。

 

男はそんなことを気にせず大きな歩幅でトレセン学園の玄関に向かう通路を突き進む。

 

そしてトレセン学園名物の三女神像の前で足を止め、帽子を胸に当てながらにへら笑顔で言い放つ。

 

「よう久しぶりだな、クソ女神ども」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

「久しぶりだな、やよい嬢ちゃん。ちゃんと飯食べてるか?全然大きくなってねェじゃねぇの」

 

「歓迎ッ!!遠路遥々よく足を運んでくれた!本当に感謝する!...身長のことは言うな!」

 

「たづなちゃんも久しぶりだな、また美人になってまぁ」

 

「...いえいえ、こちらこそお久しぶりです。随分とお元気になったようで安心いたしました」

 

「カカカッ、50半ばのクソジジィにしちゃ大分体仕上がってるだろ?ジャパンカップのパドックに出れるぜきっと」

 

「ふふっ...急な申し出となってしまい申し訳ございません。正直この度のご依頼はお断りされると思っておりました」

 

「超絶激務のトレセン学園から解放されて、せっかく北のド田舎で隠居生活を謳歌してたらいきなり中央に招集の赤紙よ。本当にトレセン学園は人使いが荒いねェ」

 

そう言って男は薄い茶封筒をヒラヒラと振る。

 

「とりあえず座ってくれ!話したいことが山積みだ!」

 

3人は応接間に移動してソファに腰を掛けた。

 

「そんで天下の中央トレセンが、引退済みのロートルに声を掛けなければならない緊急事態について教えて頂こうか」

 

「はい、こちらの資料をご覧ください」

 

たづなちゃんから受け取った資料を確認する。

現在の中等部1~3年についてまとめたデータだ。

 

「現在中等部には将来のトゥインクルシリーズを盛り上げるだろうと期待されるウマ娘が在籍しております」

 

「へぇ、景気のいい話じゃねェの」

 

「そのなかでも中等部2年のミスターシービーさん、中等部1年のシンボリルドルフさんの両名が特に抜きんでております。著名な教官やトレーナーからは数年後のクラシックは間違いなく彼女らが中心になると断言されるほどです」

 

「ミスターシービーっていや...藤正ンとこの娘さんだったっけな。もう一人はシンボリ本家のウマ娘か」

 

「はい、彼女たちは中等部1~2年にも拘わらず競走能力やレース技術はクラシック級と言えます」

 

「...ちょっと待て、中等部"3年"はどうなんだ。これからのクラシックは本格化を迎えたあいつらの時代だろ」

 

「...それが」

 

「まさか、そういうことなのか」

 

「そうだ...ミスターシービーとシンボリルドルフに勝てる中等部3年のウマ娘が皆無なのだ。今は11月、クラシックがこれから開幕するタイミングだ。しかし本格化を迎えた彼女らでも、その二つの才能に蹂躙されている」

 

「おいおい...何の冗談だそりゃ」

 

中等部3年が中等部1~2年に処られるなんて聞いたことが無い。

それほど本格化を迎えて変化した体に慣れたウマ娘と、目下発展途上中のウマ娘とでは圧倒的な差がある。

 

「中等部3年がそんな状態なら、そいつらの同学年はどうなってンだ」

 

「...同学年のウマ娘からは進路変更の希望が殺到しております。マイルやスプリントのみならずダートも...クラシックで走ることを目指していたウマ娘達が続々と進路を変更しているのが現状です」

 

「先日、恒例の半年経過面談を実施したが入学当時は目を輝かせていたウマ娘達が軒並み戦う意思を失ってしまっている」

 

「...なるほどな、話がだんだん読めてきたし疑問が一つ解決したぜ。なんであいつじゃなく俺に声をかけたかってのをよォ」

 

男は組んでいた足を崩し、深く座り直した。

 

「そうだ、あの方も至極優秀ではあったが今回の問題を解決するには適任ではないと判断したのだ」

 

「カカッ、そりゃ三冠バの指導してたやつには向かねェわな」

 

「理解してくれたようで何よりだ、正直貴方以外に頼りどころが思いあたらなんだ」

 

「...で、具体な依頼はなんだ?まさかミスターシービーとシンボリルドルフの面倒を見るとかそういうわけじゃねェんだろ?」

 

「勿論です...こちらをご覧ください」

 

たづなは男に20ページほどの資料とタブレットを渡す。

 

「ハイテク機器は苦手なんだよな、昨日もなんもしてねェのにウマホがぶっ壊れちまってよ...ってなんだこれ中等部のウマ娘のデータか?」

 

「はい、それは現在中等部に在学中のウマ娘に関するデータの取り纏めです」

 

男はたづなに渡された資料を読み進める。

生徒の名前...シルバーメモリー...中等部2年...栗毛尾花より遥かに珍しい銀髪銀毛のウマ娘...

 

(こっちは教官達の成長表...パワーとスタミナは相当の物を持っているみたいだがスピードが致命的に足りてねェ、競走能力は端的に言って凡ってやつだな。トゥインクルシリーズで活躍できるタイプのウマ娘の傾向ではねェ)

 

(進路希望報告書...ヘェ、こいつはシンボリルドルフが同世代でもまだクラシック戦線を希望してんのか)

 

(意志が折れてねェのは評価に値するが、しかし...)

 

「こいつは惜しいな。この資料通りなら世代の中でも圧倒的にレースへの取り組み方の質が良く、レース脳に優れ練習のモチベーションがあって座学に長けているって評価になるんだろうが...」

 

「...」

 

目の前の少女は俺が次に言わんとしている事を分かってしまっている様子を見せた。

 

「勝てるウマ娘ではないな、超晩成型のウマ娘だとしても兎に角速さが足りねェ」

 

速さ、スピード、それはレースに勝つための絶対条件。

 

長く走るためのスタミナはその絶対的なスピードを支えるだろう。地面を蹴りあげるパワーはその絶対的なスピードの最高点までの到達を早めるだろう。負けないという精神力は絶対的なスピードの維持に繋がるだろう。レースの中での判断力はその絶対的なスピードを最大限に発揮する舞台を整えるだろう。

 

しかし...それはつまり

 

「こういうタイプのウマ娘は流石にはじめて見るな。スピード以外の全てが揃っちまってる」

 

スピードがあるという前提の要素でしかないのだ。

 

「...資料の後ろから2ページ目をご確認して頂いてもよろしいでしょうか」

 

「後ろから2ページ目?」

 

そう言われたので確認すると、この生徒の小学校時代のレース結果が一覧になっている別紙を見つけた。

そして一番最初に目に入ったのは「40戦0勝、連対率8割、入着率10割」というツッコミどころ満載の数字。

流れで次項を開いてみたらミスターシービーとシンボリルドルフの並走記録が載っており残酷な成績がそこにはあった。

 

「...こいつァ」

 

なんだこの化け物は。

 

異様で異常、ただ負けているというわけではない。

眼前にあるのは紙に書いてあるただの数字なのに、それからはドス黒い何かを感じざるを得ない。

 

「本題に入らせて貰う、今回貴方を呼んだのは他でもない。あのシンザンのライバルを育て上げた実績を持つ貴方に彼女のトレーナーになって貰いたい」

 

「私からも是非お願いいたします」

 

トレセン学園を小さな背で背負っている少女と、誰よりもウマ娘を愛す秘書に頭を下げてお願いされる。

その雰囲気は懇願に近い。

 

だからこそ言わなければならない。

 

「悪いが断る」

 

「何故ッ!?」

 

「そんな...」

 

片田舎からわざわざトレセン学園に足を運んだ経緯もあったからか、断られるとは想定してなかったのだろう。

 

「まず、コイツの意志は?第一線から退いて20年経つロートルのクソジジイにトレーナーになって欲しいウマ娘なんていねェよ。しかも俺は3冠バを育て上げた経験も、周りが出走を取りやめるようなウマ娘の面倒も見たこともねェ。確かにアイツをあそこまで鍛え上げたことは誇りを持ってるけどよォ」

 

「...それは」

 

「確認してねェようだな、そりゃ筋が通ってねェ」

 

「...」

 

「察するに、上からの危惧があったんだろ?スーパーカーの再来だけは避けてくれって。上層部の適当な意見と生徒の状況の板挟みになって足元が見えなくなってたんだろうな、一秒でも早くこの銀髪の子を管理できるトレーナーを探さないといけない、という判断は流石府中トレセン学園理事長って感じだがな」

 

「...言い返す言葉もない、その通りだ...」

 

目の前の少女は意気消沈としている。

 

「こっちはてっきり教官になって中等部の面倒を見てくれ的な依頼かと思ってたがな...手紙に依頼内容が無かった理由はこれか、そりゃ文面にこんなことは書けんわな。1人のウマ娘を学園全体で贔屓するってコトかい」

 

「....禁忌、確かにその行為は御法度ではあるが、可及的速やかに彼女のトレーナーを見つけないとどうなってしまうか想像もつかないのは貴方も理解るであろう?」

 

やよい嬢は俯きながら力の抜けた声で話す。

 

「...それについては異論はねェ。異常なトレーニング量、奇妙とも言えるモチベーションの高さ、負け続けてるのにもかかわらず一向に消えない闘志、どれもこれもおかし過ぎる。はっきり言って一着至上主義の競技に身を置いている生き物じゃねェよコイツは。おまけウマ娘の名家生まれでもなく勝利の義務感も持ち合わせていねェ、何がコイツをここまで駆り立てているんだ」

 

普通のウマ娘がこんな成績を叩き出したとしたら自主退学を願うだろう。

 

「そもそもトレセン学園になんで一着未経験のウマ娘が在籍してんだ。こんな曰く付き、一般入試で入学してないだろ?誰がスカウトしたんだ」

 

「...スカウトされたのは屈腱炎で引退したウィントップエースさんのトレーナーさんになります」

 

「ウィントップエースっていやァ、あわや三冠の実力者じゃねェか」

 

「元々シルバーメモリーさんのトレーナーは彼女が了承すれば彼が担当する予定でした。しかし彼は現在鬱病になってしまい入院しております。休職中という扱いですが本人からは辞職願を受領しております...」

 

「三冠にリーチをかけて屈腱炎、鬱病、そりゃ気の毒だな」

 

クラシック三冠やトリプルティアラ、古バ三冠を逃したウマ娘やトレーナーが鬱病になってしまうのは珍しくとも何とも無い。

はっきり言ってよくある話だ。

 

「話は戻るが、俺はあの悲劇を二度と目の前で起こす気はない」

 

そして何より、俺もトレーナー業で鬱になった経験を持つ。

 

「それに話したこともねェウマ娘のトレーナーになる気は起きん、今コイツは学園にいるのか?」

 

「この時間だと...彼女は十中八九、坂路にいるはずだ」

 

「坂路、か...一応話すだけ話してみる...が今回の依頼は白紙としてくれ。期待に応えられなくてすまねェな、やよい嬢ちゃん、たづなちゃん」

 

「了承...こちらこそ急な申し出になってすまなかった」

 

「本日はご足労いただきありがとうございました...」

 

白髪の男は理事長室をあとにして坂路へ向かった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

坂路に到着して最初に眼に入ったのは、美しい銀色の髪を靡かせて激走しているウマ娘だった。

 

瞳孔を完全に開き銀眼を煌びやかせ笑っている様相は、はっきり言って狂気でしかなかった。

辺りには使い潰したシューズや蹄鉄、簡易的にエネルギーを補給するための携帯食が散らかっている。

そしてウッドチップの上には何やらホワイトボードが投げられており、坂路の本数やタイムが書き殴られている。

 

(坂路9本目....何故平然とトレーニングを続けていられンだ。普通のウマ娘だったら絶対脚のどこかがぶっ壊れちまう本数だ)

 

まるで薪をくべられた焔のように走り続けるウマ娘、溢れんばかりの闘志のようなものがオーラのように彼女を纏っているのが見えてしまう。

元トレーナーの本能が彼女を止めろ、止めなければとんでもないことになると告げてくる。しかし何故だか身体は動かない、その銀色のウマ娘の走る姿に目を奪われてしまう。

 

「クソったれ...三女神共、どんなツラで見てやがんだ」

 

その銀色のウマ娘はあまりにも美しいストライドフォームで走りやがる。

その銀色のウマ娘はとんでもなく効率化された足運びで坂路を蹴り上げやがる。

その銀色のウマ娘は疲労など関係ないとばかりに燃え盛る闘魂を纏いながら前へ前へ身体を運んでやがる。

 

コイツの一歩一歩から凄まじい研鑽、想像し難い研究量が伝わってくる。

その闘志が満ち満ちている走りっぷりを見てしまった俺は、銀色のウマ娘にアイツのことを重ねてしまう。

 

「ユメ...そういうことなのか...?」

 

ぽつりと小さく声を漏らした瞬間、途轍もない気配を全身に浴びた。

ふと視線を上げると、銀色のウマ娘がまるで捕食者のように俺を見ていた。

 

「ハハッ!」

 

(............ッ!!)

 

コイツが笑みを浮かべた瞬間全身が強張る。

これは中等部の2年が醸し出す雰囲気では決して無い。

その威圧は明らかに頂点に立つウマ娘のそれであった。

 

坂路を10本こなしてるにも拘らず、しっかりとした足取りで一直線にこちらに向かってくる。

磨かれた金属のような眼を輝かせながら話しかけてきた。

 

「オジさん....前に見たことアル...10...イヤ20年ぐらい前のトレーナーサンでショ?」

 

「...ッ!?」

 

完全に不意を突かれた。

何を言われても動じず適当な返答をしようと思っていたが、まさか元トレーナーと看破されるとは思いもしなかった。

 

「...よく分かったな。ご明察の通り俺はトレセン学園の元トレーナーだ、といっても実績があるわけじゃ無いがな」

 

嫌な予感が止まらない、本能が今すぐここから離れろと囁いてくる。

 

「ハハッ!あの三冠バのライバルを育て上げて実績がないナンテ、オジさん謙虚ダネ」

 

しかもどのウマ娘のトレーナーであったのかも見透かされているときた。

 

「トコロデ、どうしてワタシのことを見てたノ?アナタもワタシのコトを止めに来タノ?」

 

「あなたもだァ?」

 

「ウン、最近坂路の練習をしていると他のトレーナーやドクターに無理はするなって止めれラレるの」

 

当たり前だ。止めない方がどうかしている。

 

「ワタシは全然平気なのにトレーニングを止めるなんて本当に中央のトレーナーなの?って思っチャウ」

 

平気、その言葉を聞いたとき俺は彼女の脚を確認した。

すらりと伸び、シルクのようなきめ細やかさをしている彼女の脚はとてもじゃないが坂路練習後のものではなかった。

熱は帯びているが筋肉に炎症が無く、疲労物質が全く溜まってるようには見えない。

化け物か。

 

「ハァ...中央のトレーナーじゃなくてもお前の非効率でケガ上等の練習を見かけりァ絶対止めるわ」

 

「エッ」

 

至極当然のことを言ったつもりが、目の前の銀髪のウマ娘は驚愕している様子だ。

 

「えっ?じゃねェよ。どこをどう見ても非効率の極みだろうが。さっきとある理由でお前の練習スケジュールを確認したんだが、一日中どころか数か月に亘り坂路坂路坂路。坂路はスタミナとパワーと精神を鍛えるのにはうってつけだが、レースにおいて最も重要とされているスピードは伸びねェ。模擬レース、選抜レースはもうすぐだってのにお前に一番足りねェスピードをこの時期に鍛えないでどうすンだ?」

 

「非効率...ケガ...あれ...?」

 

彼女の金属光沢を放っている眼は徐々に光を失っていく。

 

「お前、何を考えて練習してンだよ」

 

「何を...考えて...練習...」

 

「レースに勝つ気あンのか?」

 

「アッ...アッ...」

 

先程まで纏っていた闘志のオーラが消え失せた。

 

理事長室でコイツの資料を確認した時、教官どもの中等部1年時の総評としては非常に賢くケガのリスクを誰よりも考慮して効率的なトレーニングをこなすウマ娘と評されていた。

しかし中等部2年の6月頃から今日に至るまで坂路練習しかまともにこなしていなかった。

それまで真面目に、そして聡明にトレーニングに励んでいたのに突然何かにとりつかれたように坂路練習をこなす。

 

周りが見えないトレーニングハイ状態で狂気的に、そして猟奇的に走り続けるウマ娘。

 

俺はこういうウマ娘を知っている。

 

模擬レースや選抜レース、クラシックに近づくにつれ闘志や負けん気といった感情がコップから溢れてしまい気がおかしくなってしまったウマ娘を俺は知っている。

 

ライバルの圧倒的な存在感を近くで浴びてしまい、今迄丁寧にこなしていた練習の取り組み方がグチャグチャになってしまったウマ娘を俺は良く知っている。

 

「あれ...なんで私こんなこ...とを...」

 

「お前、ミスターシービーとシンボリルドルフに勝ちたいんだろ?1着を取ってみたいんだろ?だったらこんなバ鹿げた練習なんてこなしてる場合じゃねェだろ」

 

何故かコイツを見てると全身が熱くなっていく。

無意識に握りこぶしを作っており、そこに汗が流れる。

まるで冷え切っていた俺の中の"何か"に火が灯ったような感覚が走る。

 

「どうして...なんで...」

 

「お前は"あてられた"ンだよ。ミスターシービーとシンボリルドルフにな。お前は毎日こいつらと並走しても折れない胆力は持っていたがウマ娘としての本能は抑えられなかった、そンだけの話だ」

 

「...もしかしテ、彼女も...?」

 

「頭が冷えてきた見てェで何よりだ。そうだ、アイツもお前みたいに"あてられて"おかしくなった時期があった。そン時はクラシック前だったがな」

 

「...」

 

「分かったら今日は帰って飯食ってストレッチして大人しく寝ろ。勝ちたいンだろ?あの怪物どもに」

 

「...はい...ご迷惑を...おかけしました...」

 

「バ鹿言うな、ウマ娘ってのはトレーナーに迷惑かけんのが仕事だ。俺は"元"だがな」

 

「今日は...帰ります...ありがとうございました...」

 

そう言うと彼女は一転して美浦寮の方角へトボトボと歩き出した。

 

俺は彼女がいなくなったことを確認した後に、坂路に転がっている片付け忘れのシューズと蹄鉄を拾い上げた。

 

「どれも同じ箇所が摩耗してやがる...どんな正確無比な脚運びをすればこんなことになるンだよ」

 

スピードは確かに凡以下のウマ娘であることには違いない。しかし異次元で無尽蔵のスタミナ、坂路のウッドチップコースをへこませる脚力、坂路10本をこなせる強靭な精神力、レース中は誰よりも冷静に自己で戦略を組み立てられる器用さ。スピード以外の全てが今までのウマ娘を過去にする才能を秘めていることが理解ってしまった。

 

その才能を目の当たりにしてしまった。感じてしまった。

 

俺の中のトレーナーとしての"何か"が眠りから目覚めてきている。

 

昂る何かを感じていたその時、視界の端に何かが入り込んできた。

 

「...なんだこれ...ノートか?」

 

一冊のノートが坂路コース脇のベンチに落ちていた。

 

「『ウマ娘...距離別走法...?』」

 

パラパラと開くと過去の名だたるウマ娘の名前が並んでおり、それぞれ得意の戦略や脚質。フォームといった走り方の特徴がまとめられている。

 

「アイツ、距離毎にフォームを変えてんのか...」

 

基本はストライドで走ると資料には書いてあったが、どうやら距離やバ場状態による効率的なフォームの研究をしているらしい。

ノートにはそのウマ娘の走法がどのような環境で生きるかアイツなりの考えが書き殴ってある。

 

そして、読み進めると非常に見覚えがあるウマ娘の名前が目に入ってきた。

 

「ユメノ...チカラ...」

 

 

 

 

 

―――――――――――

No.64 ユメノチカラ

 

かの三冠バ、シンザンのライバル

 

皐月3着、ダービー2着、菊花2着

 

脚質は先行、フォームは力強く一定のリズムを刻むように、そして跳ねるように走る。

私と同じストライド気味でつま先に力を集約してから蹴りだすスタイルのため、良バ場且つ晴れで最終直線が短いコースで採用する価値がある。

 

クラシックで冠を取る事は叶わなかったが

個人的に彼女の走りっぷりはとても好みである。

 

『シンザンが来た…

シンザンが来た!

シンザンが来た!!

シンザンが来ました!!

シンザンが来ました!!

 

シンザンとユメノチカラ!

シンザンとユメノチカラ!

 

先頭はシンザン!

先頭はシンザンであります!

シンザン先頭!

 

ユメノチカラ届かない!

先頭はシンザンであります!』

 

菊花のこの実況は有名だが、注目すべきはシンザンではなくユメノチカラだと私は思う。

 

最終直線のあの加速、あの勝負根性は今迄見てきたウマ娘の中で随一である。

 

―――――――――――

 

 

「カカッ...なんだこりァ、アイツその辺の記者よりユメの事を理解ってるじゃねェか...」

 

ノートを持つ手が震える。そして体温が上昇していく。

 

「こういう事かよクソ女神ども、あまりにも脈絡もなくトレセンから手紙が来たと思ったらよォ」

 

「その喧嘩買ってやるよ。アイツが俺のことをトレーナーとして認めるかどうかは知らねェが、やれることはやってやらァ」

 

遥か昔に消えた古びた松明に再び火が灯る。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

名前:ユメノチカラ

 

出典: フリー百科事典『ウマペディア(UMApedia)』

 

毛色 黒鹿毛

所属 府中トレーニングセンター

入学 XX61年4月

 

出身 北海道

 

生涯成績 27戦9勝

獲得賞金 2922万7150円(当時レート)

 

ユメノチカラとは日本のウマ娘である。中央のクラシック三冠バであるシンザンのライバルとして知られている。日本ダービーと菊花賞では2着に入るもシンザンに一度も勝つことはできなかった。おもな勝ちレースは朝日杯フューチュリティステークス。63年最優秀ジュニア受賞。

 

 

【戦績】

 

デビュー前から期待のウマ娘として知られており同日メイクデビュー予定だった、かの三冠バであるシンザンが「わざわざ彼女に負けに行くことはない」と言ってメイクデビュー戦をずらすほど傑出していた。期待に違わずこの年は3勝をあげ、朝日杯フューチュリティステークスを制して63年最優秀ジュニアに選出されている。

 

翌春、弥生賞とオープンのあと、シンザンと初対決となったスプリングステークスに出走したが、カワニンスーパーにも後れを取る3着に敗れた。皐月賞でも4番人気で3着に敗れている。日本ダービーのトライアルとしてNHK杯に出走しオンワードダブルを破り優勝。ふたたび対シンザンの2番手として日本ダービーに挑んだが、直線で抜け出したシンザンを一度はかわしたものの、抜群の勝負根性を持つシンザンに差し返され、1バ身4分の1差の2着に終わった。

 

秋になり、古バ相手に毎日王冠2着のあと、セントライト記念をレコードで1着、オープン1着と調子を上げていった。対するシンザンが夏に調子を落としたことから、菊花賞では1番人気に推された。直線では一旦先頭に立つが、最後かわされると一瞬のうちに突き放され、2バ身半差の2着でクラシック競走を終えた。このあと有記念のファン投票では三冠バであるシンザンより多くの票を集め、メイスイに次ぐ2位であった。シンザンは回避し出走していなかったが、勝ちきれず4着に終わっている。

 

翌年は新潟記念、毎日王冠を制したものの、秋シーズンは天皇賞で7着、クモハタ記念と同年の有記念は最下位に敗れた。だが翌年は復調し、天皇賞(春)では2着に入った。

 

トゥインクルシリーズ引退後はレースシーンから忽然と姿を消しており、現在生死不明である。

 

 

【成績】

 

63年 

1着 朝日杯フューチュリティステークス

64年 

1着 セントライト記念、NHK杯

2着 日本ダービー、菊花賞、毎日王冠

65年

1着 新潟記念、毎日王冠

66年

2着 天皇賞(春)

 

 




三女神「おいすー^^」
実況者「こんー^^」

畜生どもに巻き込まれる銀髪の子と白髪のおじじかわいそう

多くのご感想、高評価、誤字報告本当にありがとうございます。
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