トロフィーを獲得しました ー銀色の景色ー 作:ウホホ・ウホホイ
83年 皐月賞
分厚い雲の中、ポツリポツリと雨が落ちてくる。
前日から雨天が続いており、バ場についてはお世辞にも良い状態ではなかった。
にも拘らず、中山レース場は超満員の大観衆で埋まっていた。
それもその筈、今から始まろうとしているレースは本日のメインレース。
3冠路線のG1レースの第一戦である「皐月賞」なのだから。
中山レース場右回り2000m、正面スタンド前の直線右端がスタート地点で、コースを1周強する。最初の1コーナーまでの距離は約400m。直線は約310mで、ゴール前に高低差2.4mの急坂があるのが特徴だ。スタート後すぐとゴール前で二度急坂を経験するため、ウマ娘のパワーと、それを維持するスタミナが要求される。
よく皐月賞は「はやいウマ娘が勝つ」とレース関係者から言われるが、少々意味合いが世間の認識とは異なる。
勿論世代トップのスピードを有しているウマ娘が有利であることは間違いないが、
ここでいう"はやい"とは成長速度を指す。
彼女らにとって皐月賞とは、高等部に進学し、間もない中でのG1レースということを忘れてはならない。
彼女らは高等部といえど、発展途上の最中であるのだ。
身体の成長、精神の成熟度の個人差が一番表れる時期でもあるため、それらの要素がレースの勝ち負けに大きく直結する。
そのため、スピードの他にそれらがはやい段階で備わっているウマ娘は有利なのだ。
『続いての登場は5枠12番!!!ミスターシービー!!!』
次にパドックに現れたのは、ミスターシービー先輩。
彼女の勝負服を見るのは、実は初見だったりする。
上半身は、緑と黄色のサブカラーをベースにした中々大胆な装いだ。正面から見て左腕はノースリーブで右は白地に緑のラインが入った長袖。
そして下半身は、金色の装飾がついたベルトに白基調で裏地が緑のズボンを穿いており、世界有数の競技用シューズを手掛けるメーカーの印が入ったヒールを履いている。
また、右手首には緑と白のラインが入っているミサンガを着用している。
シルクハットの彼女が壇上に姿を現した瞬間、怒号に近い轟音が響き渡った。
彼女は人気投票で1位を取っているため、中山レース場に集まった観客の大半の目的はミスターシービー先輩だろう。
「今日の彼女は...凄まじいな...」
「うん...負ける姿が想像つかない」
隣に座っているシンボリルドルフも感嘆の声を漏らしている。
実際、今日のミスターシービー先輩の仕上がりは目を見張るものがある。
表情が良いとか、筋肉が引き締まってるとか、緊張の様子が無いとかそういうものではない。
兎に角"凄み"を帯びている。周囲の空気が震えていると錯覚するほどの存在感を放っている。
稚拙な表現だが、それ以外の感想が思い浮かばないほどに。
「天気は見ての通り雨...バ場状態は完全に不良...」
「あぁ...今日のレースの主役は疑いようもなく...彼女だ」
ミスターシービーの強さを一言で表すならば、
最後方からの捲り戦略の根幹を担っている"卓越した豪脚"。
その凄まじいパワーは、このような足元が不安定なベストコンディションではないバ場でこそ完璧に発揮されるのだ。
パドックでのお披露目も終了し、各ウマ娘達は最後のウォーミングアップを始めたのだが...
件のミスターシービー先輩は、関係者席近くまで足を運んでいた。
「やぁ、ルドルフ、メモリーちゃん。2人も忙しいだろうに応援に駆けつけてくれて嬉しいよ」
「その様子だと、今日は万全の状態でレースに臨めそうだな」
「勿論、今日の私は間違いなく過去最強だよ」
彼女の発言は、本番直前に自分を鼓舞するようなおまじないではない。
ましてや緊張を打ち消すために、言い聞かせるような過言でも全くない。
ただ只管に事実。
ミスターシービーというウマ娘の全盛期は、間違いなく中山レース場第11レース皐月賞である。
過去最強という言葉は決して奢りではない。
ところで、ミスターシービー世代は近年まれに見るレベルの高い世代と評されている。
マイルから中長距離まで将来の活躍を見込まれている名門出身のウマ娘が、
中山2000mという舞台に勢ぞろいしているのだ。
本人以外は不服であろうが、今目の前でウォーミングアップをしているウマ娘達は
現在ミスターシービー世代と一括りにされている。
だが今日の結果次第では、"ミスターシービー"世代という括り方が変わるかもしれない、そのぐらい誰がレースを制するか見当がつかない...というのが世間一般の見解だ。
しかし私は違う。
このレース、間違いなくミスターシービー先輩が先頭を駆け抜ける。
誰よりもレースを研究してきた自負から、そう結論付ける。
この天候、気温、湿度、バ場状態、枠、ウマ番、運命が導いているかのように全てが彼女に味方をしている。
「ところでレース前にいいんですか?ほかの方達は皆ウォーミングアップに入ってますよ」
「あぁ、いいのいいの。
「いや、だめでしょ」
常識外れ、型破り、そんな言葉を擬人化したようなウマ娘が彼女であった。
「それでどう?メモリーちゃんから見た今日の私」
「...いつもと変わらないミスターシービー先輩ですが」
これまでの長くも短くもない付き合いから、今シルクハットの彼女が求めている言葉を直感ではあるが理解していた。
共同通信杯と弥生賞の時と、ゲートイン前の様子がまるで違う。
無意識に行っているルーティーンもせずに、こうして関係者席前に来ていることが何よりの証拠。
そう、彼女はかかっている。
緊張とかではない、ただただレースが楽しみで仕方がないのであろう。
先月シルバーメモリーに「レースのプレッシャーが~」、と漏らしていたウマ娘はどこにもいない。
ミスターシービーというウマ娘の本能が、彼女の脳みそがロジカルに導き出す「チームに所属したから周囲からの期待には応えないといけない」、「トレーナーには世話になったから恩返しをしたい」、「私を送り出してくれた地元のみんなに良い走りを見せなければならない」といったプレッシャーを喰らい尽くしているのだろう。
周囲の応援、期待というプレッシャーが力になるウマ娘は確かにいる。
ただ、ミスターシービーに限っては決してそこにカテゴライズされない。
彼女は暴風、暴虐、支配、圧倒、ただただ面白いレースがしたいという我儘な欲求を糧に勝利を手にするウマ娘なのだ。
「あはは!そうだね、
「はい、いつもの走りをすれば間違いは起きません。ミスターシービー先輩の我儘な走り、ぜひ私達に見せてください」
隣でほほ笑んでいたシンボリルドルフもミスターシービーに声をかける。
「シービー、君は...いや、私から言うことは何もないな。誰よりも早くゴール板を駆け抜ける姿を見せてくれ」
ミスターシービー先輩の瞳孔が少し揺れた。
そして
「任せてよ」
力強い一言を添えてゲートに向かって走り出した。
....
『さぁ間もなく本日のメインレース、皐月賞の出走になります!』
『天候は雨、バ場は不良というバッドコンディションではありますが、中山レース場には大変多くのお客様に足を運んでいただいております。話に聞くと動員数ギリギリとのこと』
『さて早速ですが、ゲートインの時間が差し迫っておりますので、出走ウマ娘の紹介をいたします』
『1番クインパシフィック、前走を見る限り調子は良さそうです。2番レッドダーバン、3番カツラギエース、レース前に会話をしている様子が見られます。宣戦布告かそれとも...』
『4番ウィントップメーカー、今日のようなバ場では多少苦しむかもしれません』
『5番ニホンピロウイナー、彼女にとってこの2000mという距離、そしてこの天候はどう働くのか』
....
『...そして本日の圧倒的1番人気ウマ娘、12番ミスターシービー!!』
『共同通信杯と弥生賞を制し、昇り龍の如き上がり調子で本日の皐月賞に姿を現しました!最後方からの末脚を武器にしている彼女にとって、グズグズのバ場はどう転ぶのか!』
『これまでの彼女は、最終直線の末脚勝負で勝ってきましたからねぇ。このような雨模様では、いつも以上のパワーと勝負根性が求められるうえに、仕掛けるタイミングが変わってきます。彼女にとっては不利に働くかもしれません』
『さぁ、出走ウマ娘が全員ゲートに入りました...83年、皐月賞...スタートを切りました!!』
....
『ミスターシービー、いいスタートを切りました!そして他の19人のウマ娘も不良バ場の中好スタートを切りました!』
『ミスターシービーはすすすっと中団に下がり、ポジショニングの動きです!』
『さぁ、先頭に躍り出るのはどのウマ娘か!ウィントップメーカーが先行位置についております!その外側にニホンピロウイナーが来ています!』
『最初のインコースを迎えまして、カツラギエースがスピードを上げていきます!』
『さぁ第一コーナーを回り、先頭はウィントップメーカー、1バ身か2バ身リードか』
『その次はクインパシフィック、レッドダーバンが追走!しかし思ったより差がある!やはり本日の不良バ場での駆け引きは難しいか!』
『ミスターシービー、ミスターシービーは最後方のままレースが進んでいきます!』
「後ろでレースを展開しているため、泥を多く受けていますね。彼女の純白の勝負服が土色で染まっています」
『しかしミスターシービー当人は余裕の笑顔!先頭から20バ身以上があるが、最終直線の勝負で差し切れるのか!』
『先頭はカツラギ!カツラギエースがリード!3番手に3バ身ほどつけております!恐らく彼女は溜め逃げでの勝負になるでしょう!』
『...おっと!!ミスターシービーが中団まで上がってきた!!あがってきたぞ!!!』
『各ウマ娘が泥で真っ黒になりながら最終直線に突入します!!』
「ここからは中山の坂です、足元がぬかるんでいるため想像以上にスタミナを削ってくるでしょう」
『ミスターシービーは大外を選択!!ミスターシービーは大外をぶんまわす!』
『ミスターシービーの背後にメジロバルシー!メジロバルシーも追い込んできた!!』
『カツラギエース!依然先頭!しかし苦しいか!!スピードが出ない!!』
『真ん中にミスターシービー!!真ん中からミスターシービー!!!』
『なんという豪脚!!!不良バ場をものともせず突っ込んできたァ!!』
『やはり強い!!やはり強い!!!!』
『ぐんぐんぐんぐんと加速している!!!!!』
『なんだこの急加速は!!今日は不良バ場です!!!泥沼と言っても過言ではない芝の中、一人だけ先団に強襲をかけていく!!!!』
『カツラギエースここまでか!!!メジロバルシー負けじと追走!!!!』
『残り100m!!!勝利を手にするのはどのウマ娘だああああ!!!!』
....
『ミスターシービー!!ミスターシービーだ!!!!』
『クラシック戦線、最初の冠を手にしたのはチームリギル!!』
『ミスターシービーだあああああああああ!!!!!!!』
『中央最強チームの超新星が前評判通り、皐月賞を制しました!!!』
『終わってみれば2着と""5バ身""をつけた圧勝劇!!』
『この悪条件で圧倒的な強さを見せつけました!!!』
『ミスターシービーが右手を天に掲げる!!!』
『来月の日本ダービーではどのような走りを見せてくれるのか!!!非常に楽しみであります!!!』
....
声が出なかった。
ミスターシービー先輩の勝利は疑っていなかったが、2着と5バ身...?
私の予測では、精々1バ身つくかどうかだと思っていた。
最終コーナーを回った時点で、シルクハットの彼女は中団下位にいたはずだ。
大外を選択し、そこからそれまでマークされていたメジロバルシーを振り切って5バ身差という圧勝を達成した。
確かに彼女は雨のレースが得意で、多少の道悪であれば問題なく走れる技術と才能を持ち合わせている。
しかし、今のレースの最終直線200m...彼女の限界を明らかに超えている加速が目に飛び込んできた。
共同通信杯、弥生賞、そのG3、G2での彼女とは全く違う。
ありえない、ありえないのだ。
最後の200mの捲りは、ありえない。
今迄数えるのもバ鹿らしくなるぐらい、彼女と並走してきた私だからこそ分かる。
彼女のいつも通りの走り、それは
雨だからとか、バ場が悪いとか、プレッシャーがあるとか、枠番が不利とか、距離が長い短いとか
そのような脳みそが合理的に弾き出す不純物を、本能で破壊する。
...シンボリルドルフとは違う種類の"才"、それを垣間見た4月となった。
最近一端のモブっぽくなってる銀髪の子かわいそう...
多くのご感想、高評価、誤字報告本当にありがとうございます。
難易度エクリプスでのG1レースのネームドは大体こんな感じです。
あとカツラギ君とウイナー君は半ネームドみたいな立ち位置にしますので、
登録名そのままになります。ご容赦くださいませ。
彼女らは登場回数が多いため...
また、次回以降週末更新になりますので、併せてよろしくお願いいたします。
【トレセン学園のネームドについて】
高等部 マルゼンスキー ミスターシービー (ウイナー、カツラギ)
中等部3年 シルバーメモリー、シンボリルドルフ
中等部2年 シリウスシンボリ
中等部1年 タマモクロス ゴールドシチー イナリワン(現在は地方)
83年現在はこのような感じです。