トロフィーを獲得しました ー銀色の景色ー 作:ウホホ・ウホホイ
『誰よりも多くのレースに出走し...誰よりも勝利を重ね、誰も見たことのない景色を見る』
これが私の夢である。
夢の根源は今から数年前、ウマ娘進学校に通っていた小学校時代にある。
小学校に入学の際、私の両親は一番を目指して頑張れと言ってくれた。
私の父は普通のサラリーマンで、母はレース関係の職に就いてはいるがウマ娘ではない。
決して裕福な家庭ではなかったが、両親の熱心なサポートのおかげでトレセン学園の登竜門である進学校に入学することが出来た。
私は、入学当初から高密度の練習を行っていた。
先生や両親からは当然心配されたが、ケガを一切しなかったからかいつの間にか注意を受けることは無くなった。
練習をしないと自分が自分でいられなくなる気がしたのだ。
シルバーメモリーというウマ娘の魂が一息をつくことを許さない...そんな感覚が常にあった。
朝昼夜と自分の時間をすべて練習に注ぎ込み、学校で一番のウマ娘になるために頑張っていた。
しかし、現実は残酷で練習をすれどもすれども同クラスのウマ娘に勝ちきれない。
好走こそはするが、良くて2着。連帯率と入着率こそは評価されるが、先頭でゴールを駆け抜けることは叶わない。
そして小学校中学年頃だろうか、両親が一番を目指して頑張れと口にしなくなったに気付いた。
『一番を目指せ』から『怪我しないように頑張れ』に変わっていた。
両親の優しさなのだろうか、失望だったのだろうか...
私がレースで振るわない結果を出し続けたせいで、夢を一つ壊してしまった...そんな気がした。
高学年に進級すると、仄かに中学受験を考えるようになる。
この時から両親は私に頑張れ、とさえ言わなくなった。
代わりによく『元気に走る姿を見れるだけで幸せだ』という言葉を貰う機会が増えた。
あぁ、私は2人の夢を叶えてあげることが出来なかったんだ...期待に応えることに失敗したんだ...
ウマ娘進学校で勝てないウマ娘が、中央トレセンは勿論、地方のトレセンで通用する道理はない。
両親の中で私がレースで大成するというビジョンは潰えてしまったのだ、と子供ながら察することが出来た。
そうして月日は過ぎていき、小学生最後のレースが開催される時期になった。
このレースは小学校の集大成のレースに位置付けられており、進学校ということもあって、地方トレセンからトレーナーが足を運ぶほどだ。
正直私はこのレースをもって競技の道を諦め、別の方法でレースに関わる将来を考えようとしていた。
ただ、シルバーメモリーというウマ娘の魂が最後まで手を抜くことを許さない。
細工は流々、準備は万全、完璧な仕上がりの下に最後のレースに臨んだ。
結果はご存じの通り2着。いつも通りの走りであった。
クラスで最も優秀な子に負けるいつもの結果に終わった。
思えばこの時、私はどこか安堵していたような気がする。
もう両親に負担をかけなくていい、これからは私が2人を支えていけるよう勉学に励めばいい。
レースというあまりにも苛烈で少ない椅子を奪い合う地獄に、お父さんお母さんを巻き込まなくて済む。
そんな心象だった。
ターフから退出し、水道の水を使って筋肉のアイシングをしている最中、
突如、私のウマ娘人生の転機が訪れる。
「あの、シルバーメモリーさん!
仲良くして頂いた先生から、運命のお告げが私の下に届いた。
こうして私は小学校で勝利したことが無いにもかかわらず、天下の府中のトレセン学園に進学が決まった。
学校中はひっくり返ったかのように大騒ぎとなり、翌日には校門に私の名前が大々的に書かれている垂れ幕が飾ってあった。
一方で、学校中のウマ娘からの反応は良くなかった。そりゃそうだ、自分が負けたことのないウマ娘が中央にスカウトされたのだから、さぞムカついたことだろう。
短い期間だったが、嫌がらせもあったな。
トレーナーを容姿で誑し込んだだの、裏のつながりがあっただの、ある事ない事を言われた記憶がある。
トレーナーが挨拶に赴いたときは、二人とも全く信じられないという顔をしていたなぁ。
話が一段落ついた瞬間、両親が泣き崩れたことは今でも鮮明に覚えている。
この時、私は人生で初めてレース関係で嬉しいという感情に遭遇した。
1着は結局取れなかったけど、結果として私のレースで他人が喜んでくれたのだ。
運命のスカウトを受けたことで、私の中の闘志の灯は何とか消える直前で持ちこたえることが出来たのであった。
そして月日が経ち...来月卒業式を控えた時期に
私の父親が急死した。
原因は長時間労働による過労死だった。
どうやら私の学費やレース関係のお金を賄うために相当の無茶をしていたらしい。
もう、何も言えなかった。
人生で初めて悲しいという感情に出会ってしまった。
ウマ娘の養育には基本的にお金がかかることは有名だ。
食費は勿論、学費、シューズ...蹄鉄...練習着...。
どれもこれもウマ娘特注品のため、人間が行うスポーツにかかる費用とは一線を画す。
父は、私のために身を犠牲にして応援してくれていたことにこの時気付いた。
『一番を目指せ』から『怪我しないように頑張れ』に変わったことは、決して失望なんかじゃなかった。
いつまでも元気に走ってほしい...と、ただ父親の夢が変わっていたのだ。
そのことに気付いた私は、父の思いを察することのできなかった自分を強く恨んだ。
なにが失望だ、なにがビジョンが潰えただ。私は両親のことを何も理解していなかったのだ。
私はレースで人を不幸にしてしまったのか。
失意に苛まれて言葉が出てこない。
病室で冷たくなっている父親と最後の時を過ごしていると、看護師さんから手紙らしきものを渡された。
それは、父親からの手紙だった。
私は恐る恐る綺麗に閉じられてある封筒を開いた。
『メモリー、この手紙は俺の身に何かあった時のために書いたものだ。できれば渡すことが起きないよう祈っているが、これを読んでいるということはそういうことだろう』
『まずはごめんな。お母さんとお前を置いて行ってしまって。3か月ぐらい前からどうも体調がおかしかったんだ。メモリーのように自己管理がきちん出来ていなかった証拠だな』
『そして、ありがとう。メモリーが中央からスカウトされた話を聞いたとき、お父さんは人生で一番嬉しかったよ。いや、お前が産まれてきてくれた時と同じぐらい嬉しかった。これから愛する娘がレースで全国デビューを果たすと思うとドキドキが止まらなかったよ』
『心優しいお前のことだ...俺が逝っちまったのは自分のせいだと思っていることだろう...もしかしたら今後レースを走るかどうか悩んでいるかもしれないな』
『お父さんからの最後のお願いを聞いてくれるか?』
『是非、トレセン学園に進学して欲しい。そしてお前の走りをあの世に伝わるぐらい日本中に見せつけて欲しい』
『お父さんはウマ娘じゃないからレースのことは詳しくない。でもメモリーの走りは人を幸せにする走りなんだ...!それだけは確信している』
『最後になるが、今まで本当にありがとう。メモリーの走りを見て俺は頑張ってこれた。お前のレースを見ている時ほど幸せな時間は無かった』
『今は1着を取れないかもしれない、でも大丈夫だ。三女神様は絶対メモリーの努力を見てくれている』
『いつまでも、どこでも、どこまでも走り続けてお父さんに成長したメモリーの噂を聞かせてくれ!!』
『そして、これからも怪我しないように頑張れ』
PS. 入学式にはぜひ出席して欲しい。きっと素敵な出会いがメモリーを待っているハズだ!!
...もうだめだ。涙が止まらない。
私は、どこまでも世話をしてくれる素晴らしい父親に恵まれていたことにようやく気付いた。
もう直接ありがとうも言えない、その事実が胸を切り裂く。
そして震える手で手紙を読んでいると、封筒の中身に何かが同封されていることに気付く。
綺麗にラッピングされている細長い小包のような箱だった。
小さな梱包を開けてみると、シルバーアクセサリーが装飾されてある耳飾りがそこにはあった。
何も言えない。
思わず膝をつく、お母さんが後ろから抱き着いて背中をさすってくれる。
ありがとう、そしてさようなら。
お父さんの願い、夢、そして思いをようやくちゃんと受け止めることが出来たよ。
私、トレセン学園に進学します。
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ウマ娘は夢を背負って走るという伝承がある。
様々な夢を原動力にして、辛い日々を乗り越えていくのだ。
私の夢は何だ?
私の夢は「3冠バになりウマ娘の頂点に君臨すること」か?
違う
私の夢は「応援してくれる地元の人達への恩返し」か?
違う
私の夢は「名家の栄光、一族の誇りを示すこと」か?
違う
私の夢は「夢を与えてくれたウマ娘のようになること」か?
違う
私の夢は「憧れのウマ娘に追いつき、追い越すこと」か?
違う
私の夢は「ウマ娘の規範となり驀進し続けること」か?
違う
私の夢は「本能のままに強者と競い、強くなること」か?
違う
私の夢は「誰も追い縋れない究極の世界を手にすること」か?
違う
私の夢は「日本一のウマ娘になること」か?
否! 断じて違う!
私の夢は
『誰よりも多くのレースに出走し誰よりも勝利を重ね、誰も見たことのない景色を見る』こと。
その過程でどのような障害があろうと全てを尽く討ち滅ぼそう
30戦、100戦...いや300戦だろうが、闘志の炎が消えない限りは永遠に走り続ける。
それがシルバーメモリーというウマ娘の夢なのだ。
多くの感想・高評価・お気に入り誠にありがとうございます。
また誤字報告も感謝いたします。