トロフィーを獲得しました ー銀色の景色ー   作:ウホホ・ウホホイ

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周りより大人びていて、それでいて向上心のある子でしたから非常に助かりましたね。ただシルバーメモリーさんは独特の感性をお持ちで...コーナーに向かって急に走り出したと思ったらスライディングしはじめたり、坂路の練習でジグザクにステップを踏んだり、変な練習というか行動をする子でもありました。


Chapter.3 銀の匂い

私はゲートに入ると随分と人が変わるらしい。

 

普段は「冷淡」で澄まし顔をしているってよく言われるけど、ゲートに入ればそんな表情はどこかに消える。

 

銀色の眼は金属光沢のようにギラつき、全身から熱を発しカゲロウのような現象を引き起こす。

 

今にでも飛び出しそうになる体を強い「理性」で抑えつける。

 

はやく、はやくしろ。

 

1秒でもはやくターフを駆けぬけさせろ。

 

何回負けても何度1着を取れなくてもこの感覚だけは一切変わらない。

 

1枠1番の三日月の彼女、シンボリルドルフと一瞬目が合う。

 

少し驚いたような表情を見せた彼女だったが、すぐにスタートに備え呼吸と態勢を整えた。

 

8枠8番のクイーンハイセイコーちゃんがゲートインすると同時に、私はいつものスタートの姿勢を取った。

 

姿勢を極限まで低く、そして頭を下げ視線も落とす。

 

ゲートという限られた空間の中、足元の芝で最も堅い場所に利き足を添える。

 

一般的なスタートとは全く違うそのフォームに観客から疑問の声が漏れる。

 

ウマ娘は基本的にゲートを嫌う。

 

ゲート練習で無理やり押し込められたら泣く子も少なくはない。

 

閉鎖的な空間でストレスを感じたり、本能的に嫌悪感を抱くというのが定説だ。

 

だからゲートの中で体を動かしたり、負担のかかるような態勢を取ることはせずに自然体にすることが基本とされている。

 

つまり、私のようにスタート直前でゲート内で体を動かし始めることは集中力が著しく損なうリスクの面からタブー中のタブーとされている。

 

これはウマ娘であれば5歳でも知っているような常識中の常識。

 

私も例に漏れずゲートは嫌いだった。

 

当時は吐き気がするぐらい嫌悪感を抱いたものだが今は違う。

もはやこの中で生活できるんじゃないかというレベルで何も感じなくなった。

 

理由は簡単、レースに勝つためにはゲートを得意になることが必要だったからだ。

当然の帰結であるが、ゲートが得意になったらレースが始まる前から有利になると気づいた。

体力、集中力は維持できるしスタートはレースにおいて重要なポイントであることは言うまでもない。

 

戦略の面でもスタートダッシュは非常に大切である。

仮に逃げウマがスタートを失敗したとなったらその時点でゲームオーバー。

先行ですらバ群に埋もれてまともに走れなくなってしまうケースもある。

 

ゲートが苦手、嫌いなんてあまりにもバ鹿バ鹿しいハンディキャップだなと感じた。

 

だから好きになった、レースに勝つために。

 

逆に好きになろうとしない理由がない。

 

時には吐きながら、時には泣きながら、自分の体をゲートに括り付け全身を震わせながら中でじっとするという単純明快なトレーニングを実践した。

 

最初の1か月は本当に辛かった、思い出したくもない。

食べたものは逆流し、生理的現象は普段より加速し、発汗はいつもの数倍はあっただろう。

でもレースに勝つためには仕方がない。

 

この練習を始めてから話しかけてくれる友達が著しく減ったのだけれども、理由はよくわからなかった。

 

3か月も経つと気絶をしなくなった。

 

7か月が経ったあたりで実はゲートっていい奴なんじゃないかと思いなおした。

 

1年経つ頃には友達になった。

 

今では一緒にお昼ご飯を食べるまでに進展している。

 

だから最早私にとってゲートの中は集中力を極限まで高めてくれる最高の空間。

レース直前も直前ということで闘志の高ぶりも最高潮になる。

 

極限まで姿勢を落とし、最初に蹴りだす利き足を最硬の芝にセットする。

 

さぁ準備万全。

 

――――――――――――――

 

 

「さぁ8枠8番クイーンハイセイコーがゲートに入りました。新入生ということで仕方ありませんが全員ゲートに入るのに少々時間がかかってしまいました」

 

「それでも流石は中央のトレセン学園の新入生です。ゲートの練習は十分に取り組んでいることが伝わってきます。特に2枠2番...シルバーメモリーに関しては一切戸惑うことなく入りましたね」

 

「2枠2番はかなり珍しい銀毛銀眼のウマ娘、シルバーメモリー。レース前に本レース最注目ウマ娘、1枠1番のシンボリルドルフと仲良さそうに話していました。彼女に匹敵する実力者なのかもしれませんね」

 

「さぁ!そろそろ出走です!皆さん準備は宜しいでしょう...か...?」

 

「おや...?これは驚きです。シルバーメモリー、ゲートの中で非常に低い姿勢を取っております」

 

「こ、これは彼女のスタートフォームなのでしょうか!」

 

「わ、わかりませんがゲートに難なく入ったところから考えると彼女にとって問題ないと考えるのが妥当でしょう。私もここまで自由に体勢を変えるウマ娘は初めて見ました」

 

「何はともあれ準備完了!出走です!」

 

――――――――――――――

 

ガコン

 

辺りが一瞬静寂になった後ゲートが開いた。

 

スタートは完璧、ハナに立つ。

 

今回の作戦は単純明快、スタート直後に先頭に躍り出てそのままゴールを目指す、所謂"逃げ"

 

逃げを選んだ理由も単純。

私以外全員圧倒的格上であることに加えて、トウカイマロンちゃん以外後方でレースを展開することを好んでいるウマ娘であると予測したからだ。

 

逃げは一般的には破滅的戦法で、圧倒的強者か先天的に逃げしかできないウマ娘が採用する戦法だが、一方で大物食いのプランニングとして選ばれることも多い。

 

レースペースを滅茶苦茶にして差しや追い込みに対して前からプレッシャーをかけて焦らしたり、大きく逃げることでどうせスタミナが尽きるだろうから放置していいかという後続の油断を誘ったりできる。

 

しかし大物食いの逃げは単独でないと効力が薄くなる。

 

逃げウマが多いと後続の警戒度も跳ね上がるだけではなく、逃げというのはレース開幕から逃げなければならないため、後続から後出しじゃんけんのような形でレースプランを練り直されるからだ。

 

だからジャイアントキリングのための逃げというのは孤独でなければならない。

 

しかし、その点は問題ない。

 

レース前の準備運動やゲート前の様子だけではなく、他のウマ娘のレースシューズのモデル、蹄鉄の形やすり減り方から逃げウマは不在と結論付けた。

 

(このまま先頭を維持し続ける...ッ!!)

 

200m通過、バ群は縦長に形成され後ろからのプレッシャーも希薄で経済コースを一方的に走れるという事で逃げウマにとっては理想的な展開になった。ここまでは机上の論通り。

 

2番手と3バ身差をキープしながらちらりと後方との距離を確認すると、視界にシンボリルドルフが入った。

 

三日月の彼女は後続6番手、やっぱりね。

 

あなたのように新入生代表に選ばれるほどの品行、気性の穏やかさ。

蹄鉄が太めでハムストリングスが発達しているウマ娘が最内枠が僥倖なんて違和感が凄かったよ。

 

あなたは間違いなく最終直線で勝負をしかける"王道"のウマ娘。

 

そんな風に視線を送っていると三日月の彼女は少し笑った。

 

 

400m通過、2番手と4バ身差に若干広げる。

 

(ハッ...ハッ...ペースは問題ない!問題なのは後続...!)

 

思ったより後続との差が付かなかった。原因は2番手のトウカイマロン。

 

彼女の先行策が予想よりハイペースだったのだ。

 

(なぜ...?あなたはこの程度の逃げで焦るようなウマ娘ではないはず...)

 

トウカイマロンだけではない、更に後ろのヒガシノライデンやスズフェスティバルなどの

差しを好んでいるだろうウマ娘たちも予想よりペースが上がっている。

 

(何が起こっている...?)

 

――――――――――――――

 

「スタート直後ハナに立ったのはシルバーメモリー、少し離れてトウカイマロン、そこから3バ身離れてヒガシノライデンが続きます。注目のシンボリルドルフは7番手です。解説の△△さん、あの独特のスタートフォームのシルバーメモリーが先頭に躍り出ましたがいかがでしょうか」

 

「そうですね、シルバーメモリーが単独逃げという形になりましたね。中等部まで1000mという距離は中々走らないでしょうからスタミナが最後まで持つかどうか、そこが見どころでしょうね。逃げとしては最高の展開だと思います」

 

 

「さて、400mの標識を通過。バ群の形は落ち着いておりシルバーメモリーがレースを引っ張ります」

 

「シンボリルドルフは一つ順位を上げて6番手、彼女は最後に差し切るレース展開が好きだと月間トゥインクルのインタビューで拝見しました。インタビュー通りなら恐らく今回はこのまま最終直線までキープするでしょう」

 

「なるほど...おっとレースに動きがありました!トウカイマロン、ヒガシノライデンのペースがあがっていく!かかってしまったか!」

 

「これは完全にかかっています。シルバーメモリーの完璧な逃げに焦っているのか、初レースということでペースを維持できなかったのか、どちらにせよレースが加速しますね」

 

「600mを通過!シルバーメモリーは変わらず先頭!シンボリルドルフは6番手をキープ!」

 

「600mを過ぎたところで急にシルバーメモリーに疲れが出たように見えます。一方のシンボリルドルフは余裕綽々といったところでしょうか、非常に落ち着いています」

 

――――――――――――――

 

(おかしい...!何かがおかしい...!後続の子たちの様子が...!)

 

600mを過ぎたあたりから完全に後続のウマ娘たちが"かかった"

 

私のレースプランではトウカイマロンちゃんとはこの時点で6バ身は離しておくつもりだったのに、現在3バ身程しかない。

 

その後ろの子たちも苦しそうな顔でペースをあげている。

 

このレース展開はどう考えてもおかしい、かかるタイミングに脈絡がなさすぎる。

レース中盤を過ぎたとはいえ、先行は逃げを捉えるタイミングではないし、最終直線で勝負をしかける差しからしても、今ペースを上げる理由が見当たらない。

 

(いったい何が起きて...あっ...)

 

一旦落ち着いてレースを俯瞰するために再度後ろを確認する。

 

大半が焦りを見せているレースの中で只唯一、私を落ち着いた顔つきで凝視しているウマ娘がいた。

 

(シンボリ...ルドルフ...ッ!)

 

――――――――――――――

 

「そろそろ700mに差し掛かる!先頭は依然シルバーメモリー!後続との差は3バ身程!」

 

「最終コーナー直前という事で焦ってかかってしまっている子が目立ちますが、シルバーメモリーは最初のペースを維持しています。素晴らしいペースメーカーです。」

 

「さぁレースは最終コーナーに入る!先頭は逃げる逃げるシルバーメモリー!トウカイマロンのスタミナはここまでか!スズフェスティバル、クイーンハイセイコー、シンボリルドルフが後ろから先団を捉える!」

 

「シンボリルドルフ、素晴らしいポジショニングです。スズフェスティバルとクイーンハイセイコーを気持ちよく走らせないような位置をキープしています。入学したばかりとは思えないコーナーリングの技術です」

 

「レース展開は完全に2極化!逃げのシルバーメモリーか、後方のウマ娘の末脚か!おっと、ここでシルバーメモリー!!!突如内ラチに体を寄せた!こちらも素晴らしいコーナーリングですが、解説の△△さん、これは流石に...」

 

「え、えぇ...私も驚いております。一歩間違えればラチと激突してレース中断になってもおかしくないレベルの攻めたコーナーリングです。体操服とラチが擦れているように見えましたが...」

 

「なにはともあれ無事に最終コーナーを抜けました!!勝負は最終直線へ突入します!!!」

 

――――――――――――――

 

(最終コーナー...!!最初から決めていた...勝負はここ...!!)

 

予想していたよりハイペースな展開になってしまったが問題はない。

 

私のレースプランのターニングポイントは最終コーナーから最終直線に切り替わる場所だ。

 

レース前にその辺りの芝が水分を多く含み、走りづらい状態になっていることを確認した。

単独逃げを選択して縦長のバ群を形成したのもそれが理由。

差しウマ全員をそこのポイントから加速し始めるように誘導しやすいからだ。

 

そして内ラチ付近の芝だけ水分が含んでおらず、蹴りやすい状態であることも同時に確認済み。

 

つまり逃げの私だけそこを駆け抜け、嫌でも外に膨らんでしまう差しを不良バ場に誘い込む...

 

これが今回の私のレースプラン。

 

(だけど問題は...内ラチ衝突ギリギリを保ちながらコーナーリングしなければならない...!)

 

こんな頭のおかしいコーナーリングなんて練習したことは当然ない。

 

もしかしたらトレセン学園入学した日に選手生命が失われるかもしれない。

 

模擬レースでも何でもないこのレースでそんなことをするなんてバ鹿と思われるだろう。

 

しかし...それでも...

 

(レースに勝つためなら...私は何でもやってみせる!!!)

 

覚悟を決めたその時、疲労が蓄積したトモがとても軽くなり同時に呼吸が安定する。

 

体を限界まで内ラチに傾け足首に力を入れる。

 

「・・・・・っ!!!!」

 

声にならない声をあげ、体を全力で傾けコーナーに差し掛かる。

 

体操服はラチに接触し、右肩からは焦げ臭い匂いがする。

 

足元の芝は良好、問題なく踏みしめることができる。

 

(絶対に...!!曲がりきる...っ!!!)

 

全身の筋肉に緊張が走る。

 

進路の判断を間違えたら骨折では済まない事故につながるこの状況。

 

少しでもヒヨって内ラチから離れたら不良バ場に侵入してしまうので退路は塞がれたこの状況。

 

勝つために乗り越えなければならない困難に遭遇した時

 

何故かこういう時、私は

 

(ふふっ...!あはっ...!)

 

楽しくて楽しくて仕方がなくて笑ってしまう。

 

 

 

コーナーを抜ける。

 

 

 

 

最終直線に突入する。残り約200m。

 

 

 

 

(逃げる!逃げる!逃げきって勝つ!!!)

 

 

 

残り100m

 

 

 

(「根性」を見せろシルバーメモリー!!ここで勝たなくていつ勝つんだお前は!!)

 

体力はコーナーを超えたあたりで空っぽになった。

 

今の私を加速させるのは「根性」と「レースに対する執着心」でしかない。

 

 

 

 

 

残り50m

 

 

意識が朦朧としてきた。酸素がまわっていない。

 

ゴール板が視界に入った。

 

 

 

 

 

残り25m

 

 

もう...足が悲鳴を上げ...ている。

 

 

だけど...問題ない、あと25m...なんとかしてみせる。

 

 

 

残り10m

 

 

ようやく...ゴール...最後まで...最後まで全力を出す...力を緩めてはいけない...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り5m地点

 

 

 

 

突如視界の左側に三日月の流星が現れ、そして駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

駆け抜けていったのだ。

 

 

 

 

(あっ.....あぁ....っ)

 

 

 

 




最善を尽くしたのに負ける銀髪の子かわいそう
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